痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊・風間隊⑬

 

「こりゃまた、面白い事になってるねえ」

 

 観覧席に付くなり、犬飼は試合映像を見ておどけたような────────それでいて全く隙のない笑みを浮かべた。

 

 一度は部隊として、負けた相手。

 

 王座を譲り渡した、その張本人なのだ。

 

 今後ぶつかる可能性があるかは分からないが、それでも情報収集は怠らない。

 

 それが、犬飼という男である。

 

 今も、自分たちの試合が終わったその足でこの会場にやって来たのだ。

 

 偏に、那須隊の戦いを直に見る為に。

 

「那須さんに二宮さん並みのトリオンが加わったら、そりゃ強いわ。技術も凄いしね」

「だろうな。分かり切っていた事だ」

 

 そして、この場に来たのは犬飼だけではない。

 

 二宮もまた、辻共々この場に足を向けていた。

 

 彼もまた、気になるのだろう。

 

 那須隊の、行く末が。

 

 犬飼のそれは打算が多々含まれているが、二宮の場合は本当に興味の割合が強い。

 

 理屈で動くように見えて、感情最優先で動くのが二宮だ。

 

 だからこそ、前回の試合では慣れない解説などを引き受けたのだろう。

 

 那須隊が、七海が気になっているから。

 

 興味の対象から目を逸らす事が出来る程、器用ではないのだ。

 

「那須隊は勝ちを考えるなら、那須にビッグトリオンの権利を使わせるのが順当だ。だから、結果だけを見れば当たり前のそれに過ぎない」

「熊谷さんを捨て駒前提で使い潰してラストに那須さんに持ってくる、ってのも良いですね。これなら、万全のエースが何の憂いもなく暴れられる。合理的だね」

「トリオンが増えてもトリオン体の耐久力は変わらないし、万が一は常にあるからね。それを考えれば良く出来た戦術だ」

 

 言い方は様々だが、二宮隊の三人は口々に那須隊を称賛する。

 

 今回の那須隊の作戦は、あのROUND3までの彼女たちでは決して取れなかった戦術だ。

 

 味方の犠牲を許容出来ない。

 

 あの時の那須隊には、そんな弱さがあった。

 

 しかし、既にそれは克服し、自分たちを下すまでの成長を見せた。

 

 強くなっている事は分かっていたが、此処までとは。

 

 犬飼は特に、その想いを強くした。

 

「こうなると、弓場隊はキツイかな~。外岡くんが落とされれば、そのままなし崩しになりかねない」

「そうですね。狙撃手の脅威がなくなれば、那須さんも自由に動けるでしょうし。そうなると詰み、ですかね」

 

 彼等の言う通り、弓場隊の戦況は悪い。

 

 外岡は那須相手に命からがら逃げている状態だし、弓場と神田の二人も嵐山隊の二人にマークされて抜け出す事が出来ない。

 

 風間隊は、七海と戦っている真っ最中。

 

 下層への援軍は、期待出来ない。

 

 このままの状態が続くのであれば、外岡の撃墜を以てチェックがかかる。

 

 これは、そういう状況だった。

 

「このままであれば、そうだろうな」

「あれ? 二宮さん。その言い方だと、二宮さんはこれで終わらないと思ってる感じですか?」

 

 犬飼は二宮の言葉の微妙なニュアンスに気付き、問いを発する。

 

 それをいつも通り聞き流しながら、二宮は自身の意見を告げる。

 

「お前等、弓場隊を舐め過ぎだ。逃げてどうにもならないなら、もう答えは一つだろが」

 

 

 

 

「…………」

 

 5階の吹き抜け付近の戦闘は、膠着状態に陥っていた。

 

 銃撃と回避を繰り返し、互いに牽制しながら撃ち合いを続ける。

 

 そんな戦闘が、先ほどから継続されていた。

 

 戦闘が長引いているのは、偏に嵐山隊の二人のスタンスの影響である。

 

 嵐山も時枝も、深く踏み込もうとはして来ない。

 

