「おらあ……っ!」
荒船が弧月を上段に構え、七海に斬りかかる。
七海はすぐさま身体を捻り、斬撃を回避しつつ荒船の側面に回り込む。
そして右足と化したスコーピオンを、蹴りと共に荒船に振るう。
「ハッ……!」
だが、荒船はそれを逆手持ちにした弧月でガード。
攻撃を防がれた七海は、即座に退避を選択。
その場から飛び退き、距離を取る。
「────旋空弧月」
「……っ!」
荒船は弧月を上段に構え直し、『旋空』を起動。
拡張斬撃、『旋空弧月』のブレードが屋上一帯を斬り払う。
七海はそれを、跳躍で回避。
ジャンプ台トリガー、グラスホッパーを起動。
グラスホッパーを踏み込み、空中から荒船に斬りかかる。
「……っ!」
だが、そこに遠方からイーグレットの狙撃が飛来。
それを察知した七海は即座にグラスホッパーを起動。
ジャンプ台トリガーによって方向転換を行い、荒船から離れた場所に着地した。
「…………やっと、スコーピオン以外のトリガーを使いやがったな。此処までやってようやくとか、どんな回避能力してんだテメェ」
「荒船さんこそ、『旋空』使うなんて珍しいですね。
「いつの話だよオイ。確かに旋空は
それより、と荒船がニヤリと笑みを浮かべた。
「戦闘中にテメェが会話に応じるなんて、珍しいじゃねぇか。どういう心境の変化だ?」
「荒船さんこそ、
「まあ、俺自身無駄な会話は嫌いなんだが……」
でもよ、と荒船は苦笑いを浮かべた。
「テメェとこうして刃を交わしながら話すのも、なんか楽しく思えてな。気の迷いだ、忘れろ」
「そうですね。俺としては、このまま会話を続けても良いんですが」
「馬鹿言え。時間稼いだらテメェが有利になんだろが」
那須との合流狙ってんのは分かってんだぞ、と暗に語る荒船。
その表情は常になく楽し気だが、流石にこれ以上会話を続ける気はないらしい。
弧月を構え直し、七海もまた、手足に力を込める。
「きっちり叩き斬ってやっから、覚悟しな。七海」
「荒船隊長が、旋空弧月を絡めた攻撃で七海隊員を追い込み始めた……っ! 先程とは一転、七海隊員が守勢に回っている……っ!」
実況席で、三上がハキハキした声で戦況を伝える。
画面では旋空弧月を用いて攻撃を加える荒船の姿が映し出されており、会場は大盛り上がりを見せていた。
「荒船隊長が『旋空』を用いるのは珍しいですが、どう思われますか出水さん」
「そうだなー。確かに、荒船さんが旋空使うのは珍しいよな」
それを言うなら狙撃手に転向してからはそもそも弧月使うのも珍しいんだけど、と出水は言いつつ口元に笑みを浮かべた。
「前に聞いた話じゃ、荒船さん旋空は
「そうだな。荒船さんのその見解は、そう間違ったものじゃない」
まず、と前置きしつつ奈良坂が続ける。
「旋空は弧月を使う多くの隊員のトリガーセットに確認出来るが、実際に旋空を多用するのは生駒さんや太刀川さん等限られた隊員だけだ」
それは何故か、と奈良坂は説明する。
「まず、単純に扱いが難しい。旋空は、ブレードを
つまり、と奈良坂は続けた。
「ブレードそのものを拡張するという事は、その分
弧月は正隊員の使用するブレードトリガーの中では最も使用率が高く、人気の高い傑作トリガーとされている。
その弧月の人気を支えているのが、取り回しのし易さ…………つまり、
スコーピオンのような変則的な技術を必要とせず、レイガストのような重さもない。
手に馴染み易い日本刀の形状のブレードという事もあり、初心者から熟練者まで幅広く使われている汎用性の高いトリガーである。
軽さという点ではスコーピオンの方が優れるが、こちらは耐久力に難があり、自由度が高い分判断力を問われる為お世辞にも初心者向けとは言い難い。
その点弧月は特に難しい事を考えずとも、単純に剣の腕を磨けばそれが実力に反映される。
適度な重さもあって攻防両面に優れ、汎用性が高い。
それが、弧月の最大の利点である。
そして、『旋空』はある意味その利点を台無しにしていると言える。
