痛みを識るもの   作:デスイーター

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迅悠一③

 

「…………完敗だな」

 

 七海は放り出された緊急脱出用のベッドの上で拳を握り、悔し気に内心を吐露する。

 

 情報収集に徹し、勝てるとまでは考えていなかったとはいえ────────真逆、あそこまで一方的にやられるとまでは思っていなかった。

 

 黒トリガー、風刃。

 

 その出力や特性を見誤っていた事は、事実だ。

 

 だが。

 

 何よりも、迅自身の実力。

 

 未来予知を戦闘転用した時の、脅威度の上限。

 

 それを、見誤っていた。

 

 七海は自身が回避に有用なサイドエフェクトを持っている為、迅の能力の戦闘転用のレベルをある程度想定していた。

 

 結果として、想定が甘過ぎたとしか言いようがない。

 

 攻撃だけではなく、こちらの思惑まで見透かされる。

 

 それは戦術能力であるとか、機転の良さであるとか、そういったものとはまるで違う。

 

 ただ、先の展望を知られているという理不尽。

 

 そうとしか、言いようのない。

 

 文字通り、()()が違う。

 

 七海や影浦のそれは、いわば人間型のレーダーだ。

 

 周囲に張り巡らせたレーダーによって攻撃を自動感知し、対処する。

 

 そういった、感覚器の延長線上の能力に過ぎない。

 

 だが。

 

 迅の未来視(それ)は、この世界をゲームに見立てた管理者────────即ち、神の視点だ。

 

 世界そのものを俯瞰し、起きる事象を時間軸を超越して読み取り、己の動きにフィードバックさせる。

 

 普通の人間では持ちようのない、超越者の瞳。

 

 それが、迅が視ている景色なのだ。

 

 遠い。

 

 視ている景色が、遠過ぎる。

 

 強くなったと、思っていた。

 

 仲間達も、充分背中を預け遭える間柄となっている。

 

 されど。

 

 それでも。

 

 迅のいる高みは、まだ遠い。

 

「けど、絶対に届かない、とは思わない。今回得たものは、確かにある」

 

 だが。

 

 その背中が見えない程遠い、とは思わない。

 

 たとえ神様の如き眼を持っていたとしても。

 

 迅自身は、人間なのだ。

 

 人間である以上一人で出来る事には限界があるし、彼は全能の神などでは断じて無い。

 

 ただの、少しだけ変わった力を持った、責任感が強過ぎるだけの人間なのだ。

 

 聞けば、太刀川は風刃を持つ前の迅と個人戦を繰り返し、五分五分の戦績であったのだという。

 

 つまり。

 

 迅は、無敵ではない。

 

 太刀川の個人戦力が突出しているのは事実だが、未来視は何も万能の力では無い。

 

 詳細までは分からないが、負ける事がある以上、何処かに穴がある筈だ。

 

 少なくとも、一切勝ち目のない相手、というワケではない。

 

 それに。

 

 今の試合、迅はシールドもバッグワームも用いる素振りを見せなかった。

 

 黒トリガーがノーマルトリガーと併用出来ない、という事は知っている。

 

 そのあたりの基本的な知識は、この黒トリガー(うで)の事を説明された時に聞かされている。

 

 黒トリガーにも様々な種類があり、中にはシールド等に類似した機能が付いている場合もあるそうだが、先ほどの試合では少なくとも迅がシールドを使う素振りはなかった。

 

 使うまでもなかった、という可能性もあるが、今回の試合は最終試験に臨む者への黒トリガーの実地説明、という側面もある。

 

 それを考慮すれば、少なくとも風刃にはシールドや隠密機能はない、と考えて良いだろう。

 

(あとは、玲達からも色々話を聞かないとな。一週間しかないんだ。やれる事は、全部やっておこう)

 

 七海はベッドから降り、立ち上がる。

 

 その瞳には、確たる決意が燃え盛っていた。

 

 

 

 

「…………あの那須隊が、こうもあっさり全滅するなんてね」

 

 試合映像を見ていた王子は、息を飲んでそう呟いた。

 

 那須隊の強さは、その身を以て知っている。

 

 B級一位という順位に相応しい強さを、彼等は持っている。

 

 前期までとは、別物。

 

 A級に手を伸ばす資格は、充分にあるだろう。

 

 だが。

 

 迅は、黒トリガーは、その彼等でさえ一蹴した。

 

 彼らが無謀だったワケでも、考えなしであったワケでもない。

 

 ほぼ一切の情報が無い中、可能な限りの策を以て当たった筈だ。

 

 されど。

 

 その全てが、迅の前には無意味だった。

 

 那須は即座に場所を見抜かれて瞬殺され。

 

 七海は鍔迫り合いの結果、落とされた。

 

