痛みを識るもの   作:デスイーター

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城戸正宗①

「さて、迅。話を聞こうか」

 

 ボーダー本部、司令室。

 

 迅がやって来たそこには、ボーダーを運営する上層部の面々が揃っていた。

 

「例の試験について話がある、という事ですが」

 

 ボーダーのメディア対策室室長、根付栄蔵。

 

 組織の評判を守る為に日々奔走する彼は、溜め息を吐きながら胡乱な眼で迅を見ていた。

 

「この忙しい時に、余計な事をして欲しくはないんだがね。まあ、聞くだけは聞いておこうか」

 

 技術開発室室長、鬼怒田本吉。

 

 彼は口では悪態をつきつつも、他ならぬ迅が持ち込んだ話という事で関心を持って話を聞く態勢だった。

 

「迅くんがこうして我々に頼みに来るのは珍しいですし、別に構わないのでは? 彼は文字通り、先見の明がありますから」

 

 外務・営業部長、唐沢克己。

 

 普段通りの飄々とした笑みを浮かべた彼は、興味津々といった風に迅を見ていた。

 

「ああ、迅ならきっと皆の為を想っての行動の筈だ。何を判断するにしても、まずは話を聞いてからだろう」

 

 ボーダー本部長、忍田真史。

 

 街を平和を第一とする彼は、その為に行動する迅に全幅の信頼を置いている。

 

 だからこそ、その声は穏やかだ。

 

 表面上は鉄面被を保っている、城戸と同じように。

 

 迅は何も言わずに座っている林道に笑いかけながらその全員を一通り視ると、本題を切り出した。

 

「ああ、俺からの用件は二つ。まず一つ目は、今度開催するA級昇格試験────────合同戦闘訓練の第二試験と第三試験に、特別ルールを加えて欲しい」

「特別ルール? A級とB級が組んで戦う、以外のルールを追加するというワケか?」

「その通り。一応資料に纏めて来たけど、まずは口頭で説明するよ」

 

 迅は鬼怒田にそう答えると、資料を配りながらそのルールについて話を始めた。

 

「まず、第二試験では旗持ち(フラッグ)ルールという形式を採用して欲しい。簡単に言えばこれはB級隊員のうち一人を旗持ちにして、その隊員が落とされたら試合終了になる」

「そして旗持ちを落とされたら追加点、というワケか。一応、このルールの意図を聞いても良いか?」

 

 忍田の問いに迅はええ、勿論、と答え説明する。

 

「これは、大規模侵攻で特定の隊員、もしくは市民を守る状況となった時の予行訓練のようなものです。戦術的目的か救助目的かはさておいて、そういった状況が発生する確率は低くないみたいだからね」

「成る程、いざという時仲間を優先的に守る訓練を兼ねるというワケか。私としては構わないと思うが」

「ふむ。市民への被害が減ると思えば、そう悪い提案ではなさそうですねえ」

 

 一つ目の提案、旗持ち(フラッグ)ルールに関してはどうやら好意的に受け入れられたようだ。

 

 特に、メディアからの突き上げを気にする根付にとっては()()()()()()()()というのは無視出来ない文言だったらしい。

 

 勿論、それを考慮した上で言葉を選んだのであるが。

 

 これでも、たった一人で最善の未来の為に暗躍を続けて来たのだ。

 

 この程度の腹芸は、難なくこなせるのである。

 

「わしも特に反対する理由はないな。参加者への説明も今ので充分だろう」

「ええ、私も賛成です。特にデメリットは見受けられません。どうですか? 城戸司令」

 

 唐沢はそう言って、城戸に水を向ける。

 

 城戸は普段通りの鉄面皮のまま、そうだな、と頷いた。

 

「いいだろう。旗持ち(フラッグ)ルールに関して、私からも異論はない。採用に関しても問題はないだろう」

 

 だが、と城戸は迅をじろりと睨み付けた。

 

「この第三試験のルール────────ビッグトリオンルールについては、どういうつもりだ? 隊員のトリオンを意図的に強化して戦わせる事に、何のメリットがある?」

 

 そう、問題は旗持ち(フラッグ)ルールの方ではない。

 

 第三試験。

 

 そこでの採用を提案している形式、ビッグトリオンルール。

 

 B級隊員のうち一人を選択し、トリオン評価値14相当の状態で戦闘を行わせる。

 

 このルールを採用する意図が、文面からは掴めなかったのだ。

 

 旗持ち(フラッグ)ルールは、まだ分かる。

 

 特定個人を守る為の訓練であれば、大規模侵攻でも必ず役に立つだろう。

 

 だが。

 

 このビッグトリオンルールは、どういう状況を想定しているかが一切不明だ。

 

 そして。

 

 城戸は、このルールに不穏なものを覚えていた。

 

