「ふぅ……」
香取は作戦室で一人、息を吐いた。
時刻は、10:40。
もうすぐ、香取達の試合が始まる。
彼女は、緊張────────は、していなかった。
今から戦う相手は、S級隊員。
黒トリガーの、使い手。
最初に聞いた時は、マジふざけんなと思った。
トリオン37とか想像の遥か上だし、実際に那須隊を叩きのめしている姿を見て唖然としたものだ。
那須隊は、今の香取の標的────────目標だ。
自分達とは違い、隊全員が結束し、戦略をきちんと組み上げて、貪欲に勝利を求めた部隊。
結果として、B級一位の座すら奪ってみせた部隊。
憧れ────────と呼ぶには香取の精神は些か捻くれているので無理だが、まあそのようなものだ。
その那須隊が、迅相手にはまるで相手にならずに蹂躙された。
何してくれてんの、というのが正直な感想である。
香取は無意識のうちに、今の那須隊は誰にも負けないと思っていた。
その那須隊が、やられた。
あまりにも、一方的に。
そんな相手と、戦う。
無茶だ、と正直思った。
自分達の先を行く那須隊でさえ、迅と黒トリガーの前では一蹴された。
なのに、その後塵を拝する自分達が彼に勝つ?
やってらんない────────と、以前であれば言っていた事だろう。
だが。
そもそも、そんな風に捨て鉢になったのであれば王子隊との合同訓練など受ける筈もない。
香取は、諦めなかった。
勝ち目が少ない────────どころか限りなく0に近い事は、分かっている。
何せ、黒トリガーという未知の脅威に加えて未来視という規格外のサイドエフェクトまで持っているのだ。
勝てる、と思う方がおかしいだろう。
けれど。
同時に、やってやる、という闘志に火が付いたのも確かである。
未知のトリガー、反則のような
相手とするに、不足はない。
自分たちが、何処まで跳べるか。
それを確かめる、良い機会だ。
そう思ったからこそ、いけ好かない
自分たちに足りないものは戦術と、指揮能力。
王子は性格こそ論外だが、その二つに関しては申し分ないものを持っている。
指揮の基本は第一試験で冬島から学ぶ事が出来たが、まだまだ充分とは言えない。
その点、王子は自分達とレベルが近い。
冬島の指揮はレベルが高過ぎて理解しきれない部分もあったが、王子のそれであればまだ噛み砕き易い。
いきなりA級クラスの指揮を模倣する事が出来ずとも、同じB級の指揮であれば────────相応に、糧にする事が出来る。
そういう意味で、王子隊との訓練は得難いものだったと言える。
彼のアドバイスで、戦術を組み上げたのは事実だ。
王子自身は好きになれないが、有用か否かに相手の人格は関係ない。
想いの強さは関係ない。
以前、何処かで聞いた言葉だ。
今までの香取であれば、ふざけんな、と切って捨てていた事だろう。
だって、想いの強さを否定したら。
家族を見捨ててまで自分を助けてくれた華の想いも。
彼女に応えたいと刃を手に取った自分の想いも。
全部、意味のないものに思えてしまうから。
けれど、今ならそれは違う、と言える。
その想いだけで戦っていた自分は、結果を出せなかった。
否。
想いを理由にして、努力を止めた自分だからこそ、停滞を続けていたのだ。
今なら、この言葉の本当の意味が分かる。
現実は、非情だ。
想いの有無に関係なく、強い奴が勝つ。
勝つ為に必要なのは、日々の鍛錬と具体的な戦術。
そして工夫と、運だ。
自分には、自分達には。
それが、全く足りていなかった。
文句ばかりで何も具体案を示さなかった若村も。
フォローだけして現状を変えようとしなかった三浦も。
格上との差に絶望して歩みを止めた自分も。
全員が、やるべき事をやっていなかった。
故に、結果が出ないのは当然。
やるべき事をやっていなかったのだから、勝てる筈もなかったのだ。
今は違う。
若村は、戦術を勉強するようになった。
三浦は、効率的なサポートの方法を模索し始めた。
香取は、出来る事はなんでもやった。
そして華は、そんな自分達を支えてくれた。
これまでも、これからも。
華なしでは、自分達は戦えない。
彼女だからこそ、この三人が集まった。
彼女だからこそ、香取がやろうと思えたのだ。
友情に永遠はない、なんて言葉を聞いた事があるが────────クソ食らえだ。
自分と華には、切っても切れない繋がりがある。
だから、それで充分。
自分が戦う理由は、それで充分。
頑張る理由は、シンプルで良い。
ごちゃごちゃ考えるのは、もう止めた。
ただ、出来る事をやって、上を目指す。
あの日の誓いを果たす為に。
そう、決意した。
「葉子。時間よ」
