痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊・風間隊⑪

 

『那須先輩。テレポーターで逃げられました。外岡さんは無傷です』

「そう。分かった」

 

 那須は小夜子の通信に短くそう返答すると、眼下のモールを睥睨する。

 

 視界の先には、吹き抜け付近で対峙する嵐山隊と弓場隊の姿。

 

 そして、上階には七海と風間隊が。

 

 奥の通路には、テレポーターで間一髪逃げ切った外岡の姿がちらりと見える。

 

 それら全てを見据え、那須は澄んだ声で言の葉を紡ぐ。

 

「じゃあ、彼は私が倒す。それが済んだら、他の相手も」

 

 だから、と那須は告げる。

 

「玲一も、そっちで点を取って。こっちは、任せて良いから」

『ああ、頼んだ。玲』

 

 短いやり取り。

 

 だが、それで充分。

 

 那須は闘気を漲らせ、自身の標的をその目に捉えた。

 

「始めましょうか」

 

 一言、宣戦布告を告げ。

 

 美貌の狩人は、無数の光弾を従え跳躍した。

 

 

 

 

「ここで那須隊長が戦線に投入……っ! 初手の変化貫通弾(コブラ)で、開戦の狼煙を上げた……っ!」

 

 羽矢の実況に、会場がどよめいた。

 

 那須の戦線投入。

 

 それ自体は、予測されていた事だ。

 

 那須隊は、戦況を見極めて戦力を逐次投入する事で戦局を変えるやり方を基本戦術としている。

 

 故に、これまで音沙汰がなかった那須の参戦そのものは、予定調和でしかない。

 

 しかし。

 

 那須が見せた、弾丸の威力。

 

 これは、どうあっても見過ごせなかった。

 

 那須の使用した合成弾、コブラ。

 

 バイパーとアステロイドを合成したその弾丸は、シールド突破力を付加した変化弾、と説明するのが手っ取り早い。

 

 その威力は高く、広げたシールド程度は容易く食い破る。

 

 だが、エスクードを容易に破壊出来る威力かと言われれば疑問が残る。

 

 確かに、不可能ではないだろう。

 

 エスクードは頑強ではあるが、決して突破出来ない無敵の壁というワケではない。

 

 耐久力を超える負荷をかければ、破壊自体は可能だ。

 

 しかし、先ほどのコブラはあまりにも容易くエスクードを破壊していた。

 

 かなりの硬度を持つエスクードを、まるで紙屑のように貫いていた。

 

 これは、どう考えてもおかしい。

 

「こりゃあ、そういう事か?」

「間違いないでしょう。それ以外には有り得ない」

 

 しかし、何事にも例外がある。

 

 傍から見ればおかしい、那須の弾丸の威力。

 

 それを説明出来る理由が、()()()()()()()()ならば存在する。

 

 ビッグトリオンルール。

 

 特別ルール、内約の三つ目。

 

 ────────③試合中一度のみ、この方法で選んだ隊員が同じ部隊の隊員の半径5メートル以内で緊急脱出した場合、その隊員のトリオン量を評価値14相当に設定する────────

 

 ビッグトリオン適用者が緊急脱出した場合。

 

 一度のみ、その権利を味方に()()()()事が出来るルール。

 

 その条件は、ビッグトリオン適用者が脱落した()に半径5メートル以内にいる事。

 

 つまり────。

 

()()んだな? 熊谷が落ちた時、近くに那須が」

「そうとしか考えられません。近くにバッグワームで隠れていたのか、外壁の傍にいたのかは不明ですが、熊谷隊員が落ちた時に近くにいて、ビッグトリオンの権利を受け取ったのでしょう」

 

 あの時、いたのだ。

 

 熊谷がテレポーターで転移し、歌川を落としたと同時に緊急脱出した際。

 

 近くに、那須は潜んでいたのだ。

 

 あの時、熊谷が落ちた場所は外壁のすぐ傍。

 