 通常、トリオンが急激に上昇する事は有り得ない。

 

 けれど。

 

 ただ一つ、例外がある。

 

 それが、黒トリガー。

 

 人間一人の命を代価に生み出される、特殊なトリガー。

 

 この黒トリガーを起動すれば、使用者のトリオンは爆発的に跳ね上がる。

 

 上昇値は黒トリガーによって個人差があるが、迅の風刃に関して言えば評価値換算でおおよそ30。

 

 それだけの、強大な力を得られるのだ。

 

 そして。

 

 この、ビッグトリオンルールは。

 

 大規模侵攻の中で、黒トリガーを手にした時の事を想定しているのではないか。

 

 城戸は、そう勘ぐったのだ。

 

 今度起こるという第二次大規模侵攻で、また誰かが黒トリガーになる。

 

 そんな未来を、視たのではないかと。

 

「多分、城戸さんの懸念は外れているよ。端的に言えば、このビッグトリオンルールは────────黒トリガーと、戦う為の訓練だ」

「……!」

「黒トリガーと、戦う……っ!?」

 

 その言葉に反応したのは、城戸と忍田の二人。

 

 かつての戦争を、命を懸けた戦いを経験した二人だからこそ。

 

 黒トリガーの力を知るからこそ、その言葉には目の色を変えざるを得なかった。

 

「詳細は分からないけれど、隊員のほぼ全員に落とされる未来の可能性が視えた。B級だろうとA級だろうと、それこそ風間さんや太刀川さんであってもだ。そんな事が有り得るとしたら、敵には黒トリガーの使い手がいると見るべきだろうね」

「…………そうか。慶や風間さえ、倒し得る敵か。確かにそれなら、辻褄は合う」

 

 太刀川も風間も、ボーダーの中でも指折りの実力者だ。

 

 通常のトリオン兵相手にやられる事はまず有り得ないし、人型近界民と相対しても早々落とされはしないだろう。

 

 だが、黒トリガーとなれば話は別だ。

 

 黒トリガーの力は、払う代価が命そのものである為か、強大極まりない。

 

 出力そのものが違う他、固有の強力な能力を発揮する。

 

 通常のトリガーとは、規格がそもそも違うのだ。

 

 ブラックボックスだらけの、未知の超兵器。

 

 それが、黒トリガーなのだから。

 

「だから、トリオン強者との戦いに慣れて欲しいんだよ。そうすれば、幾らか落とされる可能性(みらい)は少なくなるからね」

「全ての部隊にトリオン強者を所属させた状態にするのは、効率化の為かい?」

「ええ、流石に二宮さんに全員と戦って貰うのはどうかと思いますからね。こっちの方が手っ取り早いでしょう?」

 

 成る程、と唐沢は頷くが、迅を見る城戸の視線は厳しい。

 

 確かに、嘘ではないのだろう。

 

 黒トリガー相手の予行演習、と考えればそうおかしな話ではない。

 

 だが。

 

 城戸は、迅の意図がそれだけではないと直感していた。

 

 伊達に、旧ボーダー時代からの付き合いではない。

 

 嘘は言っていないが、全てを語ってもいない。

 

 城戸は、迅の態度からそう感じていた。

 

「だが、たとえトリオン強者との戦いを経てもノーマルトリガーと黒トリガーの性能は別物だ。それだけでは、黒トリガーの対策にはならないのではないか?」

 

 しかし、此処でそれを追求するべきではない。

 

 そう悟った城戸は、敢えて迅の話に乗る事にした。

 

 この後彼が何を言うか、予想した上で。

 

「ああ、それもしっかり考えてある。というより、それが二つ目の提案だ」

 

 迅はそんな城戸の配慮を受け取り、笑みを浮かべてこう告げた。

 

「第四試験。そこで、俺が、黒トリガーを────────風刃を使って、試験官を務めさせて欲しいんだ」

「な……っ!?」

「黒トリガーを使って試験、ですと……っ!?」

 

 鬼怒田と根付は、同様に驚愕を露にする。

 

 唐沢も目を見開き、忍田も驚きを露にしている。

 

 ただ一人。

 

 城戸だけは、そんな迅の提案を矢張りか、と無言で受け止めていた。

 

「迅。黒トリガーの性能はボーダーの中でも機密事項にあたる。それは理解しているな?」

「ええ、だからこの第四試験に関しては観客は基本的に無し。関係者以外の立ち入りも当然禁止する。まあ、そのあたりの条件はおいおい詰めさせて貰うよ」

 

 でも、と迅は続ける。

 

「黒トリガーの対策をするなら、実際に黒トリガーを体感して貰うしかない。これは、同意して貰えると思うけどな」

 

 そう、彼の言う通り、黒トリガーの対策をするのであれば実際にそれと戦う他ない。

 

