痛みを識るもの   作:デスイーター

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迅悠一①

「迅さんと、戦う……?」

 

 那須隊、作戦室。

 

 そこで城戸の発表を聞いていた七海は、目を見開いて驚いていた。

 

 寝耳に水。

 

 まさに、その言葉通りの状況だ。

 

 だが。

 

 不思議と、疑問はなかった。

 

 確かに、驚きはした。

 

 けれどそれは、この情報がいきなり開示された事に対するもの。

 

 迅と戦う。

 

 この点に関しては、何処かで納得する自分がいた。

 

 何故、と問われても即答は出来ない。

 

 ただ。

 

 なんとなく、()()()()()()()のだから。

 

「…………玲一」

「大丈夫だ。驚いたけど、迅さん達にはきっと何か考えがあるんだろう。今は、説明を聞こうじゃないか」

 

 那須の言葉にそう応え、七海は画面に映る城戸や迅の姿を見据える。

 

 その真意を、確かめる為に。

 

(迅さんと、黒トリガーと戦う意味。つまり、それは……)

 

 

 

 

(例の「大きな戦い」ってやつで、黒トリガーと戦り合う事になる可能性がある、ってぇ事か?)

 

 諏訪は実況席に座ったまま、じっと迅を見据えていた。

 

 迅の未来視については、正隊員にとっては既知の事柄だ。

 

 玉狛支部という親近界民派の所属故に普段本部と離れている迅が、城戸と共に姿を見せた事には、必ず何かの意味がある。

 

 最終試験において、迅と戦う。

 

 この件に関しては、間違いなく迅本人の思惑が絡んでいる。

 

 それを察している者は、少なくは無い筈だ。

 

 そして、この合同戦闘訓練の趣旨は説明通りであれば迅が予知した大きな戦いに備える為。

 

 A級とB級の連携訓練を兼ねたのも、その戦いを想定しての事だ。

 

 だからこそ、此処で迅と戦うという試験を行う意味は推測出来る。

 

 黒トリガーへの、対策。

 

 それが、最も可能性が高いと言える。

 

『…………既に、察している者もいるようだな。君達が予想した通り、最終試験に迅を配置した理由は黒トリガーを使用する人型近界民への対策の為だ。迅、説明しろ』

「はいはいっと。ま、と言っても言葉の通りなんだよね。此処にいる何人かが、黒トリガーとしか思えない、強い相手と戦う未来が視えた。だから、黒トリガー(こいつ)に慣れて貰おうと思って、俺が相手をする事になったワケだ」

 

 突然で悪いと思うけどね、と迅は語る。

 

 会場がどよめく中、迅は周囲を見回しながら話し続けた。

 

「ハッキリ言って、黒トリガーは初見殺しの塊と言って良い。君達が普段使っているノーマルトリガーとは、文字通り出力の桁が違う。普通のトリガーと同じと考えていたら、認識の違いでやられかねない」

 

 たとえば、と迅は続ける。

 

「俺の本来のトリオン評価値は、『7』なんだけどね。黒トリガーを起動すれば、トリオンは『37』まで跳ね上がる。これがどれだけの規格外かは、今回の試合でビッグトリオンを経験した皆なら分かると思う」

 

 トリオン値、37。

 

 今回のビッグトリオンで上昇した数値の、2倍以上。

 

 トリオン評価値14相当でも、あれだけの事が出来たのだ。

 

 それが2倍以上となると、最早想像の埒外である。

 

 迅の取り出した黒トリガーの形状は、剣。

 

 見た限りでは近接専用の武器に思えるが、弧月に旋空という中距離攻撃手段があるように、あれもまた見た目通りの射程とは限らない。

 

 37という莫大なトリオンを使用した規格外の攻撃能力を備えていても、なんら不思議ではない。

 

「だから、実際に黒トリガーの力を体感して貰おうって事さ。ただ、出来ればその上で対抗出来る力を見せて欲しい、っていうのが本音でもある。勿論、試験としての形式は守るけどね」

