痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人⑤

「来たか、七海」

 

 影浦は隊室に赴いた七海達を見て、開口一番そう告げた。

 

 七海が入り口に立ち、その後ろに那須が。

 

 更に後ろに茜と熊谷が、それぞれ並んでいた。

 

 今回は隊としての要請を伝える為に来たので、男性と会えない小夜子以外の那須隊のメンバーは全員揃っている。

 

 茜は隊室の中にユズルの姿を見つけると、「ユズルくんこんばんはー!」と元気に挨拶している。

 

 ユズルはいきなりの大声に戸惑いつつも、「こ、こんばんは」と返している。

 

 狙撃手同士で通じ合うものがあるのか、割とこの二人は親しい部類に入る。

 

 廊下等で会った時に挨拶するのは勿論、ラウンジで食事を取っているユズルの所に茜が突撃した事もある。

 

 茜としては類稀なる狙撃の腕を持つユズルと交流し、共に技術を高めていきたいのだろう。

 

 基本、二人の会話は狙撃に関する事に終始する。

 

 年頃の中学生二人としては些か物騒な会話内容ではあるが、ボーダーでは割と普通の事ではある。

 

 ただ、年の近い二人が和気藹々と話している姿は何処か微笑ましく見えるのは事実だ。

 

 そこに居合わせた当真から見ても茜とユズルの距離は妙に近く、余計な邪推をしてからかった事もある。

 

 結果、一週間ほどユズルと口を聞いて貰えなくなったのはご愛敬だが。

 

 そんな様子だからして、二人は付き合っているのではないか、などといった噂がまことしやかに流れた事もある。

 

 それを聞きつけた某キノコヘッドの師匠が怖い眼をしていたという話もあるが、真偽は定かではない。

 

 ともあれ、そういった話題を出されるくらいには仲の良い二人である。

 

 基本内向的なユズルが天真爛漫な茜に押される事が多いものの、良好な関係と言える。

 

 ユズルもまんざらではないのか、「今日も凄かったね。日浦さん」「あ、見てたの? ユズルくん、今回はね」等と早速狙撃の話題に興じている。

 

 北添はそれをニコニコしながら見守っており、光はニヤニヤしながらその様子を見ていた。

 

 概ね、歓迎ムードと言って良いだろう。

 

「すみません影浦さん、突然押しかけて」

「あー? 構わねえよそんなん。別に用事があったワケでもねーし、あれの後だしな」

 

 影浦は頭をポリポリとかきながらそう話し、ソファーにどかりと座り込んだ。

 

「ホラ、立ってねーで座れよ。話、あんだろ?」

 

 

 

 

「なるほどな」

 

 影浦は一通り話を聞き、ふぅ、と息を吐いた。

 

 そして、ジロリと七海を睨み付けた。

 

「迅さん対策の為に、副作用持ち(おれ)の協力が欲しい、って事か。話は分かった」

 

 けどな、と影浦は続ける。

 

「なんで、真っ先に俺んトコに来ねーんだよ。そんなん、すぐ思いつくだろコラ」

「すみません。ぶっちゃけ、未来視の情報を得る事で頭が一杯でした」

 

 それならそれですぐ思いつけよなー、と影浦は悪態をつく。

 

 どうにも微妙に機嫌が悪いらしく、言葉の端々に棘がある。

 

 というか、拗ねている。

 

 それには七海も気付いていたが、此処で突っ込むほど彼は図太くはない。

 

「こらこら、真っ先に自分を頼らなかったからって拗ねないの。七海くんが可哀そうでしょ?」

「拗ねてねーよコラ」

「あ、あはは」

 

 だが、勝手知ったる北添(あいぼう)としては慣れたもの。

 

 絶妙なタイミングで水を差し、影浦の毒気を抜いた。

 

 正確には、光が「そうだぞー、優しくしろよなー」と絡んで来るのがうざったかったので矛を収めただけだが。

 

