痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海玲一⑨

 

「今日は、色々とありがとうございました」

 

 此処は、嵐山隊の作戦室。

 

 一人隊室を訪れた七海は、そう言って頭を下げた。

 

 試合後の簡単な労いは、通信越しに済ませてある。

 

 だが、例の最終試験に関する発表や迅との模擬戦もあった為、碌な挨拶も出来ていなかったのは確かだ。

 

 だからこそ、七海がこうして単身で嵐山隊の下を訪れ、改めて謝意を示しているワケである。

 

 本来であれば隊長である那須が来るのが筋であろうが、嵐山とは迅という共通の知り合いがいる七海の方が近い位置にいる。

 

 嵐山もどうやら七海と話したかった様子だったので、彼が自らこの役目を買って出た、という塩梅であった。

 

「いや、俺達は自分の仕事をしただけだ。勝利を引き寄せたのは、紛れもなく君たちの実力だよ。誇って良い」

 

 嵐山はそう言って、頭を下げる七海を軽く労った。

 

 その称賛は、紛れもなく嵐山の本心だろう。

 

 彼は、本当の意味で裏表の無い人間だ。

 

 というより、()()()()()人間と言える。

 

 普通であれば言葉にするのを躊躇うような台詞でも、何の呵責もなく口にしてしまう。

 

 それが建前や理屈をこねるつもりで言った言葉ならば、まだ分かる。

 

 だが。

 

 嵐山の場合、それは混じりけなしの()()なのである。

 

 数年前に彼がボーダーに入隊した時のインタビューが、良い例だ。

 

 あの時、嵐山はボーダーに批判的な記者から「家族と街、どっちを優先して助けるのか」という意地の悪い質問をされていた。

 

 どう答えても角の立つ質問であり、実際記者はそれを狙っていたのだろう。

 

 何とかして失言を引き出し、ボーダーを攻撃する材料にする。

 

 そういった、悪意に塗れた質問だ。

 

 一緒にインタビューを受けていた柿崎は、どう答えて良いか分からなかった。

 

 それが普通だろう。

 

 それまで一般人として学生生活を送っていた者が、マスコミに対する正しい対処など経験する機会など無い。

 

 一般人の感性としては、柿崎が正しいのだ。

 

 だが。

 

 嵐山は、「家族を守る」と即答した。

 

 当然、会場のあちこちから批難めいた言葉が沸き上がった。

 

 けれど。

 

 嵐山は、そんな記者達に対して一切臆する事なく、「家族を守れれば、安心して街を守れますから」と言い切った。

 

 流石にこれは記者側としても閉口せざるを得ず、続いて飛び出した選手宣誓のような宣伝文句に会場は別の意味で沸き上がった。

 

 メディア対策室の根付が嵐山に目を付けたのは、この時だろう。

 

 嵐山は、紛れもない逸材だった。

 

 天性の才能、表舞台に立つ適性。

 

 嵐山は、隊が広報部隊となって以降、その才覚を存分に振るった。

 

 メディアに度々露出し、各種イベントも難なくこなし、ボーダーの顔役を務める。

 

 それらの激務を、さも当然のようにこなす。

 

 こなしきってしまった。

 

 今では三門市では嵐山の顔を知らない者の方が珍しく、下手なアイドルよりも人気のある芸能人のような扱いを受けるに至った。

 

 正直に言って、異常である。

 

 迅とはまた違う意味で、覚悟が決まり切ってしまっている。

 

 決断に躊躇しない。

 

 自分の発言に伴う意味を理解し、常に最適な答えを出し続ける。

 

 無理をしているとか、虚勢を張っているとか、そういう事ではない。

 

 ただの自然体として、結果的にそうなっているに過ぎない。

 

 それが、嵐山准。

 

 天性の芸能センスを持つ、ボーダーの麒麟児である。

 

 そんな嵐山だからこそ、迅の親友という立ち位置に収まっているのかもしれない。

 

 未来視という理外の力を持つ迅と寄り添うには、或いはそれくらいの異常性が必要になるのだろう。

 

 もっとも、七海にとっては恩人である迅の近しい人、という印象以上のものは持てていない。

 

 そもそもまともに交流したのも今回が初めてであるし、連携訓練を通じてある程度親密にはなれたものの、身内感覚には程遠い。

 

 むしろ、こちらに含むところのあった木虎や狙撃手繋がりで茜と親交のある佐鳥の方が、よっぽど距離が近いように感じられた。

 

