痛みを識るもの   作:デスイーター

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迅悠一②

「あれが、風刃。迅の黒トリガーか」

 

 観戦席で、二宮は静かに呟く。

 

 開始早々に炸裂した、迅の遠隔斬撃による那須の撃破。

 

 その光景は、観覧していた者達に多くの衝撃を与えていた。

 

「嘘でしょ。どんだけ距離あったと思ってんのよ」

「確実に、狙撃銃クラスの射程はあるな」

「しかも旋空より速いよね、あれ」

 

 香取隊の面々は、初めて見る黒トリガーの出力にただ驚く。

 

 迅の位置は、那須のいる位置から遠く離れていた。

 

 少なくとも、旋空や通常の銃撃で届くような範囲の距離では無い。

 

 狙撃手クラスの射程は、持っていると考えて然るべきだろう。

 

「まあ、黒トリガーやしなあ。37もトリオンあったら射程も広いやろ」

「そやな。それに、あれが限界射程ゆう保証もないしな。下手すると、もっと遠くからでも撃てる可能性もあんで」

 

 生駒と水上は、淡々と風刃の性能についての所見を述べていた。

 

 性能(スペック)そのものには驚いたが、考えてみれば37というトリオンがあるのだ。

 

 普通では考えられないクラスの射程や速度を持っていても、なんら不思議では無い。

 

 そも、黒トリガーはノーマルトリガーとは明確に区別される圧倒的な規格外。

 

 普通のトリガーと同じ感覚で考えていれば、足元を掬われるだろう。

 

 埒外の武器に、何処まで想像力を巡らせられるか。

 

 そのあたりも、黒トリガー相手の戦闘では必須なのだ。

 

「迅……」

 

 周囲がざわめく中、弓場はじっと画面の中で風刃を構える迅を見据える。

 

 その視線は、黒トリガーの性能に驚くだけのものには見えない。

 

 不敵な笑みを浮かべる迅を、何処か痛ましいものを見るような目で、弓場は見ていた。

 

 

 

 

「まずは一人、と」

 

 迅は建物の屋上で風刃を携えながら那須が落ちた方向を見詰めていた。

 

 今のは、黒トリガーの持つ初見殺しの性質を十全に発揮した結果だった。

 

 風刃は、斬撃を地面に伝播させ、()()()()()()()()に攻撃を放てる。

 

 旋空と違って斬撃を地面から伸ばすまで建物を破壊したりする事もなく、障害物だらけの場所でも自由自在に斬撃を飛ばせる。

 

 むしろ、そういった場所こそ風刃の真骨頂だ。

 

 故に、この工場地帯というMAPは迅にとって有利に働く。

 

 奇しくも、ランダム選択された地形が迅に利する結果となった。

 

 ────────否。

 

 迅は、このMAPが選択される事を()()()いた。

 

 サイドエフェクト、未来視。

 

 それにより、このMAPが選択される未来は予見出来ていた。

 

 だからこそ、開幕早々の那須撃破を敢行したのだ。

 

 彼女があの地点から、合成弾を使う未来が視えたが故に。

 

 那須はメテオラを仕掛け終えた後、あの場で合成弾を生成し、迅に攻撃を仕掛けるつもりであった。

 

 変化炸裂弾(トマホーク)を使って、迅の反応を見るつもりだったのだろう。

 

 それ自体は、なんらおかしな事ではない。

 

 迅の黒トリガーの形状がブレードである以上、近接戦闘を得意とするであろうと予想するのは自然な流れではある。

 

 旋空のような攻撃が来る可能性までは予測していただろうし、未知の能力への警戒もしていただろう。

 

 だが、風刃の最大の脅威は、迅本人との相性の良さだ。

 

 迅のサイドエフェクト、未来視。

 

 これにより、迅は目視した相手の未来を視る事が出来る。

 

 つまり、相手がこれからどう動くか、という事を予め識る事が出来るのだ。

 

 当然狙撃や不意打ちは通用しないし、戦術そのものも見透かされる。

 

 戦闘において、これ程厄介な能力は類を見ない。

 

 そして当然、迅はそれを十全に使いこなしている。

 

 迅は那須の動きを未来視で読み取り、回避出来ない軌道で風の刃を叩き込んだ。

 

 言葉にしてみれば、ただそれだけ。

 

 しかし、開始早々に生きているだけで厄介な駒である那須を瞬殺した事は事実。

 

 これが、黒トリガー。

 

 これが、迅悠一。

 

 未来視のサイドエフェクトを持つ、S級隊員である。

 

「さて、()()ね」

 

 迅が、上空へ目を向けた。

 

 その、視線の先。

 

 建物の屋上から、一つの影が飛び出した。

 

 同時、無数に分割されたトリオンキューブが、迅に向かって降り注ぐ。

 

「よっと」

 

 着弾し、爆発するメテオラ。

 

 だが迅は慌てる事なく、一歩下がるだけで爆発を回避した。

 

 まるで爆発に巻き込まれない場所が分かっているようなその回避は、七海のそれを思わせる。

 

