「これで予測確定、か……」
迅は上層の観覧席から映像を見詰め、ため息を吐いた。
B級ランク戦、ラウンド3。
その終盤。
画面には、迅の予知していた通りの光景が広がっていた。
思えば、この試合は最初から那須隊には暗雲が広がっていた。
熊谷は早々に犬飼とエンカウントし、二宮との連携で呆気なく落とされた。
その後はあろう事か那須は七海と組んで二宮隊に突っ込み、二宮の弾幕の前に撤退を余儀なくされる。
七海は北添を逃がして適当メテオラを利用しようとするが、北添は二宮に補足され脱落。
更に七海は影浦に捕まり、那須の介入で撤退を開始した。
だが。
そこで、二人の狙撃手が、動いた。
最初に動いたのは影浦隊狙撃手、絵馬ユズル。
彼は那須を狙う事で、それを七海に庇わせて命中させるつもりだった。
その狙撃自体は、七海が
しかし。
その好機を、東は見逃さなかった。
東もまた、那須を狙う事で七海のカバーを誘発。
彼の右腕を、狙撃によって吹き飛ばした。
それが、契機だった。
その瞬間、那須は正気を失ったかのような絶叫を発し東を狙うべく駆け出した。
そして、当然の如くその瞬間を狙った東が狙撃を敢行。
那須を庇い、七海が脱落。
それを見た那須は棒立ちになり、ユズルの狙撃により緊急脱出。
七海は、那須隊は、惨敗を喫した。
それは、既に迅が視ていた光景。
どう足掻いても逃れられなかった、確定した未来である。
何が原因となったか、それは明らかだ。
那須と七海。
その関係の歪さを、そのままにしていたからだ。
二人の関係が捻じれたのは、四年前のあの日。
大規模侵攻の日に、七海が那須を庇って右腕を失い、その結果として玲奈が死んだからだ。
那須は、自分の所為で七海の腕と玲奈を失わせてしまった自責の念から彼に強く依存し、執着した。
日常生活から何から全て七海を中心に動くようになり、まるで従者かメイドの如く接するようになった。
そして、七海の意思と自分の意思を同一視するようになり、結果として無自覚なまま彼の自由意思を無視していた。
七海は、そんな那須の行動を自分の所為だと強く思い込み、自責の念に溺れていた。
彼女の行動が変わった事に責任を感じて、彼女に意見が言えなくなっていた。
二人はボタンを致命的に掛け違えたまま、此処まで来てしまった。
だから。
当然の帰結として七海は反射的に那須を守り、結果として二人揃って脱落するという醜態を晒した。
全てが自業自得、と言えばそうなのだろう。
たとえどんな理由があろうと、二人がランク戦の意義を蔑ろにし、私情を優先した事に変わりは無い。
けれど。
迅はそんな二人の姿を、痛々しい、としか思う事が出来なかった。
四年前のあの日を引きずっているのは、迅も同じだ。
那須は、七海に尽くす事で彼だけは自分から離れないよう縛った。
七海は、那須を変えてしまった贖罪として彼女の縛りを受け入れた。
迅は、玲奈の望みを目指す事で四年前の悪夢から目を逸らし続けた。
共通点は、一つ。
それぞれが、自分の歪みを自覚していない事である。
那須は、色々なものを失ってしまった七海の為に彼に全てを捧げているだけだ。
結果として彼の自由を縛ってしまっている事自体には、気付いていない。
否、気付こうとしていない。
そうしなければ、七海が離れてしまう。
そんな恐れが、那須を献身に駆り立てた。
目の前で七海を失いかけ、慕っていた玲奈を亡くした那須は
だからこそ七海の
そして正気を失い、結果として討たれたのだ。
七海は、那須の態度の変化から罪悪感で彼女を縛ってしまっていると思い込み、彼女の言葉を
元より彼女を好いていたからこそその献身を突き放す事が出来ず、けれど罪悪感から自分の想いに正直になる事も出来なかった。
そして、四年前の悪夢を引きずっている事は七海も同じである。
彼もまた喪失を恐れるからこそ、那須を守るという行動以外を選択出来ない。
彼女が狙われた時点で、その状況を問わずに彼女を庇ってしまう。
そこを、狙われた。
那須のイエスマンで在り続けてしまった彼は、彼女の暴走に巻き込まれる形で脱落した。
そして、迅は。
そんな二人の姿を、無意識に自分に重ねていた。
四年前のあの日から、迅は一歩も進んでいない。
玲奈の死を受け入れる事が出来なかった彼は、彼女の望みに沿う事で、その存在を自身の中に留めようとしていた。
本能では、理解している。
彼女は、玲奈は死んだのだと。
だが。
感情が、それを納得させてはくれない。
だから、
だから、
だから、彼は
三人全員が、あの日を境に歯車が狂った。
誰も彼も、あの日から前には進めていない。
一人は、居心地の良い関係に縋った。
一人は、歪さを理解しながらも現状を壊せなかった。
一人は、ただ悲しみから目を逸らす為に目的だけに固執した。
誰が悪いワケではない。
