痛みを識るもの   作:デスイーター

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Girl growth

「此処で半崎隊員、日浦隊員の狙撃により『緊急脱出』……っ! この試合、初めての脱落は『荒船隊』となりました……っ!」

 

 実況席で三上が半崎の『緊急脱出』を伝え、会場が盛り上がる。

 

 それを見ながら、奈良坂は一人静かにこくり、と頷いていた。

 

「半崎隊員が狙撃ポイントを移動した隙を狙った、的確な狙撃でした。そのあたりどうでしょうか奈良坂さん」

「そうだな。狙撃手の動きとしては満点に近い」

 

 奈良坂は己の弟子の功績を、素直に評価した。

 

 傍目から見れば無表情のままだが、僅かに頬が緩んでいるように見える。

 

「日浦は高台から相手チームを監視し、部隊にその情報を伝えていた。事実、その情報によって那須は『柿崎隊』を上手く躱しながら進む事が出来ている」

「狙撃手の利点だよなー。狙撃銃のスコープで遠距離の相手を視認出来て、ダイレクトに情報を取得出来るのはさ」

 

 うちは狙撃手いないからそういう事出来ないんだよなー、と出水はぼやく。

 

 もっとも、『太刀川隊』には国近というハイスペックオペレーターがいるので、情報戦は割となんとかなってしまうのであるが。

 

「そして、日浦が監視していたのは『柿崎隊』だけではない。『荒船隊』も、その動向を監視していた筈だ」

「ですが、穂刈隊員も半崎隊員もバッグワームを使っていましたし、最初二人がいた場所は日浦隊員の位置からでは視認出来ない距離だった筈ですが……」

「いや、『那須隊』は穂刈と半崎の位置自体は知っていた。あれだけ何度も狙撃すれば、弾道解析で大体の位置は特定出来る」

 

 そう、奈良坂の言う通り、穂刈と半崎は荒船の援護の為に繰り返し狙撃を行っていた。

 

 一度撃ったら狙撃位置を移動するのが狙撃手のセオリーではあるが、七海相手に狙撃の圧力を減らす事はリスクが高い。

 

 元々、単発な狙撃では仕留められない七海の行動を制限するには、絶え間ない狙撃が必要だ。

 

 無論、場所を移動する余裕などある筈もない。

 

 だからこそ半崎が移動を開始した後も、穂刈は狙撃を継続して牽制を続けていたのだから。

 

「『那須隊』は、荒船隊の狙撃手二人の位置は掴んでいた。それに加え、急に片方からの狙撃が途切れたのだから、どちらの隊員が移動を開始したかは察する事が出来る」

「ですが、それだけでは半崎隊員の移動経路を特定する事は出来ないのでは?」

「いや、()()()()()()()()()()()()()()という事さえ分かれば、何処に向かうかは大体分かる」

 

 え、と困惑する三上に対し、奈良坂は続けた。

 

「狙撃手は、一度撃ったら別の狙撃ポイントへ移動するのがセオリーだ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは狙撃手の基本だ」

「あ……っ!」

 

 そこで、三上も気付いた。

 

 彼女のオペレートする部隊には狙撃手はいなかった為すぐに察する事は出来なかったものの、狙撃手が狙撃位置を確保するにあたり、複数の狙撃位置を予め想定しておく事が必須なのだ。

 

 つまり、茜は最初からあの周辺で()()()()()()()()()()は大体頭に叩き込んであった。

 

 要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事になる。

 

「七海と日浦、二人の観測結果を元にオペレーターが情報支援をしていれば、半崎が抑えようとしている狙撃ポイントは大体予測出来る。日浦はただ、そのあたりを付けていたポイントを逐一確認し、そこに半崎が現れた時点で狙撃を敢行しただけだ」

 

 基本的な事以外、何もしていない、と奈良坂は語る。

 

「狙撃手にとっての最善手は、()()()()()()()()事だ。戦場を俯瞰し、チームメイトと連携し、適切なタイミングで狙撃する。これだけだ。俺が日浦に叩き込んだのは、この基本の動きだけだ」

 

 だが、と奈良坂は続ける。

 

「基礎を疎かにする者に、結果は伴わない。逆に、基礎を極めた者は()()()()()()()()()()()()()という点が何よりの武器になる。適切な援護を行い、部隊を屋台骨から支える。それが、狙撃手に求められる役割だ」

 