「ええ、今行くわ」
香取は華の声と共にトリオン体に換装し、部屋を出る。
そして、戦場へと足を踏み入れた。
「やあシンドバット。調子はどうかな?」
開口一番、いつもの調子でそう声をかけて来たのは王子だ。
此処は、試験を行うブースの観戦席。
そこに足を踏み入れた七海達那須隊を、王子はそう言って出迎えた。
「もう来ていたんですね」
「ああ、何せ彼女達とは共に訓練に励んだ仲だ。だから、応援してあげたくてね」
王子は何食わぬ顔でそう告げるが、その眼には確かな打算がある。
今回の試験が駄目でも、黒トリガーの戦いを目にする貴重な機会を逃す手はない。
なにも、今後一切昇格の機会がない、というワケでもない。
得られる情報は、積極的に集めて行くべき。
それが、彼のスタンスなのだから。
「ちなみに、王子先輩達の結果はどうだったんですか?」
「一点止まりさ。流石に、迅さんを倒すには至らなかったよ」
一点。
それはつまり、迅相手に一人生き残ったという事を意味する。
あの風刃相手に、一人であろうと生き残る。
これは、かなりの快挙と言って良いだろう。
「一体、どうやって……」
「あまり、褒められた手ではないよ。単に、樫尾を最初から最後まで動かさずに隠れさせて生存させた。それだけさ」
「成る程」
王子は保険が利いただけさ、と嘯くが、この情報は重要だ。
迅は、未来の情報を映像として取得する。
つまり、七海や影浦のように第六感的な感覚として感知を行うのではなく────────。
────────映像を介して、それを脳が処理するという
要するに、未来で迅が見なかったものを見る事は出来ない、というワケだ。
話のニュアンスから察するに、樫尾は一切の攻撃手段を捨ててただひたすらに隠れていたのだろう。
一切動く気がなく、実際に動かなければ、迅に未来を視られても彼の視界に入る事はない。
それを利用して、樫尾だけは生き残らせたのだろう。
(確かに、最善の手ではない。けれど、次善の策としてはそう悪いものじゃあない)
無論、この方法にも問題点はある。
樫尾が生き残れたのは、恐らく王子と蔵内が迅相手に戦闘を仕掛けたからだろう。
流石に全員が隠れ潜む事を選択したならば、迅とて動き方を変える。
無抵抗の相手を炙り出すだけなら、そう難しくはないからだ。
故に、二人は抗戦したのだろう。
未来視と、黒トリガーを持つ迅相手に。
時間稼ぎに、全てを懸けて。
王子は恐らく、この試験内容が決まった時点で迅を倒すという選択肢を捨てた。
それを行うには地力も、駒も足りないと判断したのだろう。
だからこそ、次善の策を選んだ。
自分が出来る事を、最大限行う為に。
七海は、その判断が悪いとは思っていない。
持てる手札の中で戦術を考案するのは、何も間違った事ではないからだ。
勿論、自分は同じ手を使うワケにはいかないが。
自分と王子とでは、事情も持っている手札も違う。
最初から、迅を倒す事以外は考えてはいない。
故に、この香取隊の試合を見に来たのだ。
彼女たちの戦いならば、有益なものを見れるに違いない。
そう、確信して。
「うだうだ喋ってんじゃねぇよ。そろそろ始まっぞ」
「カゲさん」
いつの間にか部屋に入って来たのは、影浦を始めとした影浦隊。
ユズルは早速茜に挨拶しているし、北添は北添で蔵内や樫尾に話しかけている。
空気など知るか、と言わんばかりに七海に話しかけて来た影浦は、ぎろり、と王子を睨み付けた。
「負け犬が吠えてんじゃねぇよ。おめー、へらへら笑ってる暇があんのか?」
「ごめんねー。これでもカゲ、発破かけのつもりだからさ」
「分かっているよ。気を遣わせたね」
北添の横槍と王子の毒気の無い返答にちっ、と舌打ちしつつ影浦はそっぽを向いた。
口こそ悪いが、影浦は面倒見が良い。
お節介、と言い換えても良い。
話は、聞いていた。
その上で、王子が七海に羨望や期待の感情を抱いている事にも気が付いた。
なにせ。
彼は影浦にも、程度こそ違うが同様の感情を向けていたのだから。
負けても次を考え、勝利に貪欲な姿はそれなりに評価出来る。
だから、言ってやったのだ。
他人を気にする暇があるなら、素直に情報集めてろ、と。
まあ、影浦なりに言ったのでかなり口悪い罵倒のようにはなったが、そこはそれ。
影浦なりの気遣いである事は、変わりないのだから。
「時間だ」
忍田の宣言で、場が静まり返る。
遂に、始まるのだ。
A級昇格試験、最終試合。
香取隊の、戦いが。
忍田が沢村に指示し、機械を操作する。
そして沢村がマイクを握り、エンターキーに手を伸ばした。