ただ、間が悪かった。
そうとしか、言えないのだ。
どんな言葉を尽くしたところで、喪った者の痛みは当人にしか分からない。
その想いに共感出来るのは、同じ想いを抱える者だけ。
同じ悲しみを有する者だけが、そこに手を伸ばす資格がある。
「え……?」
そんな
予想していなかった光景に、目を見開く事になる。
日浦茜は、自分自身が割と恵まれた境遇である事を理解していた。
そこそこ裕福な家庭に、それなりに優しい両親。
いじめに遭った事もないし、友達も多い。
ボーダーでは狙撃技術が中々向上しない事を悩んでいたが、師匠の奈良坂は丁寧に教えてくれている。
那須隊の仲間も皆優しい人たちで、このチームにいて良かったと思っている。
だから。
七海と那須の、過去を。
彼等を苛む悲劇を聞いた時の衝撃は、忘れ難かった。
何故、七海の腕が黒いのか疑問に思ってはいた。
トリオン体のデザインか何かかな、としか思ってはいなかったが、彼は日常生活でも腕は黒いままだった。
だから、聞いてみたのだ。
その腕は、なんで黒いんですか、と。
途端、空気が凍る気配がした。
空気を読む能力はさほど高くない茜でさえ、自分が踏んではならない地雷を踏んでしまったのだと理解した。
そして。
七海の口から、彼の過去が明かされた。
四年前の、大規模侵攻。
そこで起きた、悲劇。
七海は右腕を失い、彼の姉は自分の命を無機物に────────黒トリガーと呼ばれるものに替えて、命を落とした。
五体満足であり、大切なものを何も喪った事のない彼女には、その悲しみや痛みがどれほどのものかは想像するしかない。
だから、その時は大泣きした。
ごめんなさいと。
辛い事を思い出させて、すみませんでしたと。
泣きながら、謝った。
その様子に慌てた七海と那須は二人で彼女を宥めすかし、熊谷と小夜子のとりなしでようやく茜は落ち着いた。
そして、その時に誓ったのだ。
もし、二人が何かあった時は、自分が頑張ろうと。
自分が何が出来るかは、その時になってみないと分からないけれど。
それでも。
慕う二人の先輩が大変な時に、動かない理由なんてない。
難しい事は分からない。
二人の気持ちが分かるなんて言えないし、自分と七海達とでは立ち位置が違うのも理解している。
けれど。
それと、全力を尽くさないかどうかはまた別の話だ。
那須隊は、A級を目指して頑張っている。
今期からは七海が加入し、上へ行くモチベーションも高まった。
二人の悲しみを癒したり、悩みをどうにかする事が出来ない以上。
茜が出来る事は、狙撃手としての仕事を全うする事だけだ。
偉そうな事は言わないし、言う気もない。
自分に大層な事が出来るとは思っていないし、出来ない事を出来ると言うつもりもない。
だから、那須と七海が揃って落ちたと聞いた時。
茜は、その時が来たのだと理解した。
戦況は、最悪。
ライトニングしか攻撃用トリガーを持ち込んでいない自分では、味方の援護なしに点を取るのは難しい。
けれど。
難しいからと言って、此処で逃げてしまえば後に続かない。
幸い、自分の位置は悪くないし小夜子もすぐ仕事をしてくれた。
後は、自分が動くだけ。
そう考えて、茜は動いた。
戦果を持ち帰る。
ただ、それだけを考えて。
そうして彼女は、仕事をこなしきったのだ。
まさか。
迅は、そんな想いで一杯だった。
こんな事が起こるなんて、考えていなかった。
この試合は、七海と那須が脱落した時点で結果は視えていた。
一人残された茜は自主的な緊急脱出を行うか、得点を狙い東に落とされるか。
そのどちらかしか、なかった筈なのだ。
だが。
茜は、仕事をやり遂げた。
ユズルを狙撃で落とし、そのまま自主的な緊急脱出を敢行。
一人逃げ切り、得点を持ち帰った。
この試合は、那須隊の惨敗で終わる。
その未来自体は、変わっていない。
けれど、茜の行動は、迅の想定の外であった。
たかが一点。
されど、一点である。
支援が主であるライトニングの使い手たる茜が、味方が全員落ちた中で戦果を持ち帰り逃げ切る。
この結果は、誰にとっても予想外であった。
(これは……)
そして。
迅には、見逃せない
この後、迅の視た幾つかの未来では影浦が早々に七海の所に訪れ、事態が更に拗れるパターンもあった。
だが。
今この瞬間、影浦が事態解決前に七海の下を訪れる未来が、軒並み消え去った。
少なくとも、那須隊の問題が解決するまで影浦が七海と会う事はない。
その未来が、たった今決定した。
恐らく、今の茜の奮闘の結果によって。
(未来が、姿を変えた)
悪い方向へ転がりかねなかった未来が、変わった。
この先、七海の件が拗れるとしたらその最大の要因は何の心構えも出来ていない段階で影浦と会ってしまう事だった。
口下手な影浦では七海の心を解きほぐす事が出来ず、彼の苦悩は更に深刻になるだけで終わる。