 そこで一呼吸置き、奈良坂は続ける。

 

()()()()()を持ち、それを狙撃に活かす事を俺は否定しない。だが、そんな()()を持っている者はほんの一握りだ。他の者がそれを真似ても、同じように出来るとは限らない」

 

 だが、と奈良坂は顔を上げた。

 

「基礎を極めた者は、状況次第でそんな才能の持ち主とも十分にやり合える。基礎固めの鍛錬は、決して嘘をつかない」

 

 何処か誇らしげに、奈良坂は続けた。

 

「狙撃手の役割は、チームの援護者(サポーター)だ。チームの一員としての仕事を、こなせるかどうか。それが、狙撃手が最も重視すべき事柄だ」

 

 そこで微かに、本当に微かに笑みを浮かべ、マイクに拾われないように音量を抑えて、告げる。

 

「良い狙撃手に育ったな、日浦」

 

 

 

 

「な……っ!? 半崎が落ちた、だと……っ!?」

 

 七海と対峙していた荒船は、仲間の脱落の報を聞き動揺を露わにする。

 

 半崎は荒船の援護の為、ライトニングが当てられる距離まで移動させていた。

 

 その狙撃位置に着きそうだと加賀美から報告が来た矢先の、『緊急脱出』だ。

 

 荒船からしても、予想外にも程があった。

 

「────」

「く……っ!」

 

 だが、七海はそんな隙を見逃しはしない。

 

 容赦なく右足のスコーピオンで斬り込み、迎撃が遅れた荒船の脇腹を刃が掠める。

 

 致命打ではない。

 

 だが、少なくないトリオンが傷口からは漏れ出していた。

 

「この、野郎……っ!」

 

 荒船は即座に弧月で迎撃するが、それを察知していた七海は即座に離脱。

 

 バックステップで距離を取り、離れた場所に着地した。

 

「ったく、俺もヤキが回ったな。テメェ、最初から半崎を釣り出して狙撃で仕留める事が目的だったな」

「さて、どうでしょうね」

「言うじゃねえかこの野郎」

 

 荒船は目の前の食えない後輩を睨みつけ、己の失策を悟る。

 

 半崎は、たまたま茜の射程に入って仕留められたのではない。

 

 七海の誘導によって()()()()()()()()()()()()待ち構えていた茜に狙撃されたのである。

 

「俺の一騎打ちに乗ったのも、わざとだな? 俺の戦意を煽って半崎が『ライトニング』で援護できる場所に移動するよう仕向けたんだろうが」

 

 本当に性格の悪い奴だなオイと、荒船は愚痴を漏らす。

 

 だが、それは決して七海を非難しているワケではない。

 

 七海の策に嵌り、まんまと仲間を死地に向かわせてしまったのは他ならぬ荒船の判断だ。

 

 自分の失策を反省し、自分の行動を誘導した七海を称賛する事はあれど、卑怯などと罵る事は以ての外。

 

 そもそも、ルール違反を犯しているワケではないのだから嵌められた方が悪いのだ。

 

 荒船はその辺りの判断を、間違えるような愚物ではない。

 

 単純に、弟子の想像以上の成長とそれにやられた己の未熟を恥じるのみだ。

 

「大したモンだよ、テメェは。あの時のひよっ子が、随分大きくなったもんだ」

 

 だがな、と荒船は不敵な笑みを浮かべる。

 

「────それで勝ちまで、譲ってやるつもりはねえ。不利になったのは確かだが、それでもまだ負けちゃいねえ。勝負はこっからだぞ、七海」

 

 

 

 

「荒船隊長、再び七海隊員に『旋空弧月』で斬りかかる……っ! しかし狙撃手が一人減った事で、荒船隊長の不利は否めないか……っ!?」

 

 画面の中で旋空弧月を用いて七海に斬りかかる荒船の姿と、それを危なげなく回避する七海の姿が映り込む。

 

 そこに穂刈の援護狙撃が入るが、一方向からの狙撃だけでは七海を崩す事は難しい。

 

 七海の動きには、先程よりも余裕が見えて来ていた。

 

「狙撃手が二人から一人に減ったのは、『荒船隊』にとっては致命的だ。狙撃の圧力も、単独となると七海相手ではそう大きな効果は望めない。『柿崎隊』の乱入があれば状況が変わる可能性はあるが、恐らくそれは望めないだろう」

