「ふむ。少し、話を聞いてもいいか?」
村上は七海の突然の誘いに困惑するよりもまず、その真意を聞きに来た。
二人とも、それなりの付き合いである。
七海が何の意味もなくこんな事を言う筈もない事は、村上が一番承知している。
親しい相手だから、というのは勿論あるだろう。
だが。
今回の場合は、少々意味が異なる。
迅悠一。
七海の恩師にして、サイドエフェクト未来視の持ち主。
そして、黒トリガーの所有者。
ボーダーの機密の塊のような彼との試合を、観戦させる。
その意味は、言うほど軽くはない。
たとえば、口が軽い者を観戦に招こうとしても、迅か上層部からストップがかかるだろう。
村上と同じ鈴鳴支部の太一などは、その典型である。
太一の場合は、うっかり口を滑らせる可能性が高いからだ。
そういう意味では、村上は招く相手としては悪くない。
口は堅く、人格面でも信頼出来る。
だが、それだけではやや弱い。
それはあくまで招いても構わない理由であり、積極的に招く理由ではないからだ。
村上は、それを聞いている。
きっと、七海なりの考えがある筈だと、信じて。
「ええ。とは言っても、話せる事は多くないんですが」
もっとも、今回の場合は七海にしても根拠を持って話せる事は多くない。
なにせ、一番の切っ掛けが、自身の直感なのだから。
「今回の最終試験は、あの迅さんが黒トリガーを────────師匠の形見を持ち出して来てまで、舞台に上がって来ました。少なくとも、城戸さんが語った事が全てというワケではない筈です」
「黒トリガーの使い手が敵として出て来た場合の予行演習、という事だったが、それだけじゃないと?」
「ええ。城戸さんの思惑はそうなのかもしれませんが、きっと迅さんには別の考えがあるんだと思います。何故か、と言われればそう思ったから、としか言えないんですが」
そうか、と村上は七海の話を否定せずに受け入れた。
根拠は曖昧極まりないが、七海が口下手なのは村上も承知している。
それと同時に、第六感的な勘の良さもまた実感している。
虫のしらせ、とでも言おうか。
七海はサイドエフェクトの関係もあるのか、そういったものを感じる能力が優れている。
幼少期から、七海はどう動けば痛みを負わずに済むかを、感覚的に理解していた。
故にこそ、七海は自然と行動予測の真似事が出来るようになっていた。
この場合はこう動くだろう、というサンプルケースを自分自身で山ほど体験しているからこそ、彼は人の動きがある程度予測出来るのである。
そんな経験によって直感が鍛えられた為か、七海は異様に勘が良い。
彼が理論ではなく直感で行動した場合、正解に繋がる事が多いのだ。
それを、間近で見ていた村上は誰より知っている。
親友として、好敵手として、共に切磋琢磨して来た間柄なのだから。
その七海が、直感で迅に別の思惑がある、と感じたのだ。
村上としては、無視は出来ないだろう。
「それに、迅さんが説明の時に観客として招きたい相手がいるなら相談して欲しいって言ったじゃないですか。あれ、自意識過剰かもしれませんが俺に向かって言ってた気がするんですよね」
「成る程。お前と迅さんの関係を考えれば、有り得なくはないか」
「ええ。もっとも、何故、という部分までは分かりませんでしたが」
迅の観客云々の発言に関しては城戸が何も言わなかった事から、上層部────────少なくとも、城戸本人は了承済みの事柄である事が分かる。
つまり、あの発言は最初からあそこで言う事を迅が計画していた事になる。
観客を招いても良いという迅の発言は、機密である黒トリガーの情報をバラす相手を増やすと言っているに等しい。
少なくとも、誰であれ許可を下ろすつもりはないだろう。
迅本人が特別信頼しているか、それとも止むを得ない事情があるか。
そのどちらかでない限り、許可は下りない可能性が高い。
迅が個人的に親しい相手となると玉狛の面々に加え、嵐山等の同期組だが、弓場と生駒はそもそも今回の試験の参加者であり、わざわざ招く意味はない。
嵐山が相手であればまた違ったアプローチになるだろうし、柿崎はそもそも呼ぶ理由が思い至らない。
つまり、少なくとも迅があの発言を行ったのは、そういった彼の身内を招く為では無い。
そうなると、答えは限られて来る。
迅本人とはあまり親交がなく、代わりに迅に近しい位置にいる人間の関係者を呼びたい場合。
そう考えれば、あの発言も不自然ではない。
そして、その条件に当て嵌まるのは、村上なのだ。
七海が近しい相手となると那須隊の面々以外では影浦、荒船、村上が真っ先に浮かび、次点で太刀川隊・風間隊の面々となる。
