痛みを識るもの   作:デスイーター

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三雲修①

 三雲修は、意思の強い少年だ。

 

 飛び抜けて頭が良いワケでも、運動が得意なワケでもない。

 

 けれど。

 

 ただ一点。

 

 自らの意思を決して曲げないという点は、この上なく強固だった。

 

 親しい少女の兄や友達を探す為に、ボーダーに入る。

 

 その決意に至った理由は様々だが、一度決めてしまった以上彼に退くという選択肢は存在しない。

 

 だから。

 

 トリオン量という良く分からない基準で試験に落とされた後、上層部に直談判するつもりで警戒区域に無断で入ったのは。

 

 彼からしてみれば、当然の事であった。

 

 あの人事担当の水沼という人も、嘘を言ったワケではないのだろう。

 

 むしろ、対応としては相当に丁寧だったと言える。

 

 なにせ、「試験の結果に不満がある」と言って直談判に来た修に、言葉を尽くして説明して別の道を提示したりもしてくれたのだから。

 

 けれど。

 

 修の目的を達する為には、戦闘員として入隊しなければ意味がない。

 

 ならば、多少問題がある手段であっても、取らない理由はなかった。

 

 そして。

 

 警戒区域に侵入した修は。

 

 当然の帰結として、門から現れた近界民(ネイバー)に襲われた。

 

 大型トリオン兵、バムスター。

 

 ボーダー隊員にとっては雑魚同然であるそれも、一般人であった修にとっては対処不能の脅威でしかない。

 

 見上げるほどの巨体に、近代兵器が効かない装甲。

 

 ただの学生であった修は、哀れな被害者の仲間入りをする他ない。

 

 普通であれば、そのまま諦めても良い場面であろう。

 

(これで、終わりなのか……っ!? また、何も出来ずに……っ!)

 

 しかし。

 

 修は、諦めてはいなかった。

 

 少しでも時間を稼ごうと、修は逃走を選んだ。

 

 全て考えての行動ではない。

 

 ここは、ボーダー本部の基地の近辺。

 

 ならば、時間さえ稼げれば隊員が助けに来てくれる可能性はあった。

 

 だが。

 

 修とトリオン兵とでは、()()が違い過ぎた。

 

 バムスターは、動き自体はトリオン兵の中でも鈍重だ。

 

 しかし、その巨体故に踏み出す()()の距離が半端ではない。

 

 運動神経が特別良いワケではない修では、最初から勝負になる筈もなかった。

 

 稼げた時間は、僅か一瞬。

 

 それだけで、バムスターは修に追い付いた。

 

 トリオン兵の口が、獲物を呑み込もうと大きく開かれる。

 

 暗い口内が、犠牲者を招き入れようと迫って来る。

 

(やばい、食われる……っ!)

  

 バムスターの顎が、修を呑み込む。

 

 その、刹那。

 

「え……?」

 

 空から降って来た人影による斬撃で、一瞬にして怪物(バムスター)は斬り裂かれ沈黙した。

 

 修が手も足も出ず、やられるしかなかった脅威。

 

 それを。

 

 その人物は、さも当然のように。

 

 まるで作業のように、斬って捨てた。

 

 煙が晴れ、倒されたバムスターの上に乗る人影の姿が露になる。

 

 背の高い、茶髪の少年。

 

 成人ではないだろうが、高校生にも見えない。

 

 纏う空気は、少なくとも義務教育を終えていない学生のそれではなかった。

 

 青いサングラスをかけ、その手に剣を持った少年は。

 

 修の姿を、その眼に捉えた。

 

「よう。無事か? メガネくん」

 

 そう言って、修を導くように手を差し出した彼の瞳は。

 

 何故か、修には。

 

 泣いているように、視えたのだった。

 

 

 

 

 修は、その時彼を助けた少年────────迅悠一の手引きにより、ボーダーへの入隊を許された。

 

 隊員がトリオン兵から助け出した一般人を保護してそのままスカウトする事自体は、ままある事なのだという。

 