「ふむ、先程のお話では日浦隊員が『柿崎隊』をマークしているとの事でしたが、そのマークは半崎隊員を狙撃する為に一旦外れたのではないのですか?」

 

 三上の疑問は、最もだ。

 

 確かに茜は『柿崎隊』の動向を監視していたが、半崎を仕留める為に複数の狙撃ポイントをチェックしなければならなかった関係上、一旦は『柿崎隊』からマークを外さざる負えなかった筈だ。

 

 つまりそれは『柿崎隊』を見失った可能性を意味しており、『柿崎隊』の乱入を否定出来る要素はない筈なのである。

 

「いや、それは違う。確かに日浦は『柿崎隊』からマークを外したが、それは『柿崎隊』を見失った事を意味しない」

 

 何故なら、と奈良坂は続ける。

 

「日浦は、別の者にそのマークを()()()()()からだ。この場で最もそれに相応しい、あいつにな」

 

 

 

 

「…………おいおい、こりゃ予想外だぜ」

 

 半崎『緊急離脱』の報を聞き、急ぎ主戦場へ向かっていた柿崎は目を見開き瞠目していた。

 

 それは何故か。

 

 彼等の周りを見れば、それは嫌でも分かる。

 

 柿崎達の周囲に刻まれた、()()()()()

 

 それを為した者は、柿崎の視線の先にいた。

 

「此処でお前が突っかかって来るとはな、那須」

「────」

 

 柿崎が見上げる、家屋の屋上。

 

 その淵に立つ那須が、戦意を漲らせた瞳で彼等を睥睨していた。

 

 

 

 

「此処で那須隊長と『柿崎隊』がエンカウント……っ! これまで戦闘を避けて来た那須隊長が、此処で『柿崎隊』に仕掛けた……っ!」

 

 三上は画面内で対峙する那須と『柿崎隊』を機器の操作によりズームアップし、その状況を伝えた。

 

 これまで放置に近い扱いをされていた『柿崎隊』にスポットが当たり、会場も盛り上がりを見せている。

 

「成る程、茜ちゃんは那須さんに『柿崎隊』を任せたワケか。しかも此処でつっかかったって事は、この場で足止めするハラか?」

「十中八九そうだろう。今、七海と荒船の戦いに『柿崎隊』が加わるのは『那須隊』としては避けたい所だからな」

「しかし、七海隊員にとって乱戦は得意とする所では? 事実、ROUND1では三つ巴の乱戦を完全にコントロールしていましたが……」

 

 確かに、ROUND1で七海は『諏訪隊』と『鈴鳴第一』相手に乱戦で見事な立ち回りを演じ、その戦況を完全に支配してみせた。

 

 あの映像を見た限りでは、七海が乱戦を厭う理由はない。

 

 三上は、その疑問を提示しているのだ。

 

「あの時とは、状況が違う。七海は今、片方のトリガースロットをスコーピオンによる右足の補填に割いている」

 

 つまり、と奈良坂は続けた。

 

「迂闊に他のトリガーを使うワケにはいかない以上、ROUND1の時のようなグラスホッパーやメテオラを乱打しての立ち回りは望めない。加えて、今七海が戦っている場所は狭い屋上だ。三人全員が銃手トリガーを持っている『柿崎隊』に乱入されれば、動きが制限されるのは必至だろう」

 

 確かに、奈良坂の言う通り七海がROUND1で乱戦を完全にコントロール出来たのは、グラスホッパーやメテオラの的確な運用にある。

 

 片方のトリガースロットが常に埋まっている現状、迂闊に他のトリガーを使えばいざという時の防御が行えない。

 

 『乱反射(ピンボール)』のような真似も、当然出来ない。

 

 故に、『柿崎隊』の乱入を防ぐ為に那須が立ちはだかったのだ。

 

「恐らく、那須は七海が荒船を仕留めるまで『柿崎隊』を足止めするつもりだ。那須の機動力と弾幕ならそれが出来るし、今彼等がいるのは障害物だらけの都市部であり、穂刈の狙撃も届かない位置にいる」

 

 それに、と奈良坂は続けた。

 

「攪乱に専念した那須は、強いぞ」

 

 

 

 

「────」

 

 那須は自身の周囲に、分割したトリオンキューブを展開。

 

 彼女を中心に旋回するトリオンキューブを従えたまま、那須は屋上から飛び降りる。

 

「来るぞ……っ!」

 

 柿崎の叫びと同時、那須の周囲に浮遊していたトリオンキューブが射出。

 