 彼を囮に攻め込んだ熊谷も行動前に撃破され。

 

 茜は、テレポーターの転移先すら読まれて落とされた。

 

 彼らが弱かったワケではない。

 

 迅が、強過ぎるのだ。

 

 正直、勝ち筋が見当たらない。

 

 少なくとも、現時点では。

 

(でも、そんな泣き言を言っている暇は無い。誰に頭を下げる事になっても、構うものか。必ず、糸口を見つけてやる)

 

 王子はそう決意すると、近くで観戦していた香取に近付いた。

 

「カトリーヌ」

「何よ」

「君と、君の部隊に話がある。この後、付き合ってくれないか?」

 

 香取は突然の王子の申し出に眉を顰めながらも、その意図を察して頷いた。

 

「いいわよ。癪だけど、あたし達だけじゃどうしようもないもの」

 

 行くわよ、と部隊の人間に発破をかけ、若村の尻を蹴飛ばしながら香取は王子達に付いてその場を後にした。

 

 香取は王子と違い他の部隊の試合を観戦する権利があるが、それだけでは迅相手には心もとない事は理解したのだろう。

 

 彼女は王子にあまり良い感情は抱いていないのだが、他のコネも思い至らない以上、仕方ないと割り切ったらしい。

 

 最終試験は、迅が相手となる。

 

 つまり、他の部隊との争いという側面よりも、ひたすらに自部隊の地力や戦術が重要になる。

 

 今更、戦術や実力を隠し立てするメリットは無い。

 

 ならば、腹の内を明かしてでも共に対策を練るべき。

 

 プライドを投げ捨ててでも、そうする価値がある。

 

 今の香取は、そう判断したのだ。

 

 香取達に足りない戦術思考を持っている王子との協力は、そう考えれば悪くない。

 

 性格的な相性というものを度外視すれば、有益な協力相手と言える。

 

 王子は那須隊には繰り返ししてやられているが、それは彼が意地を張った結果、と言えなくもない。

 

 元々、戦術能力や咄嗟の機転は、かなりのものを持っているのだ。

 

 戦術そのものがまだ学び始めたばかりと言える香取隊にとっては、足りないものを埋めてくれる間柄と言って差し支えない。

 

 性格的な相性が最悪なので長期的な協力には難があるだろうが、一週間程度の協力関係なら問題は無い筈だ。

 

 こうして、香取隊と王子隊は一足先にこの場を後にした。

 

 既に試験に関する説明は終わっており、退席してもなんら問題は無い。

 

 事実、同席していた忍田は何も言わない。

 

 彼が此処にいるのは、あくまでも関係のない者が来ないかという監視の為だ。

 

 試合が始まる前に、終了後は自由解散で良い、という旨は既に告げてあるのだから。

 

「ふん。行くぞ」

「あ、待って下さいよ二宮さん」

 

 二宮はそれだけ言うと、隊員を引き連れて部屋を後にした。

 

 黒トリガーの性能や迅の実力に関して思うところはあるだろうが、此処に留まるメリットは無いと見たようだ。

 

「ちっ、行くぜ」

 

 影浦もまた同様のようで、「あ、待ってよー」と追いかける北添達と共に退室した。

 

 残っているのは、弓場隊と生駒隊だけである。

 

「お、お疲れさーん。まだ残ってたんだ、弓場ちゃん。生駒っち」

「迅……」

 

 そこに、何食わぬ顔をして迅が姿を見せた。

 

 迅を見た弓場は険しい顔をしながら、隣にいた隊員達に声をかけた。

 

「おめェー等、先に帰ってろ。俺ァちとやる事がある」

「分かりました」

 

 神田達はその言葉に従い、弓場を残してその場を後にする。

 

 それを見届けると、弓場は生駒の方を振り向いた。

 

「生駒ァ、おめェーも付き合え」

「かまへんよ。てなワケで俺は残るわ。後は帰ってーな」

「おう、ほなら先帰るで」

 

 水上は生駒の言葉通り隊員を連れ、部屋を出た。

 

 これで部屋の中には忍田を除けば迅、弓場、生駒の三人だけとなる。

 

 そして弓場は、迅を見据えて告げた。

 

「迅、面ァ貸せ。屋上(うえ)行くぞコラ」

 

 

 

 

「それで、話って何かな?」

 

 迅は本部の屋上に出て、振り返りながらそう告げた。

 

 既に時刻は夜。

 

 警戒区域に包まれたこの場所からは、待ちの明かりは遠い。

 

 周囲は闇の帳が降り切り、星々の明かりだけが彼等を照らしていた。

 

「単刀直入に言うぜ。迅、おめェーやっぱり風刃(そいつ)を手放す気だな?」

 