『試験内容についての説明も、今此処で行う。静粛に願う』

 

 城戸はそう告げると会場を見渡し、一呼吸置いて話し始めた。

 

『まず、受験者は自分達の部隊単独で迅に挑んで貰う。この試験に、A級部隊は関与しない』

 

 城戸の話す内容に、周囲がざわめいた。

 

 実質、迅相手の多対一。

 

 普通であれば、たった一人で部隊を相手にする事は困難だろう。

 

 だが。

 

 相手は、黒トリガー。

 

 普通では考えられない出力を持った、文字通りの規格外。

 

 加えて、迅には未来視がある。

 

 どんな策も、不意打ちも、迅にとっては既知のものとなる。

 

 戦術も、戦略も、全てが知られた状態で戦う。

 

 それがどれ程困難なものであるかは、言わずもがなである。

 

「得点方式も、これまでとは異なる。試合時間は、30分。これが経過した段階で残っていた隊員の人数分、ポイントが加算される。3人であれば3Pt、二人なら2Ptといった具合だ」

「当然、全滅したら0Ptだから注意してねー」

 

 制限時間内に、生き残った人数による加点。

 

 となると、迅を倒さずとも得点自体は得られる、という事になる。

 

 黒トリガー相手に、30分という試合時間が短いかどうかは別として。

 

「そして当然、迅を倒した場合はボーナスポイントとして4点が加算される。これは生存点も込みのものであるから、留意して欲しい」

 

 加えて、迅を倒した場合の得点を()()()()()()()()と表現した。

 

 つまり、迅を倒せる事はそもそも想定していない、もしくはかなり低い確率であると見られている。

 

 たった今聞いた黒トリガーの出力と、迅の未来視を勘案すればなんらおかしくは無いのだが。

 

『試験は予定通り、一週間後に執り行う。但し、本来黒トリガーについての情報は機密事項にあたる。よって、今回の試験までのような実況や解説、観客の動員はなしとする。そして、参加した者も基本的に風刃についての情報は口外禁止とする』

「まあ、とは言っても対策を相談する相手とかもいるだろうからね。そういう時は構わないよ。まずいようならこっちで動くし」

 

 つまり、迅の未来視で不都合な事になる相手に喋ろうとする時は止める、という事である。

 

 観客の正隊員の一部からは不満の声も出たが、これはある意味仕方のない事だ。

 

 迅の持つ黒トリガー、風刃。

 

 これは、ボーダーにとって文字通りの()()()だ。

 

 そして黒トリガーが強力な初見殺しの要素を持つ以上、()に対して情報を秘匿しておきたいと考えるのは当然である。

 

 流石に責任感をしっかりと持った正隊員が軽々しく情報を漏らす事はないだろうが、人の口に戸は立てられない。

 

 知っている者が多ければ多い程、漏出の危険性が高まるのが情報というものだ。

 

 ならば、知る者の人数を絞っておくのは当然の事。

 

 それに、これはA級昇格試験に残った者達への()()とも取れる。

 

 普段目にする機会すらない黒トリガーの力を、その身を以て識る。

 

 その価値は、計り知れないものがある。

 

「あと、どうしても観客として招きたい相手がいるなら、俺に相談してくれれば考慮するよ。流石に、観客の一人もなしじゃ寂しいかもしれないからね」

 

 迅はそう告げると共に、彼を映すカメラを見詰める。

 

 作戦室でそれを聞いていた七海は、なぜか迅が自分に何かを訴えているような感覚を覚えた。

 

 明確なサインがあったワケでは無い。

 

 しかし、直感がそう断じた。

 

 今の言葉は、七海(じぶん)へ向けたものなのだろうという事が。

 

『試験は忍田本部長が監督し、許可が無い限り認められた者以外が試験場に来る事は禁じる。これはA級隊員であっても例外ではない』

 

 城戸はそんな迅の言動を聞きながらも、別段口を出す様子はない。

 