 加えて言えば、七海や熊谷のメテオラで瓦礫はたくさん転がっており、身を隠す場所は幾らでもあった。

 

 その時内側にいたか外側にいたかは分からないが、どうあれそういう事であれば那須の弾丸の威力の説明もつく。

 

 射手トリガーは、使用者のトリオンを射程・弾速・威力に振り分ける形でチューニングを行い、射出する。

 

 そして、当然の理屈として絶対量が多ければ多いほど威力や射程に割くトリオンは増える。

 

 つまり、トリオンが増えたのならば、弾丸の威力が上がるのはむしろ当然。

 

 その最たる例が、二宮だ。

 

 二宮は、ボーダー内でもトップクラスのトリオンを持つ。

 

 故にその弾丸は射程・弾速・威力、その全てが高水準である。

 

 今、那須はその二宮クラスのトリオンを所持している。

 

 彼に匹敵する威力の弾丸を撃てたとしても、なんらおかしくはない。

 

「ようやく、熊谷隊員の動きが腑に落ちました。ビッグトリオン適用者は、いわば切り札。早々に切るのも手ではありますが、弓場隊がやったようにここぞという時の決め手として開帳した方が効果は高い」

「確かに、これまでの那須隊の戦術を見りゃあそっちの方が()()()よな? 初手ぶっぱは、どうにもあいつ等らしくねえ」

「ええ、俺もそこは疑問に思っていました。抱え落ちを恐れるような人達じゃありませんし、序盤でいきなり手札を切るのは意外だなと」

 

 村上の言う通り、那須隊は派手な陽動を最初から仕掛ける事こそあるが、ここぞという切り札の切り時は慎重に見極めていた。

 

 しかし、ビッグトリオン適用者という強力な手札(カード)を、この試合では最初に切ってきた。

 

 前例の無い特別ルールだからこそ、それに応じた戦術を取った。

 

 そういう解釈も出来る。

 

 実際、村上はそう考えていた。

 

「ですが、本当の狙いはこれだったんです。序盤の攪乱役として熊谷隊員が敢えて目立つように戦い、密かに那須隊長にビッグトリオンを引き継ぐ。本当の切り札として、彼女を運用する為に」

 

 だが、それは違った。

 

 最初から、熊谷は試合で落とされる事を前提に出て来ていたのだ。

 

 後先を考えない、初手の過ちではない。

 

 戦術の想定、そのものが違ったのだ。

 

「弓場隊とは逆の発想です。弓場隊はビッグトリオン適用者を誤認させて決め手を狙いましたが、那須隊はビッグトリオン適用者を表に出した上で、その恩恵を最大限に利用した。本当の切り札を、この局面で出す為に」

 

 弓場隊は、エスクードの大量展開という手段でビッグトリオン使用者を誤認させ、決定打となる一撃を狙った。

 

 那須隊はビッグトリオン使用者という大戦力を最初から表に出す事で序盤の流れを掴み、後にそれを那須に継承する事を狙った。

 

 この局面。

 

 互いに相応に消耗した状態で、万全の那須を戦場へ投入する為に。

 

「ビッグトリオン適用者が継承された場合、その継承者が落とされた時点で試合は終了。相手チームには追加点が入ります。だからこそ、ビッグトリオン継承者は万が一にも迂闊に落ちる事があってはなりません」

「だから、外岡の位置が分かるまでは隠れてたんだな」

「ええ、ビッグトリオンを継承した相手を狙撃手が狙わない理由はありませんから」

 

 ビッグトリオンルールには、もう一つのルールがある。

 

 即ち、ビッグトリオンを継承した隊員が落とされた場合、相手チームに追加点が加わり、その時点で試合が強制終了されるというルールが。

 

 つまり、ビッグトリオンを継承した那須が落とされれば、その時点で試合は終了。

 

 他がどれほど優勢であろうと、試合が終わってしまえば意味がない。

 