 弓場の射程を理解している彼等は、決してリボルバーの射程には入らない。

 

 戦いの中の位置取りが、巧みなのだ。

 

 弓場の弾は届かず、自分たちの弾は届く。

 

 その距離を常に保ち、つかず離れず応戦する。

 

 そして何より、決して無理をしない。

 

 堅実な手を選び取り、とにかくリスクを排除する戦い方。

 

 完全に、時間稼ぎの構えだった。

 

 だが、二人の方針はこの上なく合理的である。

 

 このまま時間を稼ぎ、外岡を倒して那須が戻ってくればその時点でほぼ勝ちなのだ。

 

 此処で無理をする理由が、嵐山達には存在しない。

 

 嵐山も時枝も、万能手ではあるがその適正はどちらかというとサポーター寄りだ。

 

 それは当然個人の戦闘力が低い事を意味しないが、木虎のように相手に突っ込むよりも後方から味方を援護する立ち回りの方が性に合っている。

 

 こればかりは、適性の問題だ。

 

 木虎や香取のように点取り屋のエースとして最適な攻撃特化型もいるし、嵐山や時枝のようにサポーターとして縁の下の力持ちをする方がやり易い、という者もいる。

 

 そして弓場は当然前者であるが、神田は後者。

 

 この場で最も得点能力が高いのは、弓場だ。

 

 故に必然、神田の仕事は如何に弓場というエースを運用するか、という点にかかってくる。

 

 更にサポーター型である以上、積極的に攻撃に出る事は慣れていない。

 

 この場で突破力が高いのは当然弓場であるが、流石にA級二人の厚みを前に出来る事は限られている。

 

 結果として、嵐山隊は弓場と神田の足止めに成功し、此処から無理に戦況を変えるつもりがない。

 

 であるからこその、膠着状態。

 

 分かっていてもどうしようもない、一種の陥穽である。

 

『相変わらず、攻めて来る気配がないですね。案の定、時間稼ぎに徹する腹積もりのようです』

『だろうなァ。ったく、つまんねぇ手を打ちやがって────────たぁ、言えねぇな』

『そうですね。そうするだけの価値がありますから、むしろ当然でしょう』

 

 そう、二人は理解している。

 

 このまま徒に時間が経過すれば、自分達は詰むのだと。

 

 外岡の援護がない状態で彼女と相対すれば、生き残れる確率は殆どゼロに近い。

 

 だからこそ、嵐山隊は迷いなく時間稼ぎに徹しているのだ。

 

 そうすれば勝てるのだから、当然の結果ではある。

 

 面白くない事は確かだが、文句を言える筋合いはなかった。

 

 嵐山達は、勝つ為に当然の戦術を執っているに過ぎない。

 

 それを臆病だ卑怯だと罵るのは、お門違いというものだ。

 

 戦いは、勝った者が正義である。

 

 どれだけ努力しようが、どれだけ正々堂々戦おうが。

 

 負ければ、意味はないのだ。

 

 それが分かっているからこそ、むしろ手段を選ぶのは侮辱にあたる。

 

 選び過ぎないのも問題だが、妙なところで潔癖になっていては勝てる戦いも勝てなくなる。

 

 感情と合理性、その妥協が必要なワケだ。

 

 弓場は19歳でまだ未成年だが、自分の事を責任ある大人として認識している。

 

 その大人が、自分の好む戦法を取らなかった程度で癇癪を起こしては情けない。

 

 そういった分別(ケジメ)は出来るからこそ、もどかしいのであるが。

 

『だが、もう少しの辛抱だ。気張るぞ、神田ァ』

『押忍』

 

 神田は弓場の指示と共に、アサルトライフルを嵐山に向ける。

 

 アサルトライフルを持つ神田は、弓場と違い嵐山隊とほぼ同じ射程で勝負が出来る。

 

 嵐山達が弓場の拳銃を警戒し射程に入って来ない以上、射程を使って牽制するのは神田の役目だ。

 

 神田は引き金を引き、アステロイドで銃撃する。

 

