この人たちの役に立ちたい。
ずっと、そう思って来た。
帯島にとって弓場隊は、ある意味家族と同等、もしくはそれ以上の繋がりを持つ大切な人たちだ。
ボーダーに入り、右も左も分からなかった頃。
弓場に初めて声をかけられた時は、正直その強面に硬直してしまった。
けれど話してみれば面倒見が良く、帯島の質問にも丁寧に答えてくれる優しい人だった。
弓場としては年下の隊員が困っていた為世話を焼いただけだったようだが、その場面をオペレーターの藤丸に見られた事が、思えば切っ掛けだった。
藤丸は帯島を一発で気に入り、隊室に招いて弓場隊の面々に紹介した。
それが、帯島と弓場隊の皆とのファーストコンタクトである。
当時は弓場隊に在籍していた王子や蔵内は丁寧な物腰で好感が持てたし、神田は気さくに話しかけて帯島の緊張をやわらげてくれた。
外岡は自分からはあまり話さないが聞き上手で何かと相談にも乗ってくれるし、藤丸はその豪快な気質で隊の雰囲気を盛り上げていた。
弓場は口数が多い方では無いが、自分の意思はハッキリと示すその裏表のない硬派な態度に憧れを抱いた。
だから、王子と蔵内が隊を抜けて独立した後、弓場隊への入隊の誘いが来た時は一も二もなく頷いた。
王子達が抜けたのは寂しいけれど、それでも自分は隊の雰囲気が好きだった。
たとえるならば、比較的真面目な運動部、といったところか。
やるべき事には手を抜かないし、ただの仲良しの集まりといった風情でもない。
けれど隊員の間にはしっかりとした絆があり、暖かな繋がりがある。
有事とオフのケジメはしっかりと付けて、その上で活動に尽力する。
そんな弓場隊の姿が好きだからこそ、帯島は王子達の後釜を引き受けたのだ。
このまま、いつまでも皆と一緒に弓場隊を続ける。
そんな淡い期待を抱いていなかったと言えば、嘘になる。
けれど、同時に帯島は知っていた。
王子達が隊を抜けたように────────物事には、永遠など無いという事を。
神田が隊を、ボーダーを辞める。
その事を始めて告げられた時は、心臓が止まるかと思った。
神田は、帯島にとって尊敬する先輩だ。
物腰は軽く見えるが、その実しっかり物事を考え、先達として帯島を導いてくれた優しい先輩。
その彼が、隊から抜ける。
いなくなる。
当時の帯島には、到底受け入れられるものではなかった。
人知れず泣いた。
調子を崩して、足を引っ張った。
その時の自分は、今思い返しても酷いものだったと思う。
どれだけ皆に心配をかけたか、知れない。
そんな状態の自分を、神田が見過ごす筈もなかった。
神田はとある日、一人で帯島の所に来た。
そして、語った。
自分の、胸の内を。
神田も、好き好んで隊を抜けたいワケではなかった。
彼もまた、弓場隊という居場所を愛していたから。
叶うならば、ずっと続けたいという想いは、神田も同じだった。
けれど。
神田は、高校三年生。
自分の進路を、考える時に来ていた。
彼の就職希望は、建設関係。
その為に、九州の大学に行く必要があるのだという。
そちらには親の知り合いで建築関係の仕事をしている人がおり、その事務所でバイトをしつつ仕事を覚えていきたいのだという。
まだ中学生である帯島には少々ピンと来ない話ではあったが、それでも進路の事が大事である事は理解出来た。
子供は、いつまでも子供のままではいられない。
いつか、少年時代をを終えて社会に出る時が来る。
だから、神田は決断した。
自分の望む進路に進む為に。
弓場隊という
帯島はそこに、一人の大人の姿を見た。
神田は、自分の行くべき道を選んだ。
ならば、自分がするべき事は別れを嘆き悲しむ事じゃない。
彼が、胸を張って
そこからは、我武者羅だった。
神田がいなくなっても隊を回せるように、様々な事を彼に教わった。
基本的な立ち回りから、戦術の組み方。
万能手としての心構えや、経験から来るアドバイス。
前にも増して意欲的になった帯島は、スポンジのようにどんどん神田の知識を吸収していった。
