痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取葉子②

「成る程、空爆か。確かにこれなら風刃の射程から逃れられる」

 

 七海は試合映像を見て、感心したように頷いた。

 

 グラスホッパーとメテオラを用いた、疑似的な空爆。

 

 それが、香取隊の出した風刃への対策であった。

 

 風刃は、物体に斬撃を伝播させて目に見える範囲全てに攻撃出来る。

 

 だが、その為には当然斬撃を通す為の()()が必要不可欠となる。

 

 しかし、ただ跳躍した程度では風刃の射程からは逃れられない。

 

 風刃の遠隔斬撃はそのトリオン量に応じた射程範囲を持ち、少し跳んだ程度ではその効果圏内から外れる事はない。

 

 されど、何もない空中であれば話は別だ。

 

 現在、香取がいるのは障害物のない上空。

 

 あそこまで上がる為に岩山を足場にはしたのだろうが、そこからはグラスホッパーのみに頼って空中に駆け上がったようだ。

 

 その高度は、辛うじて銃撃が届く距離ではあるが、風刃の効果圏内からは脱している。

 

 そして今、香取はグラスホッパーを用いた疑似的な空中機動を行っている。

 

 これならば、香取は一方的に迅に攻撃を仕掛け続ける事が出来るのだ。

 

 限りある情報の中から的確に風刃の弱点を突いた、良い策だと言えるだろう。

 

「これが、王子先輩の考えた策ですか?」

「原案はそうだね。カトリーヌは、類稀なセンスと空中戦への適性を持っていた。あそこまでグラスホッパーを使いこなし、尚且つ銃撃との併用を苦も無く行う彼女だからこそ、可能とした作戦と言える」

 

 あれは、ぼくらには真似出来ないよ、と王子は告げる。

 

 グラスホッパーを使用するのは王子隊であれば樫尾がいるが、彼には香取ほどの空中戦の適性はない。

 

 それに、射撃トリガーもハウンド以外を扱った事はないのだ。

 

 当然銃手トリガーを扱った経験も皆無であり、一週間足らずでそのどちらかを扱えるようになるには無理がある。

 

 樫尾が普段使用しているハウンドはトリオン探知か視線誘導、そのどちらかを選択し、誘導設定を調整すれば自動的に標的目掛けて飛んでいく。

 

 この誘導設定の強弱の使い分けがハウンド習熟の鍵と言えるが、逆に言えば扱うだけならば射撃トリガーの初心者でもやり易い部類のトリガーに入るのだ。

 

 だが、炸裂弾(メテオラ)はそうではない。

 

 照準をきちんと定めなければならないのは当然だし、途中で、間違って誘爆させてしまえば目も当てられない。

 

 射撃トリガーは展開・分割・射出の三つの工程を踏む以上、空中機動を行いながら扱うには相応の処理能力が必要となる。

 

 七海や那須くらいに射撃トリガーの扱いに習熟していれば話は別だが、初心者にいきなりやれと言うのはまず無理だ。

 

 そして、銃手トリガーは当然射撃トリガーとは使用感が違う為、使いこなす為には相応の鍛錬が必要になる。

 

 当然、一週間で習熟出来るほど甘くはない。

 

 香取は半年でマスタークラスまで至っているが、そもそもそれは彼女がおかしいのだ。

 

 スコーピオンをマスタークラスにした後で、いきなり銃手に転向してアステロイドまでマスタークラスになる。

 

 これをさも当然のようにやってのけた香取は、言うなれば規格外だ。

 

 少なくとも、村上のような副作用(サイドエフェクト)の恩恵なしに出来て良い事ではない。

 

 戦闘に関する、天賦の才。

 

 それを、香取は持っているのだ。

 

 そんな彼女だからこそ、成立した戦術。

 

 それがこの、空爆戦法なのである。

 

「香取ちゃんは、このまま時間を稼いで生存点狙いなのかな?」

 

 疑問を呈したのは、北添だ。

 

 王子はそうだね、と彼の言葉を肯定する。

 

「ぼくの出した原案だと、そうなるね。でも────」

「うん。問題がないワケじゃないよね」

「やっぱり、お見通しか」

 

 そう言って、王子は北添の指摘を称賛した。

 

 彼の言う、この戦術の問題点。

 