 恐らく、事前にある程度打ち合わせをしてあったのだろう。

 

 迅の言動は、城戸司令の黙認済みというワケだ。

 

 どんな取引があったかは分からないが、この場に置いて二人の利害は一致している、と見て良いだろう。

 

 二人の関係性はあまり良いものではなかった筈だが、城戸とて防衛施設であるボーダーの長。

 

 侵攻の被害が少なくなる可能性があるのならば、それに越した事はないだろう。

 

 以前の大規模侵攻の爪痕は、人々の心に未だに残り続けている。

 

 今度こそ、守り切る。

 

 城戸は感情面と実利の両方で、そう決意している筈だ。

 

 故に、普段の関係がどうあれ協力できる部分は協力する。

 

 それが出来るのが、城戸正宗という男なのだから。

 

『そして、試験は一週間後の11月30日の午前9:00を開始時刻としてこちらのスケジュールで執り行う』

 

 

 

部隊試験時刻
王子隊  9:00~ 9:30 
生駒隊 10:00~10:30 
香取隊11:00~11:30 
弓場隊 13:00~13:30 
影浦隊 14:00~14:30 
二宮隊 15:00~15:30 
那須隊 16:00~16:30 

 

 城戸の宣言と共に、スクリーンに試験時刻が表示される。

 

 朝9:00を開始時刻として、一試験ごとに30分のインターバル。

 

 午前の部と午後の部に分けて行い、16:30で最終試験が終了。

 

 そして、その試験の()()を見て、そこにいた誰もが気が付いた。

 

 この試験順は、昇格試験のポイントが低い順である、と。

 

『見ての通り、試験の順番はこれまで各隊が獲得したポイント順となっている。これはいわば、獲得した得点に応じた報酬、と考えて貰えれば良い』

 

 よって、と城戸は続ける。

 

『今回の試験は、他の試験参加者も()()()()()()()()()()だ。つまり、後に試験を行う部隊は、それまでの試験の情報を踏まえて試合に臨む事が出来るという事だ』

 

 城戸の宣言に、会場がどよめいた。

 

 これは、かなり大きな差だ。

 

 何せ、ほぼ知識のない状態の黒トリガー相手の戦いを、予め見た上で迅に挑戦出来るのだ。

 

 初見殺しの要素が大きい黒トリガー相手に、このアドバンテージがどれ程のものかは言うまでもない。

 

 もっとも。

 

 そういったアドバンテージを得て尚、易々と届かない高み。

 

 そこにいるのが、迅悠一という男だ。

 

 サイドエフェクト、未来視。

 

 この能力を十全に活かす少年が、どれ程の脅威か。

 

 少し他より優位になった程度で、油断など出来よう筈もない。

 

 故に、出来る準備は可能な限り万全にしておくべきだろう。

 

 どの部隊の試合を見るかという事も、重要になる筈だ。

 

『だが、このままでは試験の公平性を欠くだろうという意見もある。これまでの試験の結果、と言えばそれまでだが、全く情報の無い状態で黒トリガーに挑めば試験にすらならない可能性はある』

 

 そこで、と城戸は続ける。

 

『これより30分後、この会場で暫定順位一位の那須隊が迅と戦う機会を与える。そして、この試合に限り、試験参加部隊全員が観覧可能なものとする。尚、試合結果は試験の合否には一切関わらないものとする事を付け加えておく』

 

 

 

 

「大変な事になりましたね」

「ああ、だがやるしかない。これがチャンスである事に変わりはないんだから」

 

 小夜子の言葉に、七海はそう返答する。

 

 城戸の指示は、七海達にとっても渡りに船だった。

 

 何せ、黒トリガーの戦いを見るだけではなく、実際に体感出来るのだ。

 

 ただ試合を見ただけとは、得られる経験値があからさまに違う。

 

 明言はしなかったが、これは暫定一位を取った那須隊への報酬という意味も含まれているのだろう。

 

 試合そのものは他の受験者にも見られてしまうが、どの道次が最終試験。

 