ブレードを拡張するという事は、拡張した分の重さが加わり、通常の弧月とは全く違った取り回しを求められる。
初心者が迂闊に『旋空』を使えば、その予想外の
剣を扱う際、
重量次第で剣への力の込め方や体重移動は全く違って来るし、重さの違う剣を扱う場合はその重さに適した訓練を行う必要がある。
旋空はその射程を、15メートル程まで伸ばす事が出来る。
そこまでブレードを伸ばすとなると、その重さは通常の弧月とは全くの別物だ。
相当の修練を重ねなければ、その重さに翻弄されるだけだろう。
「まあ、太刀川さんはその旋空弧月を二刀流でぶん回すけどなー」
「あれは例外だ。普通の隊員と同じ尺度で考えない方が良い」
奈良坂は、溜め息と共にそう告げる。
確かに出水の隊、『太刀川隊』の隊長である太刀川は、その扱いの難しい旋空弧月をあろう事か二刀流で振り回す。
ただでさえ扱いの難しい旋空弧月を二刀流で自由自在に使いこなすその技量の非常識さは、今更語るまでもない。
剣術に置いて太刀川は常人の域から逸脱しており、間違っても普通の隊員と同じ物差しで測ってはいけないのだ。
それでも彼の師匠の忍田本部長には及ばないあたり、ボーダーのトップがどれだけの変態技巧揃いかは伺い知れるというものだ。
「ともかく、旋空は扱いの難しいトリガーだ。先端に行く程速度と威力が増すという特性もあるが、裏を返せばそれだけの重さを扱わなければならないという事だ」
そして、と奈良坂は付け加える。
「単純に遠距離に対応したいのであれば、秀次のように銃手トリガーを使うか、『王子隊』のようにハウンドを装備すれば良い。そちらの方が対応出来る範囲は広く、後者であれば剣を振るいながら弾丸を射出出来るという利点もある」
「確かに、遠距離戦をしたいならそっちの方が便利だよな。まあ、そう考えた奴が『万能手』になるんだろうけどな」
そうだな、と奈良坂は出水の言葉を肯定する。
「実際、そちらの方が対応力が広いのは確かだ。習熟に時間がかかるという難点はあるが、それを差し引いても『万能手』の存在そのものが隊のメリットと成り易い」
「『嵐山隊』なんか、『万能手』三人と狙撃手のチームだからなー。あんまし戦り合った事はないけど、そつのない戦い方だったのは覚えてるぞ」
「『嵐山隊』は『万能手』を集めた部隊の理想形だ。『万能手』の利点は、『嵐山隊』の戦いを見れば大体分かると言っても過言ではないだろう」
そして奈良坂はそこで一呼吸置き、まとめに入った。
「それだけ、『旋空』は銃手トリガーや射手トリガーと比べて汎用性で劣るという事だ。『旋空』は
味方ごと斬るならともかくとしてな、と奈良坂は付け加えた。
「荒船さんはそこをきちんと理解して、『旋空』が
「今回は、『旋空』使用が正解だと言う事ですか?」
「ああ」
今回に限って言えば、と奈良坂は続けた。
「荒船は今、狙撃の援護があるとはいえ周囲に味方がいない状況で七海と斬り合っている。つまり、『旋空』を使っても味方を巻き込む心配がなく、取り回しに関してはマスタークラスの荒船が失敗する筈もない」
加えて、と奈良坂は告げる。
「七海には、
奈良坂はそこで一呼吸置き、続けた。
「ROUND1で、七海は堤さんを真っ先に落とした。あれは
「つまり、七海隊員には旋空が有効な対策であると?」
「勿論、相応の習熟度は必要だが、狙撃や銃撃より効果が望めるのは確かだ。対策と言える程劇的な効果が望めるワケじゃないが、有効な一手である事は間違いない」
確かに奈良坂の言う通り、サイドエフェクトで攻撃を察知出来る七海にとって、厄介なのは不意を打った奇襲よりも
加えて、旋空弧月は威力の面でも銃手トリガーの比ではなく、充分に習熟した『旋空』の使い手であればその優秀な硬度で知られる『
強固な七海のシールドであろうと、流石に『旋空』による斬撃までは防げない。
あらゆる面で、七海に対し『旋空』は