 それは。

 

「トリオンが続くかどうか、割とギリギリじゃない? これ」

 

 第一に、トリオン量の問題。

 

 今、香取は継続的にグラスホッパーとメテオラの銃撃を使用し続けている。

 

 当然、それは相応のトリオンを消費する。

 

 香取のトリオン評価値は、6。

 

 30分という試合時間を耐え抜けるかどうかは、微妙なところだ。

 

「確かに、そこはギリギリだね。でも、計算ではなんとか間に合う筈だ。少しでもダメージを受ければ、不味いけどね」

「成る程ね。あとは────────」

「────────迅さんが他の二人を狙いに行った場合、かな」

 

 第二の問題。

 

 それは、迅が香取の攻撃をいなし、三浦と若村を狙った場合だ。

 

 指摘したのは、ユズル。

 

 彼は狙撃手の視点から、その問題に気が付いた。

 

「香取先輩が下に降りて来ないなら、他の二人を探して仕留めれば良いからね。確かにあれなら香取先輩まで風刃は届かないけど、メテオラの着弾までにはタイムラグがある。迅さんなら、あそこから抜けてしまう可能性は充分ある」

 

 ユズルの言う通り、香取は空中機動を行う事で風刃の射程から逃れている。

 

 しかし当然、それだけ離れれば爆撃の着弾までには時間遅延(タイム・ラグ)がある。

 

 加えて言えば、香取の用いている銃手トリガーの形状は拳銃型。

 

 流石にアサルトライフルを抱えて空中機動を行うのは幾ら香取でも無理がある為、取り回しの良さを優先した形となる。

 

 だが、拳銃では連射性能は当然突撃銃(アサルトライフル)型には及ばない。

 

 銃撃の間隙を突く事は、迅ならば充分可能な筈だ。

 

「多分、そろそろ動くよ。どちらの意味でも、ね」

 

 

 

 

「────」

 

 香取は空中をグラスホッパーで駆けながら、爆撃を継続している。

 

 一発撃つごとにグラスホッパーを踏み込み、跳躍。

 

 移動しながら引き金を引き、射出(ショット)

 

 その弾丸が届く間に再装填(リロード)と跳躍を行い、再度銃撃。

 

 跳躍しながらの銃撃をさも当然のように狙った場所に当て、爆撃を敢行している。

 

「おっと」

 

 だが。

 

 その爆撃の連射の中、迅は未だに無傷。

 

 迅の移動速度自体は、そこまで速くはない。

 

 しかし。

 

 爆撃の効果範囲を予め知っているように────────否。

 

 被弾範囲を既に視ている彼は、正確にその爆発の届かない場所に移動し、爆撃を回避し続けている。

 

 香取の銃手トリガーの形状は、拳銃型。

 

 取り回しの良さが最大のメリットであるそれは、反面連射性能に限界がある。

 

 更に、ユズルが指摘した通り空中からの銃撃では着弾には時間がかかる為、本当の意味で間隙ない爆撃とはいかない。

 

 己の技巧を駆使して可能な限りそれに近付けてはいるが、そのものではない。

 

 そして、それだけの隙があれば────────迅にとって、回避するのは造作もない。

 

 幾ら砂嵐で視界が効かないとはいえ、メテオラの爆風は一瞬ではあるがその視界を開けさせる。

 

 更に言えば、爆撃のような派手な光景を、迅の未来視が見逃す筈もない。

 

 香取の空爆は、迅の行動を多少制限する効果しか齎してはいなかった。

 

(チッ、想定内とはいえなんでシールドもなしにこれを難なく凌げるとか……っ! 本当、チートにも程があるわね)

 

 その光景を見て、香取は思わず舌打ちする。

 

 分かってはいた事だが、それを実際にやられると中々に堪えるものがある。

 

 そして理解する。

 

 このままでは、迅は香取の爆撃を回避しながら二人を見つけ出し、落としてしまうであろう事を。

 

 この渓谷地帯AというMAPは、岩山が点在する荒野だ。

 

 無論、隠れる場所のようなものは殆どない。

 

 精々岩山の影に隠れる程度が精々であり、完全に隠密に徹するのは不可能だ。

 

