痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊・風間隊⑫

 

「成る程」

 

 風間は菊地原と共に七海と対峙しながら、ちらりと5階を一瞥した。

 

 二人は油断なく構えており、隙は一切見当たらない。

 

 故に、七海も迂闊な踏み込みは出来ないでいた。

 

「外岡の狙撃を待ち、ビッグトリオンになった那須を戦線に投入。一気にカタをつける。これがお前たちの作戦か」

「…………」

 

 七海は風間の問いに、否定も肯定もせず押し黙る。

 

 戦闘中の会話は好む者と好まない者がおり、その理由は様々だ。

 

 よくある漫画の戦闘シーン等では喋りながら戦う姿を良く見かけるが、ことボーダーの者達に限れば基本的にその理由は実利一辺倒だ。

 

 会話を好む者はそれを糸口として相手の心理状態や戦術を見抜き、判断材料に加える為という者が多い。

 

 あとは単純に時間稼ぎがしたい場合、といったケースもある。

 

 ただ話したいから話す、といった者はむしろ稀だ。

 

 戦闘狂(バトルジャンキー)の太刀川や米屋等も、口で語るくらいなら剣で語るクチだ。

 

 むしろ、戦闘にのめり込む者ほど戦闘中は余計な会話(コト)はしないのだ。

 

 口を動かす暇があるなら、手を動かして斬りかかる。

 

 それが、ボーダーの擁する戦闘狂達の理屈(じょうしき)である。

 

 風間の場合は、むしろ理由が一定でない場合が多い。

 

 相手の心理状態や作戦を見抜く為に話しかける事もあれば、時間稼ぎの為に会話をする場合もある。

 

 そしてごく稀に、単純な興味から話しかけるといったケースも存在する。

 

 ずっと喋り続けているならともかく、一言二言程度であればそういった理由で話しかける者はそれなりにいる。

 

 無論それは一呼吸置く為(インターバル)を兼ねている場合が殆どだが、それでも皆無ではない。

 

 風間はむしろ、どんな理由でも会話を試みるからこそ、真意の特定がやり難い。

 

 七海のサイドエフェクトは、あくまで被弾範囲を識れるだけ。

 

 影浦のように、相手の感情を推し量る事は出来ない。

 

 故にこそ、迂闊な返答は躊躇われた。

 

 風間であれば、たった一言からこちらの思惑を見抜いてもなんらおかしくはないのだから。

 

「無言は肯定と同義だぞ、七海。王子あたりにも言われなかったか」

「……!」

 

 広がる、一瞬の動揺。

 

 そこを見逃さず、風間は一息に距離を詰めて斬り込んできた。

 

 七海は間一髪、それをスコーピオンで防御。

 

 そして、側面に迫る菊地原をもう一方のスコーピオンで凌ぎ、バックステップでその場から跳び退いた。

 

「お前が口下手なのは承知しているが、口頭での駆け引きそのものを放棄すれば思わぬ隙を生む可能性がある。自覚があるのなら、むしろ会話を打ち切って斬りかかるべきだったな」

「…………ええ、すみません。不甲斐ないところを見せました」

「構わん。お前の唯一と言って良い弱点だ。これに関しては、そういった系統の指導を疎かにした俺達にも非がある」

 

 他にも鍛えるべきところは山ほどあったからな、と風間は軽く笑いながら告げる。

 

 無論、此処で笑い返そうものなら返礼を刃で叩き返されるのは想像に難くない。

 

 幾ら弟子のような相手とはいえ、目の前で出来た隙を見逃すほど風間は甘くはないからだ。

 

「今のお前の目的は分かっている。俺達二人を相手にした時間稼ぎ、だろう? 時間さえ稼げれば、後は那須が全てに始末をつける。そういう算段で動いているであろう事は予測済みだ」

「今の彼女、おっかないからね。あの機動力に二宮さん並みのトリオンが加わったとか、控えめに言っても悪夢だし」

 

 菊地原の追随に、七海は那須の評価を誇りたい気持ちになんとか蓋をしながら、油断なく二人と対峙する。

 

 風間達の言う通り、今の那須の脅威度は普段の比ではない。

 