 こういう時は、折れた方が手っ取り早い。

 

 数々の経験で、影浦は学んでいた。

 

 ウザ絡みをして来る時の光は、適当に受け流すのが一番であると。

 

「ったく、まあいい。で、協力すっかどうかか」

「はい、どうでしょうか?」

 

 七海は恐る恐るといった体で影浦に尋ね、返答を待った。

 

 影浦は「あー」と呟きながら頭をかき、ふぅ、と溜め息を吐いた。

 

「その前によ、七海。聞きてえ事があんだが」

「なんですか、カゲさん」

「おめー、本音じゃどう思ってんだ? いきなり当てつけみたいに迅さんの相手をさせられて、悔しくはねーのかよ」

 

 ソファーに腰かけたまま、影浦は真剣な表情で七海を見据え、そう問いかけた。

 

 確かに、七海達の状況は傍から見ればいきなり無茶ぶりをやらされたように見えなくもない。

 

 黒トリガーと、迅と戦うという通達自体も突然だし、事前準備も何もない状態で那須隊は戦いの場に放り込まれた。

 

 ハッキリ言って負けイベント以外の何物でもない試合を、昇格試験で鎬を削り合った相手に見られている。

 

 普通であれば、不満の一つでも覚えても不思議ではない。

 

 それについて、どう思うか。

 

 影浦は、そう問い質しているのだ。

 

「それは────」

「言っとくが、恩人だからとか、迅さんなら考えがあるだろうからとか、そういう理屈を聞きてーんじゃねーぞ。おめーがどう思ったか、正直に答えろっつってんだ。間違えんなよ」

「……!」

 

 まさに今から話そうとした事を言い当てられ、七海は押し黙った。

 

 考えてみれば、影浦相手に本音を隠すなど無理な話だ。

 

 サイドエフェクト、感情受信体質。

 

 この副作用によって、影浦は人の感情には殊更敏感だ。

 

 だから、相手の表情や仕草、思考傾向を理解していれば、読心のような真似も容易い。

 

 特に、七海のように親しい間柄の相手であれば猶更だ。

 

 七海の言いそうな事など、とうにお見通しなのである。

 

「で? どうなんだ? 答えてみろよ」

 

 影浦はそう言って、七海に答えを急かした。

 

 いきなりの尋問じみた真似に那須が何か言いたげにしていたが、熊谷に制止されて思い留まる。

 

 後ろで状況を見守っている北添からも「大丈夫だから」とアイコンタクトで示され、一先ず那須はこの場を見守る事にした。

 

 そして七海は、しばし考えた後────────顔を、上げた。

 

「正直に言えば、悔しいです。何も出来ずに、一方的に落とされた事が」

 

 それが、七海の本音。

 

 確かに、情報収集の為の負け試合である事は理解していた。

 

 落とされる事も、織り込み済みではあった。

 

 だが。

 

 だが。

 

 傷一つ与えられず、あしらわれるように落とされたのは、正直ショックだった。

 

 力の差は、分かっていたつもりだった。

 

 初見ではどうしようもない事も、理解していた筈だった。

 

 けれど。

 

 けれど。

 

 それで全てを納得するほど、七海は闘志を捨てていない。

 

 常であれば場の空気や流れを優先してそういった私情は押し込む七海であるが、他ならぬ影浦から真に迫った問いかけを受けたのだ。

 

 本心を明かす以外、道はなかったと言えるだろう。

 

「黒トリガーには、色々と思うところがあります。俺が使えないそれを十全に使いこなす迅さんを見て、嫉妬しなかったと言えば嘘になるでしょうね」

「玲一……」

 

 七海はふと、自分の右腕の義手を────────姉の遺した、黒トリガーに眼を向けた。

 

 未だ、一度も起動に成功していない黒トリガー。

 

 名称すら定められておらず、ただ彼の右腕の置換として存在するトリガー。

 