 だが、それはその助けた相手が戦闘員として必要なトリオン量を満たしている事が前提条件となる。

 

 修のトリオン評価値は、『2』。

 

 間違いなく、ボーダー内でも最低クラス。

 

 普通であれば、オペレーターかエンジニアに進むしかない低数値であった。

 

 それでも入隊出来たのは、迅の一声があったからという事が大きい。

 

 迅は本部とは距離を置いているが、影響力そのものは強い。

 

 それに今回は、玉狛支部の力も用いている。

 

 具体的には、支部長の林道に頼んで一筆書いて貰ったのだ。

 

 だが。

 

 それでも尚、今回の件は強引に過ぎた。

 

 当然の帰結として、迅は城戸の詰問を受ける事となったのだ。

 

「迅。今回の件は、どういう事だ?」

「単に、隊員を一人スカウトしただけですよ。何が問題ですか?」

「全てだ。このトリオン量では、戦闘員に向いているとはとても言えん。お前は、この少年をわざわざ無駄死にさせる為に引き入れたのか?」

 

 じろり、と城戸は迅を睨み付ける。

 

 彼とは、旧ボーダー時代からの付き合いだ。

 

 何の理由もなくこんな真似をする事はないであろう事くらい、当然理解している。

 

 だから、問うているのだ。

 

 これは、どういう意図があるのかと。

 

「そんなワケないじゃないですか。彼はきっと、今後ボーダー(おれたち)にとって替えの効かない存在になる。だって────」

 

 迅はサングラスを外し、城戸の眼を真正面から見据え。

 

「────────俺の副作用(サイドエフェクト)が、そう言ってるからね」

 

 その一言を、告げた。

 

 城戸も、確信を持たざるを得なかった。

 

 迅が、この台詞を用いるという事は。

 

 彼が視た予知を下に、行動している事の証左なのだから。

 

「…………一体、彼が具体的にどう我々に貢献すると言うのだ? 木虎隊員のように、トリオンが低くとも戦闘能力が図抜けているというワケでもないのだろう」

「そうだね。彼は戦闘員として見れば、弱い。素質も才能も、突出したものは何も持っていないよ」

 

 けどね、と迅は続ける。

 

「彼の価値は、そんな所じゃないんだ。まだ出会えていない最後の欠片(ピース)は、彼がいないと嵌まらない。彼じゃなきゃ、いけないんだ」

 

 だって、それが、と迅は顔を上げる。

 

 そして。

 

 仮初の笑顔を脱ぎ捨てて。

 

 ただ真摯な眼で、城戸に告げた。

 

「────────玲奈の望んだ未来に行く為には、そうするしかないからね」

「……!」

 

 城戸は、言葉を失った。

 

 七海玲奈。

 

 その名前を、他ならぬ迅が出した意味。

 

 城戸は、彼の本気を、認めざるを得なかった。

 

 玲奈は、城戸にとっても旧知の相手だ。

 

 旧ボーダー時代には、彼女の明るさに救われた部分も多い。

 

 だからこそ。

 

 彼女の忘れ形見である七海の事は常に気にかけていたし、建前はどうあれ本心では力になりたい気持ちも強い。

 

 そして。

 

 そんな玲奈と一番親しかった相手が、目の前にいる迅なのだ。

 

 迅は、その玲奈の遺言というべきものを受け取っている。

 

 彼女の死後、姿を見せた迅は。

 

 最上の死の時よりも尚、深い絶望に沈んでいた。

 

 傍目には、迅の事を良く知らない人間からは、平気そうに見えたかもしれない。

 

 だが。

 

 かつての迅を知る城戸たちからしてみれば、常に仮初の笑顔の仮面を被り続ける迅の姿は、痛々しいものとしか映らなかった。

 

 最上の死を経て泣く事を無理やり我慢するようになった迅は、玲奈の死によって人前で感情を露にする事自体を忌避するようになってしまった。

 

 城戸も、玲奈の遺言(のぞみ)は迅本人から聞いている。

 

