痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海玲奈②

 その日、三門市に暮らす人々は普段通りの生活を送っていた。

 

 いつも通りの、日曜日。

 

 家でゆっくりしていた者達もいた。

 

 街に家族で出かけていた者達もいた。

 

 友達と遊びに出ていた者も。

 

 恋人と逢瀬を楽しむ者もいただろう。

 

 だが。

 

 そのいつも通りの日常は。

 

 空に空いた黒い穴によって、唐突に終わりを迎える事となった。

 

 

 

 

「なにあれ!?」

「逃げろ!?」

「どけ! 俺が先だ!」

「待って、うちの子供が……っ!」

 

 阿鼻叫喚。

 

 三門市には、この世の地獄が顕現していた。

 

 突如として上空に出現した、黒い穴。

 

 そこから溢れ出て来た、白い化け物たち。

 

 化け物は街を壊し、人を呑み込み、逃げ遅れた者達を容赦なく踏み潰して行った。

 

 鳴り止まない轟音、かき消されて尚途切れない悲鳴の嵐。

 

 逃げ惑う人々、倒壊する建築物。

 

 非日常が、日常を圧し潰す。

 

 それまで、当たり前のように日常を謳歌していた人々は。

 

 一瞬にして、地獄の底へと突き落とされた。

 

 大規模侵攻。

 

 後にそう呼ばれる事になる悪夢の日は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 

「思っていたより、早く来たな」

 

 迅はその手にトリガーを持ち、高台から化け物────────トリオン兵に蹂躙される街を、見下ろしていた。

 

 一般市民への顔見せは済ませており、既にボーダーの面々は各所に散ってトリオン兵の迎撃に回っている。

 

 しかし、未だにトリオン兵は街に溢れ返っている。

 

 出て来ているトリオン兵、バムスターはその巨大質量のみが武器となる捕獲用の雑魚だが、あまりにも数が多過ぎる。

 

 このかつてない規模の近界民(ネイバー)の侵攻を抑え切るには、文字通り手数が足りないのだ。

 

 彼等の総力を以て奮闘しているが、完全に駆逐するには至っていない。

 

 迅がこんな所に立っているのは、彼の未来視によって不測の事態に対処する為だ。

 

 彼の副作用(サイドエフェクト)は、対象の人間を視認する事でその未来を映像として取得する。

 

 故に、その能力を最大効率で使用する為には見晴らしの良い高台に陣取るのが一番なのだ。

 

 そして。

 

 特例として一時的に彼が所有する事になった黒トリガー、風刃。

 

 その力を活かす為にも、この地形条件は最適なのだ。

 

 風刃は、視えている範囲であれば何処にでも攻撃を飛ばす事が出来る。

 

 こと迅に限れば、いちいち街を跳び回るよりも高台から斬撃を逐次飛ばして行く方が効率的なのだ。

 

「あそこがやばいな」

 

 迅は眼下の街を俯瞰しながら戦力が手薄な所を割り出し、風刃の遠隔斬撃でバムスターを撃墜する。

 

 的確に核を斬り裂かれたバムスターは沈黙し、崩れ落ちる。

 

 幾度、これを繰り返しただろう。

 

 彼によって斃されたトリオン兵が、街の各所に転がっている。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 まだ、トリオン兵は街を蹂躙している。

 

 当時のボーダーには、遠距離攻撃の手段が風刃の他に存在しなかった。

 

 あったのは、弧月の原型となるブレードトリガー1種類のみ。

 

 つまり。

 

 迅以外の面々は、直接トリオン兵の下へ行って斬り捨てるしかなかったのだ。

 

 幾ら一体一体が雑魚とはいえ、僅か10名にも満たない人員では、圧倒的に手が足りない。

 

 それでも徐々にトリオン兵の数を減らしているが、依然として脅威は残ったままだった。

 

 そして。

 

「返事をしてよ! ねえお願い! 返事をしてよお!」

「いたい、いたいよぉ。おかあさん、どこ……?」

「待ってくれ! あの瓦礫の下に、俺の家族が……っ!」

「返せよぉ! 俺の女房を返せよぉ、化け物……っ!」

 

 街を彩る悲鳴も、未だ止んではいない。

 

 各所に目を向ければ、様々な悲劇が転がっていた。

 

 トリオン機関を抜き取られ致命傷を負った恋人を抱き起こし、泣き喚く女性。

 

 瓦礫に挟まれ、足が潰れた子供。

 

 倒壊した家屋に残る家族を案じる、傷だらけの父親。

 

 トリオン兵に妻を呑まれ、悲嘆に暮れる男性。

 