 響く銃声、飛来する光弾。

 

 それを、嵐山は防御ではなく、回避で凌ぐ。

 

 弓場相手に一ヵ所に留まる愚は、嵐山は当然承知している。

 

 更に言えば、今の弓場にはグラスホッパーがある。

 

 一息で距離を詰められて、早撃ちで仕留められる可能性は常に存在するのだ。

 

 故に、どうしようもなくなった場合を除き、攻撃は回避一択。

 

 一度固められてしまえば、そこに弓場の銃撃が叩き込まれるのは目に見えているからだ。

 

 神田が固め、弓場が貫く。

 

 それが、これまでの弓場隊の必勝パターンなのだから。

 

 それを分かっているからこそ、足は止めない。

 

 友人相手でも────────否、友人相手だからこそ、手は抜かない。

 

 嵐山は弾丸を回避すると、すぐさま銃撃を開始。

 

 弓場と神田、その両名に向かって弾丸を撃ち放つ。

 

 二人は、当然回避。

 

 足を止めてはならないのは、弓場隊も同じなのだ。

 

 嵐山隊の二人が使用する弾丸は、アステロイドとメテオラの二種類。

 

 単純にシールドが割れるまで銃撃を続けられるのも脅威ではあるし、いざとなればメテオラで地形を変えられる。

 

 流石に七海達のように派手な爆撃は出来ないが、それでも相手を固めるには充分。

 

 固めた先から追い込んでいけば、それで得点出来るのだ。

 

 故に、四人の戦いは、如何に足を止めずに撃ち続けられるかに終始する。

 

 嵐山隊の二人にはテレポーターがあるが、これは濫用出来るものではない。

 

 何せ、視線の先を見逃さなければ転移先は予測出来る上、連続使用は不可能。

 

 予め転移先に攻撃を()()事が出来れば、防御が間に合わず被弾する。

 

 特に、弓場の早撃ちは撃ってから反応しても手遅れだ。

 

 それが分かっていながら、迂闊にテレポーターを使う事はないだろう。

 

 しかし、警戒すべき手札である事に変わりはない。

 

 一瞬にして距離を移動出来るというのは、矢張り便利なのだ。

 

 それに、視線で転移先が分かるのであれば、顔を隠してしまえばそれで済む。

 

 油断をすれば、テレポーターを駆使して不意打ちを仕掛けて来る可能性もある。

 

 故に、嵐山と時枝の二人から目を離す事が出来ないのだ。

 

 目を離せば、先ほどのようにテレポーターを利用した銃撃が来る。

 

 最初に危険を冒してテレポーターを使用したのは、その事を意識づける狙いもある筈だ。

 

 テレポーターを利用すれば先回りも可能となる以上、弓場と神田は嵐山達を放置出来ない。

 

 故に、時間稼ぎに付き合わざるを得ない。

 

 どちらも、()()()がないのだから。

 

 距離を詰める事が出来れば弓場の早撃ちでカタがつくが、二人の銃撃を掻い潜るのは少々厳しい。

 

 撃ち合いに応じているのが射程の関係上神田のみである事から、銃撃の()は嵐山隊の方が上となる。

 

 事実上2対1の形になっているから、致し方ない事ではあるのだが。

 

(だが、そろそろだ。きっと────────いや、必ず来る。あいつは、そういう奴だからな)

 

 

 

 

「バイパー」

 

 那須は普段よりサイズが増したトリオンキューブを展開し、射出。

 

 逃げる外岡に、再び弾幕を見舞う。

 

「……!」

 

 外岡は再び、エスクードを用いてバイパーを防御。

 

 だが、一転に集中したバイパーの群れが、展開されたエスクードを破壊する。

 

 壊れた先から再びエスクードが乱立するが、それもまた多少の時間稼ぎにしかなっていない。

 

 今の那須相手では、シールドでの防御はあってないようなものだ。

 

 バイパーそのものの威力が向上している上、射程や弾速も格段に上がっている。

 

