「では、これより最終試験について再度の説明を行う。疑問があれば随時質問を受け付けるので、遠慮なく言って欲しい」
11月30日、朝8:00。
昇格試験の参加部隊の面々は、本部内の大講堂で忍田からの
広い講堂の中、最前列右側に小夜子を除いた那須隊の面々が着席し、左側に二宮隊が並ぶ。
次列に影浦隊、弓場隊。
その次に生駒隊、香取隊。
最後に王子隊、といった風に現時点でのポイント順に席が振り分けられていた。
試験開始は9:00からだが、規定により試験前に説明が入る。
内容に関しての説明は既に受けているが、形式というものはこういった場では重要なのだ。
それに、この場は何か疑問があればそれを問う最後の機会と言える。
全員が参加を義務付けられているが、決して無意味な時間というワケではないのだ。
現に、参加者はその全員が真摯に説明を聞いている。
この場の重要性は、皆理解しているのだから。
「今回の試験は、迅が試験官となって君達受験者の相手をする。ルールに関しては基本的には通常のランク戦に準ずるが、幾つか異なる点もあるので注意して欲しい」
まず、と前置きして忍田は続ける。
「この試験では、30分という試験時間を設け、終了時刻まで緊急脱出せずに生存した隊員の人数分、ポイントが加算される。そして迅を緊急脱出させた場合は、更に4点が加わる。この四点は生存点も込みの点数である為、更に生存点が加算されたりはしないから注意してくれ」
「生存点も込み、って事は最後の一人が相打ちになった場合はどうなりますか?」
「その場合は、迅を倒した分のポイントである四点のみが加算される。生き残りがいなかったからといってこの四点を減点する事はないから、安心して欲しい」
神田の疑問に、忍田は淀みなくそう答えた。
つまり、四人チームの場合であれば最大得点数は全員生存の四点+迅を倒した時のポイントの四点で合計8ポイント。
最後の一人が迅と相打ちになった場合はその得点である4ポイントのみが加わる、という事だ。
四点は生存点も込み、という事だがそれはあくまで追加で生存点は入らない、と言い換えても良い。
むしろ、実質的な生存点は試験終了時の生き残りの人数で加算されるポイントの方であると言える。
「そして、MAP選択に関しては昨夜通達した通り変更点がある。当初はこれまでの試験と同様ランダム選択の予定だったが、迅本人よりそれではフェアではないと申し入れがあり、協議の結果選択権を受験者側に与える事に決定した。急な変更で申し訳ないが、了承して欲しい」
この変更は、ある意味妥当ではある。
何せ、ランダム選択では未来を視る事が出来る迅だけが一方的に選ばれるMAPを知る事が出来てしまうのだ。
未来視を持つ迅を相手にする事が今回の試験の意義の一つではあるが、これではあまりにも受験者側に不利である為、MAP選択権を試験を受けるチーム側に選択させる事とした。
というのが、表向きの理由である。
そんな事は、試験内容を決めた段階で想定して然るべきだ。
少なくとも、林道や迅本人が気付かない筈はない。
それでもこのタイミングで通知したという事は、恐らく咄嗟の地形選択の判断を見たいという事だろう。
実戦では、地形の有利を活かせるかどうかはかなり大きい。
得意な地形に誘い込み、戦術で封殺する。
それもまた、一つの戦略である。
だが、実際の戦闘では地形を選べる事はさほど多くはない。
突発的に戦闘が開始され、その場で戦う事も多い為だ。
しかし、それでも戦闘を
今回の試験では短い時間の中で、どれだけ自分達に有利な地形を選べるか。
それも、テストされているのだろう。
ランク戦にもそういう意義はあるが、その場合選べるのはポイントが一番下の部隊のみ。
B級上位の面々はその順位から地形を選ぶ機会はさほど多くはない為、そこを見たいという思惑もあるのだろう。
もしくは、この期間の間に迅が何かを
試験内容から考えて、この最終試験は迅の意向が大いに絡んでいる。
自分の都合を捻じ込むだけの便宜も、当然のように図られているように思う。
小南に観戦権利を与えているのも、一つの例だ。
本来ならば彼女はこの試験に関係の無い部外者の筈だが、それはあくまで形式上の話だ。
この試験には風刃が、迅の黒トリガーが用いられている。
その意味を知る彼女が観戦を望むのは、ある意味当然と言えた。
小南の場合、風刃の性能は既知である為隠す意味も薄いという判断もあるのだろう。