 悲劇が、溢れている。

 

 一つ。二つ。三つ。四つ。

 

 否、それこそ数えきれない。

 

 ボーダーの人員不足は、そのまま被害規模の拡大へと直結していた。

 

 迅は、それを見ていた。

 

 救えなかった人々を、手遅れになってしまった者達を。

 

 ただ、視ていた。

 

 助けに向かえた、人々もいた。

 

 間に合う可能性のある者達も、いた。

 

 けれど。

 

 それをすれば、他の場所の被害が広がってしまう未来を、迅は視ていた。

 

 だから。

 

 より多くの人を救う為に。

 

 少数を、切り捨てた。

 

 人の命は、数に替えてはならない。

 

 そんな当たり前の道徳など、此処では何の意味もない。

 

 そうしなければ、今の何倍もの人が死ぬのだ。

 

 故に、見捨てた。

 

 故に、見殺しにした。

 

 一人でも多く。

 

 一より十を。

 

 十より百を。

 

 百より千を。

 

 より多くを、救う為に。

 

 秤にかけて、切り捨てた。

 

「…………」

 

 それを、何も思わないワケがない。

 

 分かってはいた。

 

 理解してはいた。

 

 そうするべきと、決断はした。

 

 だが。

 

 それで全てに納得出来るほど、迅の人間性は枯れてはいなかった。

 

 表面上は、飄々とした笑みを張りつけながら。

 

 ただ作業のように、命の取捨選択を行っていた。

 

「────」

 

 トリオン兵を斬り捨てた。

 

 狙われていた子供が、助かった。

 

 けれど。

 

 別の場所で、逃げ遅れた少女が圧し潰された。

 

 崩れる瓦礫を砕き、下敷きになりそうだった夫婦が助かった。

 

 だけど。

 

 その近くで、二人の男女がトリオン兵に殺された。

 

 助けた。

 

 死んだ。

 

 救った。

 

 救えなかった。

 

 その、繰り返し。

 

 一つ命を取り溢す度に、迅の心が軋んでいく。

 

 罅割れ、朽ちる。

 

 心の悲鳴が、聞こえていた。

 

 けれど。

 

 止まるワケには、いかなかった。

 

 決めたのだ。

 

 あそこで、玲奈の手を取らなかった以上。

 

 最上()の遺志を、受け継ぐのだと。

 

 この未来視(ちから)で、人を救うのだと。

 

 だから、軋む心は無視をして。

 

 ひたすらに、人を救った/見捨てた。

 

 盲目に、人を助けた/見殺した。

 

 何度も。何度も。

 

 心が軋んでも。

 

 良心が悲鳴をあげても。

 

 ただ、ただ、心を殺して、己の仕事を遂行した。

 

 繰り返し。繰り返し。

 

 ひたすらに。

 

 迅は、命を選び続けた。

 

 

 

 

「…………次、は……」

 

 一体、幾度それを繰り返しただろう。

 

 迅の心は、何の反応も示さなくなっていた。

 

 もう、心の悲鳴も聞こえて来ない。

 

 もう、人の死に反応出来ない。

 

 それはまるで、壊れた機械のよう。

 

 ただ、作業のように。

 

 命の、取捨選択を続けていた。

 

 悲鳴をあげていた心は、擦り切れて何も言わなくなった。

 

 一人死ぬ度に震えていた身体は、ただ己の職務のままに動く機械と化していた。

 

 もう、何も感じない。

 

 もう、何も悲しくなどない。

 

 もう────。

 

「え……?」

 

 ────────何も、動じない。

 

 その筈、だった。

 

 迅は、見てしまったのだ。

 

 街の一角。

 

 そこで、家屋に圧し潰されている子供がいた。

 

 それだけならば、既にこの街ではあり触れてしまった光景に過ぎない。

 

 けれど。

 

 迅は、その子供を知っていた。

 

 七海玲一。

 

 玲奈の、弟。

 

 以前彼女から紹介されたその少年が。

 

 瓦礫の下敷きになり、右腕を潰されていた。

 

「……!」

 

 少年の傍には、泣き叫ぶ幼い少女がいた。

 

 そういえば、聞いた事がある。

 

 玲奈の弟には、玲一には、親しくしている少女がいるのだと。

 

 確か名前は、那須玲。

 

 迅本人は会った事はないが、そんな名前だった筈だ。

 

 恐らく、あの少女がその那須なのだろう。

 

 直感的に、そう思った。

 

 だが。

 

 迅が目を見開いたのは、その光景そのものではない。

 

 視えたのだ。

 

 少年の、七海玲一の未来が。

 

