痛みを識るもの   作:デスイーター

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三雲修②

 

 修は、迅の手回しによってボーダーへの入隊に成功した。

 

 何故、偶然出会った自分にそこまでしてくれたのかは分からない。

 

 だが。

 

 相手にどんな意図があったとしても、彼の協力がなければ入隊出来なかったのは事実なのだ。

 

 もしも何らかの思惑があって────────否、無い方がおかしいだろう。

 

 そうでもなければ、自分をわざわざ個人的に入隊させたりなどしない。

 

 自分の戦闘員としての価値の無さは、C級隊員になって修自身が誰より強く実感していたのだから。

 

 トリガーを扱う才能、トリオン。

 

 厳密には体内のトリオン機関から供給されるそのエネルギーこそが、人事担当が言っていた()()()()()()()()()だ。

 

 修は、そのトリオン量がこの上なく低かった。

 

 評価値、2。

 

 それが、修に下された才能(ちから)の評価だった。

 

 戦闘員のトリオン平均は、5程度だという。

 

 修はその、半分以下。

 

 事実、トリオン切れになるのも圧倒的に早いし、弾トリガーの威力も呆れるほどに低い。

 

 かといって格闘戦の経験が皆無であり運動音痴の部類である修が近接戦闘に適応出来る筈もなく、C級同士の個人ランク戦の結果は散々だった。

 

 現在はランク戦に見切りを付けて訓練でポイントを稼いでいる最中だが、個人ランク戦と比べて訓練によるポイント取得量は雀の涙に等しい。

 

 普通はランク戦を繰り返してポイントを貯めてB級になるのが普通なのだから、当然とも言えるが。

 

 ボーダーは、近界民から街を守る為の防衛機関だ。

 

 当然、B級(正隊員)は有事の際街を守る義務がある。

 

 故に、求められるのは即戦力。

 

 ある程度自力で戦える能力がなければ、そもそも戦闘員としては扱って貰えない。

 

 C級隊員は、言うなればアルバイトのようなものだ。

 

 特別な義務はないが、代わりに戦闘員として扱われる事もない。

 

 B級隊員になって初めて、ボーダーの戦力としてカウントされるのである。

 

 事実、隊務規定によってC級隊員は有事の際であっても許可の無いトリガーの使用は禁じられている。

 

 故にC級隊員の殆どは途中でモチベーションを失い、ボーダーという立場だけに拘り惰性で隊員を続ける事が多い。

 

 B級隊員になれるか否かが、ふるい落とされる側かそうでないかを見極める試金石なのだろう。

 

 きちんとやる気のある者であれば、コツコツとポイントを積み重ねてB級隊員になる事が出来る。

 

 それ以前に実力が伴わなければ話にならないので、ランク戦による取得ポイントを多めに設定しているのである。

 

 即戦力はさっさと正隊員になれ、という事だ。

 

 今のままでは、修が正隊員になれるのはいつになるか分かったものではない。

 

 トリオン機関は、使用していなければ20歳を境に衰退していくのだという。

 

 ただでさえトリオンの少ない修がそうなれば、戦闘員を続ける事は不可能だろう。

 

 そもそも、そこまで悠長に待ってはいられない。

 

 修の目的は、近界から妹分の兄と友人を連れ帰る事。

 

 何年もかけていては、ただでさえ少ない可能性が皆無になってしまう。

 

 だから、修は一先ずの目的であるB級に上がる為にはなんでもやる所存だった。

 

 しかし、戦いなどこれまで無縁だった修にはどうやって鍛えれば良いかすら分からない。

 

 修のトリオンでもある程度の強度が保証されるからという理由で選んだトリガーであるレイガストも、彼の格闘能力ではまともに攻撃に移れないまま終わるのが精々だ。

 

 何か指標が、教えを乞う相手が要る。

 

 だが、そんな相手に心当たりなどない。

 

 修のボーダー関係のコネクションは、あの時自分を助けてくれた男性────────迅悠一ただ一人。

 

 そして迅本人は、いつも忙しく飛び回っているようで会おうと思っても会える相手ではない。

 

 けれど彼以外に頼れる心当たりがいない以上、迅を見つけて話をする以外に良い考えは浮かばない。

 

 迅の所属は玉狛という支部らしいが、本部にも時折出入りするらしい。

 

 流石に支部に直接行くような伝手もなく場所も分からない為、本部にいる時間を使って探し回る他ない。

 