そういう未来が、確かにあった。
それも、少なくない確率で。
だが。
その
彼女が、茜が。
何も喪失も背負っていない筈の彼女が、変えたのだ。
未来を。
より良い方向へと、推し進めた。
ほんの少し、未来を良い方向へと変えただけ。
茜がしたのは、それだけだ。
だが。
迅は、知っている。
その、ほんの少しの積み重ねこそ、より良い未来へと繋がる事を。
そういう意味で、彼女は立派に未来の礎となったのだと言える。
たとえ、彼女自身がそれに無自覚であろうとも。
重要な一手を繰り出せた事は、間違いないのだ。
「…………」
迅は、茜の成し遂げた
未来が良い方向に転がったのは、喜ばしい。
けれど。
まさか、その一手を。
何の背景もない、ただの少女である茜が。
成し遂げるとは、思ってもみなかった。
「よう、迅。ひでぇ顔してんな」
「太刀川さん……」
あまりにも、驚愕が大きかった為だろう。
迅は、観覧席にやって来た太刀川の存在を、声をかけられようやく認知した。
「下にいた筈じゃ、なかったのかな」
「なんとなくお前がいる気がしたから、来たんだよ。お前の事だから、この結果も視えてたんだろ」
小南が散々愚痴ってたからな、と太刀川は続ける。
どうやら、迅の思惑に関しての情報を小南は太刀川に告げていたらしい。
この試合で、七海達が大負けすると。
それを知りながら、傍観するつもりである事を。
その情報を元に、太刀川はやって来たのだ。
迅に会って、言いたい事を告げる為に。
「けど、日浦の活躍までは読めなかったみたいだな。でも、別に驚く事じゃないだろ」
だってよ、と太刀川は続ける。
「想いの強さは関係ない。日浦はただ、やるべき事をやっただけなんだから」
「────!」
迅は、目を見開いた。
想いの強さは関係ない。
それは、前々から太刀川が口にしていた言葉だ。
思えば、それは想いに拘って生き方を自ら縛る迅への皮肉でもあったのだろう。
どんな想いを抱いていようが、戦いの結果には関係がない。
ただ現実を見据え、やるべき事をやった者が勝つのだと。
そう、伝える為に。
「お前が、どれだけ重い願いを抱えているかは知らん。聞こうとも思わないし、そこまで興味もない」
けどな、と太刀川は続ける。
自身の、想いを。
迅の好敵手として、悪友として。
伝える為に。
「前にも言ったが、ちゃんと七海とは話せよ。あいつはきっと、立ち上がる。そんできっと、お前にも言いたい事がある筈だ」
だから、と太刀川は迅を見据え、告げる。
「────────逃げるなよ。ちゃんと受け止めろ。お前がそんなんじゃ、七海も報われないだろ」
それが、太刀川の真意。
迅に、七海の想いをきちんと受け止めさせる。
その為に、この日この場に足を運んだ。
口では、色々言っていようが。
師匠の一人として、七海に抱く想いは強い。
太刀川は頭は悪いが、ただの馬鹿ではない。
人を見る眼は、想いを汲み取る度量は。
きちんと、備わっているのだから。
「分かったよ。もう逃げない。七海が立ち直ったその時には、きちんと話を聞くと誓うよ」
もし、太刀川が迅を慮ってそう言ったのなら、彼は受け入れなかったかもしれない。
此処にいたのが弓場や嵐山であれば、きっと迅への配慮が先に来る。
だが。
自分自身を慮って言われた言葉では、今の迅には届かないのだ。
ただ一人の、例外を除いて。
けれど。
太刀川はあくまでも七海の事を想って話し、迅に対して自分なりの理屈を説いた。
自身を慮る言葉ではないからこそ、今の迅が受け入れる余地があった。
弓場や嵐山は、友人としての線を越えられなかった。
小南は、近過ぎるが故に届かなかった。
彼自身、自覚していたワケではないけれど。
太刀川は、今の迅に対する最適解を引き寄せたのである。
「じゃあな。約束、忘れるなよ」
「ああ、約束は守るよ。太刀川さんも、師匠が板について来たみたいだね」
「何言ってんだ。お前の所為だよ、お前の」
そう言い残し、太刀川は背を向けた。
未来は、ほんの少し変わった。
そして、本当に変わるのはこれからだ。
七海玲一と、那須玲。
この二人が、前に踏み出せるかどうか。
その正念場が、訪れていた。
『あかね』
「覚悟完了転移系狙撃手」
色々あって成長した那須隊の狙撃手。
那須隊の中で唯一、悩みらしい悩みがない天真爛漫系少女狙撃手。
色々と重い過去を背負ったエース二人に挟まれながらも一切ブレず、自分の仕事をやり切った傑物。
彼女の活躍がなければ、実は事態は割と悪い方向に転がっていた。
そういう意味でもグッジョブだった後輩少女。
最近はユズルくんとも仲が良く、青春を謳歌している。
那須隊の中で気苦労が先行している熊谷を除いて一番健全な精神をしているのもこの子。
比較対象が酷いだけとも言う。