「嘘、だろ……?」

 

 迅が視えた、少年の未来。

 

 それは、

 

 玲奈(かのじょ)が黒トリガーとなり、玲一(かれ)の命を救い出し────。

 

 そして、彼が、七海玲一が。

 

 ────────最善の結末に、辿り着く光景だった。

 

 迅の視ていた未来は、いずれも何処かで閉じていた。

 

 袋小路。

 

 そう言っても差し支えがないほど、迅の視た未来には()がなかった。

 

 近界民の侵攻は、この一度では終わらない。

 

 これから先何度も起き、今回に匹敵する規模のものも出て来るだろう。

 

 そして。

 

 迅の視たどの未来でも、いずれ甚大な被害を避ける事は確定していた。

 

 だが。

 

 あの少年を、七海玲一を視た時、その前提は覆された。

 

 細く、頼りない道筋ではある。

 

 けれど。

 

 確かに、彼の歩む先に、輝かしい未来が視えたのだ。

 

 勿論、彼だけでは足りない。

 

 まだ足りない欠片(パーツ)があるのだと、迅の直感は告げていた。

 

 だけど。

 

 それでも。

 

 彼が、玲奈の望む未来へ繋がる欠片である事は、紛れもない事実なのだ。

 

「でも、それじゃあ……っ!」

 

 そう、彼の可能性については疑いようがない。

 

 何せ、自分自身の力だ。

 

 その精度は、彼本人が良く分かっている。

 

 だからこそ。

 

 この未来に進む為には。

 

 彼女の。

 

 玲奈の犠牲が必要なのだと、理解してしまった。

 

「なんで、なんでだ……っ!? なんで、よりにもよって玲奈が犠牲にならなくちゃいけないんだ……っ!?」

 

 迅は思わず、己の想いを吐き出した。

 

 何故。

 

 何故、彼女が。

 

 玲奈が、犠牲にならなきゃいけない。

 

 理屈は、分かっている。

 

 玲一のあの怪我をどうにかするには、通常の手段ではもう無理だ。

 

 それこそ、条理の外。

 

 黒トリガーの力でもなければ、不可能だ。

 

 その性質上、黒トリガーの力は()()()の意図が反映される場合が多い。

 

 やりようによっては失われた腕を補完し、命を救う事も可能だろう。

 

 しかし。

 

 その代価。

 

 製作者の命を使うという点は、何があろうと覆らない。

 

 黒トリガーを作る為には、優れたトリオン能力が必要であり、副作用(サイドエフェクト)があればその成功率は跳ね上がる。

 

 そして。

 

 玲奈は、その両方を満たしていた。

 

 彼女のトリオンは、評価値換算で10。

 

 更に、サイドエフェクトも所持していた。

 

 心象視認体質。

 

 相手の感情が、表情として視える能力。

 

 彼女はこの力によって、相手の抱く感情を正確に把握する事が出来る。

 

 だから自然と空気を読むようになったのだと、彼女は笑って言っていた。

 

 そうせざるを得なかったであろう事は、察していたが。

 

 この力を持つ彼女の前では、虚飾は何の意味もない。

 

 こちらがどれだけポーカーフェイスを貫こうが、彼女にはその本当の表情(かお)が視えている。

 

 だから、今迅と出会えば玲奈は全てを察してしまう。

 

 今視えた未来が、彼女に伝わってしまう。

 

 だからこそ────。

 

「迅くん」

「玲、奈……!?」

 

 ────────今だけは、彼女に会いたくはなかったのに。

 

 いつの間にか、彼女はそこにいた。

 

 トリガーである剣を手に。

 

 迅の背後に、降り立っていた。

 

「玲奈、俺は……っ!」

「ごめんね。今の、聞いちゃった。何か、視えたんでしょ? 私に関する、未来が」

「……っ!」

 

 もう、誤魔化しは出来ない。

 

 玲奈は先ほどの、迅の叫びを、聞いてしまっている。

 

 察した筈だ。

 

 理解した筈だ。

 

 最善の未来の為に、自分の犠牲が必要なのだと。

 

「本当は、此処に来るつもりはなかったんだよ? でも、視えちゃったんだ。迅くんが、泣いてる顔がさ。私の副作用(サイドエフェクト)、知ってるでしょう?」

「……っ!」

 

 彼女のサイドエフェクト、心象視認体質。

 

 その力は、対象との距離が離れていても相手の姿さえ視認してしまえば発動する。

 

 彼女は、視たのだろう。

 

 遠目に迅の姿を確認した時に、彼の泣いた顔を。

 

 だから、此処に来た。

 

 悲しむ迅に、声をかける為に。

 

