それからのルール決めは、スムーズに進んだ。
明確な目的意識を持ってアイディアを出す迅と、組織人の観点から改善点を指摘する忍田。
不測の事態を想定した保険を用意する林道に、それら全てを総括して纏め上げた城戸。
勝手知ったる仲である四人が揃えば、多少の決め事などすぐ終わる。
こればかりは、付き合いの年月が違う。
結果として、迅の提案はほぼ全面的に通る事になった。
忍田が追加したのは審査員となるA級隊員の審査基準の要綱、そして求めるべき役割の明確化である。
試験の形式を取る以上、そこはきっちりと決めなければならない。
流石にそういった運営側の視点は忍田に一日の長があり、特に問題も見当たらなかったので迅としても異論はなかった。
林道はリスクマネジメント能力が高く、想定可能なトラブルを列挙してそれに対する腹案を話し、城戸がそれを纏め上げた。
組織人としての能力が最も高いのは、言うまでもなくこれまでボーダーという組織を統括して来た城戸である。
目的が最優先となり他がおざなりになりがちな迅と、時として感情を優先してしまう忍田と林道では、城戸ほどスムーズに意見を纏める事は出来なかったであろう。
無論、これは四人が良好な関係を築いているという前提の下で成立する作業スピードではあるが。
ともあれ、これで準備は整った。
後は予定通りROUND4の終了時に告知し、実施まで準備を進めるのみ。
ふと、迅は七海達の事に想いを馳せる。
ラウンド4の那須隊の相手は、香取隊と王子隊。
どちらもそれぞれ香取のピーキーさとエース不在という難点はあるものの、B級上位としての実力をきちんと持った部隊だ。
以前のままの那須隊では、負けてしまう可能性も充分に有り得ただろう。
だが。
今の那須隊は、今までとは違う。
きっとそれは、すぐに見せてくれる事だろう。
次の試合、迅は解説役を引き受けている。
小南のようなあからさまな応援はしないが、今回ばかりはどうしても那須隊の復帰戦を見ておきたかった。
ちゃんと、七海が立ち上がれた事を目にする為に。
迅は、ランク戦のブースへと向かっていった。
────────ROUND4。
圧勝。
そう言って差し支えない、結果となった。
弱みの消えた那須隊は、その弱点を計算に入れて作戦を立てた王子隊を圧倒し、香取隊を巧く動かして両部隊を蹂躙した。
今の那須隊は、これまでとは違う。
その事をしっかりと皆の眼に焼き付けた、素晴らしい復帰戦と言えた。
負けた二部隊はご愁傷様だが、ランク戦は負けて学ぶ事も意義の一つ。
きっと、この敗北を糧に更なる戦力の向上に努めてくれるだろう。
特に、迅の視た香取の未来の変わり具合は著しい。
これまでの予知では、香取は件の第二次大規模侵攻においてさしたる役割を持てなかった。
重要な局面には何一つ貢献出来ず、落とされる。
そういう、未来だった。
だが。
このROUND4が終わった瞬間、ほんの僅かではあるが香取の未来に変化が生じた。
大規模侵攻で、重要な局面を動かす未来が。
今の時点では、細い道筋に過ぎない。
けれど、その可能性が生じたのは確かなのだ。
未来は今も、少しずつ、最善へと近付いている。
香取の変化もまた、その一つ。
迅は変わる未来に想いを馳せながら、件の合同戦闘訓練に関する告知を開始した。
────────ROUND5。
今度ばかりは、本当に驚いた。
東を。
あの始まりの狙撃手たる東を、那須隊が緊急脱出させた。
確かに、僅かにそういう可能性は視えていた。
しかし、それは本当に小さな道筋だった筈なのだ。
今まで、単独の部隊だけで東を落とせた部隊はいなかった。
複数の部隊が総力を以て追い込み、ようやく落とせる芽が微かに視える。
東は、そういう性質を持った駒だというのに。
それを捨て身の作戦とはいえ、単独の部隊で成し遂げたのだから大したものだ。
偉業。
そう言っても、差し支えないだろう。
迅でさえ難しい事を、七海達は成し遂げた。
それが。
七海たちの成長が。
本当に、嬉しかった。
────────ROUND6。
今回は、香取隊の成長が著しかった。
ワイヤートリガー、スパイダーを用いた那須隊へのメタ戦術。