だが、太刀川隊と風間隊相手であれば迅から直接告げれば良い話だ。
わざわざ、七海を通す理由が無い。
更に影浦は試験参加者であり除外される為、残った選択肢は村上か荒船の二択となる。
そこから村上を選んだのは、いわば直感だ。
強引に理由付けをするのならば、村上は特殊な能力────────サイドエフェクトを、所持しているからだ。
サイドエフェクト、強化睡眠記憶。
村上は一度体験した事柄を、睡眠を挟む事で100%フィードバックする事が出来る。
身体の動かし方を、睡眠という
それが、村上のサイドエフェクトだ。
もしかすると、迅は何かしらのものを村上に
そう考えると、辻褄自体は合う。
残念ながら、何を覚えて欲しいのかまでは、分からないが。
「曖昧な説明で申し訳ありませんが、俺から言えるのはこのくらいです。鋼さんがどういう返答でも、俺は受け入れますから」
七海はそう言って、村上の返答を待った。
正直、七海自身こんな説明で納得して貰えるとは思っていない。
だから、後は誠意の問題。
真摯に頼み、良い返事が貰えるよう祈るしかない。
もっとも────。
「答えは決まっているよ。俺で良ければ、見に行かせて貰うさ。他ならぬ、七海の頼みだしな」
────────
そも、村上が七海からの頼みを断るなど、よっぽどの事情がない限りは有り得ない。
ラウンド3の一件があるまでは七海は人を頼る事を無意識に避けており、もっと頼って欲しいと考えていた村上達は忸怩たる想いを抱えていたのだ。
その七海が、正面から村上達を頼るようになった。
親友として、これ程嬉しい事は無い。
今の七海は自ら胸襟を開き、村上を友として頼っている。
であるならば、断る理由など万に一つも有り得ない。
表情筋が死んでいると言われる村上であるが、内心は小躍りする程嬉しいのを抑えている状態だ。
友達として、戦友として、七海を支え共に歩く。
部隊こそ違えど、その想いは誰にも負けないと自負している。
迅が自分に何を求めているかは分からないが、七海が望むのであれば応えるだけだ。
正直迅の事は良く知らない村上だが、七海が全幅の信頼を置いている事は知っている。
色々な噂が飛び交う人物だが、七海が此処まで慕っている以上根は善性の人物なのだろう。
彼の予知がボーダーにどれだけの貢献をして来たか、知らないワケでもない。
求められるならば、応えるのみ。
それが、隊員として、武人としての村上が出した結論。
彼の戦闘スタイルのモチーフである騎士のような、正道を歩む者としての答えである。
「ありがとうございます、鋼さん」
「むしろ、礼を言うのはこっちの方だよ。折角、黒トリガーの戦闘を直で見れる貴重な機会をくれたんだ。こんな経験は、早々得られないだろうしね」
「ああ、むしろ羨ましいぞこのヤロー」
傍で黙って話を聞いていた荒船が、そう言って会話に入って来た。
二人の会話は聞いていたが、割って入って良い話題ではないと今まで傍観者に徹していたのだ。
話がひと段落したのだから、もう良いだろうとの判断である。
「荒船さん。その……」
「ああ、分かってるよ。きっと、許可が出るのは鋼だけだろ。俺は、
荒船は、理解している。
七海が村上にだけ話を持って行ったのは、その場へ向かう資格があるのは彼だけだからであろうと。
自分を卑下するつもりは微塵もないが、同時に過大評価をするつもりもない。
荒船は近接では村上に劣るし、狙撃手としても東やユズルのような突出した才能は持っていない。
ただ、手札がそこそこ多いだけの凡人だ。
無論、そんな自分だからこそ出来る事があると理解はしている。
最終的に
村上には村上の、荒船には荒船の、
今回の件も、
何も思わないワケではないが、此処で駄々をこねるほど荒船は子供ではない。
「守秘義務とかあるだろうから詳しい事は話せないかもしれねぇがよ、とにかく気張って来な。ある意味、これまでで最大の正念場だろうからな」
「荒船さん────────いえ、分かりました」
七海は顔を上げ、荒船を真正面から見据えた。
「勝って来ます。吉報を期待していて下さい」
「おう。A級の昇格、勝ち取って来な。そうすりゃ、こっちも良い宣伝になっからよ」
俺の鍛えた弟子がA級になったとなれば、今後の計画にも有利だしな、と荒船は笑って嘯いた。
それが何処まで本気かは分からないが、七海を全力で応援しているのは伝わって来た。
影浦もそうだが、荒船もまた相当な弟子馬鹿である。
頼られて嬉しいのは、決して村上だけではないのだから。