その姿を見て、弓場隊の面々は安堵していた。
これならば、大丈夫そうだと。
神田がいなくなっても、彼女はちゃんとやっていけると。
完全に、心の整理が付いたワケではない。
いざ別れの時が来れば、その時は大泣きするだろう確信がある。
けれど。
それでも、安心して神田がこの隊を最高の思い出に出来るように。
全力で。
全霊で。
彼に恥じない、戦いをする。
それが、自分の決意。
それが、自分の想い。
だから────。
「やあああぁぁぁ……っ!!」
「……!」
自身の首筋に迫る、木虎のスコーピオン。
帯島の首を刈り取る、致死の刃。
その斬撃を、弧月の鞘で彼女の手首をかち上げる事で制止させた。
今は帯島がバランスを崩して倒れ込みかけている状態であり、木虎は体重を乗せた斬撃を放っていた。
木虎の身長は、161㎝。
153㎝の帯島よりも、若干体格で優れている。
その木虎に上から攻められているのだから、まともに力比べをすれば負ける。
だから、彼女の虚を突く為に手首を狙った。
これが弧月のブレードでの返しであれば、危機感から反射的な対応が間に合う可能性があった。
だからこそ、帯島は弧月の鞘を用いた打撃で応戦した。
スコーピオンは、身体の何処からでも出す事が出来る。
素手で応戦すれば、反撃を食らう可能性が高かった。
なればこそ、咄嗟に鞘を使う決断を下したのだ。
木虎の攻撃を、無傷で凌ぎ切る為に。
「────」
「え……?」
しかし。
帯島は自身の斬り落とされた左手首を見て、目を見開いた。
木虎のスコーピオンは、A級特権で改造した特注型だ。
持ち手を中心に両端に刃があり、風車のように回転する機能がある。
故に。
木虎は、帯島に腕をかち上げられると同時に手首を捻り、スコーピオンを回転させて彼女の手首を斬り落とした。
「ぐ……っ!」
そして、間髪入れず脚部に生やしたスコーピオンで、帯島の胸を一撃。
トリオン供給機関を、正確に刺し貫いた。
「悪いわね。私も、簡単に負けるワケにはいかないの」
木虎はあくまで淡々と、致命傷を負った帯島に告げる。
単純な、技量と経験の差。
これまでの積み重ねも。
咄嗟の機転も。
ただ、戦歴の
B級隊員の帯島と、A級隊員の木虎では、戦闘経験の質が違う。
より多くの、実力者との戦闘経験。
それが、明暗を分けた。
成る程、帯島は確固たる決意を以てこの戦いに臨んだのだろう。
準備も怠らなかった。
判断も間違えなかった。
されど。
されど。
────────想いだけでは、実力差は覆らない。
加えて言えば、今の帯島は手負いの状態。
万全の状態で何とか勝負になるかもしれない、といった格上に、1対1で勝つには経験が足りなかった。
「ののさん」
『あいよ』
だが。
その想いを、汲み取る者がいた。
「やります」
『おう、ぶちかませ』
彼は、外岡は、少女の想いをその手に宿し、引き金を引いた。
「……!」
その狙撃に、木虎は間一髪で勘付いた。
七海達が破壊した壁の隙間から飛来した、一発の弾丸。
それは、正確に木虎の身体に狙いを定めていた。
無論、木虎は回避を選択しようとした。
「……!」
だが、出来なかった。
脚部のスコーピオンによって、木虎が致命傷を与えた帯島。
彼女が、木虎の足を抱え込んで拘束していたからである。
帯島に、既に戦闘能力は無い。
あと数秒で、彼女は緊急脱出する。
けれど。
けれど。
その意地だけは、健在だった。
一騎打ちに負けた、彼女の最後の足掻き。
それが、木虎の動きを封じていた。
あの局面で帯島を仕留めるには、腕ではなく足を使う必要があった。
しかし、その代償として、その足を帯島に抱え込まれ身動きを封じられた。
そう、確かに帯島単独では木虎には勝てないだろう。
だが、これは試合。
1対1の、
自分が落ちても、チームが勝てればそれで良い。
結果さえ出せば、過程は問わない。
これは、そういう戦いなのだ。
だからこそ、帯島は最期まで役割に準じた。
自身の脱落と引き換えに、木虎を仕留める為に。