 話で聞いていても、詳細な説明を受けていても、百聞は一見に如かずなのだ。

 

 実際にその力を、脅威を体感しなければ正確な情報は手に入らない。

 

 初見殺しの塊とも言えるのが、黒トリガーだ。

 

 その出力や性質を知ると知らないのとでは、文字通り雲泥の差があるのだから。

 

「迅。だが、良いのか? 風刃は、お前にとって────」

「忍田さん、今はそういう感情論を話す場じゃない。話は後で、幾らでも聞くからさ」

「…………分かった。水を差してすまなかったな」

 

 迅の真摯な眼を見て、忍田は引き下がった。

 

 彼にとって、風刃の、黒トリガーの持つ意味は重い。

 

 それを、こんな形で使っても良いのか。

 

 忍田は、そう言っているのだ。

 

 無論、その気遣いは嬉しい。

 

 だが、この場は迅と上層部の交渉の場だ。

 

 そういった私情は、控えるべき。

 

 忍田も分かってはいただろうが、思わず口に出てしまったようだ。

 

 それだけ、彼もまた無理をし続ける迅を見て来たのだから。

 

「まだ敵の姿が視えていないからどういう相手かまではいまいち分からないけれど、それでもただA級を出すだけでどうにかなる相手でない事だけは確かだ。俺は、可能な限り今度の戦いの被害を減らしたいと思っている」

 

 だから、と迅は続ける。

 

「ここは一つ、俺を信じてくれないかな。責任は、必ず果たすからさ」

 

 己の想いを言葉に乗せて、迅はそう告げた。

 

 既に、理屈は、理由は証明してある。

 

 あとは、それを信じるかどうか。

 

 それに尽きる。

 

 城戸は、迅の眼を見据えた。

 

 その眼に、少しでもこれまでの自己犠牲的な────────言い換えれば捨て鉢な感情が宿っていれば、城戸は彼の提案を蹴っただろう。

 

 けれど。

 

「────────良いだろう。お前の提案を、全面的に受け入れる。忍田本部長、この後詳細を詰める。迅も同席して貰うぞ」

「了解しました」

「ありがとうございます」

 

 その眼にあったのは、希望。

 

 それも、これまでの盲目的なそれではない。

 

 確かな、地に足の付いた展望。

 

 それが、今の迅の瞳に宿っていた。

 

 ならば、信じてみても良いだろう、と城戸は判断した。

 

 何があったかまだ詳細は聞いていないが、迅に先日までの憂いはない。

 

 今の彼は何処か晴れやかで、憑き物が落ちたような顔をしていた。

 

 顔には出さない。

 

 勿論、言葉にも。

 

 だが、それでも。

 

 迅の事を案じていたのは、城戸もまた同じなのだから。

 

「城戸司令がそう言うなら、私としても反対はしませんがねぇ。情報統制は、徹底して下さいよ?」

「フン、あまり迷惑をかけてくれるでないぞ。記憶処置まで使うのは、出来れば控えたいからな」

 

 根付と鬼怒田はそう言って、今後の苦労を考えて頭をかいた。

 

 本部司令である城戸が認めた以上、否はない。

 

 理屈は通っているし、合理的でもあった。

 

 だが、懸念点は山のようにある。

 

 それを今から、対策を練りに行くのだろう。

 

 口は悪いが、二人の専門分野における手腕は確かなのだから。

 

「では、私も此処からは門外漢のようですからね。失礼させて貰いますよ」

 

 唐沢はそう言って席を立ち、迅とすれ違うように歩き、その肩をポン、と叩いた。

 

「何があったかは分かりませんが、頑張って下さいね。一人の大人として、応援していますよ」

「ええ、ありがとうございます。唐沢さん」

 

 いえ、ただのお節介ですよと言って唐沢は部屋を隊室した。

 

 そして、部屋に残ったのは迅と林道、そして城戸と忍田の四人。

 

 旧ボーダーに所属していた四人だけが、この場に残った。

 

「さて、迅。本題に入る前に、話すべき事があるだろう」

「と言うより、こちらが本題かな。根掘り葉掘り聞くつもりはなかったけど、表情が今までとは別物だ。今回の提案もあるし、出来れば君の口から聞かせて欲しい」

 

 城戸と忍田は、そう言って迅の返答を待った。

 

 その二人に対して、迅は頷く。

 

「ええ、お二人には、話しておくべきでしょうね。きっと、その権利はある筈だから」

 

 そして、彼は。

 

 これまでの経緯を、己の想いを、話し始めた。

 

 

 

 

「…………そうか」

 

 城戸は重く、そう告げた。

 

 分かってはいた、つもりだった。

 

 あの日から。

 