 風刃の脅威を少しでも減らす為に障害物の少ないMAPを選んだのだからある意味当然ではあるが、それは同時に逃げ場を自ら封じたという意味でもある。

 

 もしも、本当に隠れ潜んで生存点を狙うつもりであれば、王子隊がそうしたように摩天楼Aのような障害物だらけで広いMAPを選ぶのが順当である。

 

 そう。

 

 香取隊が、本当に時間稼ぎでの生存点を狙ったのであれば。

 

 

 

 

「確かにぼくが最初に提案したのは、カトリーヌが空爆で時間を稼いで生存点を狙う。そういう作戦だった」

 

 王子は観戦室で香取の戦いを見ながら、告げる。

 

 その顔に、笑みを浮かべながら。

 

「けど、カトリーヌはそれでは満足しなかった。この作戦を下地に、自分達なりの戦略を組み上げた」

 

 それは、王子との決定的な差。

 

 手札の差、気質の差。

 

 そういったものもあるだろう。

 

 だが。

 

「カトリーヌは、迅さんを落とすつもりだよ。本気でね」

 

 一番大きいのは、理由の有無。

 

 迅を、格上を落とす。

 

 譲れない理由(モチベーション)の、違いだった。

 

 

 

 

 ────────今忍田さんが言った通り、近々大規模な近界の侵攻が起こる未来を視た。ハッキリ言って、規模を考えれば四年前のあれに匹敵────────もしくは、上回るだろう────────

 

 香取は、覚えている。

 

 ラウンド4の直後、緊急隊長会議で。

 

 迅が告げた、その言葉を。

 

 あれが。

 

 あの四年前の悪夢が。

 

 また、やって来る。

 

 香取は、忘れていない。

 

 あの光景を。

 

 華から家族を奪い、香取が奮起する結果となったあの出来事を。

 

 聞けば、今回の大規模侵攻では黒トリガーを使う敵、なんてのも出て来るらしい。

 

 話だけ聞けば眉唾物だが、それが未来視の男(迅悠一)の言葉であれば無視出来ない。

 

 今回、彼が自分たちの試験官を務める事になったのは、その強大な敵に対する予行演習も兼ねているのだと言う。

 

 ならば。

 

 生存点を狙うとか、少しでも点を取るとか、そういうみみっちい事は言ってられない。

 

 此処で、格上殺しを経験する。

 

 どう足掻いても勝てないような相手の、喉元に食らいつく牙を研ぐ。

 

 ラウンド5で、那須隊が東を倒すという規格外の偉業を成し遂げたように。

 

 自分も、上へ進む一歩を歩む。

 

 これは、隊の面々も承知の上だ。

 

 若村だけは不安そうな顔をしていたが、三浦は即答で賛成した。

 

 だが、今の三浦ならば不思議ではない。

 

 今まではへらへらしながら当たり障りのない言葉でフォローするだけだった彼が、あのROUND4以降は変わったように思う。

 

 こちらの意見を聞きつつも、しっかりと自分の意思を示すようになった。

 

 正直、前の彼よりもよっぽどマシだと思う。

 

 少なくとも、マイナス100点の評価がマイナス10点に変わっただけの若村よりも、今の三浦の方が好感が持てる。

 

 勿論、異性的な意味では有り得ない(NOである)のは変わらないが。

 

 ともあれ、今回の試合の方針は隊全員と相談して決めた事だ。

 

 若村も最終的には頷いたし、華は当然同意してくれた。

 

 だから。

 

「やるわよ。麓郎、雄太」

『ああっ!』

『了解』

 

 信頼を込めて。

 

 仲間へ、作戦開始の合図を告げた。

 

 

 

 

「……!」

 

 迅は、香取の動きが変わった事を察知した。

 

 これまで、香取は同じ高度を維持していた。

 

 決して、風刃が届かないように。

 

 地面へは、近寄ろうとしなかった。

 

 だが。

 

 香取は、銃撃の後。

 

 グラスホッパーを踏み込み、下目掛けて跳躍した。

 

 当然、銃撃を継続したままで。

 

「業を煮やしたかな?」

 

 香取との距離が縮まった事で、着弾までのタイムラグは軽減される。

 

 先ほどよりは、迅の回避もやり難くはなった。

 

 だが、それだけだ。

 

 彼を仕留めるには足りないし、そもそも風刃の効果圏内に入った時点で詰みだ。

 