「けど……っ!」
彼女がこうまでして木虎の動きを封じる以上、あの弾丸には必殺の意思がある。
故に、イーグレットでは有り得ない。
アイビス。
狙撃銃の中でも、最高の威力を誇るトリガー。
ランク戦では威力過多とされるその銃の弾丸は、集中シールドすら容易く打ち破る。
されど。
ならば、それを二枚重ねにすれば良い。
木虎は、弾丸に対し二重の集中シールドを展開した。
確かに、集中シールド1枚ではアイビスの狙撃は防げない。
けれど、二枚あれば話は別だ。
シールドは、展開した面積が小さければ小さい程その硬度を上昇させる。
木虎の乏しいトリオン量でも、徹底的に面積を狭めた集中シールドであれば二枚重ねで防御は足りる。
そう────。
「がっ……!?」
────────それが、普通のトリオンの持ち主の放ったアイビスであれば。
結果として、アイビスの弾丸は木虎の二枚重ねのシールドを貫き、彼女の胸を撃ち抜いた。
有り得ない。
幾ら木虎のトリオンが乏しいとはいえ、集中シールドの二枚重ねである。
大抵の単発攻撃は、これで凌ぎ切れる。
そうでなければ、おかしい。
「まさか……っ!」
そこで、気付いた。
アイビスは、使用者の
即ち。
大量のトリオンの持ち主が撃てば、木虎クラスの集中シールド二枚であれば貫通出来る可能性が出て来る。
しかし、この狙撃手が、外岡が特別トリオン量に優れているという話は聞かない。
だが。
だが。
今この試合には、その前提を覆す
ビッグトリオン。
隊員のうち一人を選択し、試合中そのトリオン量を評価値14相当に設定して戦う特別ルール。
弓場隊がこのルールを適用したのは、エスクードを大量展開した神田であると考えていた。
しかし。
考えてみれば、神田が
そして。
果たして、あの大量のエスクードは、本当に神田
思い返せば、不自然な点はあった。
この試合で神田は、最初に七海のメテオラを撃ち落として以来、アサルトライフルを使用していない。
増えたトリオンを有効活用するのであれば積極的に使用するべき銃手トリガーを、
銃手トリガーは、キューブのサイズという分かりやすい判断材料がある射手トリガーと違い、目に見える形で使用者のトリオンの多寡は分からない。
流石にシールドや建物を撃てばその威力でどの程度のトリオンの持ち主かは分かるが、逆に言えば
この試合中、神田が撃ったのは七海のメテオラのみ。
誘爆に巻き込まれた以上、神田の銃撃の
神田が人相手には銃を使わず、弧月のみで戦った理由。
この試合で銃手から万能手に立ち戻った、本当の意味。
それは、彼が万能手に戻ったというインパクトを利用して、そのトリオン量を
エスクードは、ノーマルトリガーの中でも燃費が悪い。
大量に展開するには、膨大なトリオンが必要になる。
だからこそ、弓場隊はエスクードを使用した。
ビッグトリオンを有効活用する手段として、この上ないトリガーであったからだ。
ただし。
この試合で展開されたエスクードの大部分は、
神田が直接展開したエスクードは、恐らく数本のみ。
他のエスクード、特に一度神田が姿を隠した後に展開されたそれは、全て本当のビッグトリオン適用者────────外岡が、出したものだ。
弓場隊の作戦は、こうだ。
神田が熊谷に目立つ形で戦いを挑み、こよみよがしにエスクードを使用する。
大量展開したエスクードを見せつけ、神田がビッグトリオン適用者であると誤認させる。
そして、その認識を利用し、本当のビッグトリオン適用者である外岡がそのトリオンを利用した一撃を決める。
神田が単独で熊谷に挑んだ事も。
その後姿を隠した事も。
万能手に戻った事も。
頑なに弧月を使い続けた事も。
全てはこの為。
ここぞという時、外岡のアイビスという
これが、神田の本当の策。
弓場隊を支え続けた、指揮官の一手。
してやられた。
それ以外、木虎に言葉はなかった。
『『戦闘体活動限界。
奇しくも、同時。
木虎と帯島は、共にトリオン体が崩壊し、光の柱となって消え失せた。