 最善の未来。

 

 そこに辿り着いて欲しいと、玲奈は願ったのだという。

 

 それを聞いた時、城戸は迅に対して深い憐憫を抱いてしまった。

 

 迅が玲奈を好いていた事は、見れば分かった。

 

 そして迅は、その最愛の少女から、()()を望まれた。

 

 これが、悲劇でなくてなんだという。

 

 彼の、迅にとっての()()は。

 

 玲奈と共に歩く未来。

 

 それしか、なかったというのに。

 

 勿論、それは玲奈も分かっていたのだろう。

 

 しかし。

 

 玲奈は、弟が死にかけている時に、それを見過ごせるような人間ではなかった。

 

 彼女の慈愛は、愛の深さは、皆が承知していたのだから。

 

 迅はきっと、家族を助けに向かう玲奈の姿を、かつて母親(かぞく)を救えなかった自分と重ねてしまったのだろう。

 

 だから、止められなかった。

 

 口にはしないが、何故自分がその場に居合わせる事が出来なかったのか。

 

 あの日から、城戸がそれを悔やまなかった日はない。

 

 自分がそこにいて、何が出来たのか。

 

 そんな事は分からない。

 

 けれど。

 

 感傷として、そう想うことは。

 

 城戸には、止められなかった。

 

 玲奈の忘れ形見である七海に様々な便宜を図っているのは、その後悔があるが故だ。

 

 己の命を投げ捨ててまで、玲奈は七海を救う事を望んだ。

 

 だからこそ、玲奈の遺志を尊重する為にも、七海を放置するという選択肢は有り得ない。

 

 城戸は立場上表立って支援は出来ないが、裏から手を回して何かあった時には力になれるよう取り計らって来た。

 

 七海が唯一の親類である叔父ではなく、那須の家に住まう事が出来たのも、城戸の根回しが関係している。

 

 唐沢に色々と頑張って貰い、叔父は快く()()に応じてくれた。

 

 その事は七海には隠しているが、薄々察してはいるだろう。

 

 本当であれば城戸本人が引き取りたいくらいだったのだが、立場がそれを許さなかった。

 

 城戸は、林道たちと袂を分かち今のボーダーを作り上げた。

 

 四年前の大規模侵攻で被害があそこまで拡大したのは、偏にボーダーの戦力が不足していたからである。

 

 絶対的な、人員の数。

 

 それが、まるで足りていなかった。

 

 だからこそ、近界民への敵対を表明するという宣伝効果(プロパガンダ)が必要となったのだ。

 

 城戸自身、近界民(ネイバー)に関しての憎悪はある。

 

 しかしそれ以上に、隊員の確保と組織力の拡大は急務であった。

 

 近界民を倒す防衛機関、という体裁を作れば、多くの隊員が集まる。

 

 それを、理解していたが故に。

 

 あの大規模侵攻で家族や家、友人を失った者は多い。

 

 故にこそ、手っ取り早く隊員を集める為にはその憎悪を煽る方法が最適だったのだ。

 

 無論、この方法は近界民との橋渡しを目的としていた旧ボーダーの理念に反する。

 

 故に、旧ボーダーの思想と距離を取る必要があった。

 

 林道たち玉狛支部の面々と袂を分かったのは、その為だ。

 

 城戸自身は、玉狛とはそこまで隔意はない。

 

 ただ、立場上歩み寄るワケにはいかないからこそ、今の状況が出来上がっているのだ。

 

 玉狛支部と派閥争いをしているように見えるのは、ボーダーに多く在籍している近界民を憎む隊員の居場所を確保する為である。

 

 結果としてボーダーには多くの隊員が集まり、大きな組織となった。

 

 城戸は、己のやり方が間違いだったとは思っていない。

 

 現実を見て、今のやり方を選んだ城戸(じぶん)

 

 理想を目指し、今も尚独自の行動を取る(かれ)

 

 どちらが悪いワケでもない。

 

 ただ、仕方がなかった。

 

 そうとでも思わなければ、やってはいけないのだ。

 