 そして。

 

 その結果として、彼女は識ってしまった。

 

 迅が、彼女の犠牲を前提とした最善の未来を視た事を。

 

「教えて、迅くん。私は、何をすればいいの?」

「玲奈、でも……っ!」

「ごめんね。問い詰めたくなんかないんだけど、迅くんさ────────私の家の方、見てたでしょ?」

「……っ!?」

 

 迅が止める間もなく、玲奈はある方角を────────彼女の家があった場所を、見詰めた。

 

 そして、彼女の眼が見開かれる。

 

 当然、その先には。

 

 瓦礫の下敷きとなった、玲一の姿があったのだから。

 

「…………そういう事か。叔父さんの所にいてって言ったのに。あそこはやっぱり、居心地が悪かったみたいだね」

 

 普段あんまり交流のない人だったからなあ、と玲奈は嘯き、大きくため息を吐いた。

 

 玲奈はこの大規模侵攻が予知されてから、玲一を隣町の蓮乃辺市に住む叔父に預けていた。

 

 しかし、亡き父を通じて顔を会わせただけの相手の家は、彼も居心地が悪かったのだろう。

 

 叔父もまた体面を気にして預かっていたに過ぎず、聞いた限り素行もあまり良くない様子であった。

 

 玲奈としてもあまり頼りたくない相手ではあったのだが、彼女達に他に親類はいない。

 

 だからこそ苦肉の策として預け先に選んだのだが、どうやら玲一は勝手に抜け出して自分の家に戻ってしまったらしい。

 

 そうして戻って来た後で那須が会いに来て、そのタイミングでこの大規模侵攻が始まってしまったのだ。

 

 間が悪いと言えばそれまでだが、これは誰を責めるべき問題でもない。

 

 何も聞かされずに叔父の家に預けられ、玲一も窮屈な想いをしていたのだろう。

 

 その不満を察せなかったのは、玲奈の失策ではある。

 

 しかし、何が正解だったかなんてものは結果でしか分からない。

 

 それに、玲一には玲奈と同じように副作用(サイドエフェクト)が発現していた。

 

 サイドエフェクト、感知痛覚体質。

 

 これがあれば、玲一は本来瓦礫の下敷きになる事はなかった筈なのだ。

 

 なのにそうなっているという事は、那須を庇った結果なのだろう。

 

 迅は、那須と一度も顔を会わせていない。

 

 だから、彼女が絡んだ未来を視る事が出来なかった。

 

 それが、この結果に繋がったのである。

 

「うん、状況は理解出来たよ。じゃあ、行ってくるね」

「行って来るって、まさか……っ!」

 

 まるで軽い散歩でも行くような口ぶりの玲奈の決断を察し、迅は彼女の腕を掴んだ。

 

 けれど。

 

 玲奈は優しく、そんな迅の腕を引き剥がした。

 

「迅くんが視た未来は、きっと私が黒トリガーになる未来だよね? 今の玲一を救う為には、そうするくらいしか方法がないもの」

「けど、それじゃあ玲奈が……っ!」

「うん、死んじゃうね。でも、このままだと玲一が死んじゃうんだもの。仕方ないよ」

 

 それにね、と玲奈は迅の顔を見上げた。

 

「迅くんが視たのは、それだけじゃないんでしょう? 分かるよ。だって、表情(かお)に書いてあるもの」

「それ、は……」

 

 言葉に詰まる迅を見て、玲奈は迅の手を引き、抱きしめた。

 

 強く、強く。

 

 己の温もりを、想いを、彼に伝える為に。

 

「私が助けた玲一が、君の視た未来に、ハッピーエンドに連れて行ってくれるんでしょう? だったら、私は行かなきゃ。約束、忘れてないでしょ?」

「あ……」

 

────────どうせなら、一番皆が幸せになれる未来に行こうよ。誰も彼もが笑って終わる、ハッピーエンド。きっと、迅くん達ならやれると思うんだ。私────────

 

 それは、昨日交わしたばかりの約束。

 

 迅が止まれない事を悟った、玲奈との誓い。

 

 必ず、最善の未来に辿り着く。

 

 少女が(こいねが)った、一つの祈り。

 

 それを守れと、玲奈は言う。

 

 たとえ。

 

 彼女を、犠牲にしてでも。

 

「無茶苦茶言ってる事は、分かってるよ。その約束だって、ただの口実。私はね」

 

 玲奈は迅を抱きしめる力を強め、耳元に口を寄せ────。

 

「────────ただ、弟を死なせたくない。だから、行かせて欲しいんだ。迅くんなら、ちゃんと後を任せられると思うから」

 