 そう簡単には、見つからないだろう。

 

 少なくとも修は、そう思っていた。

 

「やあ、メガネくん。元気にしてたかい?」

 

 だが。

 

 修の探し求めていた相手は。

 

 まるで彼の思惑を読み取ったかのようなタイミングで、再び修の前に現れた。

 

「迅さん……っ! えと、入隊の件は、ありがとうございました……っ!」

「いいっていいって、察してるようにこっちも理由あっての事だからさ。むしろ、お礼を言うのはこっちの方なんだけどね

 

 え? と修は意味の分からない迅の言葉に困惑するが、どうやら答えるつもりはないらしい。

 

 気にならないと言えば、嘘になる。

 

 だが。

 

 一瞬見せた迅の哀し気な眼が、それ以上の追及を止めさせた。

 

 何か、事情があるのだろう。

 

 それを察せられる程度には、修は聡い少年だった。

 

「それより、何か俺に用があったんじゃないのかな?」

「あ、そ、そうですっ! あの、正隊員になりたいんですけど、ランク戦じゃポイントを稼げなくて────」

「困っている、と。まあ、最初は誰だってそうさ。中には数日でB級になった子たちもいるけど、むしろそういうのは例外だしね」

「え、そんな、どうやって……?」

「普通に、ランク戦で勝ちまくったのさ。そういう即戦力になれる子たちは、大抵最初から高いポイントを持たされているしね」

 

 聞けば、仮入隊時に高い成績を残した者はそれに応じた初期ポイントが与えられているらしい。

 

 最初から才覚を現した者は、さっさとポイントを稼いでB級に上がる。

 

 それが、ボーダーのシステムである。

 

 即戦力とそうでない者をふるい分ける、効率重視の方法だ。

 

 ボーダーではどこまでも、実践力が試される。

 

 それを聞いて、修は己の置かれた立場の厳しさを改めて実感した。

 

 このままでは、まずB級には上がれない。

 

 そう、危惧してしまう程に。

 

「大丈夫だよ。少し時間はかかるかもしれないけれど、メガネくんはちゃんと正隊員に上がれるさ。俺の副作用(サイドエフェクト)が、そう言っているからね」

「サイドエフェクト……」

 

 副作用(サイドエフェクト)

 

 それについての説明は、既に受けている。

 

 優秀なトリオン能力を持つ者に稀に発現する、特殊な力。

 

 発現する力は個々人によって様々で、五感を強化するものや第六感のようなものが芽生える等多岐に渡る。

 

 そして、迅の、彼の能力は────。

 

「俺は、未来が視えるんだ。未来視、それが俺の、副作用(サイドエフェクト)さ」

「未来が、視える……っ!?」

 

 まるで、フィクションの世界だ、と修は思った。

 

 未来視。

 

 文字通り、未来を見通す能力。

 

 まるで神の如き、常識外れの力。

 

 そんなものを、一個人が持っている。

 

 その凄まじさに、息を呑んだ。

 

「…………」

 

 けれど。

 

 己の能力を語る迅の姿は。

 

 傍目からすれば、力を誇示しているように見えたかもしれない。

 

 けれど。

 

 修の脳裏には、初めて会った時の彼の悲しみを堪えたような瞳が、思い浮かんでいた。

 

 事情は分からない。

 

 だが、容易に踏み込んで良い事ではない事くらいは、理解出来た。

 

 だから、それ以上は何も言わない。

 

 それはきっと、自分の役目では無いのであろうから。

 

「だから、そんな俺からアドバイスだ。メガネくん、チームランク戦の事は知ってるかい?」

「え、ええ。B級部隊同士が戦う、チーム単位の試合の事ですよね?」

「その通り。そろそろその時期になるからさ、見て来ると良いよ。模擬戦とはいえ、実際の戦いを見れば何かヒントを掴めるかもしれないぜ」

 

 迅の言葉に、その手があったか、と修は理解する。

 

 これまで修は、ただ自己鍛錬を繰り返すのみで、戦術の勉強は何もして来なかった。

 

 今の修の状態は、目的地も決めずに風景を見る余裕もなくただひたすらに山を登っているようなものだ。

 

 そんな状態で、上達など望むべくもない。

 

 実際の戦い、試合となればその動きから戦闘に必要な理論を学ぶ事も出来る。

 