 故に、ビッグトリオン継承者は慎重な立ち回りが求められる。

 

 ビッグトリオンという強大な力を手にする事は出来るが、その代償として落とされた場合のリスクを背負う。

 

 まさに、諸刃の剣なのである。

 

 そして、そんな相手であれば、不意打ちこそが真骨頂である狙撃手が狙わない理由は無い。

 

 特に、外岡は隠密に特化した狙撃手だ。

 

 一度姿を現す────────即ち、狙撃を敢行するまでに位置を補足する事は難しい。

 

 そして、彼が本当のビッグトリオン適用者であった事実から、彼が姿を見せる前に那須が出ていれば、仕留められていた確率は低くない。

 

 トリオン14のアイビスという手札は、それだけ強力なのだから。

 

「けど、外岡が出た以上憂いがなくなったってんで出て来たってワケか。相変わらずえぐい手使うなぁ、那須隊はよお」

「まあ、本当ならあそこで外岡隊員を落としておきたいところだったのでしょうが、テレポーターで逃げ切ったのは流石でしたね」

「逆に言やあ、奥の手を早々に切らされた、って事でもあるけどな」

 

 そう、外岡の最後のトリガーセットであろう、テレポーター。

 

 あれは、この試合で裏をかく為に用意した切り札であった筈だ。

 

 しかし、その手札を那須の変化貫通弾(コブラ)から逃げ切る為に使ってしまった。

 

 そうしなければ、あの弾幕から無傷で逃げ切る事は不可能であっただろう。

 

 だが、テレポーターという隠し札を見せてしまった事実は覆らない。

 

 テレポーターの扱いに関しては、茜を擁する那須隊に一日の長がある。

 

 その運用や、弱点。

 

 対処方法等も、既に頭に入っている筈だ。

 

 テレポーターは確かに便利ではあるが、制約も多いトリガーだ。

 

 初見殺しとしての性質は凶悪なものの、種が割れてしまえば幾らでも対策のしようはある。

 

 加えて、幾らトリオンが増えても外岡は狙撃手。

 

 隠れての狙撃がその役割であり、正面きっての戦いには向いていない────────どころか、まず出来ない。

 

 近付かれても平然と生還する、なんて所業は特級の例外(東春秋)を除いて早々に出来る事ではない。

 

 ライトニング以外の狙撃銃には一度撃った後再装填(インターバル)が必要な以上、中距離戦で射手に勝てる芽はほぼ無い。

 

 それを補う為の手札がエスクードであり、テレポーターだったのだろうが、既に初見殺しの利は失われた。

 

 この情報アドバンテージの損失は、決して軽くはない。

 

 那須の初撃の最大の戦果は、この情報取得にあるだろう。

 

「こうなった以上、弓場隊側は外岡隊員のフォローに動かざるを得ないでしょう。そこをどう対処するかで、今後の展開が変わって来るでしょうね」

 

 

 

 

「ちっ……!」

 

 弓場は那須の姿を見据え、即座に彼女を狙う動きを見せた。

 

 那須はこちらを一瞥したのみで跳躍し、真っ直ぐ外岡のいる方角へ向かっている。

 

 このまま彼女を放置すれば、遠からず外岡は落とされるだろう。

 

 エスクードでの妨害にも限度があるし、テレポーターという切り札は既に見せてしまった。

 

 この状態で狙撃手を見逃す程、那須玲という射手は甘くはない。

 

 一度引き離されれば、機動力に長けた那須を追う事は非常に困難だ。

 

 故に、此処で追うしかない。

 

「……!」

 

 だが。

 

 その程度、嵐山隊(かれら)も理解している。

 

 嵐山と時枝は、同時にアサルトライフルで銃撃。

 

 二方向から同時に銃撃を向けられ、弓場はグラスホッパーを展開。

 

 ジャンプ台トリガーを踏み込み、同時に嵐山達二人にバイパーを見舞う。

 