 弓場は迅の腰にあるトリガー────────風刃を指さし、そう告げた。

 

 迅はそんな弓場に対し、苦笑しながら息を吐いた。

 

「そう思った理由は?」

「とぼけんじゃねぇ。あん時はまだ半信半疑だったが、最終試験の相手がおめェーで、しかも黒トリガー(そいつ)を使うって時点で確信した」

 

 弓場は厳しい表情で迅を見据え、告げる。

 

「────────今回の試験と最終試験。その両方、風刃(そいつ)の扱い方を教える為にやったんじゃねぇのか?」

 

 元々、弓場は今回の試験の特別ルールに疑問を抱いていた。

 

 第二試験、旗持ち(フラッグ)ルールに関してはまだ分かる。

 

 あれは戦略上重要な駒や、もしくは被救助者を守る為の訓練だろう。

 

 ()()()()()()()()()()を配置する事で、それを守る訓練を行わせる。

 

 大方、第二試験の狙いはそんなところだろう。

 

 だが、第三試験。

 

 ビッグトリオンルールを採用した意味が、分からなかった。

 

 通常、トリオンの保有量は生まれつき決まる先天的なものだ。

 

 訓練次第で多少は増える事もあるかもしれないが、それでも劇的に増えたりなどはしない。

 

 だからこそ、トリオンが増えた状態で行うルールは()()()()()()()()()

 

 それが、分からなかった。

 

 だが。

 

 最終試験。

 

 黒トリガーを使う迅と戦う、という試験内容が公表された時。

 

 弓場は、確信した。

 

 トリオンは、()()()()大きく向上する事はない。

 

 ただ一つ。

 

 ()()()()()()使()()()()()()という例外を除いて。

 

 黒トリガーを使用すれば、トリオン数値は文字通り跳ね上がる。

 

 そして当然、段違いの出力になったトリガーの使用感は、通常のトリガーとは全く違う。

 

 膨大なトリオンの扱い方や、有効な活用方法。

 

 それらを体感する為には、実際に多量のトリオンを得た経験をするのが手っ取り早い。

 

 ビッグトリオンルールは、その為に採用したルールであると考えれば辻褄が合う。

 

「増えたトリオンを扱う感覚を覚えさせる為にビッグトリオンルールを採用して、最終試験で実際に風刃を使うところを見せる。そうやって、風刃(そいつ)の使い方を学ばせるのがおめェーの狙いだったんじゃねぇのか?」

「…………参ったね。そこまで見抜かれてるか」

「たりめーだ。何年、おめェーの友達(ダチ)やってっと思ってやがる。見縊んなコラ」

 

 弓場は眼鏡をギラつかせ、迅を睨み付けた。

 

 迫力ある絵面だが、迅はその視線を正面から受け止めている。

 

 そして、苦笑しながら口を開いた。

 

「まだ、確定はしていない。けれど、一つの可能性として有り得るんだ。俺が、風刃(こいつ)を手放す未来がさ」

 

 だから、と迅は続ける。

 

「どうせ手放すなら、有効に使って欲しいだろう? 今回のは、その為の保険のようなものさ。何も、手放すのが決まったワケじゃない。心配しなくても、大丈夫だよ」

「馬鹿野郎、おめェーそいつァ師匠の形見っつってただろうが。んなモン手放すのを見過ごして、大丈夫なワケあっかコラ」

 

 ジロリ、と弓場は迅を見据える。

 

 詳しい話までは聞いていないが、風刃が迅の大切な人────────彼の師にあたる人物が()()()ものである事は知っている。

 

 弓場は、覚えている。

 

 風刃の所有者を決める為の戦いで、鬼気迫る勢いで他の候補者を倒し尽くした迅の顔を。

 

 淡々と作業のように対戦相手を薙ぎ倒していった迅の顔は、まるで能面のように無表情で────────弓場にはそれが、泣いているように見えた。

 

 それ程まで風刃(かたみ)に拘った迅が、それを手放す事を許容する。

 

 友人として、心配にならない筈がなかった。

 

 迅は、昔から無理をし過ぎるきらいがある。

 

 最近はマシになってはいるが、根本の自罰的な所はそのままだ。

 

 大義の為に、個人の心情を押し殺す。

 

 成る程、それはある種の正義なのだろう。

 

 正しい行いではある筈だ。

 

 だが、敢えて言おう。

 

 ────────クソ食らえだと。

 

 (とも)の幸福を犠牲にして成り立つ平和などに、価値があるものか。

 

 故に、弓場は迅の返答次第では、何が何でもそれを止めさせるつもりだった。

 

 彼が頑固なのは、知っている。

 

 しかし、それでも退く気はなかった。

 

 故に、返答を待った。

 