 実際、ランク戦の意義の一つはそれだ。

 

 戦闘を映像として見る事で実際の戦場での動きを学び、知見を深めて己の成長する糧とする。

 

 ただ盲目に「強くなりたい」と願うばかりで、具体的な方法は何も思いついてはいなかった。

 

 そんな修にとって、迅の提案は目から鱗とも言えた。

 

「そうそう、どうせならランク戦を追いかけて行く隊を絞って見てみるのもいいかもね。一試合ごとにどんな動きをするか、比較し易い方がいいでしょ」

 

 そう話すと、迅は懐から数枚の資料を取り出し、修に手渡した。

 

 資料には、数名の写真と名前。

 

 ボーダーのホームページに載っている、各隊の紹介ページの一つを印刷したもののようだ。

 

 映っているのは、三名の少女と、一名の少年。

 

「────────那須隊。このチームなんか、良いんじゃないかな」

 

 

 

 

「これで、下準備は終わりか」

 

 迅はランク戦の観戦席に座る修の姿を視て、ふぅ、と溜め息を吐いた。

 

 修にはああ言ったが、彼の実力ではまともな手段でB級隊員に昇格するのはまず無理だ。

 

 それこそ、城戸でも認めるしかない確かな実績。

 

 そういった()()を使って正隊員に昇格させるしか、方法は無いだろう。

 

 那須隊のランク戦を観戦するよう誘導したのは、単純に戦術の勉強になるという理由もある。

 

 だが本当の目的は、那須隊に────────正確には七海に、興味を持って貰う為だ。

 

 七海と三雲は、戦闘能力こそ比較にすらならないが、最善の未来に辿り着く為の欠片(ピース)であるという共通点がある。

 

 そして、迅のサイドエフェクトは、彼等の交流がその一助になると告げていた。

 

 恐らく、今期のランク戦中はそれどころではないだろう。

 

 ラウンド3あたりで、七海達那須隊に最大の転機が訪れる。

 

 その後も、上へ上がる為にやるべき事は幾らでもある。

 

 修と交流を持たせるとしたら、ランク戦や()()()が全て終わった後。

 

 A級昇格試験の終了後、そのあたりのタイミングが適切だろう。

 

 勿論、未来が悪い方へ転がればそもそも那須隊が再帰出来ずに終わるケースもある。

 

 それだけ、彼等を縛る()()は大きい。

 

 自分たちの関係を見詰め直す事が出来なければ、燻ぶったまま終わる可能性は充分に有り得る。

 

 だが、その件に関しては迅は何も手出し出来ない。

 

 むしろ彼が関わった方が悪い方向に転がると、迅のサイドエフェクトは訴えていた。

 

 だから、祈るしかない。

 

 七海が、那須隊が、立ち直ってくれる事を。

 

 迅が出来る事は、その程度。

 

 未来を視えるが故に、彼は手を差し伸べる事が出来ない立場にいるのだった。

 

「…………本当、なんでかな。どうして、玲奈(きみ)の忘れ形見の一大事に、俺は何も出来ないんだろう? これも、罰なのかな」

 

 玲奈を、見殺しにした事の。

 

 その言葉は、口にはしなかった。

 

 あの結末は、玲奈が望んだ事だ。

 

 正しい事だ。

 

 最善に繋がる道だ。

 

 だから、否定しちゃいけない。

 

 自分が、どれだけ悲しもうが/悲しむ資格なんて、ないのに

 

 自分が、どれだけ擦り切れようが/生きているだけで、辛いのに。

 

 最善の未来に、辿り着く/本当は、玲奈に生きていて欲しかった。

 

 本当の想いを押し殺し、迅は進み続ける。

 

 玲奈の想いに/自らの罪に。

 

 応える為に/目を背ける為に。

 

「そろそろ、始まるか」

 

 10月2日。

 

 B級ランク戦、今期最初の試合。

 

 対戦組み合わせは、那須隊/鈴鳴第一/諏訪隊。

 

 七海の、本当の意味での初陣である。

 

 迅は、上層の観覧場所でブースを見下ろしていた。

 

 修の姿は、観戦席にある。

 

 七海もまた、試合開始を待っている頃だろう。

 

 この試合は、何の問題も無い。

 

 今回は、高確率で七海達が勝つ試合だ。

 

 憂慮していたのは、男性恐怖症の小夜子が男性(七海)を受け入れられるかという事くらいだ。

 