 二人は共にシールドを広げ、バイパーを防御する。

 

 弓場はその隙に二人の射線から逃れ、那須の方へと駆け出した。

 

「────」

「……!」

 

 だが。

 

 そんな弓場の側面に、いきなり時枝が現れた。

 

 今の距離を、一瞬で駆け抜ける事は不可能。

 

 ならば、答えは一つ。

 

 テレポーター。

 

 先ほど外岡も使用したそれを用いて、時枝は弓場の近くに転移していた。

 

 放たれる、銃撃。

 

 回避は、間に合わない。

 

 弓場は迫るアステロイドに対し、シールドを展開。

 

 全てを防ぎ切る事は出来ないかもしれないが、回避の時間を間に合わせるには充分。

 

 故に、弓場はグラスホッパーを展開し────。

 

「弓場さん……っ!」

「……!」

 

 神田の叫びでそれを中断し、それと同時に弓場の背後にエスクードが出現。

 

 ()()からの嵐山の銃撃は、エスクードによって防がれた。

 

 嵐山もまた、先ほどの位置から移動していた。

 

 その移動距離から考えて、間違いなくテレポーターを使用している。

 

 もしもあのまま弓場がグラスホッパーで上に跳んでいれば、エスクードでの防御が出来ず、撃たれていただろう。

 

 エスクードは確かに強固な防御手段と成り得るが、展開には相応の面積を持った足場が必要になる。

 

 つまり、空中に出ればエスクードによる守りは期待出来ない。

 

 単なるシールドの上位互換、というワケではないのだ。

 

 それぞれに優位な点と不利な点があり、扱い方にも差異がある。

 

 その事を理解していた神田はいち早く嵐山に気付き、弓場の跳躍を防いだ。

 

 あのままであれば弓場が落とされていた可能性もあったのだから、お手柄と言えよう。

 

「…………逃がしちまったな」

 

 しかし、その代償として那須は既に弓場や神田の射程外へと逃れていた。

 

 幸い、モール自体がそこまで広くない為絶対に追いつけないというワケではない。

 

 だが、嵐山達の妨害がある中で、外岡が落とされる前に那須に追いつけるか。

 

 その点に関しては、分からないとしか言いようがない。

 

 外岡がどの程度、那須相手に粘れるか。

 

 そこが、分かれ目になるであろう。

 

 もし、那須が外岡の撃破に成功した場合。

 

 トリオン14の射手が、機動力を持った二宮と言える相手の脅威が、こちらに向く。

 

 狙撃手を片付ければ、合成弾を解禁して来るであろう事は想像に難くない。

 

 何せ、弓場隊側の位置は全てバレているのだ。

 

 射程外で合成弾を生成し、撃ち込む事など那須にとっては朝飯前だ。

 

 流石に、そうなれば完全に詰みだ。

 

 風間隊が生き残っていても、弓場隊が全滅すればルール上その時点で試合は終了。

 

 こちらの負けとなる。

 

 故に、一刻も早く外岡のカバーに向かい、共同で那須の相手をする必要がある。

 

 幸い、七海は最上階で風間達と戦闘中であり、こちらに来る事は無い筈だ。

 

 あの風間と菊地原のコンビ相手に、戦闘を離脱する隙があるとは思えない。

 

 無論、懸念事項は二つほど残っているが、こうなった以上はやるしかない。

 

 ビッグトリオンの継承という手札を切られた以上、分が悪いのは事実。

 

 されど、諦める理由にはならない。

 

 不利は承知。

 

 困難は当然。

 

 けれど、膝を折るには早過ぎる。

 

 まだ、自分たちは負けてはいない。

 

 分が悪い、程度で諦めていては、上を目指す事など出来はしないのだから。

 

「気張んぞ、神田ァ!」

「はい……っ!」

 

 二人は共に銃を構え、嵐山隊と対峙する。

 

 文字通り嵐が吹き荒れた戦場は、佳境へ至ろうとしていた。

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