 玲奈の死から、迅の時間が止まっていた事は。

 

 だが。

 

 その抱える苦悩は、自罰は、彼の想像をすら超えていた。

 

 忍田もまた、後悔していた。

 

 これだけ、迅が苦しんでいたのに。

 

 何も気付けていなかった────────否。

 

 気付いていながら何も出来なかった、自分自身に。

 

 林道もまた、同じだ。

 

 迅の心の霧は、他ならぬ七海が晴らしてくれた。

 

 自分では、自分達では、駄目だった。

 

 昔を、悲劇を知り過ぎてしまった自分達では、駄目だったのだ。

 

 あの悲惨な過去を知るからこそ、どうしても感情よりも実利を優先してしまう。

 

 そうしなければ、多くの人が死ぬと、実感(りかい)していたから。

 

 だから、必要だったのだ。

 

 ただ、感情だけで迅を諭してくれる者が。

 

 迅が、その言葉を受け入れられる者が。

 

 七海の言葉が、必要だったのだ。

 

 迅が救われた事には、感謝している。

 

 だが。

 

 それはそれとして、自分が何も出来なかったという事実は、消えないのだから。

 

「先ほどはああ言ったが、今のお前の提案であるならば異論はない。お前が必要だと思う情報だけ開示すれば構わん。後はどうにかしてやる」

「ああ、私も協力は惜しまない。困った事があったら、いつでも言って欲しい」

「一応派閥の長同士なんだが、まあ些細な事だわな。俺に関しちゃ、今まで通りだ。好きにやれ。責任(ケツ)は持ってやるからよ」

 

 城戸は、忍田は、林道は。

 

 口々にそう言って、迅に笑いかけた。

 

 城戸だけは笑い方を忘れてしまったのか、ぎこちない笑顔ではあったが。

 

 それでも、あの日から笑う事を忘れてしまった彼が、笑ったのだ。

 

「迅。今はもう、大丈夫か?」

 

 それは、いつかの問い。

 

 あの時は、純粋に迅を案じていた。

 

 このままで、大丈夫なのかと。

 

 しかし、今回は。

 

「────────ああ、大丈夫だよ。未来(おれ)はもう、先へ進めるから」

 

 ただの、その言葉を聞きたかった。

 

 それだけの、問い。

 

 迅の返答を聞き、城戸は満足気に頷いた。

 

 心の氷は、溶けた。

 

 それを待ち望んでいた者達との関係も、また。

 

 今ようやく、旧ボーダー(かれら)の時間は進み始めたのだから。




 『しのだ』

 「車斬り男情熱系」

 昔は色々やんちゃしていたらしいボーダー本部長。

 城戸さんの新車ぶった斬り事件は当然この世界線でも経験済み。

 武勇伝に「森で玲奈と模擬戦をしていたら不審者と間違われ追いかけられた」が加わっている。

 昔馴染みの迅の事は気にかけていたが、本心を話さない彼にどう接すればいいか分からず悶々としていた。

 玲奈とは昔模擬戦でばちばち戦り合っていた戦友。

 その為、彼女の弟の七海の事も非常に気にかけている。

 しかし割とさりげなく裏からちょくちょく贔屓する城戸さんと違い、色々不器用なので表立っての支援は出来ていなかった。

 城戸派、忍田派、玉狛派などと呼ばれているが、実はトップ同士の中はそこまで悪くはない。

 全員が全員玲奈の事もあって迅を気にかけているので、迅悠一を支える同盟を密かに結成している。

 しかし対外的、というか近界民に恨みを持つ多くの隊員の居場所を守る為に派閥があった方が良いのは確かなので実態は秘密。

 
 『りんどう』

 「謎多き眼鏡支部長」

 某漫画の中佐と似ていると評判の眼鏡支部長。

 現役時代はぶいぶい言わせていたらしいが、今では専ら裏方がメイン。

 責任持つから好きにやれ、の方針で迅を自由にさせている。

 自分が何を言っても迅が変わる事はないと察していたので何も言わなかったが、どうにかしてやりたいとは常々思っていた。

 玲奈とも親しく、最上に続いて彼女まで亡くなった事で落ち込んでいたが、自分以上に落ち込んで悪い方向に開き直ってしまった迅を見てこりゃいかんと現役を退き玉狛支部の支部長に収まった。

 今は何も出来ないなら、せめて帰る場所を守る。

 そう、決意して。

 今回の一件が解決し翌朝迅と小南が並んで寝ていたのを知った時はほくほく顔だった。

 なお、昔を知っているので間違いがあったとは欠片も思っていない。

 ようやく昔のようになったなあ、と思っている。

 その後、味を占めた小南がちょくちょく迅の寝室に突撃しているのは内緒。

 なんだかんだ、温もりに飢えていたらしい。
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