痛みを識るもの   作:デスイーター

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太刀川慶①

 

「まず、各々の感想を聞こう。迅さんと、黒トリガーと相対して、どう思った?」

 

 開口一番、七海はそう口にした。

 

 迅との試合────────彼曰く()()()()()が終わり、七海達は作戦室で顔を突き合わせている。

 

 普段であればミーティングは翌日改めてやるところだが、今回ばかりは話が違う。

 

 何せ、迅の未来視も、黒トリガーも、相対するのはこれが初。

 

 しかも、聞くところによれば風刃を持った迅と戦った経験のある者は、誰もいないのだという。

 

 あの太刀川でさえ、風刃を手にしてS級隊員になって以降の迅とは戦闘経験がないのだ。

 

 まあ、風刃の、黒トリガーの性質を考えれば無理もないが。

 

 黒トリガーは、高いトリオン能力を持つ者が自身の生命と引き換えに遺すいわば()()だ。

 

 そして当然、託された者にとって黒トリガーは単なる強力な武器以上の存在価値がある。

 

 少なくとも、軽々しく力を誇示する為に使って良いものでは無い。

 

 迅の黒トリガーは、彼の師────────最上宗一という人物が遺したものらしい。

 

 旧ボーダーの、恐らくは七海の姉とも面識のあった相手。

 

 かつて姉が所属していた頃のボーダーの話は、小南やレイジ、そして勿論迅でさえ、あまり口にする事は無い。

 

 日常の中でぽろりと当時の情景が口から零れる事があるだけで、積極的に話そうとする者は誰もいない。

 

 だから、知らないのだ。

 

 迅にとって、最上宗一という人物が、どれだけの存在であったかは。

 

 だが、伝え聞く話だけでも、迅にとって風刃はただの武器以上の価値があると断言出来る。

 

 だからこそ、迅は軽々とその武器を振るわないのだ。

 

 故に、今回がどれだけ異例の事態なのかは推察出来る。

 

 まるで力を誇示するように七海達を一蹴した迅だが、あれは恐らく彼が必要だと考えたからこそ行ったのだろう。

 

 一度、風刃の力を思い知らせる必要がある。

 

 そう思わせる何かを、迅は視たのだろう。

 

 それならそれで、構わない。

 

 今の迅なら聞けば教えてくれる可能性もあるが、今すべき事はそれでは無いと、七海は感じていた。

 

 迅は、あくまで七海達なりの方法で自分を超えて欲しいのだろう。

 

 故にこそ、七海達には追加説明も、個人的な助言も行わず、ただ戦う相手として立ち塞がった。

 

 七海達を、那須隊を、信じて。

 

 ならば、応えるだけだ。

 

 その想いに。

 

 その信頼に。

 

 七海の決意は、皆に伝わっている。

 

 だからこそ、彼女たちは集まった。

 

 まだ身体が戦いの感覚を覚えているうちに、それを言葉としてフィードバックする為に。

 

「ハッキリ言って、気付いたのは直前だったわ。視界の端から何かが飛び出すのが見えて、咄嗟にシールドを張ったのだけれど────────シールドをすり抜けるように、斬られてしまったわ」

 

 最初に口を開いたのは、那須。

 

 彼女は当時の情景を思い返しながら、そう告げた。

 

 那須の空間把握能力は、常人のそれでは無い。

 

 360度全ての空間情報を瞬時に処理し、即座に行動にフィードバックさせる。

 

 それが可能だからこそ、変化弾(バイパー)のリアルタイム弾道制御なんて離れ業が出来るのだ。

 

 那須の視界は、全方位に目があると言って良いレベルにある。

 

 だからこそ、気付いたのだろう。

 

 自身に迫る、風の刃に。

 

「前兆は、何もなかったと思うわ。いきなり壁から斬撃が飛んできた、っていう感覚ね」

「なら、周囲の建物には何も変化がなかったって事か」

「ええ、少なくとももぐら爪(モールクロー)みたいに地面や壁に穿孔させているのではないみたい。地面をなぞっていた、そんな感じがしたわ」

 