 ただでさえ那須は、機動力に優れた天才的射手という、得難い個性を持っていたのだ。

 

 それにトリオン量の暴力まで加われば、どうなるかは想像に難くない。

 

 その結果が、下の階層で起きている()()()だ。

 

 風間は下層の惨状を見据え、険しい顔で七海に向き直る。

 

「あまり、時間をかけてはいられないようだ。本気で、潰しに行くぞ」

 

 

 

 

「逃がさない」

 

 那須はモールの中を駆けながら、変化弾(バイパー)を射出。

 

 逃げる外岡に対し、包囲射撃を仕掛ける。

 

「く……!」

 

 外岡は即座にエスクードを展開し、壁を作ると共に再び疾駆。

 

 少しでも距離を離そうと、モール内を駆ける。

 

「無駄」

 

 しかし、展開したエスクードはそう長くは保たなかった。

 

 先ほどと違い、那須の繰る弾は合成弾ではなく通常のバイパー。

 

 初手の時のように紙屑のようにエスクードが破壊される、といった事はないものの、弾丸の一点集中でさほど時を経ずに突破される事に変わりはない。

 

 だが、それでも数瞬の時間が稼げている事は事実。

 

 その隙に外岡はひたすらに走り、那須との距離を稼ぎ、あわよくば雲隠れせんと狙う。

 

「────メテオラ」

「……!」

 

 だが、そんな目論見は那須とて承知の上。

 

 那須はその場で壁を蹴って跳躍すると、外岡の進行方向にメテオラを射出。

 

 轟音と共に着弾した爆撃が、外岡の進路を物理的に破壊した。

 

「く……っ!」

 

 仕方なく、外岡は当初の予定とは別の進路を進む。

 

 今向かおうとした進路とは違い、吹き抜けに近い────────即ちある程度開けている通路ではあるが、此処で立ち止まればそれこそその時点で終わってしまう。

 

 外岡は、今の那須と同じビッグトリオン適用者。

 

 しかし、狙撃手が射手と同じ距離での撃ち合いなど出来るワケがない。

 

 狙撃手の役割は隠れ潜み、影から味方を援護し、チームを勝利に導く事。

 

 間違っても、怪物的な技量の射手と正面から渡り合う事ではない。

 

 これが、普段の那須であればまだ芽はあった。

 

 那須は技術こそ天才的だが、トリオン量は特筆するほど高くはない。

 

 射手としては充分やれる数値ではあるが、驚異的、という程ではなかった。

 

 しかし今の那須には、二宮並みのトリオンが備わっている。

 

 それはつまり、技量だけでこれまでの戦闘を乗り切って来た少女に、力押しという手段が加わった事を意味する。

 

 力に任せたごり押しは、単純だからこそ強力だ。

 

 シンプルイズベストという言葉があるように、単純だからこそ生半可な抵抗では凌げない怖さがある。

 

 事実、その極地である二宮は、ハウンドとアステロイドという二つの手札を使うだけで、1対1で戦う相手はほぼ鏖殺してしまえる。

 

 単純という事は、それだけ付け入る隙が少なく、同等の力を以て立ち向かう他に有効な手がないという事でもある。

 

 加えて言えば、二宮も那須も、射手として相当な技量を誇る。

 

 力押ししか出来ないのではなく、敢えて力押しを選ぶ。

 

 この違いは、大きい。

 

 ごり押しも搦め手も同じように習熟しているのであれば、これはこの上ない脅威となる。

 

 何せ、力押しだけしか出来ない相手とは違い、策を弄して相手を潰す、という択が取れるという事は、単純に力で対抗するだけでは勝てない、という事を意味している。

 

 格上だろうが格下だろうが、脳筋だろうが堅実だろうが、常に勝てる可能性を0に出来ない存在。

 

 これが脅威でなくて、なんだと言うのか。

 

 力押しだけが能ならば、格上相手に勝つ芽は無い。

 

 しかし、それだけではなく搦め手も扱えるとなれば、格上と対峙した場合にも勝つ可能性が生まれて来る。

 

 那須は元々、格上殺し(ジャイアントキリング)を可能とするだけのポテンシャルがあった。

 

