痛みを識るもの   作:デスイーター

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Senior pride

『隊長、中央区で『荒船隊』が誰かとやり合ってるみたい。三対一で捌けてるって事は、七海先輩ですかね』

 

 オペレーター、宇井真登華(ういまどか)からの報告を聞き、柿崎は顔を顰めた。

 

 彼等『柿崎隊』は合流を優先した為、完全に初動が遅れまだ中央区に到達出来ていない。

 

 そんな中、真登華が中央区にいるのは『荒船隊』と断定出来たのは、()()()()()()()()を確認出来た為である。

 

 『那須隊』にも狙撃手はいるが、その数は一人だけ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()時点で、狙撃手だけで組まれたチームである『荒船隊』であると推測出来るのだ。

 

 そして、そんな状態で難なく攻撃を捌けている事から、戦っている相手は()()()()()()()特性を持つ七海である可能性が高い。

 

「それで、七海の動きはどうだ? 狙撃手を狩りに行ってないって事は、荒船とやり合ってるのか?」

『一ヵ所に留まって誰かと戦ってるみたいなので、多分そうですね。戦況までは、近くまで行かないと分かりませんが……』

「そうか。分かった」

 

 柿崎は真登華からの報告を受け、足を止めて思案する。

 

(七海が荒船とやり合ってるなら、その隙を突いて三人で…………いや、七海は乱戦をこそ得意としている。それに、狙撃手が生きている間に姿を晒すのは愚策だ)

 

 先日見たROUND1のログを思い返し、柿崎は険しい顔となった。

 

 ROUND1では七海はそのサイドエフェクトと機動力をフルに活用し、乱戦を完全にコントロールしていた。

 

 『諏訪隊』は完全にそれに翻弄され、あの村上でさえ来馬を狙われ続けた事で動きを制限されてその結果仕留められている。

 

 此処で下手にあの戦場に乱入するのは、七海の思う壺だ。

 

 乱戦こそ彼の得意分野であるならば、その得意分野をわざわざ提供してやる程馬鹿な事はない。

 

 ならば、自分が取るべき戦略は……。

 

「よし……っ! 文香、虎太郎、『荒船隊』の狙撃手を狙いつつ、『那須隊』を牽制する。このまま中央区に行くぞ」

「七海先輩と荒船先輩の戦いは、放って置くって事ですね」

 

 虎太郎の確認に、柿崎はああ、と言って肯定する。

 

「七海の一番の得意分野は、乱戦だ。わざわざこっちから相手の土俵に乗り込む必要はねえ」

 

 それに、と柿崎は続ける。

 

「『那須隊』は前回と同じく、最終的には那須と七海の合流を狙って来る筈だ。俺達は狙撃手を狙いに行きつつ、那須の合流をなんとしてでも妨害する。というより、本命はこっちだな。あの二人に組まれちゃ、正直勝ち目はねぇ」

「確かに、前回の試合映像を見る限りあれは組ませちゃ駄目な手合いですね。機動力と弾幕密度が違い過ぎて、対応し切れません」

 

 柿崎の意見に、照屋も同意する。

 

 前回の那須と七海が組んだ時の暴れっぷりは、対策の為に何度も映像を見返している。

 

 そしてそれを見た結論は、()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 七海が前衛となって攪乱しつつ『メテオラ』で視界と移動経路を塞ぎ、那須が周囲を縦横無尽に跳び回りながら『バイパー』の弾幕で援護する。

 

 あのフォーメーションを組まれた時点で、機動力で劣る自分達に勝ち目はないと言っても良い。

 

 それだけ、あの二人の連携は強力極まりないのだ。

 

 二人の合流の阻止をこそ、最優先目標に設定するべきだろう。

 

「ただ、七海もそうだが、那須も機動力は相当高い。それを考えれば、合流に間に合わない可能性も高いだろう。その場合は、那須が荒船に仕掛けた所を狙うぞ。間違っても、あの二人の()()に入るのだけは避けるんだ」

「了解っす」

「分かりました」

 

 柿崎の言葉に二人は同意し、『柿崎隊』の三人は夜の街を駆け出した。

 

 

 

 

「那須先輩、『柿崎隊』はもうすぐ中央区に着きそうです。周りを警戒してるので、多分、那須先輩の合流を妨害して来るつもりなんだと思います」

 

 中央区、とあるビルの屋上。

 

 そこでは、狙撃銃を構えた茜が銃のスコープ越しに『柿崎隊』の姿を視認していた。

 

 狙撃手の使う狙撃銃は、狙撃の為に遠距離を視認する為のスコープが搭載されている。

 

 そして、そのスコープの活用法は狙撃の補助だけではない。

 

 今のように、スコープ越しに相手チームの動向を監視する事も出来るのだ。

 

 レーダーと違い、スコープ越しの視認である為バッグワームを着た相手でも問題なく確認出来る他、相手の挙動をそのまま見る事が出来る。

 

 障害物によって見えたり見えなかったりもする為精度は完璧ではないものの、これは狙撃手が持つ、固有の優位性と言える。

 