「────────開始時刻です。全隊員、転送開始します」
『全部隊、転送完了』
一瞬の浮遊感の後に、香取の姿が仮想の戦場へ現れる。
視界に広がるのは、無数の岩山。
そしてそれを覆うのは、吹き荒ぶ砂の嵐。
『MAP、『渓谷地帯A』。天候、『砂嵐』』
それは、ROUND7で王子隊が選んだ地形。
砂嵐が吹き荒ぶ、荒野のフィールド。
視界を封じる、悪天候の戦場であった。
「行くわよ」
『うん』
『ああ』
香取は立っていた岩山から跳躍し、グラスホッパーを起動。
最短で、目的地へと駆け出した。
「これは、王子先輩の入れ知恵ですか?」
「アドバイス、と言って欲しいね。もっとも、あくまで助言をしただけで最終的に決めたのはカトリーヌだけどね」
王子は七海の問いに、笑ってそう答えた。
にこにこと胡散臭い笑みを浮かべた彼の真意は分からないが、このMAP選択に彼の存在が関わっている事は間違いないだろう。
何せ、とうの王子隊がROUND7で選んだフィールドだ。
しかも、香取隊と何やら訓練をしたという話も聞いている。
十中八九、彼の助言もあって香取隊はこのMAPを選んだのだろう。
「聞いた話によると、迅さんのサイドエフェクトは視覚を介するものらしいじゃないか。だったら、視界を封じてしまえば良い。簡単な話じゃないかな?」
「確かに、一つの手ではある。迅さんのあれは、俺達のとは使用感が異なるみたいだからね」
王子の戦略は、納得出来るものではある。
迅の未来視は、視界を介して情報を受け取るタイプの能力だ。
応用性と発展性は七海や影浦の比ではないが、こと戦闘適用に限って言うならば、二人にはない穴がある。
即ち、情報取得までに視覚を介するタイムラグがある事と、未来の自分が見えていない情報を視る事は出来ない、という点だ。
彼の未来視は、時間制限のない録画映像に似ている。
未来の自分が録画した映像を、過去の自分に送ってそれを見る。
そういった説明が、成り立つのだ。
故に。
今回の場合、未来の録画映像を見ても一面の砂嵐が視界一杯に映る為、必要な情報を取得し難い。
そういった効果が、期待出来る。
更に、障害物の少ない荒野のフィールドである為、風刃の遠隔斬撃が伝播する
考え得る範囲で、可能な限り迅と風刃を対策したMAP選択と言える。
「でも、迅さんに仕掛けなければ倒せない事に変わりは無い。この状況でも、自分が未来でどう攻撃されるかの情報は迅さんにも視れる筈だ」
「確かに、それはそうだろうね。でも、忘れてはいないかな?」
王子はにこりと笑って、映像を見据えた。
「カトリーヌは、もう以前の彼女じゃない。ちゃんと、策を以て挑んでいるよ」
「砂嵐か。考えたな」
既に視ていた光景だが、流石に此処まで徹底して対策をして来るとは気合いの程が伺える。
矢張り自分の視たものは間違っていなかったと、迅は香取隊を再評価する。
「それに」
迅はサングラスをかけ、上空を見据えた。
その、視線の先には。
その手に拳銃を構えた、一つの影。
少女は、香取は、上空から迅目掛けて拳銃を向け────────引き金を、引いた。
「おっと」
迅はその場から大きく後退し、次の瞬間。
地面に着弾した弾丸が、爆発した。
そう。
香取が撃った弾は、
その名は、
着弾と同時に爆発が起こる、爆撃用の弾丸。
香取が、迅の対策として持ち込んだトリガーである。
迅には、風刃には、シールドが存在しない。
故に、シールドを破る為の
だからこその、メテオラという選択。
そして香取は、地面に降りるつもりも、またなかった。
「────」
展開される、グラスホッパー。
香取はそれを踏み込み、落下する前に上へ跳躍。
それと同時に拳銃の引き金を引き、再度メテオラを射出。
爆撃が、再び地上へ撃ち出された。
これが、香取の対策。
グラスホッパーと拳銃を併用し続ける事による、上空からの対地爆撃。
それが。
彼女なりの迅に対する、第一手だった。
アンケートの続き。
茜を一緒に行きたいと書いた人
絵馬ユズル
狙撃手として優秀だし、状況判断も悪くないから。
奈良坂透
うちの茜は強いし優秀だから。
東春秋
状況判断能力に優れ、視野も広い。度胸もある。
半崎義人
狙撃手として優秀だから。
王子一彰
優秀だし、面白いから。
生駒達人
度胸あるし、いい子やから。
弓場琢磨
茜を一緒に行きたくないと書いた人
なし
熊谷を一緒に行きたいと書いた人
村上鋼
自分の仕事をやり切る姿勢に好感が持てる。
柿崎国治
いい奴で、粘り強さと機転が凄い。
太刀川慶
強くなってたから。あと最後まであきらめないのが良い。
熊谷を一緒に行きたくないと書いた人
なし