 機動力を駆使した彼女の立ち回りは、見た目は派手だが射手の基本戦術に即している。

 

 味方の援護を行いながら、隙あらば自分でも得点を狙う。

 

 本来得点をし難い射手というポジションでありながら、隊のエースを担って来た経験は伊達ではない。

 

 その彼女が、トリオン量の暴力というこの上ない武器を得たのだ。

 

 幾らトリオンが増えたからといって、狙撃手の外岡が単独で相手に出来る存在ではない。

 

 むしろ、瞬殺されないだけ良くやれていると言える。

 

(東さんじゃねーんだから、このまま逃げ切りとか無理だよな。さて、どうすっかね)

 

 このまま逃げていても、いずれは補足されるのは自明の理。

 

 切り札としていたテレポーターも、早々に見せてしまった。

 

 今の那須の射程ならば、テレポーターの転移先に弾を()()ことなど朝飯前だろう。

 

 トリオン14という圧倒的な力を得た那須の射撃トリガーは、威力・射程・弾速、そのいずれもが普段と比較にならない。

 

 高いトリオンを持つという事は、それだけ各々に振れる数値が大きいという事でもある。

 

 多少距離を稼いだ程度では、逃げ切る事など出来ないであろう。

 

 外に出る、という選択肢もあるが、このMAPはモールの外が開けており、格好の狙撃の的になり易い地形だ。

 

 つまり、外に出れば文字通り逃げ場がなくなる。

 

 那須の機動力を以てすれば、一瞬で補足されて終わりだろう。

 

 テレポーターを見せる前であればどうにかなったかもしれないが、既に初見殺しの利は失われた。

 

 故に、外岡にはモール内で戦う以外の選択肢は残されていない。

 

 場所的に狭く、瓦礫や障害物が多いモール内の方が、まだどうにかなる可能性がある。

 

 もっとも、それは外よりはマシ、という程度でしかないのだが。

 

(このまま俺が落とされたら、那須さんはきっと弓場さん達のトコに向かうよな。風間さん達の方に行くかもしれないけど、上には佐鳥がいるしなあ)

 

 外岡が落とされた場合、那須隊はビッグトリオン適用者を落とした報酬として追加点が加算される。

 

 現在の得点は、弓場隊が熊谷・木虎を落とした事で4Pt。

 

 那須隊は、歌川、帯島を落とした事で3Pt。

 

 ここで外岡を落とせば、合計5Ptとなる。

 

 此処から狙える那須隊としての理想的な流れは、七海が風間・菊地原の両名を倒し、B級隊員がA級隊員を倒した事でのボーナスを含めた四得点を獲得。

 

 更に弓場隊を全滅させれば、外岡のボーナスを含め8得点。

 

 生存店を含めれば、10得点が得られる。

 

 無論、これはあくまで理想的な流れだ。

 

 風間隊を七海ではなく嵐山隊の誰かが落とせばA級撃破ボーナスを得られない為得点は下がるし、弓場隊を先に全滅させれば自動的に試合終了となり、それ以上の得点は得られない。

 

 しかしどちらにせよ言える事は、那須を野放しにすれば戦況が一変する、という事だ。

 

 今の那須の相手は外岡は勿論、弓場や神田にも厳しい。

 

 何せ、射程は圧倒的に那須が上なのだ。

 

 しかも機動力でも勝っており、距離を取られて延々と弾幕を貼り続けられれば一方的な展開に成り兼ねない。

 

 そうしないのは、偏に外岡がいるからだ。

 

 今の外岡はビッグトリオン適用者であり、狙撃銃の性能そのものが格段に上がっている。

 

 アイビスの威力は先ほど見せた通りであるし、イーグレットの射程も大幅に伸びている。

 

 ライトニングに関しても、文字通り閃光並みの速射が可能となっている。

 

 もしも雲隠れを許せば、那須を打ち倒す切り札(ジョーカー)に成り兼ねない。

 

 そもそも、狙撃手は影に潜んでのゲリラ戦こそが真骨頂。

 

 位置を補足されているが故に防戦一方の撤退戦の様相を呈しているが、こんなものはそもそも狙撃手の戦い方ではない。

 