 これを使う事が出来れば、と思わなかった日は無い。

 

 姉が、文字通り命に替えて遺してくれたもの。

 

 それを十全に使いこなし、姉の遺志を継ぎたい。

 

 それは、あの頃より抱き続けて来た七海の正直な想いだ。

 

 自分が使えない黒トリガーを、十全に使いこなす迅の姿。

 

 それを見て、妬ましい、という感情が湧いて来なかったと言えば嘘になる。

 

 自分は使えないのに、何故。

 

 そういった想いが生じた事は、事実だ。

 

 無論、七海と迅とでは事情が違う事は承知している。

 

 彼の場合は相当に特殊な例である事も、理解している。

 

 されど。

 

 それで納得出来るほど、七海の姉への想いは軽くはない。

 

 迅には迅の事情があり、今回も深慮の上の行動だと理解している。

 

 けれど。

 

 彼の行動で、心がざわついたのは事実なのだ。

 

 だが、七海は迅に多大な恩がある。

 

 四年前の大規模侵攻で姉を亡くした後の彼に色々と便座を図ってくれたのは他ならぬ迅であるし、起動不能の黒トリガーという厄介な事情を抱えた彼が今こうしていられるのも迅が根回しに奔走したからという事も理解している。

 

 だからこそ、七海は自身の想いに蓋をした。

 

 迅に、恩人にそんな感情を向ける事など、あってはならないと。

 

 いつもそうしているように、自分自身を納得させようとしていた。

 

 しかし。

 

 影浦からしてみれば、焦れったいにも程がある。

 

 迅に対して思うところがあるのは視れば分かるのに、恩だの立場だのを考えてそれを押し込もうとしている。

 

 そんな七海の姿を、見ていられなかったのである。

 

「だから、見返してやりたい、自分にもちゃんと力があるって、迅さんに証明したい。そのあたりが、正直な気持ちですね」

「ったく、最初からそうしてろよ。おめーはいっつも、我慢のし過ぎなんだよ」

 

 影浦はそう言って、再び大きくため息を吐いた。

 

 我慢出来ずに根付アッパー事件を起こした影浦が言うと、何処か真実味がある。

 

 無論、例の事件は影浦なりの理由があった。

 

 誰にも話してはいないが、あの件は先に手が出そうになったユズルに汚名を被らせない為に、敢えてやった事だ。

 

 しかし、そこでユズルを制止するのではなく自分が代わりにやる、という選択肢が出る時点で彼自身も相当根付の態度が頭に来ていたのだろう。

 

 サイドエフェクトによって好悪問わず様々な人間の感情に常時晒されている影浦は、日常的にストレスを抱えている状態に等しい。

 

 ぶっちゃけると、煽り耐性がかなり低いのだ。

 

 常日頃から精神的な拷問を受けているに等しい彼は、ちょっとした事で手が出る事が多い。

 

 ボーダーに入ってからは個人ランク戦である程度発散出来ているので以前よりはマシになったが、そうなる前はガラの悪い不良以外の何物でもなかったのだ。

 

 精神的に成熟した者が多いボーダーとはいえ、軽い気持ちで入隊したC級隊員等はガラの悪い影浦に対し悪感情を向ける事が多い。

 

 以前より遥かにマシな環境とはいえ、選択肢に暴力が即座に挙がる程度には、影浦の手は早い。

 

 そんな影浦からしてみれば、我慢する事が当然のように振舞う七海のスタイルは、常々焦れったいと思っていたのだ。

 

 自分のようになれとは言わないが、七海の我慢は明らかに行き過ぎであった。

 

 不満を伝えても良いであろう場面でも何も言わない彼を見て、荒船や村上と共に()()を教え込み、ある程度の矯正には成功したのだが、七海の根本の自罰的な体質はそのままだ。

 

 だから、影浦は思ったのだ。

 

