痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊・風間隊⑩

「外岡隊員の狙撃により、木虎隊員緊急脱出……っ! 帯島隊員の意地が、得点に繋がりました……っ!」

「驚きましたね。これは」

 

 村上は心からの感嘆と称賛を込め、頷いた。

 

「ありゃあ、見事と言うしかねーよな」

「ええ、ビッグトリオン適用者を誤認させるという弓場隊の作戦も、それを隠し通した神田隊員や外岡隊員、そして最期までチームの為に意地を見せた帯島隊員。全員、称賛されて然るべきでしょう」

 

 そう、あの作戦は、弓場隊が一丸とならなければ決して成功しなかった。

 

 まず、神田が熊谷と接敵した後、早々に逃走に成功しなければ弧月のみに拘る姿勢を不審に思われ、作戦がバレていた可能性がある。

 

 自然な流れで逃走に漕ぎ着け、その後も下手な反撃をせずに時が来るまで姿を隠し続けられたのは、紛れもなく神田の戦術眼が齎した功績だ。

 

 チームメイトの観測情報やオペレーターの支援を頼りに隠れてエスクードを展開していた外岡も、難しい仕事を見事にこなしたと言える。

 

 隠密行動に特化し、待ちを苦としない精神性を持つ忍耐力の優れた彼だからこそ、出来た役割だろう。

 

 そして勿論、帯島の戦果も忘れてはならない。

 

 あそこで木虎の回避を封じ、アイビスでの撃破に繋げられたのは間違いなく彼女の功績だ。

 

 もしも帯島がスパイダーに引っ掛かった時点で諦めていれば、あの結果には繋がらなかった。

 

 彼女が最初の一撃を凌ぐ事が出来たからこそ、木虎に足を使用した攻撃に踏み切らせる事が出来たのだ。

 

 スコーピオンは、全身の何処からでも出す事が出来る。

 

 それはどの部位からでも攻撃を繰り出す事の出来るメリットであるが、同時にその部位を相手に近付けなければならない、というリスクを抱える事を意味している。

 

 相手に近ければ近い程、スコーピオンによる攻撃は成功率が上がる。

 

 そして、スコーピオンを使用する者は基本的に機動力に優れたスピードタイプが多い。

 

 そういった者は得てして、相手の懐に飛び込んでの攻撃を得意とする。

 

 香取ほど前のめりではないものの、木虎も明確にこのタイプである。

 

 木虎は帯島の反撃を間に合わせないよう、最短最速で膝を使用して帯島の胸部を蹴り上げる形でスコーピオンを叩き込んだ。

 

 その判断自体は、間違っていない。

 

 あの場で躊躇すれば、帯島の反撃を受けていた可能性は高いからだ。

 

 しかし。

 

 帯島は、その木虎の躊躇のなさを逆手に取った。

 

 致命傷を負った後も諦めず、緊急脱出までの僅かな間、自分にトドメを刺した木虎の足を咄嗟に抱え込んだ。

 

 それが、功を奏した。

 

 これがなければ、木虎は間違いなく回避を選択していた筈であろうからだ。

 

 機動力を最大の武器とする木虎は、足を止める事を嫌う。

 

 自分が防御に向いていないのは、彼女自身自覚しているからだ。

 

 トリオンの少ない木虎が守勢に回れば、そのまま押し切られかねない。

 

 それを理解しているからこそ、木虎は足を止めない。

 

 受け止めるのではなく、動き回って被弾回数そのものを減らす。

 

 それが、木虎の戦い方。

 

 典型的な、スピードタイプの戦法である。

 

 彼女がシールドを用いて防御を行うのは、あくまで最終手段。

 

 それしか手がない時にのみ扱う、保険のようなものである。

 

 帯島は、その粘りを以て木虎の最終手段を引き出した。

 

 ある意味、彼女こそが今回のMVPと言っても差し支えないであろう。

 

「しかし、現時点でそれぞれ二人ずつ脱落し、数の上では五分(イーブン)ですが、今後の展開としてはどう見ますか?」

「そうですね。まず、それぞれの隊の優位な点に着目していきましょうか」

 

 村上はそう言って、人差し指を立てた。

 

「まず、那須隊にとって優位な点は相手チーム全員の位置が判明した事です。特に、狙撃手の外岡隊員の位置があの狙撃で割れました。これは大きい」

「外岡の隠れ上手っぷりは中々のモンだからなあ。最初の一発を確実に当てる野郎が、見つかってんのは大きいと思うぜ」

 

 まあ、仕事を終えた後だから当然だけどな、と諏訪は続ける。

 

 確かに、狙撃手の外岡の位置が割れているのはこの上ないメリットだ。

 

 外岡は、狙撃手の中でも特に隠密に優れた隊員だ。

 

 彼の隠形の技術はボーダー内でも随一のものであり、潜伏中の彼を発見するのは至難の業だ。

 

 状況判断能力や戦術眼も優れており、相手からすれば真っ先に落としておきたい隊員であると言える。

 