荒船は戦いの中でその事に気付き、旋空を使い始めた。
それが、戦いの均衡を崩す一手になると信じて。
奈良坂はその荒船の判断を称賛し、告げる。
「少なくとも、先程までより荒船が優位に立った事は間違いない。何かもう一手があれば、七海は崩れるぞ」
「くっ、早くしないと……っ!」
七海と荒船が斬り結んでいるビルから、少し離れたビルの中、半崎は全速力で階段を駆け上がっていた。
先程まで穂刈と共にイーグレットによる援護狙撃に徹していた半崎だが、イーグレットによる単発狙撃では効果が薄いと判断。
通信による話し合いの結果、ライトニングが届く位置まで近付く為に移動している最中であった。
常であればイーグレット以外の狙撃銃は持ち込んでいない半崎であるが、今回に限っては相手が狙撃で仕留める事が難しい七海である事もあり、穂刈はアイビスを、半崎はライトニングもトリガーセットに入れている。
現在の戦況を動かすには連射の効くライトニングが最適であると判断し、半崎が移動する事となったのだった。
「那須さんが来たら、幾ら荒船さんでも保たないっすからね。その前に、なんとしてでも七海さんを仕留めないと……っ!」
常日頃から「ダルい」と言って覇気のない様子を見せる半崎ではあるが、その表情は真剣そのものだった。
彼が「ダルい」と連呼するのは一種のポーズであり、その実態は練習熱心で鍛錬を欠かさない勤勉な少年だ。
彼が「ダルい」と言うのは、常に上を目指し続ける向上心を持つが故。
決して、「やる気がない」為の愚痴というワケではない。
今回、彼もまた荒船の熱に感化された一人だった。
いつも合理性を重視し、的確な指示で自分達を率いる荒船が、今回に限っては七海を倒す為に柄にもなく熱くなっている。
その影響を受けていないとは、彼は言えなかった。
無論、今回の作戦が
だが、彼は荒船の作戦に乗った自分が間違っていたとは思っていない。
何故なら、まだ勝負は決まっていない。
作戦は予定通りには行かなかったが、そもそも実戦に置いて作戦が何から何まで思い通りに進む、という事はまず有り得ない。
実戦にはイレギュラーが付き物であるし、不確定要素が絡む以上
その点で言えば、今の状況はそう悪くない。
確かに足を奪って機動力の落ちた七海を仕留める、という当初の作戦は七海の機転によって失敗したが、七海の行動に制限がかけられている事に違いはない。
後は自分が狙撃位置に付いて『ライトニング』の連射で援護すれば、必ず勝機は見えて来る。
そう信じて、半崎は階段を駆け上がる。
「よし、屋上だ……っ!」
階段を上り終えた半崎は屋上の扉を開け放ち、屋上の淵にしゃがみ込み荒船達が戦っているビルをスコープ越しに視認する。
先程よりも近い位置に見えるそのビルの屋上に、荒船と斬り結ぶ七海の姿が見える。
視界の先では、荒船の『旋空弧月』による斬撃を、七海が跳躍して回避していた。
(俺の狙撃で、体勢を崩す……っ!)
半崎は標的を定め、引き金に指をかけ────。
「……え……?」
────その引き金を引く前に、スコープを覗き込んでいた半崎の右眼が
「な、んで……?」
スコープを覗いていた眼球が破壊された事で半崎は狙いを付ける事が出来なくなり、動揺して狙撃銃を取り落とす。
そして駄目押しとばかりに第二射によって半崎の額が射抜かれ、致命。
「…………こりゃダルいわ。すいません」
『戦闘体活動限界。『
悔し気な表情を浮かべた半崎は、何も出来ず。
機械音声が、彼の脱落を告げた。
そのビルから少し離れた、ビルの屋上。
周囲のビルより一際高い位置にあるその場所に、彼を仕留めた狙撃手────『ライトニング』を構えた、日浦茜の姿があった。
「…………やっと、射程内に入ってくれましたね。迂闊に動くワケにはいかないので、助かりました」
茜は不敵な笑みを浮かべ、告げる。
「これでまず一点、です」
自分達の策の、成功を。
明日は更新出来ないので明後日更新します。