「ったく、勝手に盛り上がってんじゃねぇよ。ウダウダ言わねぇでも、こいつはやる時はやるだろが」
心配するだけ損だ損、とお好み焼きのたねを持ってきた影浦が吐き捨てるように告げる。
ちなみに上記の台詞を解釈すると、「七海は大丈夫だ。心配すんな」となる。
口が悪いだけで、言っている事は荒船とそう大差はない。
弟子馬鹿は、彼もまた同じなのである。
「カゲも応援してるってよ、七海」
「るせぇ。とっとと食え」
照れてるなこいつ、と影浦をおちょくりながら、荒船はお好み焼きを焼き始めた。
影浦はそんな荒船に青筋を立てながらも、どかりと七海の隣に座り込む。
そして、黙ってお好み焼きを焼き始めた。
「おら、焼いてやっから七海も食え。奢りなんだから遠慮すんじゃねぇよ」
「ありがとうございます。ご馳走になりますね、カゲさん」
「おう」
そうして、七海達攻撃手組は共にテーブルを囲み雑談に興じて行く。
師弟としての、戦友としての絆が、話に花を咲かせていた。
「で? どういうつもりよ、迅」
玉狛支部。
その屋上。
そこに、空を仰ぎ黄昏れる迅と、彼を呼び出した張本人である小南が立っていた。
迅は小南の方に振り向くと、薄く笑みを浮かべた。
「どういうつもりって、何がだい?」
「とぼけんじゃないわよ。アンタが、風刃を持ち出してまで試験官になった理由を言えっつってんのよ」
誤魔化しは許さない、とばかりに小南は青筋を立てながら迅を睨み付ける。
風刃の、黒トリガーの
最上宗一は、小南もまた旧知の仲だ。
そして、迅がどれだけ彼を慕っていたかも、彼を失ってどれだけ傷付いたのかも、知っている。
誰よりも近くで、それを見て来ているのだから。
故に、今回の迅の行動の理由を問い質しに来たのだ。
迅が、風刃をまるで見世物のように持ち出した理由。
それを、知る為に。
「あんた、風刃を持ち出して七海達相手に暴れたそうじゃない? 色々建前は並べたみたいだけど、あんなのただの理屈付けでしょ。あたしが、それに気付かない筈ないでしょうが」
どうやら、小南はあの場にいた誰かから迅の説明を聞いたらしい。
これ以上の誤魔化しは不可能。
そう観念して、迅は口を開いた。
「そうだな。確かにあれは嘘じゃあない。けれど、建前であった事は事実だ」
「で? 今度はどんな未来を視たのよ? どうせ、それ絡みでしょうが」
「ああ、実はね────────」
迅は小南に近付き、耳元で自分が視た未来を告げた。
そして。
それを聞いた瞬間、小南は目を見開いて、迅の胸倉を掴み上げた。
「……っ! あんた、それ本気で言ってんの……っ!?」
「ああ、本気だ。弓場ちゃんには誤魔化したけど、多分高確率でそうなる。そして俺は、より良い未来になるからその選択肢もありだと思ってる」
迅が平然とそう答えると、小南は迅に至近まで迫り声を張り上げた。
己の、怒りを示す為に。
「あんたね……っ! 独りで背負い込むなっつったの、もう忘れたワケ……っ!? あったま来た……っ! その根性、絶対叩き直して────」
やるんだから、と告げようとした。
だが、出来なかった。
「────────きっと、玲奈が望んだ未来に、それで辿り着ける筈だから」
「────っ!?」
迅が。
玲奈の名前を、口にしたのだから。
「あんた……」
「小南が納得出来ないのは分かる。けど、この未来はあの人が望んだ最善の未来に繋がる筈なんだ。少なくとも、俺はそう確信してる」
だから、と迅は告げる。
祈るように。
救いを、求めるように。
「頼む。俺の、やりたいようにやらせてくれ。これが、今の俺の一番の望みなんだ」
それは、普段本心を口にしない迅が、小南相手だからこそ告げた願い。
七海にも、友人にも、明かしていない。
けれど、かつての、旧ボーダー時代に共に戦場を生き延びた小南相手だからこそ。
嘘は、つきたくなかった。
それを、感じ取ったのだろう。
小南は、聡い少女である。
騙され易いと評判の小南であるが、それは彼女が人を誰よりも信じているからだ。
彼女は人の強さを、営みの尊さを知っている。
故に、迅が虚勢ではなく本心で言っているのだと、理解出来た。
「────────しょーがないわね。特別よ。けど、次からはちゃんとあたしに話しなさいよね」
「助かる。すまないな、小南」
「別に。玲奈さんの名前まで出されちゃ、どうしようもないわ」
あんたがどれだけあの人の事を慕ってたか、知らないワケじゃないもの、と小南は告げる。
迅は、ふと空を仰いだ。
もう、届かないものを見上げるように。
「玲奈……」
かつての、仲間。
本当に、大切だった人。
その人物の名を、口にしながら。