 七海が余計な我慢をしているようなら、自分が悪者になってでも正直にならせてやろうと。

 

 要は、お節介である。

 

 彼自身認めはしないが、影浦は相当に世話焼きな面がある。

 

 だから鳩原の件で落ち込んでいたユズルが茜に負けて奮起した時には隊ぐるみでバックアップしたし、七海も事情を知ってからは進んで世話を焼くようになった。

 

 やりたい事を、全力でやらせてやる。

 

 それが、影浦の身内に対するスタンスである。

 

 その為の努力は惜しまないし、必要なら汚名を被る事すら厭わない。

 

 それが、影浦雅人。

 

 行動が粗暴に見えるだけで、性根そのものは決して悪いものではないのだ。

 

「やられてムカついたからやり返す、それでいーじゃねーか。俺も協力してやっから、目にもの見せてやろーぜ」

「はいっ! ありがとうございます」

 

 七海はそう言って、影浦に深々と頭を下げた。

 

 真っ正直な感謝の念に、影浦は何処かバツの悪そうな顔をする。

 

 そんな彼を見て、北添はくすりと笑みを溢した。

 

「あ? 笑ったなてめー」

「ごめんごめん。素直じゃない────────いや、割と正直だよね、カゲは。最初からそう言えばいいのに」

 

 北添の言葉に、「けっ」と影浦は鼻で笑うが、それ以上の反論はない。

 

 こんなやり取りが出来るのは、北添だからこそである。

 

 付き合いが長いからこそ、どの程度まで踏み込めば大丈夫かは、感覚で理解している。

 

 そうでなければ、影浦が相棒として傍にいる事を許容する筈もない。

 

 なんだかんだで、影浦隊(かれら)は影浦のお眼鏡に叶った者達なのだ。

 

 人付き合いが不自由な影浦が傍に置くからには、それなりの意味がある。

 

 個人主義者の集まりながらも、強い絆で結ばれた者達。

 

 それが、影浦隊。

 

 七海が慕う影浦が率いる、粗野ながらも心暖かな者達であった。

 

「私からも、お礼を言います。ありがとうございました。影浦先輩が玲一の師匠で、良かったと思う」

「別に、感謝される事でもねーよ。俺は俺の好きにやってるだけだ」

 

 まあ、と影浦は那須を見て顔を上げた。

 

 そして、しばし逡巡しつつも口を開く。

 

「おめーはおめーで、あんま七海(こいつ)には遠慮すんなよ。そうやって、遠慮して拗れまくった結果があの醜態なんだしな」

「そう言われると、言葉もありませんね。あの件じゃ、迷惑をかけましたし」

「七海からは詫び入れられてるし、構わねーよ。おめーの面倒を見るのは、こいつのシゴトだ。あん時きゃ、それに失敗しただけだろ」

 

 だからよ、と影浦は続ける。

 

「きちっとこいつを頼れ。自分の女(おめー)一人の面倒くれえ、七海(こいつ)はちゃんと見れるからよ」

「ありがとう、ございます」

 

 いきなりの言葉に面食らいつつも、那須はそう言って深々と頭を下げた。

 

 七海も続けて礼を言い、影浦は容姿端麗な少年少女に頭を下げられ、困惑する。

 

 北添や光はそんな影浦の姿が面白いのか助け舟を出す気配はなく、ユズルは茜との談笑に夢中だ。

 

 ふぅ、と溜め息を吐いて、影浦はダンッ、と机を叩いて立ち上がった。

 

「────────そろそろ腹ぁ減ったろ。奢ってやっから、ウチ行くぞウチ」

 

 さっさとしろよ、と影浦はそそくさと帰り支度を始める。

 

 影浦の実家()で夕食を食べられると分かり、影浦隊の面々は慣れた様子で準備を始めた。

 

 七海達もそれに倣い、隊室に荷物を取りに行く。

 

 図らずも、今夜の夕食はお好み焼きに決定したようだった。

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