 誰に対しても平等な、品行方正な優等生。

 

 それを自然体でこなしているが故に、嵐山は他人に対し一定の線引きをしている節がある。

 

 無論、それとて無意識だろう。

 

 嵐山が()()()()()行動した結果、他人とある程度の距離を取る。

 

 故に、交流を持てたとしても、あくまでそこまで。

 

 彼のプライベートな部分に踏み込める者は、限られているのだ。

 

 それこそ迅や弓場といった友人たち、もしくは従姉妹だという小南。

 

 そのくらいだろう。

 

「そう言って頂けると、嬉しいです。今後も機会があれば、ご指導ご鞭撻のほどをお願いします」

「ああ、俺はいつでも歓迎するぞ。勿論、スケジュールが空いていたら、だけどな」

 

 ともあれ、七海としては迅の親友である以上、邪険にする理由は何処にもない。

 

 無理に踏み込むつもりはないが、迅と付き合いを続けていく以上、嵐山と関わる機会も出て来るだろう。

 

 性格的にも文句を付ける方が間違っているので、良好な関係が築ける筈だ。

 

 まあ、広報部隊として顔が売れているのでオフでのプライベートな付き合いまでは難しいだろうが、ボーダー内であればどうとでもなる。

 

「これが俺の連絡先だ。何か困った事があったら、遠慮なく頼ってくれ」

 

 勿論、どんな事でもよいぞ、と言って連絡先のメモを渡して来る嵐山。

 

 七海は「ありがとうございます」と言って、そのメモを受け取った。

 

 気分としては、芸能人の電話番号を手に入れたようなもの、だろうか。

 

 あっさり連絡先を渡した嵐山を見て木虎は少し渋い顔をしていたが、特に追及するつもりはないらしい。

 

 無暗にこの繋がりを利用しない、と思われるくらいの信頼は、結べたようである。

 

 そんな、生暖かい視線に気付いたのだろう。

 

 木虎がずい、と身体を乗り出してこちらに近付いて来た。

 

「分かっていると思いますが、広報部隊(わたしたち)は忙しいんです。連絡するなとまでは言いませんが、節度は保って下さいね」

「ああ、勿論だ」

「大丈夫だ。七海くんは、信頼出来るからな」

 

 釘を刺した木虎に対し、七海はすぐさま了承の意を伝え、嵐山はそう言って太鼓判を押した。

 

 根拠など無い筈だが、妙に説得力がある。

 

 これが、天性の芸能人の成せるカリスマなのだろうか。

 

 そんな二人の反応に毒気を抜かれた木虎ははぁ、と溜め息を吐いて七海の方に向き直った。

 

「今回は、不甲斐ない姿を見せました。次があれば、A級らしい活躍をご覧に入れましょう」

「そうか。楽しみにしてる」

「ええ、分かったのであれば良いです」

 

 そう言ってふふん、と年齢にしては豊かな胸を張る木虎。

 

 「自分の仕事はきちんとこなしたじゃないか」と言いたかった七海だが、此処でその返答は何か違う気がしたのだ。

 

 強いて言えば、直感だろう。

 

 此処は思ったままではなく、ある程度木虎の意を立てるべき。

 

 そんな天啓が、何処からともなく降りて来たのだ。

 

 脳裏に何故か、「女の子は褒めておいて損はないよ」という迅の声が聞こえた気がしたが、詳細は不明である。

 

 まあ、結果として木虎が満足したようなので、万々歳である。

 

「もし良ければ今からカゲさんの家でお好み焼きを食べに行くので、一緒にどうでしょうか?」

「いや、ありがたいお誘いだが、遠慮させて貰う。俺が行って、騒がせてしまうのも悪いしな」

 

 嵐山はそう言って、やんわりと七海の誘いを断った。

 

 まあ、言っている事は分かる。

 

 確かに、有名人である嵐山がお好み焼き家に現れれば、那須の襲来時に負けず劣らずの騒ぎになるだろう。

 

 七海としてもそこは理解しているので、あっさりと引き下がった。

 

「けど、木虎や賢たちが行きたいなら無理には止めないぞ。少し変装すれば、どうにかなるんじゃないか?」

「別に、行きませんよ。特に親しくない私が行っても、迷惑でしょうし」

「佐鳥も、今回は仕事があるのでー」

「そうか。それなら無理強いするのも良くないな」

 

 すまない、と嵐山は謝意を示すが、七海は笑って受け入れた。

 

 まあ、広報部隊という目立つ役割をこなしているのだから、そういった不自由もあるのだろう。

 