「ええやん。好きにさせたっても」

「────────あん?」

 

 だが。

 

 そこに待ったをかけたのは、それまで黙って同席していた生駒だった。

 

 弓場は青筋を立てながら、何のつもりだ、と生駒を視線で威圧した。

 

「生駒ァ、おめェーどういう了見だコラ」

「どうも何も、連れて来たの弓場ちゃんやん。やから、俺も口出しする権利くらいあると思わん?」

「おめェーを連れて来たのは、迅から何か聞いてるかもしんねェと思ったからだ。昔から、なんだかんだ口は堅ェからな。何か言い含められてる事でもあんだったら、言ってみろ」

 

 ジロリと睨みつけながら、弓場は生駒に返答を迫った。

 

 横槍を入れた以上、生半可な理由では許さない。

 

 威圧(ドス)の効いた詰問に対し、生駒は────────。

 

「知っとったで。迅が、風刃(それ)手放すかもって」

 

 ────────あっけらかんと、そう答えた。

 

「前に、玉狛行った時に聞いたんや。そういう可能性があるから、協力してくれってな」

「おめェー、なんでそれを黙って────」

「俺が、黙っておくように頼んだんだよ。広めて良い情報じゃないからね」

 

 迅はそう告げると、ポンポン、と弓場の肩を叩いた。

 

 そして、話を続けた。

 

「風刃を手放す可能性がある、って情報は、口外しないよう頼みたいんだ。今後の事を考えれば、その方が良いみたいだからね。それに」

「迅は、色々考えた上でやっとんねん。だったら、余計な事すんのは野暮とちゃうか?」

「だが、それじゃあ……っ!」

 

 迅の気持ちはどうなる、と続けようとした弓場だが、ゴーグルを外した生駒の表情を見て押し黙る。

 

 生駒は、これまでに見た事のないほど真剣な顔で、弓場を見据えていた。

 

「迅が皆の為に色々すんのを止めろ言うても、無理やろ。こいつ、責任感の擬人化みたいな奴やで? どっち道、きっつい事は変わらんわ」

 

 けどな、と生駒は続ける。

 

「だったら、こっちで支えて少しでも歩き易くしたらええやろ。んな当たり前の事、弓場ちゃんやったら分かってたんと違う?」

「……!」

 

 弓場は、押し黙る他なかった。

 

 迅は、見て見ぬ振りが出来る程器用ではない。

 

 時には露悪的な振る舞いをする彼だが、その性根は繊細であると知っている。

 

 ただ、彼は我慢が出来なかっただけなのだ。

 

 なまじ人とは違うものが視える眼を持ってしまった為に、悲劇の可能性を無視出来ない。

 

 無論、未来が視えたからと言って、一人で出来る事など限界がある。

 

 ボーダーという組織の助けを借りてやっと、救える人の数を増やす事が出来た。

 

 逆に言えば。

 

 彼は、自分が頑張れば救う人数を増やせるのだと、知ってしまった。

 

 自分の未来視(ちから)を酷使すれば、それだけ救える数を増やせるのだと、理解してしまった。

 

 ならばもう、止まれない。

 

 此処で止まる事は、救える筈だった人を見捨てる事と同義。

 

 そんな真似を、迅が出来る筈もなかった。

 

 迅は、彼は、優し過ぎるのだから。

 

 故に、生駒は迅を止めても無駄だと理解した。

 

 ならば、と考えを変えたのだ。

 

 止められないなら、手伝うしかないと。

 

 少しでも動いて、迅の負担を減らす。

 

 時には愚痴を聞いて、迅を労う。

 

 それが友達として出来る事なのだと、生駒は考えた。

 

 普段飄々としていても、生駒は情に厚い男だ。

 

 迅を見捨てる選択肢など、傍から無い。

 

 付き合うと決めたならば、何があろうと最後まで付き合う。

 

 それが、浪花人情というものなのだから。

 

「…………俺もヤキが回ったな。まさか、おめェーに説教されるたぁよ。情けねえ」

「お? それ褒めてる? 俺の事褒めてるん?」

「褒めてねぇよ。ただ、感心しただけだコラ」

 

 弓場はふぅ、とため息を吐いて、迅に向き直った。

 

 そして、告げる。

 

「分かった。これ以上は何も言わねェ。けどな、なんかあったら頼れ。友達(ダチ)の頼みくらい、いつでも聞いてやっからよ」

「ありがとう、弓場ちゃん。その時は、遠慮なく頼らせて貰うよ」

「そやそや、困った時はお互い様やで」

 

 そう言って、三人は笑い合う。

 

 それは、星空の下での誓い。

 

 友達同士の、ささやかな約束。

 

 未来を見据えた、三人の絆の証左であった。

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