 那須はそう言って、自分なりの所見を口にした。

 

 先ほどは真っ先に落とされた那須だが、何も情報を持ち帰れなかったワケではない。

 

 落とされたのは一瞬だが、高い空間把握能力を持つ彼女はその刹那の間に様々な情報を拾っていた。

 

 転んでも、ただでは起きない。

 

 そんな、彼女の執念の賜物である。

 

 那須は自分が弱いとは思っていないが、同時に誰よりも強い、なんて自惚れてもいない。

 

 自分より単騎の能力が強い者など幾らでもいるし、総合力で勝る者も何人かいる。

 

 だからこそ、ただでは落ちない。

 

 たとえ自身を犠牲にせざるを得ない状況であろうと、きっちり情報は持ち帰り次の糧とする。

 

 それが、B級上位という環境で那須が上を目指す為に学んだ訓戒である。

 

 今回の相手は、これまでの相手とは文字通り次元の違う存在だ。

 

 サイドエフェクト、未来視。

 

 戦闘転用可能な副作用の恩恵がどれ程のものかは、七海の件で知っている。

 

 今回は、菊地原の持つ強化聴覚というサイドエフェクトの厄介さを身を以て味遭った。

 

 攻撃や行動を察知される、というものがどれ程の枷となるのか。

 

 菊地原との戦いは、それを充分以上に実感させた。

 

 戦力の逐次投入からの不意打ちを基本戦術とする今の那須隊にとっては、これ以上なく厄介な相手だったのだ。

 

 だからこそ、今回の第三試合は正面切っての衝突を選択せざるを得ず、同士討ちの多発という事態を招いた。

 

 何も、好き好んで相打ちを多発させたワケではないのだ。

 

 ただ、そうする他なかったからこそ、あのような結果となった。

 

 菊地原の存在がなければ、もう少し違った展開も有り得たかもしれない。

 

 何せ、不意打ちが効かないのだ。

 

 この時点で、那須隊の選択はかなり狭まっていたと言って良い。

 

 戦闘転用可能なサイドエフェクトというのは、それだけ脅威なのだ。

 

 そして、迅の副作用(サイドエフェクト)は数あるそれの中でも最上級のものと言って良い。

 

 未来視。

 

 文字通り、未来を視る力。

 

 戦闘においてこれほど有用で、尚且つ厄介な能力はそうないだろう。

 

 そんな相手と、戦うのだ。

 

 拾える情報は、幾らあっても困る事はないだろう。

 

「それから、斬撃の速度も尋常じゃなかったわ。体感的に、例の生駒旋空並みだったとしてもおかしくないわね」

「問題は、それがトップスピードか否かだな。出力が調整可能となれば、更に速くなる可能性は充分有り得る」

「そうなると、もう反応出来るかどうかすら不明ね」

 

 迅は今の試合で手は抜かなかった筈だが、全てを出し切ったかと言われれば疑問符がつく。

 

 思えば迅はある程度余裕を持って戦っていたように見えるし、お世辞にも死力を尽くしていた、とは言い難い。

 

 あの性能が風刃の全力である保証は、何処にもないのだ。

 

 だが、これは水掛け論にしかならない。

 

 速度が上がるのならば、それに対応していくしかないのだから。

 

「そういえば、あたしが旋空を使おうとした時踏み込んだんだけどさ。どうにも踏み込んだ先を正確に読まれて斬撃を撃ち込まれたっぽいんだよね」

「私も、テレポーターの転移先を読まれて攻撃を置かれました」

「ああ、迅さんなら、熊谷や日浦がどう動くかも視えていただろうからな。それ自体は、何もおかしくはない」

 

 平然と言っているが、普通に考えれば明らかにおかしい。

 

 熊谷は、まだ分かる。

 

 踏み込んだとはいえ、精々数歩程度。

 