 世界は、人が思うよりもずっと、厳しいのだから。

 

 そして、それを知る迅が玲奈の名前を出した以上。

 

 城戸にはもう、彼を止める為の言葉を紡ぐ事は出来なかった。

 

「…………いいだろう。隊員、三雲修の入隊を認める。だが、これ以上の特例は認めん。正当な理由がない限り、同隊員は他の隊員と同様に扱う。構わんな?」

「ああ、充分だ。ありがとう、城戸さん」

 

 迅はそう言って頭を下げ、城戸に背を向けた。

 

 目的は達した。

 

 これ以上、此処に留まる理由はない。

 

 そう考えて、迅は扉に向かい────。

 

「迅」

 

 城戸は。

 

「お前は、大丈夫なのか?」

 

 ────────その言葉を、告げた。

 

「────」

 

 迅は、城戸の言葉に。

 

 目を見開き。

 

 けれど。

 

 振り向く事は、なかった。

 

「…………大丈夫だよ。俺は、頼れる実力派エリートだからね」

 

 迅はそう言い残して、部屋を去った。

 

 これ以上、何も言う事はないと。

 

 言外に、拒絶を叩きつけて。

 

 城戸はそんな迅を見送り、近くに誰もいない事を確認し大きくため息を吐いた。

 

「…………ままならんな。子供(かれら)を支えるどころか、その力に縋る始末か。玲奈(おまえ)が視ていたら、なんと言っただろうな」

 

 

 

 

「てなワケで、無事メガネくんは入隊出来た。感謝するよ、ボス」

 

 迅は玉狛支部に戻り、支部長の林道に事の顛末を報告していた。

 

 林道は黙って話を聞き、そうか、と頷いた。

 

「どうだ? これで、お前の目的は達せられそうか?」

「まだ、最後の欠片(ピース)が見つかってない。けれど、これで多分、残るは一つだ。必ず、見つけてみせるさ」

 

 そうでなきゃ、皆に申し訳が立たないからね、と迅は告げる。

 

 飄々とした笑みを、浮かべてはいる。

 

 しかし。

 

 林道から見ても、明らかに無理をしているのが丸わかりだった。

 

「迅。お前、城戸さんに何か言われたな?」

「…………いや、別に何も────」

「大丈夫かって、心配されたんじゃないのか?」

「────!」

 

 迅は、その言葉に固まった。

 

 目を見開き。

 

 身体が固まり。

 

 何の反論も、出来なかった。

 

「図星だな。おまえ、分かり易いんだよ。他の連中はともかく、俺や城戸さんを騙せると思うな。一体、何年の付き合いだと思ってる」

 

 そうやって強がるとこ、玲奈とそっくりだぞ、と林道は告げる。

 

 何も言い返さない迅を見て、林道は深いため息を吐いた。

 

「玲奈との約束がお前の支えになってる以上、止めろとは言わん。けどな」

 

 林道は真っ直ぐ迅の眼を見据え、告げる。

 

「────────お前を心配する人間は、お前が思ってるよりずっと多い。そこんとこ、ちゃんと承知しとけ」

 

 そう言って、林道は迅の肩を叩いて部屋を後にした。

 

 返事は聞かない。

 

 今はまだ、答えられないと分かっているから。

 

 強迫観念に取り憑かれている今の彼を変えられるのは。

 

 きっと、ただ一人を除いて存在しないだろうから。

 

「ったく。なんで大人(おれら)が生き延びて、子供(あいつら)から死んでくかね。普通、逆だろうが」

 

 林道は思わず拳を握り締め、虚空を仰いだ。

 

 どうにもならない世界(げんじつ)を知るが故に。

 

 彼は、理想(ねがい)を抱える迅を救えない。

 

 手を、差し伸べられない。

 

 その心を。

 

 知るが故に。

 

責任(おもに)を背負うのは、大人(おれら)の役目だろうがよ」

 

 言葉が、空に消える。

 

 想いは、届かない。

 

 今は、まだ。

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