 複雑怪奇な軌道を描き、四方八方から『柿崎隊』へと襲い掛かる。

 

「「シールド!」」

 

 それに対し、虎太郎と照屋が連携して固定シールドを展開。

 

 バイパーの包囲攻撃を、二重の球形シールドで防ぎ切った。

 

「喰らえ……っ!」

 

 そこですかさず、柿崎がアサルトライフルからアステロイドを射出。

 

 空中に身を躍らせた那須に向け、銃撃を放つ。

 

「────」

 

 だが、那須はビルの壁を蹴り、即座に跳躍。

 

 壁や街灯を足場にした、三次元機動を展開。

 

 瞬く間に柿崎の射程外へ跳び上がり、再び自身の周囲に分割したトリオンキューブを展開。

 

 再び、バイパーの全方位攻撃を放つ。

 

「「シールド……っ!」」

 

 それを察知していた虎太郎と照屋が、再び『固定シールド』を展開。

 

 全方位攻撃を防ぎ切り、再び那須に視線を向ける。

 

「────」

 

 那須はビルの屋上から屋上へ跳び移りながら、バイパーを発射。

 

 無数の光弾が降り注ぎ、『柿崎隊』は再び固定シールドでの防御を余儀なくされる。

 

 狙いを定めようにも、那須は常に三次元機動での移動を繰り返し、決して一ヵ所に留まらない。

 

 こちらを無理に攻める気がない為、攻めに転じた隙を狙う事も出来ない。

 

 戦況は、那須が意図した通りの膠着状態に陥っていた。

 

 

 

 

「なんと、那須隊長、三次元機動とバイパーによる包囲攻撃で『柿崎隊』を寄せ付けない……っ! 『柿崎隊』、翻弄されて身動き取れず……っ!」

「障害物を盾にして、機動戦で翻弄する。那須さんの得意な立ち回りだな」

 

 出水の言う通り、障害物を利用した機動戦は、これまで那須が見せて来た得意戦法である。

 

 故にこれまで通りの動きと言えるのだが、その精度が段違いに上がっていた。

 

「今の那須は、単独で『柿崎隊』を落とすつもりがない。()()()()()()と考えているからこそ、攪乱に専念している。あれでは、落とす隙はまず見つからない」

 

 確かに今の那須の動きは、ROUND1で見せた七海の動きに近い。

 

 自分で点を取る気がなく、ただ相手のペースを乱して翻弄する事に専念している。

 

 無理をする気がない以上、隙など晒しようがないのだ。

 

「前期までの那須は、隊のポイントゲッターが自分しかいない以上火力不足を承知で無理にでも攻撃に出る必要があった。だからこそ、B級中位の中で燻らざるをえなかったと言える」

 

 だが、と奈良坂は続ける。

 

「今の『那須隊』には、七海が加わった事で那須が無理に点を取る必要がなくなった。部隊で連携する事で、相手の隙を作り次第チームメイトが得点すれば良い。つまり、那須の負担が減った事でこれまでにない動きの()()()が出て来たんだ」

 

 前期までの那須は、自分が点を取らなければならない以上、無理な動きをして落とされる事が多かった。

 

 隊で前衛を務められるのが熊谷しかいなかった事もあり、熊谷が落とされるとそのまま押し込まれる事も多かった。

 

 だが、今の那須は違う。

 

 七海の加入によって自身が無理な動きをする必要がなくなり、これまで点を取る為に割いていたリソースを、他の部分に注ぎ込めるようになった。

 

 それにより、機動力や援護能力、攻撃能力に至るまでが格段に上昇している。

 

 名実共にチームの()()として、理想的な動きが出来るようになったのだ。

 

「『柿崎隊』は、『那須隊』に準備時間を与え過ぎた。既に、盤面は終わりに近づいている」

 

 奈良坂は淡々と事実だけをそう述べ、画面に映る光景を見据えた。

 

「戦場の支配権は、既に『那須隊』に移りつつある。いや、既にそうなっていると言っても過言ではないだろう」

 

 そして奈良坂はそれぞれの映像を見て、告げる。

 

「此処からが、正念場だ。これからの動きが、各部隊の真価を問う事となるだろう。そろそろ、()()ぞ」

 

 仕掛け、対応し、翻弄される。

 

 各々の部隊の選択が、勝負を決める。

 

 試合は、佳境へ入っていた。

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