 改めて、嵐山隊の特殊性に向き合った七海であった。

 

「俺達に遠慮せず、楽しんで来てくれ。きっと、影浦もそれを望んでいるだろうからな」

 

 

 

 

「おし、出来たぞ。食え食え」

「頂きます」

 

 影浦が自ら焼き上げたお好み焼きを、皿に乗せて七海に手渡す。

 

 七海が受け取ったお好み焼きは、肉をふんだんに使った豚マヨ。

 

 但し、使用されている香辛料の量が尋常ではなく、匂いも普通のそれとは違っていた。

 

 これは影浦が試行錯誤の末に開発した七海専用のお好み焼き、通称七海スペシャル(命名:当真)である。

 

 ごく薄い味しか感じられず、普通の食事では無味無臭のものを食べているに等しい七海が「美味しい」と言えるものを作る為、影浦はそれはもう頑張った。

 

 一人で試行錯誤するも中々良い出来のものが作れず、村上や荒船に頭を下げて知恵を出して貰ったり試食に付き合って貰ったりしながら、とにかく味を濃くする方向で改良を続けた。

 

 勿論、味を薄くしか感じ取れない七海がきちんと()()()()ものと作るとなると、常人にとってとても食べられたものではない物凄く濃い味付けにする他ない。

 

 故に、開発過程で三人の舌が一時的に馬鹿になったという経緯もある。

 

 行き詰まりかけていた中、「トリオン体でやればいいじゃないか」と何処からか話を聞きつけて来た鬼怒田の助言により、光明が出来た。

 

 鬼怒田は七海と同じ程度の味覚のトリオン体を三人に用意し、それを用いて影浦はようやく七海が味をきちんと感じられるお好み焼きを作る事に成功したのだ。

 

 根付アッパー事件や普段の素行もあってあまり影浦の事は好きではなかった鬼怒田だが、ことが七海の為となれば話は変わる。

 

 七海にとって影浦が良い師であるという事は聞いていたし、なんだかんだで入れ込んでいる彼の為になるというのであれば協力するのは吝かではない。

 

 自分が関わった事は言わないように、と鬼怒田は影浦に念を押したのだが、七海にはしっかりバレていた。

 

 何故なら、七海が日常用トリオン体のメンテナンスの為に開発室に来た時に味覚を調整したトリオン体の記録を()()()()机に置きっぱなしにしていた職員がいた為に、彼の知るところとなったワケである。

 

 その後、七海が理由はぼかして鬼怒田に礼を告げた事は言うまでもない。

 

 ともあれ、そんな経緯もあって、七海専用のお好み焼きは完成を見た。

 

 七海にとっては、数少ない食事で味を感じられるひと時であり、影浦にとっては自分の成果がきちんと反映されている事を確かめられる時間でもある。

 

 出来た経緯が経緯なので健康に良いとは間違っても言えないのであまり頻繁に食べられるものではないのだが、七海の数少ない楽しみである事は否定出来ない。

 

 基本的に趣味と言えるのがランク戦と那須達との交流くらいしか無い七海である。

 

 味が感じられない以上基本的に食べ物関連を娯楽に出来ない為、どうしても趣味の範囲は狭くなる。

 

 だからこそ、このお好み焼き家「かげうら」での一時は七海にとって貴重なものだ。

 

 普段殆ど動かない表情筋も、この時ばかりは仕事をしていた。

 

「玲、出来たよ」

「ありがとう。あ、美味しい」

 

 そんな七海を微笑ましく見守りながら、那須も熊谷に焼いて貰ったシーフードのお好み焼きを口にする。

 

 肉類があまり好きでは無い那須は、専らシーフードや野菜類、もしくはそば玉のような種類を選んでいた。

 

 ちなみに、今那須は日常用トリオン体の変装機能をオンにしてやって来ている。

 

 流石に急な話だったので貸し切りというワケにはいかず、ボーダー関係者以外の客もいる為だ。

 

 那須の美貌は他では早々お目にかかれるレベルではなく、街を歩くだけでも相当目立つ。

 

 トリオン体関連の研究の為にボーダーに入隊した那須の顔は、その整った容姿もあってそれなりに知られている。

 

 そんな彼女が素顔のままお好み焼き屋に現れれば、騒ぎにもなろうというものだ。

 

 一度騒ぎを起こしてしまった前科もあり、貸し切りの時以外はこうして特注の日常用トリオン体に備えて貰った変装機能を使っている。

 