 少し考えれば分かりそうなものだが、矢張り生来の短気が災いしたか。

 

「なんてね」

「……っ!」

 

 とは、思わなかった。

 

 迅は、香取の成長を正しく評価している。

 

 故に。

 

 この特攻が、意味のないものとは考えていなかった。

 

 無造作に風刃を振るい、風の刃を放つ。

 

 そして、その斬撃は。

 

 カメレオンを解除してアサルトライフルを構えていた若村に、直撃した。

 

「ぐ……っ!」

 

 そう、香取の特攻は────────陽動。

 

 本命は、カメレオンで接近していた若村だ。

 

 特攻して来た香取に注意を向けさせ、その隙に若村が銃撃で仕留める。

 

 そういう手筈だったのだろう。

 

 だが、若村は今の一撃で致命傷を負った。

 

 もう、彼は落ちる。

 

「ただで、やられるかよ……っ!」

「……!」

 

 されど。

 

 ただでは、落ちない。

 

 迅は、見た。

 

 砂嵐の向こうの、若村の姿。

 

 胸の傷は貫通し、致命傷を負ったのは間違いない。

 

 だが。

 

 その突撃銃を持つ腕だけは、集中シールドによって守られていた。

 

「致命打を放置して、腕だけ守ったのか……っ!」

 

 そう。

 

 風刃の攻撃は、地面を伝播する。

 

 そして、彼の周囲に障害物はなく、必然的に遠隔斬撃は地面から跳び出す形になる。

 

 故に。

 

 若村は腕だけを集中シールドを用いて守り、致命打となる攻撃は素通りさせたのだ。

 

 最初から、捨て身の前提。

 

 たった一度の攻撃を成功させる為の、決断。

 

「おらあああ……っ!」

 

 そして若村は、その身を犠牲にして成立させた銃撃を────────実行する。

 

 放たれるは、ハウンド。

 

 若村の意地が、迅への一射を成し遂げる。

 

「食らってあげたい気持ちもあるけど、試練だからね。手は抜かずにやらせて貰うよ」

 

 無論、それをただで食らう迅ではない。

 

 ハウンドはシールドを持たない身としては厄介な攻撃ではあるが、そもそも迅はその弾道を未来視で読む事が出来る。

 

 幾ら視界が効かない砂嵐の中とはいえ、正面から放たれた銃撃の軌道を視る事など容易い。

 

 故に、これだけでは決定打になれない。

 

 ハウンドを回避しつつ、特攻をかけて来た香取を遠隔斬撃で仕留めて────────詰みだ。

 

「……!」

 

 迅が、その場で動きを止められなければ。

 

 不意に、迅の動きが止まる。

 

 姿は見えない。

 

 けれど、確かに背後から羽交い絞めされたような感触がある。

 

 それの意味するところは、一つ。

 

「三浦くんか」

「……っ!」

 

 もう一人の香取隊の隊員、三浦雄太。

 

 彼が、カメレオンを用いて迅に組み付いたのである。

 

 カメレオンは、使用中他の如何なるトリガーも併用出来ない。

 

 他のトリガーを使用する為には、一度カメレオンを解除する必要がある。

 

 だが。

 

 逆に言えば、他のトリガーを自分で使わないのであれば、カメレオンを解除する必要は無い。

 

 発想のヒントは、第三試験。

 

 そこで、風間隊が行ったカメレオンを維持したままでのエスクードジャンプにあった。

 

 その話を聞いた三浦は、思いついたのだ。

 

 トリガーを使わず、カメレオンを維持したまま出来る事があるのではないかと。

 

 考えた末の結論が、これだった。

 

 風刃の遠隔斬撃を使用する為には、見たところ剣を振るモーションが必要になる。

 

 少なくとも香取隊は、そう判断していた。

 

 故に、背後から羽交い絞めにしてしまえば、迅の回避も迎撃も封じる事が出来る。

 

 あとは、自分諸共若村のハウンドと香取の挟撃で迅を仕留めれば良い。

 

 これが、香取隊の解答。

 

 迅を、格上を殺す為の、答え。

 

 若村の銃撃が。

 

 香取の刃が。

 

 三人の意地が。

 

 強者()へ、その牙を剥いた。

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