この僅かな期間で、香取隊は部隊としての動きを確立させた。
それは、香取の類稀なるセンスと三浦のサポート力の高さに所以するものだ。
唯一パッとしなかった若村も、最後に自分の仕事を出来たのだから大したものだ。
しかし、覚悟を決め直したからと言って結果が付いてくるとは限らない。
香取隊は善戦したが、結果は敗北。
二度目の苦い敗北を、味遭う事になった。
だが。
今回の試合を経て、香取が大規模侵攻で貢献する未来がより強まった。
矢張り、逸材と言って差し支えないだろう。
生駒隊のような安定感はないが、代わりに他に類を見ない爆発力を持っている。
今後の台風の目に成り得る可能性も、充分に秘めた少女である。
そして。
生駒に関しても、気になる未来が視えた。
後で個人的に話をしよう、と迅は思い立った。
他人を頼る事は、悪い事ではない。
それを今は、分かっているのだから。
────────ROUND7。
今回は、地形戦を仕掛けた王子隊とそれを迎え撃った弓場隊、そしてそれらを相手に盤面を動かした那須隊、といった形になった。
弓場の荒野仁王立ちを視た時には変な声が出たものだが、それはそれ。
那須隊は随所で的確な判断を行い、決してペースを譲らなかった。
特に、熊谷の活躍は大きい。
那須隊の中で最も狙われやすい駒であるという立場でありながら、敢えてそれを利用した立ち回りは大したものだ。
彼女自身はそこまで派手に活躍するタイプの駒ではないが、こういった縁の下の力持ちタイプはいるといないのとでは大きな差がある。
きっと、今後も那須隊を屋台骨から支えてくれる事だろう。
────────ROUND8。
最終ラウンドは、激戦だった。
対戦組み合わせは那須隊/影浦隊/二宮隊/生駒隊。
どの部隊も強力なエースを擁し、高い地力を備えている。
だからこそ、要所要所のエースの活躍が戦局を左右した。
七海と二宮は派手な戦闘を継続し、台風の目であり続けた。
生駒は隠密からの生駒旋空で、随所に奇襲を差し込んだ。
影浦は戦術行動を取る事を覚え、より効率的にその暴威を押し付けて行った。
見どころはたくさんあった最終ラウンドだが、何より七海があの二宮を倒した事は驚いた。
正確にはトドメを刺したのは茜であるが、あの作戦は誰が欠けても成功しなかっただろう。
敵味方問わず全てを計算に入れ、最終的に二宮に届かせた一発の弾丸。
あの一射は、何より重い。
あれに繋げられたのは、ラウンド5で東を、格上を倒す予行演習を済ませていた事が大きい。
今までの積み重ねが、結実した。
そんな、一撃だった。
七海と影浦の一騎打ちに関しては、語る事すら無粋だろう。
お互いが全力を出し切り、その上で七海が影浦を超えた。
あの戦いを説明する言葉は、それだけで充分なのだから。
そして。
遂に、最終ラウンドが終了した。
結果、七海達那須隊は二宮隊を抑えB級一位の地位に就いた。
此処まで長かった、と思うのは迅の感傷だろうか。
今回のA級昇格試験はB級上位チーム全員にその受験資格があるが、当然この最終順位が高ければ高い程有利である。
よく頑張った、と労いたいのは山々だが、今回は先約がある。
流石に、弟子の頑張りを褒める師匠の横から入るような真似はしない。
お疲れ様。
迅は後でお祝いだな、と考えながら今後の準備に入って行った。
────────A級昇格試験、第一試合。
遂に始まった、今回限りのA級昇格試験。
AB合同の、戦闘訓練。
この試合もまた、香取隊の成長が著しかった。
香取隊は自分たちの指揮能力不足に気付き、減点を覚悟で組んだ冬島隊に指揮を丸投げした。
その思い切りの良さは、明確な武器となる。
後に冬島が絶賛しており、負けはしたが高い内申点を点けていた。
それだけ、彼女の覚悟と機転に感じ入ったのだろう。
この試合を経て、香取が大規模侵攻で何らかの貢献をするのは確定事項となった。
どういった形になるかはまだ不明なところが多いが、どちらにせよ良い方向に未来が動いた事に違いはない。
彼女の成長に、称賛を。
香取の未来を視た迅は、思わずそう念じていた。
────────A級昇格試験、第二試合。