ちなみに、七海は小南当人から「見に行くから頑張りなさいよ」と発破をかけられている。
その時に「迅に頼んで観戦権利貰ったから」と言っていたので、この推測もあながち間違ってはいない筈だ。
「では、次の説明に移る。事前通達の通り、君達にはそれぞれ二試合まで、他の試験を観戦する権利が与えられる。これについて、質問はあるかね?」
「一つ、よろしいですか?」
そう言って手を挙げたのは、王子だ。
忍田が「構わない」と承諾の返事を告げると、王子は礼を言って質問を投げかけた。
「僕たちのチームは一番最初に試験に臨む事になりますが、自分の試験の後の試合を観戦する事は可能でしょうか?」
「観戦権利に関しては、どの試験であろうと二試合までなら許可する。特に制限は設けない。これでいいかな?」
「ありがとうございます」
王子は納得し、席に着いた。
つまり、一番最初に試験を受ける王子隊と、次に試験を受ける生駒隊は、その権利を自分の試験の後に使う事も出来るというワケだ。
無論自分の試験の参考には出来ないが、今後の事を思えば風刃相手の戦闘を見ておく事は必ずプラスになる。
特に、大規模侵攻では黒トリガーの相手まで想定されているのだ。
黒トリガーの戦いを少しでも多く目にしようと思っても、なんら不自然ではないのだから。
実戦を見る事での気付き、というのは確かにある。
第三者の視点からしか分からないものも、存在はするのだから。
「では、観戦する試合について今此処で告げて欲しい。少し時間が欲しいという部隊はあるかな?」
忍田の問いかけに、手を挙げる部隊はいない。
どの試験を観戦するか、それに関しては各々で既に決めてあるのだろう。
むしろ、この段階まで決めていないようであれば話にならない。
どの試合を観戦するかは、試験の結果に大きく影響する。
事前情報の重要さは、この試験ではかなり大きいのだから。
「良いだろう。では、王子隊からだ。どのMAPを選ぶか言ってくれ」
「僕らは、那須隊と────────香取隊の試合を、観戦します」
「うげ」
王子の言葉に眉を顰めたのは、他ならぬ香取だ。
如何にも鬱陶しいといった感情を隠さず、香取は王子を睨み付ける。
「なんでアンタがアタシたちの試合を見ようとすんのよ」
「これでも共に特訓に励んだ仲じゃないか、カトリーヌ。切磋琢磨した同志の試合を見たいと思うのは、当然の事だと思うよ」
勝手に仲間意識持つんじゃないわよ、と香取は悪態をつくがそれ以上は何も言わない。
香取としては王子は生理的に受け付けない相手ではあるが、それでも今回の件に関しては彼は自分の権利を使用しただけだ。
流石の香取も、此処でこれ以上文句を言うほど考えなしではないらしい。
尚、彼女が王子を嫌う理由は「特に親しくもないのにいきなり変なあだ名で呼んで来るとかマジ有り得ない。あと笑顔が胡散臭い」とのこと。
まあ、王子は癖の強い人物なので好き嫌いが分かれるのは当然と言えば当然であるが。
「王子隊は香取隊と那須隊の試合か、了解した。では次、生駒隊はどうかな」
「俺らは王子隊と、那須隊や」
「了解した」
生駒隊は唯一自分の前に試合を行う王子隊と、それに加えて那須隊。
自分の隊の名前が挙がった事で生駒に目を向けた七海だが、ばっちり彼と目が合った。
ついでにサムズアップもされた。
別にこれは、不思議でもなんでもない。
いつ如何なる時も
それが、生駒達人なのだから。
「では次に移る。香取隊はどうする?」
「当然、生駒隊と王子隊よ。それしか選択肢ないしね」
「おや、君だって僕らの事が気になるみたいじゃないか。カトリーヌ」
「うっさい。他に選択肢ないんだっての」
香取隊が選んだのは、当然の如く自分の隊より早く試験を行う二部隊。
彼女の言うように、事実上他に選択肢はないだろう。
王子の絡みを鼻で笑い、香取は席についた。
「いいだろう。では、弓場隊」
「生駒隊と、王子隊です」
「了解した」
弓場隊は、生駒隊と王子隊の二部隊。
それぞれ、友人の生駒と元チームメイトの王子・蔵内が所属する部隊の試験である。
無論それだけが理由ではないだろうが、どうせ見るのであれば良く知っている相手の戦いを観戦した方が効率的。
恐らく、そういった判断だろう。
「では、影浦隊。どの試合を観戦する?」
「香取隊と────────那須隊だ」
影浦の言葉に、会場がざわついた。