 この試合においては、菊地原の次に那須隊が探し当てたかった相手の筈である。

 

「ですが、懸念材料もあります。外岡隊員のトリガーセットが、現時点で判明していない事です」

「ああ、普段通りのトリガーセットなら残ってんのは一つくれーだろーが、裏をかいてライトニングやイーグレットを抜いてる、なんて事もあるかもしれねーしな」

 

 まず無ぇと思うけどよ、と諏訪は付け加えた。

 

 確かに、彼等の言う通りだ。

 

 外岡は、弓場隊のビッグトリオン適用者だ。

 

 ならば、トリガーはまず間違いなくフルセットで積んでいる。

 

 普段の外岡のトリガーセットは、メインがイーグレット・アイビス・シールド・ライトニング。

 

 サブがバッグワーム・シールドであり、今回は此処にエスクードが加わっている。

 

 このままであっても、残り一つ、最後の枠が空いているのだ。

 

 そこに、一体何のトリガーをセットしているのか。

 

 これが、今後の戦況を分ける可能性があるのだ。

 

 とは言っても、外岡のポジションは狙撃手。

 

 彼が荒船のように近接戦に通じているという話は聞かないし、射手のノウハウも無い筈だ。

 

 基本的に、狙撃手は己の役柄のみを鍛え上げ、余計なトリガーには手を出さない。

 

 そうでなければ、習熟度が足りなくなるからだ。

 

 狙撃手の面々は、総じてストイックな者が多い。

 

 チャンスが来るまでどれだけの時間であろうと待ち続け、機会を逃さず仕事を遂行する。

 

 それが狙撃手の役目である以上、ある程度のプロ意識は必須である。

 

 だからこそ、狙撃手は余計な寄り道を嫌う傾向にある。

 

 他のトリガーに手を伸ばすくらいならば、狙撃の技術を鍛えた方が効率的。

 

 これが、ボーダーの狙撃手の基本思考である。

 

 狙撃手の到達点(ハイエンド)である東春秋も、これは同じだ。

 

 彼の場合は並外れた戦術眼も複合しての評価ではあるが、そもそも上位の狙撃手は相応の戦術能力を持ち併せているものだ。

 

 狙撃手は、全体を俯瞰する視点がなければならない。

 

 戦場全体の動きを観察し、ここぞという時に引き金を引いて仕事を遂行する。

 

 だからこそ、外岡が安易に他のポジションのトリガーに手を出す事は無いだろうと推測出来る。

 

 故に、可能性が高いのはオプショントリガー。

 

 エスクードのような、味方の支援が出来るタイプのトリガーである。

 

 隠岐のようにグラスホッパーを積んでいる可能性もあるし、かつての鳩原のようにスパイダーをセットしているというパターンも考えられるだろう。

 

 候補はある程度絞られはするが、完全には特定出来ない。

 

 この未知は、外岡の有利に働く筈だ。

 

「次に、弓場隊側が有利なポイントを挙げていきましょう。まず、相手のエースの木虎が落ちた事。これは大きな優位点です」

「補助から切り込み役まで出来る前衛が、落ちちまったからな。これは嵐山隊としては痛ぇだろーぜ」

 

 木虎の脱落。

 

 これが齎す影響は、大きい。

 

 木虎は、嵐山隊の中では唯一と言って良い前衛だ。

 

 嵐山や時枝は万能手であり、スコーピオンで近接戦も対応可能だ。

 

 だが、基本は銃手としての立ち回りに近く、中距離戦が彼等の本領だ。

 

 木虎もまた万能手ではあるが、その分類は至近距離での格闘戦を得意とする近距離万能手(クロスレンジオールラウンダー)

 

 近接戦への適正が、そもそもズバ抜けて高い。

 

 相手のエース攻撃手とも、真っ向からやり合えるポテンシャルを持つ前衛。

 

 それが、木虎なのだ。

 

 その木虎が落ちた以上、嵐山隊の近接戦への適性が大きく下がる事は避けられない。

 

 嵐山隊は、木虎の加入から順位を急激に上げてA級にまで上り詰めた部隊である。

 

 つまりそれだけ、木虎が隊に齎した影響は大きいのだ。

 

 その木虎の脱落は、単純な数以上に重い意味がある。

 

「恐らくですが、那須隊側の作戦では木虎隊員が帯島隊員を仕留めた上で主戦場に戻り、三人がかりで弓場隊の二人を潰すつもりだったのでしょう。ですが、木虎隊員が落ちた以上この戦法は使えません」

「あいつがいるといないとじゃ、かなり差があっからな。こいつは痛ぇだろーぜ」

 

 現在、5階の吹き抜け付近で戦っているのは四名。

 

 嵐山・時枝、そして弓場・神田である。

 

 此処に帯島を下した上で木虎が戻れば、確かに弓場隊の二人に押し勝てる可能性はあった。

 

 だが、木虎が落ちた今となっては無意味な仮定だ。

 

 ビッグトリオンでは無い事が判明した神田だが、それは同時にアサルトライフルの使用に制限がなくなった事を意味している。

 