 故に、シールドを広げても容易く食い破られ、集中シールドではそもそも全てのバイパーをカバーする事は出来ない。

 

 シールドでは、時間稼ぎにすらならないのだ。

 

 故にこその、エスクードの連続展開。

 

 エスクードは、シールドより遥かに頑強だ。

 

 今の那須のバイパーでも、数発程度は耐えられる。

 

 一点集中すれば容易く壊れると言っても、通常のシールドよりは保つのだ。

 

 稼げる時間は、数秒程度。

 

 しかし、その数秒がなければ、外岡はとっくに那須に捕まっていた筈だ。

 

 那須と外岡では、機動力に圧倒的な差がある。

 

 その上、那須は射程持ち。

 

 この条件で、普通に逃げ切れる筈がない。

 

 今以て外岡が落とされていないのは、モールという狭い戦場でエスクードを展開しまくり、余計な通路を物理的に封鎖しているからだ。

 

 封鎖した先から強引に破壊されてはいるが、それでもなんとかこれまでは生き残る事が出来た。

 

 エスクードがなければとっくに落とされていたであろう事は、想像に難くない。

 

 つくづく、この選択は最適だったと外岡は考えた。

 

(さて、そろそろっすね)

 

 外岡はオペレーターの藤丸から送信されたMAP情報を確認しながら、ちらりと後ろを見やる。

 

 その視線の先には、キューブサークルを従えた那須がこちらを追随していた。

 

 無理に距離を詰めないのは、万が一にも自分が落ちてしまう事態を警戒しているが故であろうか。

 

 今の那須はビッグトリオンという強大な力を得た代償に、存在そのものが文字通り試合を終わらせる爆弾と化している。

 

 彼女が仕留められる事は、イコール那須隊の敗北を意味する。

 

 故に、慎重に動くのはむしろ当然。

 

 だからこそ、そこを突いた。

 

「……!」

 

 外岡は、那須に向けて狙撃銃の銃口を向けた。

 

 その手に持つ銃は、ライトニング。

 

 那須隊の狙撃手である茜が愛用する狙撃銃であり、その特徴はトリオン量に応じた弾速の強化。

 

 ただでさえ、速射に優れた銃だ。

 

 今の、トリオン14となった外岡が撃てばどれほどのスピードになるかなど、想像する他無い。

 

 故に、それを無視するワケにはいかなかった。

 

 那須は展開していたキューブサークルを破棄し、新たなキューブを生成。

 

 それを、分割せずに叩きつけた。

 

 吹き荒れる、轟音と爆発。

 

 メテオラ。

 

 高トリオンの暴威が、モール内を席捲する。

 

 狙撃が危険なのであれば、撃たせなければ良い。

 

 だからこそ、手っ取り早い手段として爆撃を選択したのだ。

 

 あの爆発では、狙撃も中断せざるを得ない。

 

 ただでさえ、今のモールは破壊された外壁から外の暴風雨が入り込んでいるのだ。

 

 視界条件も悪く、しかも爆撃の直後。

 

 迂闊な反撃をするとは、思えなかった。

 

(居たわね)

 

 那須はレーダーを頼りに、外岡の位置を特定した。

 

 今の外岡は、エスクードを貼りながら逃走する為にバッグワームを解除している。

 

 まあ、既に姿を補足されている状態でバッグワームを使う意味がないので、当たり前ではあるのだが。

 

「え……?」

 

 そして、気付く。

 

 その外岡の反応が、一瞬にして別の場所に移動した事に。

 

「まさか……っ!」

 

 那須は、その可能性にすぐ思い至り、絶句する。

 

 まさか。

 

 まさか、そんな()()を打つとは、考えてもみなかったのだから。

 

 

 

 

「おし、来たな外岡ァ」

 

 那須が視線を向けた、その先。

 

 そこには弓場と、神田。

 

 そして、二人の背後に現れた、外岡。

 

 三人の弓場隊。

 

 それが、一堂に会していた。

 

 逃走ではなく、合流しての()()

 

 それを、外岡が選んだ結果であった。

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