 高台を取り、相手チームの動向をリアルタイムで報告する。

 

 それが、今の茜に与えられた個別任務(ミッション)だった。

 

『そう、分かった。茜ちゃんは引き続き監視をお願い。でも、()()が整うまで撃っちゃ駄目よ』

「分かってます。任せて下さいっ!」

 

 那須の言葉に、茜は力強くそう答えた。

 

 チームから頼りにされているこの状況は、否応なしに茜の心を奮い立たせる。

 

『張り切り過ぎて凡ミスしないようにね、茜』

「も~、小夜子先輩いじわるですっ!」

 

 …………まあ、茜が気負い過ぎないよう小夜子が適度に茶々を入れてはいたのだが。

 

 オペレーターの分かり難い気遣いに、茜はぷんすか頬を膨らませるのであった。

 

 

 

 

(チィ、攻め切れねえ……っ!)

 

 荒船は七海に弧月を振るいながら、一向に変化しない膠着状態に焦りを覚えていた。

 

 弧月を上段に構え、袈裟斬りに振り下ろす。

 

 しかし七海は最小限の動きで斬撃を回避し、続く二発の援護狙撃も即座に対応。

 

 側転の動きで狙撃を回避し、荒船の背後を取って右足の義足となっているスコーピオンを振るう。

 

 蹴りによって振るわれたスコーピオンを、荒船は逆手持ちにした弧月で受け止める。

 

 そして七海はその弧月を踏み台とし、バク転の要領で身体を回転させ着地。

 

 二度目の十字砲火でさえも、身体を捻り曲芸じみた動きで回避してみせた。

 

(クソ……ッ! なんで、こうまで当たらねえんだ……っ!? さっきからグラスホッパーの一つも使わず、身のこなしだけで俺達の攻撃を捌き切ってやがる……っ! こりゃ確かに、個人戦とは別物だぞ……っ!?)

 

 荒船は三人がかりの攻撃を難なく捌いて行く七海を見て、思わず舌打ちした。

 

 当初の作戦では、足を失い機動力の鈍った七海を援護狙撃を受けた荒船が仕留めるつもりだった。

 

 だが、七海は()()()()()()()()()()()()()()という思いもしなかった方法を用いて、機動力を補ってしまった。

 

 それでも片方のトリガースロットが塞がっている状態であるが故にこれまでのようにグラスホッパーを絡めた高速機動は行えないだろうと高を括っていたのだが、七海はトリガーによる補助なしで攻撃を回避し続けていた。

 

 ROUND1のグラスホッパーを用いた高速機動が、印象に残っていた事もあるのだろう。

 

 まさか、グラスホッパーなしでも此処までの回避技術を見せつけられるとは思っていなかった。

 

 荒船はこれまで、七海とは散々個人戦で戦っている。

 

 だからこそ、七海の動きは頭に叩き込んでいた筈だった。

 

 …………しかし、此処に来て七海の動きが個人戦のそれとは明確に別物である事を理解する。

 

 個人戦の時は、七海は相手を仕留める為に一歩を踏み込み、それを迎撃する形で点を取る事が多かった。

 

 七海は機動力は突出しているが、反面攻撃能力は影浦や村上と比べれば一歩劣る。

 

 その為、攻撃の為に前に出て来た七海を迎え撃てるかどうかが、これまでの彼との個人戦の勝敗を決定付けていた。

 

 …………だが、個人戦とチーム戦では明確な違いがある。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()事である。

 

 前回のROUND1でそうだったように、七海は集団戦では相手の()()に専念して動いている。

 

 故に、()()()()()()()()()()()必要がない為、個人戦の時は有効だった()()()()()()()()()が通用しないのだ。

 

 七海からしてみれば、徹底的に相手を攪乱してやれば、その隙をチームメイトが突いてくれる。

 

 攻撃を半ば捨て、攪乱に全てを注ぎ込んだ七海の動きは、相手からすれば厄介極まりない。

 

 通常であれば突くべき隙である()()()()が、集団戦で戦う七海には存在しないからだ。

 

 結果として、荒船は渾身の策を以てしても七海を攻め切れず、膠着状態に陥っていた。

 

(まずいな、このままだと……っ!)

 

 この膠着状態にこそ、荒船は焦りを覚えていた。

 

 自分達は、持てる全ての戦力をこの戦場に注ぎ込んでいる。

 

 つまりこれ以上追加出来る()はないのだが、七海は違う。

 

 七海のチームメイトは、『那須隊』は、まだ誰一人としてその姿を見せていない。

 

 本来であれば七海を速攻で仕留めた後、各個撃破する心づもりでいたが────此処に来て、その目論見は破錠したと言わざる負えなかった。

 

 もしもROUND1の時のように那須が七海と合流してしまえば、この均衡は崩れ去る。

 

 ただでさえ、最近は七海相手の個人戦では五分五分に近い結果なのだ。

 

 そも、狙撃手へ転向した荒船と現在も攻撃手に専念している七海とでは、立ち回りに明確な差がある。

 

 …………万能手は、攻撃手との接近戦では不利になり易い。

 

 それは何故か。

 