 ────────己の本心を、口にした。

 

 最早彼女を止める事は出来ないと、迅は理解した。

 

 何故ならば。

 

 肉親を救いたいと告げる彼女の願いは。

 

 迅がかつて抱いたそれと、同じものだったのだから。

 

「あ……」

 

 玲奈が、離れて行く。

 

 温もりが、去って行く。

 

 きっと、もう戻って来ない。

 

 大切な人が。

 

 愛しい人が、逝ってしまう。

 

 遠くへ。

 

 もう、届かない場所へ。

 

 行くな。

 

 行かないでくれ。

 

 そう叫ぶ事は。

 

 ついぞ、出来なかった。

 

「後はよろしくね、迅くん。出来れば、玲一の事も気にかけてくれると嬉しいな」

 

 玲奈はそう言って笑みを浮かべ、後ろを向いた。

 

 弟が死に瀕している場所へ。

 

 自身の死に場所へ、向かう為に。

 

「────────約束、破っちゃってごめんね。さよなら、迅くん。大好きだったよ」

 

 その言葉を最後に、玲奈は迅に背を向け、跳び出した。

 

 そして。

 

 ────────大丈夫。私、死なないから────────

 

「あ……」

 

 彼女の告げた()()があの日のその言葉だったと理解し、迅は崩れ落ちた。

 

 自分の死を、受け入れて。

 

 玲奈は、行ってしまった。

 

 それが、一つの裏切りであると理解して。

 

 尚、彼女は弟を救う事を選んだ。

 

 既に、彼女の姿は見えない。

 

 そしてもう、二度と見る事もない。

 

 あの温もりが、永遠に戻って来ないのだと。

 

 そう察して、けれど。

 

「玲奈……」

 

 迅は、泣けなかった。

 

 涙はもう、とうに枯れてしまっていたのだから。

 

「……っ!」

 

 そして、視た。

 

 玲奈があの場所へ向かう最中。

 

 トリオン兵の妨害で、間に合わなくなる未来を。

 

 見過ごせば、玲奈は命を投げ出さずに済むかもしれない。

 

 けれど。

 

 それは、彼女の望みを踏み躙る事になる。

 

 だから。

 

 迅は、黒トリガー(風刃)を手に取った。

 

 彼女の障害を、斬り捨てる為に。

 

 そして。

 

 迅は、玲奈(かのじょ)の死出の旅路を助ける為、風刃を使った。

 

 その先に、何が待つのか。

 

 全てを、理解した上で。

 

 悲劇(じごく)への道は、善意で舗装されている。

 

 そんな言葉を、思い出しながら。




 七海玲奈

 ポジション:攻撃手(アタッカー)

 年齢:16歳(享年)

 誕生日:2月14日

 身長:169cm

 血液型:O型

 星座:かえる座

 職業:高校生

 好きなもの ボーダーの皆、弟、頑張ってる人、優しい世界

〔FAMILY〕

 父、母、弟 

〔RELATION〕

 七海玲一←たった一人の愛しい弟。

 迅悠一←大切な人。いつか自分自身を好きになって欲しい。

 小南桐絵←可愛い後輩。幸せになって欲しい。

 那須玲←玲一の大切な子。幸せになってね。

 最上宗一←慕っていた人。もう少し会うのは先だと思ってたのにな。

 城戸正宗←後はお願いします。ごめんなさい。

〔PARAMETR〕

 トリオン:10 

 攻撃:9 

 防御・援護:8 

 機動:9 

 技術:8 

 射程:2 

 指揮:4 

 特殊戦術:2 

 TOTAL 52

 『副作用(サイドエフェクト)

 『心象視認体質』

 相手の抱いている感情に応じた「表情」が視える。怒っているのか、泣いているのか、笑っているのか。

 それが、彼女にだけ視える表情になって現れる。

 彼女の前では虚飾は何の意味も為さない。


 七海玲一の姉であり、四年前の大規模侵攻で己が身を黒トリガーに替え、命を落としている。

 おおらかで社交的、一線はしっかりと弁える良識を持った善人。

 懐の深さが半端ではなく、共感能力が高い。

 副作用によって相手の感情が視えてしまう為、空気を読む能力に長けざるを得なかった。

 そういう意味でも迅の悩みは他人事ではなく、親身になって話しているうちに情が湧いていた。

 相手の意思を最大限尊重し、止められないと分かれば妥協案も出せる柔軟性もある。

 玲一の事は勿論大切であり、その為に命を投げ出す事に躊躇はなかった。

 彼女の遺志は、今でも玲一や迅の中に息づいている。
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