 それもまた、理由は不明だがなんとかなったようだ。

 

 加えて、両者の関係も悪いものではないらしい。

 

 人前に出ない小夜子の姿を目視する事は出来なかったので彼女の未来は視えないが、七海がなんとかしたらしい事は彼の未来を視て分かった。

 

 迅が視た未来の中では小夜子が七海を受け入れきれずにチームがガタガタになる可能性もあったのだが、どうやら杞憂で済んだらしい。

 

『それでは皆さん、お待たせ致しました。B級ランク戦ROUND1昼の部、これより開始したいと思います……っ!』

 

 実況の桜子の声が響き、ランク戦の開始が告げられる。

 

 各部隊が転送され、仮想空間へ────────鬱蒼とした森の中へと、姿を見せる。

 

 そして。

 

 七海が。

 

 迅の希望(つみ)の欠片が戦場へと降り立った。

 

「頑張れよ、七海」

 

 それを見届け、迅は踵を返した。

 

 もうこの場にいる意味はないと、そう判断して。

 

「迅」

「……太刀川さんか」

 

 それを。

 

 観覧席にやって来た、太刀川が呼び止めた。

 

 太刀川は迅の行く手を遮るように立ち、怪訝な表情で迅を見据えた。

 

「なにやってんだ? 七海の試合、見て行くんじゃないのかよ」

「もう、用は済んだからね。実力派エリートは、中々に忙しいのさ」

「嘘言うなよ。どうせ、万が一にも七海に会いたくないとか、そんなとこだろ」

「────!」

 

 その、太刀川の言葉を聞いて。

 

 迅は、言葉を失った。

 

 そんな迅の反応に確信を得た太刀川は、ずい、と彼に詰め寄った。

 

「俺に七海を頼んでおいて、お前だけとんずらするとか、ちょいと通りが通らないんじゃないか? あいつが大事なら、きちんと向き合ってやれよ」

「…………俺は、必要だから頼んだだけだよ。だって、それが────」

「最善の未来に繋がるから、か? いい加減、その建前に頼るの止めたらどうだ?」

 

 無理してるの、俺でも分かるぞと。

 

 太刀川は、あっさりと迅に告げた。

 

 まるで、ただの世間話をするように。

 

 迅の急所へ、踏み込んだ。

 

「お前がなんで七海(あいつ)に拘ってるのかは知らないし、興味もない。けど、お前があいつを理由にして色々逃げてる事は分かる」

 

 太刀川はそう話し、そして────。

 

「だってお前、全然楽しそうじゃねえじゃん」

 

 ────────その一言を、口にした。

 

 迅は何も言えず、黙りこくる。

 

 そんな彼に、太刀川は容赦しなかった。

 

「少なくとも、風刃(そいつ)を手にする前に俺と戦り合ってた頃のお前はもうちょい楽しそうだったぞ。戦った後に関しちゃ、心ここにあらず、って感じだったけどな」

 

 けどな、と太刀川は続ける。

 

「最近のお前、全然楽しそうじゃねえんだよ。お前が昔から、色々面倒な事考えてるのは知ってるけどよ。もうちょい、頭空っぽになってもいいんじゃねぇか?」

「太刀川さんに、それを言われたくはないかなー」

「誤魔化すなよ。図星だろ?」

「……っ!」

 

 煙に巻こうとするも、今回ばかりは太刀川も引き下がるつもりはないらしい。

 

 大きくため息を吐き、太刀川は迅の肩を叩いた。

 

「お前と七海の関係がどうこうってのは、俺は知らん。何を思ってあいつに肩入れしてるかってのも、ぶっちゃけ興味はない」

 

 けど、と太刀川は告げる。

 

「────────今でなくていいから、ちゃんと七海と話してやれよ。あいつがしょげて戦れなくなったら、つまんないだろ」

「…………分かった」

 

 太刀川は迅が頷いたのを確認すると、そのまま観覧席へと入って行った。

 

 迅はそれを見送りながら、ため息を吐いた。

 

「太刀川さんに言われちゃ、しょうがないな。約束は、守らないといけないしね」

 

 想いは未だ、届いていない。

 

 けれど。

 

 その下地は、確かに積み重なっていた。





 色々考えた結果、今章の章題を変更し、最終試験の章とは別個とします。そちらの方がすっきりするので。
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