 それまでの動きを見ていれば、どう動くかは大体想像がつく。

 

 動く先に攻撃を当てる事は、そう難しくはないだろう。

 

 だが、茜の場合は違う。

 

 茜は、テレポーターの転移先を正確に読まれて攻撃を()()()()のだ。

 

 迅のいる位置からは茜の姿自体は見えたかもしれないが、その視線は帽子に隠されて見えなかった筈だ。

 

 テレポーターは、視線の向かう先さえ分かれば攻撃を置いて対応する事自体は容易い。

 

 しかし、逆に言えば視線さえ隠せれば移動先は隠蔽出来る。

 

 帽子を目深に被り、可能な限り目元を隠していた茜の判断自体は間違っていない。

 

 されど、迅相手にはその根本が覆る。

 

 未来を読んでいるのだから、視線の先など関係がない。

 

 ただ、視えた未来の映像通りに攻撃を放ち、仕留めるのみ。

 

 通常の対策では、どうにもならないのである。

 

「玲一、何か、迅さんから聞いていないの? たとえば、未来視の()()()()とか」

 

 そこで、那須が七海に尋ねた。

 

 未来視の、そもそもの発動条件。

 

 それが、何なのかという事を。

 

 七海のサイドエフェクトがそうであるように、便利に見える能力にも制限や制約は存在する。

 

 たとえば、七海の場合はあくまで感知出来るのは自分の肉体を対象にした攻撃のみで、武器や仲間を狙われた場合は発動せず、ダメージが発生しない拘束攻撃等には反応しない。

 

 果たして、迅の副作用にはそういった制約や発動条件があるのか。

 

 それ次第で、大分変わって来るのだから。

 

「俺が聞いた話じゃ、発動条件は対象の人物の肉眼での()()だ。会った事のない相手や、写真で見ただけの相手じゃあ能力は発動しないらしい」

 

 肉眼での、視認。

 

 それが、迅の未来視の発動条件。

 

 これは、かなりの収穫と言える。

 

 発動条件も何も分からない状態よりは、雲泥の差だ。

 

「それじゃあ、身を隠し続ければ居場所を察知される事はないって事なのかしら? でも、その発動条件だと狙撃なんかは防げないんじゃない?」

「いや、そうでもない。狙撃をやるって事は、基本的に仲間と連携するから、そのチームメイトの未来を視れば連鎖的に狙撃は感知出来る」

 

 それに、と七海は続ける。

 

「この肉眼での視認、っていうのは、正直いつでもいいんだ。だから正確には、迅さんに肉眼で視認()()()()()()()相手の未来が視える。だから、こっちの全員の未来は視られてるものとして考えた方が良い」

「…………成る程。そう巧くはいかないか」

 

 那須は溜め息を吐き、難易度を上方修正し直した。

 

 こちらの未来は全て視られている。

 

 その前提で戦うとなると、かなり厳しい戦いを強いられる事は必須だ。

 

 矢張り、情報が足りない。

 

 一度未来視相手の戦いを経験したが、まだまだ知識が足りていない。

 

 手持ちの情報だけでは、もう頭打ちだ。

 

「俺達だけで得られる情報は、一先ずこのくらいか。やっぱり、行かなきゃダメだな」

 

 七海はさて、と言いながら立ち上がり、告げた。

 

「ちょっと、太刀川さんの所に行ってくる。あの人なら、迅さん相手の立ち回りも知っている筈だからな」

 

 

 

 

「聞いたぜ。お前、風刃持った迅と戦うんだろ?」

「話が早いですね、太刀川さん」

 

 太刀川隊、作戦室。

 

 そこを訪れるなり、開口一番七海を待ち構えていた太刀川は意気揚々とそう告げた。

 

 その目は爛々と輝いており、ぶっちゃけちょっと怖い。

 

 完全に、戦闘狂(バトルジャンキー)としてのスイッチが入っている。

 

 正直回れ右をして帰りたいところだが、そうもいかない。

 