 しかし、それも当然。

 

 迅は、未来の()()が視えている。

 

 よって、どう動けば被弾しないかを、予め識る事が出来る。 

 

 故に。

 

「────!」

 

 上空から短刀型スコーピオンを構えて斬りかかった七海の斬撃も、難なくブレードで受け止めた。

 

「那須さんから情報は貰ったのかな。風刃の特性を、早くも理解したと見える」

「やっぱり、その黒トリガーの能力は……っ!」

「多分お察しの通り、と言っておくよ。詳しい説明はしないけどね」

 

 そこは頑張って解明してみてくれ、と言いつつ、迅はブレードで七海を押し返した。

 

 七海はその勢いに抵抗せず、バックステップで後退。

 

 再びスコーピオンを構え、迅に斬りかかった。

 

(風刃の能力は、さっき玲を落とした遠隔斬撃……っ! つまりあれは、遠距離攻撃を最も得意とするタイプの黒トリガー……っ!)

 

 那須が落ちた経緯については、既に情報を共有してある。

 

 試合開始直後、那須は自身の射程外からの一撃で落とされた。

 

 この工業地帯は狭いMAPではあるが、それを踏まえても風刃の射程はとんでもなく広い。

 

 そして、その剣速も半端ではない。

 

 地面を伝播するという察知し難い性質を持っていたとはいえ、あの那須が回避をする暇を与えられなかったのだ。

 

 視認した段階ではもう手遅れ、と思った方が良いだろう。

 

 七海は風刃の性質を、スコーピオンの規格外発展版のようなもの、と判断した。

 

 射程や速度がとんでもないもぐら爪(モールクロー)を、何処にでも生やせるようなものだ。

 

 つまり、何処から攻撃が飛んでくるか分からない怖さがある。

 

 スコーピオン使い相手であれば接近しなければ早々不意を打たれる事はないが、風刃の場合は違う。

 

 いわば、地面や壁の全てが斬撃の足場となっている。

 

 しかも、迅は相手が回避や防御が出来ないタイミングを的確に狙えるのだ。

 

 これを防ぐ為には、そもそも撃たせない、という事が肝要だ。

 

 故にこその、接近戦。

 

 迅に鍔迫り合いに集中させ、遠隔斬撃を撃つ隙を与えない。

 

 今はこれが最適解だと、七海は結論した。

 

 風刃がブレードの形状を取っている以上、斬撃を放つには剣を振る等のモーションが必要な筈だ。

 

 ならば、鍔迫り合いを続け、発射モーションを取らせない。

 

 これに尽きる。

 

「妥当な判断だ。けど、少し甘いよ」

「……!」

 

 だが。

 

 迅はそのブレードの一振りで、七海のスコーピオンを右手首ごと断ち切った。

 

 起こった事は、言葉にすれば単純だ。

 

 お互いがブレードを構えてぶつけ合い、その結果としてあっさりと七海のスコーピオンが砕かれた。

 

 確かに、スコーピオンは弧月等と比べれば刀身は脆い。

 

 今回の場合は速度とリーチを出す為に軽量化して刀身を伸ばしていた事もあり、壊れ易かった事自体は事実だ。

 

 しかし、それでも弧月とぶつかって一合では折れない程度の耐久力はあった筈だ。

 

 けれど、風刃の前では一発で砕かれた。

 

 これは、つまり────────。

 

「悪いけど、風刃のブレード本体の性能も結構高いんだ。切れ味と耐久力は弧月以上、軽さはスコーピオン以上、といった感じでね」

「……!」

 

 ────────風刃の刀身そのものの性能(スペック)もまた、黒トリガーに相応しいそれであったというワケだ。

 

 考えてみれば、当然である。

 

 37という、莫大なトリオン。

 

 それが使われているのが遠隔斬撃の射程距離()()だなどという考え方自体、間違っていたのだ。

 

 その刀身自体にも、膨大なトリオンの恩恵が備わっていて当然。

 

 風刃の脅威が遠隔斬撃特化であると考えたが故の、陥穽。

 

 右手首を失った七海に対し、迅は容赦なく追撃を放つ。

 

 ブレード、一閃。

 

 下から突き上げる刃の一撃は、咄嗟に展開したスコーピオンによって受け止められた。

 

 同じ愚は冒さない。

 

 刀身を可能な限り凝縮し、強度を引き上げた刃で七海は迅の斬撃を受け止めていた。

 

 間一髪。

 

 七海の首を狙ったブレードの一撃は、凌ぐ事が出来た。

 

 そう。

 

「はい、予測確定」

「が……っ!?」

 

 ブレードの一撃、()()は。

 

 地面から伸びる、四本の斬撃。

 

 それは七海が広げたシールドの一点を狙って突き破り、彼の胸を斬り裂いていた。

 

 七海の感知痛覚体質(サイドエフェクト)自体は、反応はしていた。

 

 何処に攻撃が来るかまでは、察知出来ていた。

 

 だが。

 

 だが。

 

 その攻撃の()()までは、七海のサイドエフェクトは判別しない。

 