香取隊は、まだ分かる。
彼等の他にメインでスコーピオンを使う隊員がいるのは、王子隊・香取隊・那須隊の三部隊。
王子もスコーピオンは使うが、練度で言えば香取の方が高い。
もしかすると、七海を通じて香取がマンティスを習得した事を聞いていたから、という可能性もある。
そういう意味で、香取隊を選ぶのはなんら不思議ではない。
だが。
那須隊は、影浦隊の後で試合を行うチームだ。
無論、観戦したとしてもその情報を自分の試合にフィードバックする事は出来ない。
この試験に関してのみ言えば、影浦隊の選択は自身の勝率を下げるに等しいものと言える。
「まさか、駄目とは言わねぇよな? さっき聞いたルールの通りじゃ、問題はねぇ筈だぜ」
「いや、ルール的には問題ない。君たちが良いと言うのであれば、それで構わない」
「ああ、当然このままでいいぜ。変えるつもりはねぇ」
了解した、と忍田は影浦の選択を受け入れた。
そんなやり取りをした影浦を、七海は何処かむず痒い表情で見ていた。
この試験の前日、影浦は言ったのだ。
「見に行くから頑張れよ」と。
つまり影浦は、師として七海の試合を見る為に躊躇なく観戦権利の一枠を使用したのだ。
そして当然、これは影浦隊全員が賛成している。
北添や光は言うまでもなく人情優先であり、ユズルも茜の試合が気になっていた事は隊の全員が知っている。
七海の事が気になるのは隊全員の総意なので、否など出よう筈もない。
その事を思い出し、ほっこりとする七海であった。
「では、二宮隊」
「影浦隊と、弓場隊だ」
「了解した」
二宮隊は当然の如く、ポイント順に二部隊。
どちらの部隊も、隊員の平均練度が高い。
部隊としても纏まりがあり、B級上位に相応しい実力のチームである。
二宮隊らしい、実直な選択と言えるだろう。
そしてようやく、那須隊の番がやって来る。
「では最後に、那須隊。どの試合を観戦するか、聞かせてくれ」
「影浦隊と────────香取隊です」
「え……?」
困惑の声をあげたのは、香取だ。
それはそうだろう。
那須隊と香取隊の関わりは、そう深いとは言えない。
香取側が一方的に敵愾心を抱いてはいるが、仲の良い隊員もいない。
なのに何故、と思うのは当然と言えるだろう。
しかし、それは些か香取の自己評価が低いと言わざるを得ない。
以前の香取隊と、今の香取隊は別物だ。
ラウンド4とROUND6の敗戦を経て、香取隊は確かに成長した。
それも、信じられないくらいのスピードで。
それまで燻ぶり続けていたのが嘘のように、香取隊は急激に成長している。
想いの強さは勝負の結果には関係ない。
たとえ敗戦によって心機一転したとしても、いきなり強くなったりはしない。
だが。
香取隊は、それまでの負債を跳ね除けるかのような勢いで成長を続けている。
変わったのは、心構え一つ。
されど。
その一つが、香取を変えた。
燻ぶらせ続けていた才能を、開花させた。
見様見真似でマンティスを習得したというのも、香取の天才性が成せる業だ。
その成長性を、才覚を、七海は正当に評価していた。
それは、那須も同様だ。
彼女は今回の試験と個人戦、その両方で香取にしてやられている。
個人的な感情はともかく、その才能に関しては認めざるを得ない。
他に類を見ないレベルの、天賦の才がある事を。
故に、彼女たちが迅相手にどう戦うかは、必ず有益な情報となる。
だからこそ、七海が推した香取隊という選択肢を那須は受け入れた。
それが、最善の選択であると信じて。
「了解した。以上で、試験前のオリエンテーションを終了する。各部隊は自隊の試験、及び観戦する試験の開始10分前には会場に入ってくれ。各々、健闘を祈る」
忍田はそう告げ、説明を締め括った。
遂に、始まる。
S級隊員、迅悠一。
風刃との。
黒トリガーとの戦いが、開始される。
アンケート内容:七海が書いたら
一緒に行きたい相手
・影浦雅人
理由:一緒に戦いたいから
・村上鋼
理由:防御能力が信頼出来、ここぞという時頼りになるから。
・荒船哲次
理由:遠近両方で頼る事が出来、臨機応変に戦術を組める為。
・東春秋
理由:戦術能力が非常に高く、狙撃手としてもトップレベルである為。
・北添尋
理由:メテオラを用いた攪乱能力が有用であり、閉所でも火力面で頼りになる為。
一緒に行きたくない相手
・香取葉子
理由:協調性に若干の難があり、チームワークに不安がある為。