実装された特別規定、
その目的は、充分果たされたと言えるだろう。
王子の使い方も、七海の使い方も。
奇しくも、双方が迅の望んだ通りの動きをしてくれた。
特定の駒を守り、秘匿もしくは陽動とする。
その経験は、今此処で積めたのだから。
王子にとっては悔しい結果となったが、今回の試合で彼等の未来にも変化が生じた。
香取のような、劇的な変化ではない。
だが。
第二次大規模侵攻。
そこで、彼等がただで落とされる事はなくなった。
派手な活躍はしないだろう。
日の目を見る事もないかもしれない。
けれど。
その道筋は、未来をより良い方向に進ませる一歩に違いないのだから。
────────A級昇格試験、第三試合。
ビッグトリオンルールを採用した、第三試験。
そこでは、死力を尽くした戦いが随所で展開されていた。
相打ちが多発し、一進一退の攻防を続ける四つの部隊。
三つの試験の中でも、かなりの激戦であった事に間違いはない。
そして。
このルールを採用した目的も、きちんと果たされていた。
少なくとも、迅が目論んだ未来の景色は、視えたのだから。
(ようやく、此処まで来た。
迅は城戸がスクリーンに映った隙を見計らい、試合会場へ足を踏み入れた。
何も言わずに中央に向かう迅に、会場にいた柿崎は怪訝な顔をした。
同じように迅に気付いた三輪は、目を細めた。
最初から知っていた太刀川は、笑みを浮かべた。
城戸が、説明を始める。
皆はそれに聞き入り、迅に気付いていたのは彼と関係の深い数人のみ。
舞台は、整っていた。
この舞台は、迅が一人で築き上げたものではない。
七海に諭され、城戸に頼り、その結果として結実したものだ。
これまで止まっていた彼の時間は、既に進み始めている。
玲奈の死を受け入れ、しかし忘れず。
本当の意味でその遺志を背負い、歩む。
それが、出来るようになったのだから。
七海には、感謝した。
彼の言葉があったから、迅は現実を見据える事が出来た。
あの言葉がなければ、きっと迅の時間は停まったままであっただろう。
玲奈に彼の事を頼まれたのに、迅はこれまで七海の事を碌に見ようとして来なかった。
だから、これからはきちんと彼を見よう。
玲奈の弟ではなく、七海玲一として。
彼を、支える為に。
太刀川は、礼を言いたかった。
敢えてこちらの事情に踏み込み、彼を慮るのではなく現実を見せつける事で迅の行動を促した。
彼のお陰で、迅は七海や小南と歩み寄る切っ掛けを作れたのだから。
以前風刃の所持者となる前は、彼とのランク戦だけが迅の息抜きだった。
あの思い出があったから、自分は此処まで生きて来れた。
その意味でも、感謝しかない。
彼は、得難いライバルなのだから。
小南には、申し訳なかった。
これまで、自分は彼女の想いを蔑ろにし続けた。
自分を案じる彼女を避け続け、その言葉を受け入れなかった。
七海の言葉を聞き届け、ようやく迅は彼女にどれだけの不義理をしていたのかを自覚した。
小南に言われるまでもなく、どれだけ彼女に心配をかけたか知れない。
かつての、戦友を。
大事な、仲間を。
蔑ろにし続けた罪は、重い。
けれど、その罪を背負う事を小南は望まないだろう。
だから。
これからは、彼女の言う通り。
きちんと、小南と向き合ってみる事にした。
それがきっと。
この恩知らずで最低な自分に出来る。
小南への、一番の恩返しだろうから。
そして、玲奈に誓う。
君の、望みを。
最善の未来を。
誰かを送り届けるのではなく。
共に、築き上げて行く事を。
(だから、俺は障害になろう。試練になろう。この試験、最後の壁が俺だ)
迅は自分の存在をアピールするように歩み出て、口を開いた。
その言葉を聞き、会場中の者が、そして。
これを通信越しに聞いている七海達が、息を呑んだのを視た。
(来い、七海。今度は、俺が────────いや)
迅は腰のトリガーを、風刃を手にする。
師の命を替えた、黒い棺。
それを、高々と掲げて、起動させた。
共に戦う。
その意思を、示す為に。
(────────俺と、最上さんが。相手だ)
誓いは此処に。
迅悠一は、一人の男として。