 分かるのは、その()()()()のみ。

 

 攻撃の強弱や殺気の有無までは、感知出来ない。

 

 七海のサイドエフェクトを識るからこそ、放った一撃。

 

 未来計測、その真価。

 

 七海の未来(うごき)を読み切った、致死の一撃であった。

 

「……!」

「おっと」

 

 しかし。

 

 七海は、致命傷を負いながらも風刃のブレードに向かって、自らの身体を押し込んだ。

 

 必然、ブレードは七海の腹に突き刺さる。

 

 だが、怯む様子は微塵もない。

 

 既に、七海は致死の一撃を受けている。

 

 ならば、多少傷が増えたところで、些細な事でしかない。

 

 それよりも。

 

 迅のブレードを一瞬であっても拘束している、という事実だけが重要だ。

 

「────」

 

 この瞬間。

 

 物陰に隠れていた熊谷が、旋空の発射態勢に入っていた。

 

 自身が捨て石になる事など、承知の上。

 

 現在、風刃のブレードは七海の身体に埋め込まれた状態にある。

 

 ブレードを引き抜くにせよ破棄するにせよ、一手間がかかる事に違いはない。

 

 そして、その一瞬が稼げれば充分。

 

 旋空の一撃で、七海諸共薙ぎ払う。

 

 未来が視えるというのであれば、見えても防げない攻撃を放てば良い。

 

 そう考えたからこその、捨て身の策。

 

 そのくらいしなければ勝てないだろうという、一種の確信。

 

 迅という少年を評価するが故の、決断だった。

 

「残念だけど。()()、遅いよ」

「え……?」

 

 されど。

 

 その評価は、まだまだ甘過ぎた。

 

 旋空を放とうとしていた、熊谷。

 

 その身体が、地面から伸びた二振りの斬撃によって斬り裂かれていた。

 

 そこで、気付く。

 

 風刃に纏わりついていた、8本の光の帯。

 

 それが、()()()()()()()()いた。

 

 七海に使用した風の刃は、()()

 

 そのうち二本を、七海に撃った時と同じタイミングで熊谷に向かって放っていたのだ。

 

 そして。

 

「日浦……っ!」

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 通信越しに届いた、七海の叫び。

 

 それを聞いた瞬間、茜は即座にテレポーターを起動。

 

 そして、その一瞬後には地面を伝った一振りの斬撃が茜のいた場所へと伸びていた。

 

 身を潜めていた屋上から、別の屋上へ。

 

 普通にしていたのでは回避は間に合わないし、防御も無意味。

 

 ならば、テレポーターを切る他道はなかった。

 

 茜は、熊谷が失敗した時の為に狙撃準備を整えていた。

 

 たった今。

 

 七海の声が届いたのは、引き金を引く直前であった。

 

 現在茜は、バッグワームを使っていた。

 

 もしも引き金を引いてしまっていたならば、テレポーター起動が間に合わずあのまま落ちていただろう。

 

 だが、間一髪でテレポーターの起動は成功した。

 

 離れた場所に転移し、茜がその姿を現出させる。

 

「え……?」

 

 しかし。

 

 茜が転移を完了させた、その瞬間。

 

 床から伸びた斬撃が、彼女の胸を貫いていた。

 

 そう、先ほど茜を狙って伸びた斬撃は、()()

 

 残る一つの斬撃は、茜が転移するこの場所へと()()()()いた。

 

 何が起きたかなど、言うまでもない。

 

 迅は未来を視て、茜の転移先の情報を取得。

 

 後は、その場所へと攻撃をセットしただけ。

 

 茜は、まんまと自ら刃へと飛び込んでしまったワケである。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 少女の身体が、光となって消える。

 

 茜は自らの失策を悟り、戦場から脱落した。

 

 

 

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 七海と熊谷。

 

 二人の身体もまた、光となって消え失せる。

 

 迅はその光景を見据えながら、風刃をおもむろに掲げてみせた。

 

「初見殺しも甚だしいけど、リハーサルでやられるワケにはいかないからね。これも経験、って事で」

 

 迅はふぅ、とため息をつき、笑みを浮かべる。

 

 そして、ゆっくりとその続きを口にした。

 

「悪いね。風刃と俺のサイドエフェクトは、相性が良過ぎるんだ」

 

 ただの純然たる事実として、彼は告げる。

 

 己の力を。

 

 師の形見(風刃)の、性質を。

 

「確かに、風刃(これ)自体は幾らでも穴がある。だけど、俺の未来視(ちから)があれば、その穴は幾らでも埋められるんだ」

 

 風刃だけが、強いのでは無い。

 

 未来視を持つ迅と、望む場所に攻撃を届かせる風刃。

 

 この組み合わせがひたすらに、凶悪なのだ。

 

 何処に逃げようと、何処に隠れようと、迅の前では全てが無意味。

 

 風の刃は、迅速に過たず標的を斬り裂く。

 

 これこそが、風刃。

 

 これこそが、迅悠一。

 

 評価規格外、S級隊員の脅威(ちから)なのだから。

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