 これまではビッグトリオン使用者を誤認させる為に人や建物に向けて銃撃を撃てなかったが、それも此処まで。

 

 真のビッグトリオン適用者を解禁した以上、その縛りを続ける意味は無い。

 

 此処からは、万能手らしく遠近両方に対応したスタイルで来る筈だ。

 

 四人の中で最も射程が短いのは弓場であり、それをどう神田がカバーしていくかが5階の戦闘のポイントとなる筈だ。

 

 木虎がいなくても、どちらかが圧倒的に不利、というワケではない。

 

 彼女がいない事で、優位に立てるチャンスを失ったのは確かであるが。

 

(だが、この作戦は木虎の個人戦力に依存し過ぎている。外岡がまだ隠れていたのに、木虎が落ちる可能性を考えなかったとは思えない)

 

 しかし、村上は解説をしながら、心中で疑問符を浮かべていた。

 

 解説慣れしていない為何処まで自分の客観視点を話して良いか判断出来ておらず、口には出さない。

 

 だが、七海を良く知る者として、違和感があるのは確かだった。

 

 即ち、本当に木虎任せの作戦を立てていたのか、という事だ。

 

 木虎は、確かに強い。

 

 個人の戦いで彼女に勝てる者は、そこまで多くは無い筈だ。

 

 されど。

 

 彼女より強い者はそれなりにいるし、尚且つこれはチーム戦。

 

 加えて、警戒しなければならない狙撃手の位置が、あの時点ではまだ割れていなかった。

 

 だというのに、木虎が一人で帯島を倒し、無傷で戻る、という想定は。

 

 どうにも、七海らしくない。

 

 木虎の実力を信用するしない、以前の前提として。

 

 七海であるなら、ある程度作戦に()()を持たせる筈なのだ。

 

 多少失敗しても、リカバリーが利くような臨機応変さ。

 

 それが、七海の戦術傾向だ。

 

 つまり、成功しようが失敗しようが、ある程度のリターンを得られる戦術。

 

 それを用意していたと考える方が、しっくり来る。

 

(……! 成る程、そういう事か……!)

 

 そこで、気付く。

 

 MAPに映る、とある反応。

 

 それを見て、村上は那須隊の真意を知った。

 

 

 

 

「那須先輩。条件はクリアされました」

 

 小夜子は作戦室で、熊谷に見守られる中通信を送る。

 

 彼女は、そして熊谷は。

 

 不敵な笑みを、浮かべていた。

 

()()()下さい」

『了解』

 

 

 

 

 合図は、響き渡る轟音だった。

 

 爆音と共に、モールの壁が吹き飛ばされる。

 

 外壁が破壊され、暴風雨が内部へ向かって雪崩れ込む。

 

 雨風が吹き荒れ、物が飛び、視界が悪化する。

 

 だが、本当の異変は、そこからだった。

 

 モールの外から、無数の光弾が降り注ぐ。

 

 その弾丸は複雑な軌道を描き、標的に向けて殺到する。

 

 ターゲットは、外岡。

 

 木虎を仕留めたばかりの彼を、夥しい数の弾丸が狙い撃つ。

 

「……!」

 

 外岡はその光弾の雨を見て、即座にエスクードを起動。

 

 咄嗟に展開したエスクードを、弾除けのバリケードとして利用する。

 

「な……っ!?」

 

 だが。

 

 外岡は、瞠目した。

 

 降り注いだ弾丸は、あろう事か強固な硬度を持つエスクードを、突き破った。

 

 その時点で外岡はこの弾丸が変化弾(バイパー)ではなく合成弾(コブラ)であると把握したが、それにしたって威力が()()()()

 

 即座に次のエスクードを展開する外岡だが、それもまた数秒で突破される。

 

 展開。破損。展開。貫通。

 

 それを、幾度も繰り返す。

 

 毒蛇の牙が、止まらない。

 

「く……!」

 

 最早エスクードでの防御は限界だと判断した外岡は、不意に背後を振り向いた。

 

 そして次の瞬間、外岡の姿が掻き消える。

 

 一瞬後に、彼の姿は通路の反対側へ出現していた。

 

 転移トリガー、テレポーター。

 

 彼がこの試合に臨むにあたってセットしていた隠し玉を、早々に使わされての退避だった。

 

 彼が先ほどまでいた場所は、無残に破壊し尽くされている。

 

 あのままあそこに留まっていれば、彼の身体は吹き飛んでいた事だろう。

 

「……!」

 

 そこで、気付いた。

 

 破壊された、外壁の淵。

 

 そこに、一人の少女が立っていた。

 

 浮世離れした美貌を雨風に晒し、濡れる髪をたなびかせてこちらを見据える少女の名は、那須玲。

 

 那須隊の隊長にして、高い技術を持った変化弾(バイパー)の繰り手。

 

 彼女はその周囲に普段のそれより明らかに大きなトリオンキューブを浮遊させ、闘志に満ちた視線で戦場を睥睨していた。

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