 太刀川が乗り気なのは、願ってもない事なのだから。

 

「ああ、どうせ迅相手の戦い方なんかを聞きに来たんだろ? いいぜいいぜ、色々教えてやるよ」

 

 その代わり後で付き合えよな、と嘯く太刀川にはい、と七海は肯定の返事を返す。

 

 代価はどうせ、ランク戦の誘いか、もしくは太刀川が望みの相手を個人ランク戦に引っ張って来るかのどちらかだろう。

 

 前者ならいつでも構わないし、後者なら村上や影浦に頭を下げるだけだ。

 

 とは言っても、両者共ランク戦には積極的な性質(タチ)だ。

 

 誘いをかければ、快く受けてくれるだろう。

 

 七海はそのあたりの皮算用をしながら、太刀川に対して向き合った。

 

「まず、未来視は基本的に戦闘に適した能力じゃない。単純に戦闘に使うなら、お前や影浦のサイドエフェクトの方がよっぽど向いてる」

「え? でも……」

「まあ言いたい事は分かるさ。けど、最後まで聞けって」

 

 いきなり()()()()()()()()()()()()などと言われて困惑する七海に対し、太刀川はそう言って疑問を遮る。

 

 どうやら、伊達や酔狂で言っているワケではないらしい。

 

 七海は話を聞く事にして、続きを促した。

 

「はい、それはどういう事なんですか?」

「あいつの未来視はな、見たい未来を視るんじゃなくて、可能性の高い()()()()未来が視えるらしい。そして、戦闘じゃ対戦する相手全員分の未来が視えるんだ」

 

 つまりな、と太刀川は続ける。

 

「乱戦になると、情報量が多くてあいつでも処理しきれなくなるんだよ。だから、あいつを倒すには囲んで叩くか、攻撃を延々と続けて行くのが手っ取り早い。俺の二刀流だって、あいつの予知を上回る手数が欲しいから始めたんだしな」

「成る程。そういう事でしたか」

 

 そう、考えてみれば、単純な話。

 

 七海や影浦のサイドエフェクトは感知圏内に入ればたとえ見えていなくても自動で察知するが、迅のそれは視覚を介して映像という形で彼自身に情報を伝える。

 

 つまり、情報を噛み砕き、動きにフィードバックするまでの間に僅かな時間遅延(タイムラグ)が発生するのだ。

 

 そう考えれば、確かに太刀川の言っている事も分かる。

 

 攻撃を感知し反撃に繋げるという目的で使うのであれば、七海や影浦のサイドエフェクトの方が遥かに有用だ。

 

 何せ、ダイレクトで脳に感知した情報が伝わるのだから、情報の取捨選択をする必要もない。

 

 攻撃範囲という明確な情報が直接手に入るのだから、いわば自動で情報処理をかけているようなものだ。

 

 その場その場の対応に限れば、確かに七海達の能力の方が有用であると言える。

 

「だから、それより注意するべきは戦術を読まれる事だな。囲んで叩けば良いとは言ったが、あいつは1対多の戦いもかなり慣れてる。普通に囲むだけじゃ、まず無理だろうな」

「そう簡単にはいかないか……」

 

 まあ当然といえば当然か、と七海は呟く。

 

 そう、未来視の真の脅威は、その情報の俯瞰能力にある。

 

 文字通り、普通の人間とは違う視点から戦場を俯瞰する事が出来るのが、迅の能力の強みである。

 

 下手な動きをすれば戦術を読み切られ、たちまち王手にかけられるだろう。

 

「ま、そこは色々試していくしかないだろうな。俺が協力してやるのも勿論構わないが、お前にゃもっと適任のパートナーがいるだろ」

「え……?」

 

 七海はいきなりの言葉にキョトンとしており、そんな彼に対して太刀川は溜め息を吐いた。

 

「影浦に協力して貰えよ。お前と同じで、攻撃を察知出来るだろ。あいつ」

 

 そんな事を、当たり前のように告げながら。

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