 単純に、汎用性と対応力を取っているか、一つの事柄に専念しているか、その差である。

 

 『万能手』はその名の通り、近接・中距離双方に対応したスタイルである。

 

 近距離では弧月やスコーピオン、中距離では銃手トリガーに持ち替えて戦うのが『万能手』の戦い方だ。

 

 どんな距離でも対応出来る分汎用性は高いが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事でもある。

 

 違った距離、二つの攻撃用トリガーの習熟に時間を割いている関係上、どうしても個別のトリガーで見た習熟度が攻撃手より低くなり易いのが万能手の欠点と言える。

 

 要は、同じ時間で二種類の鍛錬をしていたか、一種類の鍛錬をしていたかの違いである。

 

 同じ時間を使っている以上、二種類の鍛錬をしなければならない『万能手』の近距離・中距離それぞれの練度はどうしても『攻撃手』や『銃手』より低くなり易い。

 

 勿論、相応の修練を積み重ねて強力な『万能手』となった者もいるが、そうなるまでには相当な時間がかかるのだ。

 

 そして、荒船の場合も同じ事が言える。

 

 確かに荒船は以前までマスタークラスの攻撃手だったが、今は狙撃手を主として立ち回っている。

 

 今回のように接近戦で弧月を抜く事はあるが、攻撃手時代と比べると接近戦を行う頻度は減少しているのは事実だ。

 

 『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』を目指している関係上、今更弧月の鍛錬に費している時間はない。

 

 狙撃手としてマスタークラスになった以上、次は銃手トリガーを極めなければならない。

 

 故に、荒船の攻撃手としての腕が以前より落ちている事は否定出来ない事実であった。

 

 そして、この状態で那須が合流して来れば、確実に荒船は落とされる。

 

 それを分かっているが為に、荒船は焦りを覚えていた。

 

(クソッ、此処までして駄目なのかよ……っ! 偉そうな事を言っておいて、俺は……っ!)

 

 荒船は此処に来て、自分の作戦が完全に失敗に終わったと判断せざる負えなかった。

 

 自分は、賭けに負けたのだ。

 

 仲間を巻き込んだ、賭けに。

 

 そう思うと、自分の作戦に乗ってくれた二人に申し訳がなかった。

 

 後悔が言葉となり、我慢しきれずに口から漏れる。

 

「すまねえ、穂刈、半崎。俺は……」

『────早いぞ荒船、諦めるのは』

 

 ────だが、通信から聴こえて来たのはチームメイトの叱咤の声だった。

 

 ハッとなって通信に耳を傾けると、もう一人のチームメイトも通信を繋いでくる。

 

『そうっスよ荒船さん。ちょっと予定通りに行かなかったからって、諦めるのは無しっす。だるいっすけど』

『言う通りだぞ、半崎の。確かに手強いけどな、七海は。けどよ────』

 

 そして、穂刈が強い力を込めて、告げる。

 

『────この程度で倒せる程、手応えがないのか? 隊長が認めた、七海(おとこ)は』

「……っ!」

 

 その言葉に、荒船は瞠目した。

 

 そうだ、何を考えていた。

 

 自分が認めた相手は、七海玲一の力は。

 

 こんな策()()でどうにかなる程、小さいものであったのか。

 

 答えは()

 

 此処までやって、ようやく()()

 

 そうでなければ、張り合いがない。

 

 そうでなければ、意味がない。

 

 彼は、荒船が認めた程の男なのだ。

 

 年齢も、過去も、その経緯も関係ない。

 

 荒船は、彼が尊敬するに足る相手でいたかった。

 

 ただ、それだけなのだ。

 

 『完璧万能手』を量産するという目的も、その一環。

 

 無論その目的自体に嘘はないが、本音を言ってしまうのならば────。

 

「────ハッ、そうだったな」

 

 ────七海に、良い恰好を見せたかっただけなのだ。

 

 そんな、子供じみた意地。

 

 それが、今の荒船を突き動かす全てだった。

 

 ただの、()()()()として忘れ去られたくない。

 

 彼を鍛えた()()()に、胸を張って誇りたい。

 

 七海を最初に鍛えたのは、自分なのだと。

 

 笑うなら笑え。

 

 だが、それでも。

 

「────恰好良さを求めて、何が悪ぃってんだよ」

 

 ────その想いは、決して間違ったものではない。

 

 下らない見栄、男の意地。

 

 だからどうした。

 

 他人にとっては取るに足らないものだろうと、自分にとってはそれこそが重要なのだ。

 

 『弧月』を逆手持ちに構え、七海と対峙する。

 

 その眼には不敵な笑みを浮かべ、鋭い眼光で七海を睨みつける。

 

「……荒船さん……」

 

 七海も、そんな荒船の変化に気付いたのだろう。

 

 気を引き締めて、荒船の姿を凝視した。

 

「────ぶった斬ってやるぜ、七海。俺の意地に懸けてな」

「はい、こっちこそ……っ!」

 

 そして再び、二人は鍔迫り合う。

 

 双方、不敵な笑みを浮かべて。

 

 互いの覚悟を、胸に。


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