 この変装機能は予め登録しておいた数種類の容姿の中から一つを選択し、その姿になれるというものである。

 

 今の那須は、片目を髪で隠した黒髪の少女、といった見た目をしている。

 

 ぶっちゃけ、この姿のモデルは小夜子だ。

 

 外に出られない小夜子に代わり、外出が出来るようになった自分が様々な体験を代替する。

 

 そういう名目で、小夜子に許可は取ってある。

 

 ちなみに、とうの小夜子本人が許可を下した理由については「あの那須先輩が私と同じ顔になってると思うと────────なんか、クるものがありません?」と溢していたらしいが、真相は定かではない。

 

 それを聞いてしまった熊谷は幻聴だったという事にして、その発言を忘れる事にした。

 

 「あの子、割と拗らせてるわね」と一人漏らした熊谷を見かけ、何も知らない茜は疑問符を浮かべていた。

 

 仲間同士が割と重い(ヘヴィな)感情を抱いている事を知り、全力で見なかった事にした熊谷である。

 

 放置しても問題はなさそうだった事もあるが、ぶっちゃけ「目を背けろ」と彼女の本能が警鐘を鳴らした為でもある。

 

 過去の経験からして歪まなかった方がおかしい小夜子であるが、その感性の一部が実は常人とはズレている。

 

 彼女に百合のケはないが、それはそれとして那須に対し歪んだ同化願望がある事は否定し難い。

 

 小夜子の()()は、色々と重いのである。

 

「お、やっぱり来てるな。お邪魔してるぞ」

「鋼さん」

 

 そんな時、七海達の席に見覚えのある顔がやって来た。

 

 誰あろう、村上鋼である。

 

 村上は七海に気付いて手を振ると通路向かいのテーブルに行き、一緒に来た荒船と共に席に着いた。

 

 荒船や村上は此処の常連なので、此処で会う事自体はなんら不思議ではない。

 

 影浦も慣れた様子で、「おう、来たな」と歓迎している。

 

 ボーダーの一員である影浦が店員をやっているだけあって、この店では隊員と良くエンカウントする。

 

 その中でも、この二人の遭遇率はかなり高い部類に入るだろう。

 

 けれど。

 

 今回は、どうやら七海達がいるだろうと、当たりを付けていたようだ。

 

「ホラな、言った通りだろ? カゲなら、あのまま七海を放っておかないだろうってな」

「ええ、荒船さんの言う通りでしたね」

「…………ったく、いーからさっさと注文しろ。くだらねぇ事言ってんじゃねぇ」

 

 図星を刺された為か顔を背けつつ、影浦は店員根性を出してメモを取り出した。

 

 そんな影浦に慣れている二人はメニュー表を広げて各々の好きなものを頼み、影浦はそれをメモ書きすると店の奥へと引っ込んでいった。

 

 それを見送り、村上は七海に話しかけた。

 

「まずは、第三試験お疲れ様。特殊なルールで、色々と大変だっただろう。トリオンが普段と違うと、持て余しがちになるからな」

「ええ、と言っても俺はビッグトリオンにはなりませんでしたが」

「でも、訓練では試しただろ? 一応、隊の全員が一通りやるからな、あれは」

 

 え? と七海は予想外の言葉に目を見開く。

 

 村上の言葉には、確かな()()があった。

 

 これは、ただ試験内容を知っただけの人間が告げる内容としては不自然だ。

 

 そんな七海の怪訝な様子に、気付いたのだろう。

 

 村上は成る程、と納得しつつその答えを口にした。

 

「俺達B級中位の部隊も、同じ内容で訓練をやったんだよ。もっともこっちは試験じゃないから、()()()()()()()()()()()()()()()()()って内容になったけどな」

 

 中々得難い体験だったぞ、と告げる村上。

 

 どうやら、村上は村上でビッグトリオンを訓練を通じて体験していたようだ。

 

 それ自体は、別に良い。

 

 だが。

 

 ────────あと、どうしても観客として招きたい相手がいるなら、俺に相談してくれれば考慮するよ。流石に、観客の一人もなしじゃ寂しいかもしれないからね────────

 

 何故か。

 

 あの時の迅の言葉が、脳裏に過った。

 

 これは、直感に過ぎない。

 

 だけど。

 

「鋼さん」

「なんだ?」

「────────最終試験。俺達の試合を、見に来ませんか?」

 

 迷いなく。

 

 自分の勘に従って、七海は村上にそう告げた。

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