 東ではないのだ。

 

 距離を詰められてからの逆転勝ちなど、そう簡単に出来るワケがない。

 

 しかし、逆に言えば位置が割れていない状態となれば、有利不利は裏返る。

 

 一度姿を晦ましさえすれば、優位は狙撃手の方にあるのだ。

 

 故に、那須は外岡の存在を無視出来ない。

 

 弓場や神田を放置してまで、即断で外岡を潰す選択をしたのはその為だ。

 

 万が一にでも見逃す事が出来ない相手。

 

 それが、今の外岡なのだから。

 

(那須さんは、俺を放置出来ない。だから俺が逃げ回っている間は弓場さん達は安全だけれど、それでも俺が落ちたらそっちに向かう。これは時間の問題でしかない)

 

 わざわざ口に出していたしな、と外岡は想起する。

 

 先ほど、那須はわざわざこちらに聞こえるように「外岡を落としたら他の相手も落としに行く」と告げた。

 

 これは、外岡に対する牽制だ。

 

 お前が姿を晦ませば、他の隊員を狙う。

 

 そういう意味を含めた、脅しである。

 

 無論、那須の最優先事項が外岡を潰す事である事などこちらも承知している。

 

 しかし、その上で外岡は下手に姿を隠す事が出来ない。

 

 何せ、今の那須にはトリオン量の暴威がある。

 

 もしも外岡が姿を晦ませば、無差別爆撃を敢行してもおかしくはない。

 

 そしてそれは当然、弓場や神田も爆撃の脅威に晒されるという事でもある。

 

 無論それは外岡の側からしても那須を仕留めるチャンスではあるのだが、爆撃に巻き込まれて落ちない保証は何処にもない。

 

 だからこそ、那須の脅しは真実味を持ってしまうのだ。

 

 意図が分かっていながら、乗るしかない。

 

 これは、そういう類の脅迫なのだから。

 

(けど、いつまでも逃げ続けられるワケがない。このままじゃ、俺は落ちる。これは確定事項だ)

 

 外岡は、ただの事実としてそれを受け入れる。

 

 狙撃手は、初撃を撃つまでが仕事。

 

 初撃を撃ち、役目を果たした後は、多くの場合そのまま落とされる。

 

 無論条件によっては再び雲隠れする事も可能だが、今回はそれが最悪に過ぎた。

 

 市街地Dは、狙撃手にとって天敵のようなMAPである。

 

 外の通路は狙撃の射線が通り易く、それ故に誰も外での戦いを選ばない。

 

 そして、モール内の戦いとなれば基本的に狙撃手は逃げ場がない。

 

 相手との取れる距離に限度があるのだから、当然逃げる事は難しい。

 

 隠れる場所が多いという利点はあるが、それでも一度見つかった狙撃手が簡単に逃げ切れる地形ではない。

 

 まず間違いなく、このままであれば時を置かず外岡は落とされるだろう。

 

 今の那須は、それだけの力があるのだから。

 

(…………一応、手が無い事は無い。けど、それは────)

 

 万策尽きた、というワケではない。

 

 一応、今の状況からでも取れる手自体はある。

 

 だがそれは、リスクを孕んだ────────否、自ら嵐を呼び込むような文字通りの大博打だ。

 

 下手をすれば、一気に状況が悪化する事も有り得る。

 

 果たして、この局面でその選択を取って良いものか。

 

 外岡は、葛藤した。

 

 自分の選択一つで、チームの今後が左右される。

 

 重い、重い決断だ。

 

(…………けど、此処で躊躇ってるようじゃ神田さんを笑って送り出せねーよな。帯島があれだけ意地を見せたんだ。俺も、覚悟を決めますかね)

 

 外岡は顔を上げ、自らの隊長へと通信を繋いだ。

 

「弓場さん」

『おう』

「作戦が────────いえ、提案があります。聞いて貰えますか?」

 

 逡巡は、一瞬。

 

 弓場の答えは、決まっていた。

 

『当たり前だ。話せ』

「了解」

 

 そして、外岡は弓場に己の選択を告げた。

 

 答えは、言うまでもなかった。

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