 今回のA級昇格試験ではもう他のB級部隊と戦う事は無いのだから、見られてもなんら問題は無い。

 

 故に、全力を尽くす事に、なんら躊躇いはなかった。

 

 むしろ、そこまでしてやっと、一つか二つ情報を持ち帰れるか否か、というところだろう。

 

 黒トリガーとは、そこまで軽いものではないのだから。

 

「基本的に、無理をしない範囲で全員で攻撃を仕掛け続ける。恐らく、守りに入れば黒トリガーの出力に押し負けるからな。情報を得る為には、攻めるしかない」

「同感ね。あの黒トリガーにもし旋空のような攻撃手段があれば、守りに入るのは下策だわ。むしろ、そうなったら終わり、と考えて良いかも」

 

 七海と那須の意見は、一致している。

 

 この試合結果は、試験には反映されない。

 

 つまり情報収集の為の戦いであるのだが、だからと言って守りに入ればどうなるかは目に見えている。

 

 即ち、出力差による蹂躙だ。

 

 トリオン量の差は、明確な出力の差となって現れる。

 

 風刃がどんな攻撃方法を持つにせよ、37という莫大なトリオン相手に守勢に入ればどうなるか。

 

 故に、攻撃一択。

 

 前のめりになり過ぎない程度に、攻撃を仕掛け続ける。

 

 風刃についての情報が一切不明な現状、そうするしかないだろう。

 

「やろう。少しでも多く、情報を持ち帰るんだ」

 

 

 

 

『全隊員、転送完了』

 

 アナウンスが響き、全員が仮想空間に転送される。

 

『MAP、『工業地帯』。天候、『快晴』』

 

 ランダム選択されたMAPに、七海達が姿を見せる。

 

 選ばれたMAPは、工業地帯。

 

 複雑に入り組んだ、狭い区域の地形である。

 

 MAP中央に転送された那須は、レーダーに映し出された迅の位置を確認した。

 

「迅さんは、MAPの東端か。結構距離があるわね」

『どうしますか? 七海先輩は、割と近くに転送されていますが』

 

 那須は小夜子の連絡に一瞬だけ思案し、かぶりを振った。

 

「いえ、それよりも置きメテオラ(わな)を各所に仕掛けていきましょう。未来視相手には通じない可能性は高いけれど、無駄になったらなったで情報は取れるわ」

『了解しました。MAP情報をお送りしますね』

 

 小夜子の連絡を待つ間、那須は周囲を油断なく警戒していた。

 

 もしかすると、黒トリガーの能力がグラスホッパーのような移動力をブーストするタイプである可能性もある。

 

 故に、迅の位置はレーダーで常に確認しており、いつ動きがあっても良いようにしていた。

 

 もしくは遠距離から狙撃のような真似をされても良いように、射線の通る箇所への警戒は怠らなかった。

 

「え……?」

 

 ────────だが、()()()()の警戒など。

 

 黒トリガーは、容易く食い破る。

 

 那須は、相手のトリオン出力を鑑みて狙撃でなければ届かない距離であっても射程圏内に入る可能性も考慮していた。

 

 故に、轟音や建物の変化などには、常に気を配っていた。

 

 だが。

 

 だが。

 

 その()は、他に一切の変化を齎さず、壁を()()()飛来した。

 

 反応出来たのは、直撃の寸前。

 

 回避は間に合わないと判断し咄嗟に張ったシールドを、その刃はすり抜けた。

 

 正しくは、シールドの隙間を縫うような形で那須に斬撃を到達させた。

 

 まるで、何処にシールドを張るか分かっていたような────────いや、事実識っていたからこそ、出来た攻撃。

 

 迅の、風刃の遠隔斬撃が、一撃で那須に致命傷を与えた瞬間だった。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 足と胴を両断された那須の身体が崩れ、消え去る。

 

 撃破記録(キルスコア)、1。

 

 風の刃は、いとも容易く那須(エース)一人を斬り捨てた。

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