「以上が、ぼくの提案する戦術案だ。何か言いたい事はあるかな?」
「あるに決まってんでしょ」
一週間前、王子隊作戦室。
王子隊との協力を受け入れたものの、ホームである隊室に彼を入れるのは抵抗があった為、香取隊は全員がこの場へやって来ていた。
そして、香取達は聞いたのだ。
王子の提唱する、迅への対抗策を。
障害物の殆どないMAPを選択し、風刃の脅威度を下げる。
そして、悪天候で視界を封じ迅の未来視を制限する。
成る程、此処までは香取も納得した。
風刃と迅、その双方の強みを潰す的確な戦術だし、それを採用する事に否は無い。
だが。
「時間稼いで終わりって、そんな真似したらこの試験の意味がないでしょうが……っ!」
先日、迅が語った最終意見の意義。
それは。
襲来して来る近界民の、黒トリガーに対抗する為。
時間を稼いで終わりでは、その意義に沿う事は出来ない。
少なくとも香取は、そう考えていた。
「そうかな? 時間稼ぎも、立派な戦術だ。それに、敵は自分で仕留めるだけが戦術じゃない。場合によっては、強力な味方に頼る事も必要だ。敵は、誰が倒しても構わないワケだしね」
「んなワケないでしょ。もし、倒せる奴が近くにいなかったらどうすんのよ? あの出力相手じゃ、時間稼ぎも限界があるでしょうが」
「ほう」
てっきり感情的な反論が来ると思っていた王子は、香取の意外な返答に目を見開いた。
香取は感情としての理由ではなく、実利────────現実を見据えて王子の考えを否を唱えている。
それは、とても興味深い事象であった。
香取が。
努力を嫌い、他者とも強調して来なかった香取が。
こんな理詰めで反論するなど、
「聞いた話じゃ、黒トリガーの能力は個々で違うんでしょ? 場合によっちゃ、もっと広範囲を一気に潰す奴が出て来てもおかしくないわ。黒トリガーじゃなくても、それは同じでしょ」
近界民のトリガーなんてどんなのが来るか分からないし、と香取は告げた。
確かに、彼女の指摘は的を得ている。
迅の風刃は射程と速度、そしてその奇襲性に能力を特化させているが、当然黒トリガーごとに能力は違う。
風刃が奇襲特化の性能だからといって、他もそうだとは言い切れないのだ。
殲滅能力に特化した黒トリガーが出て来ても、なんらおかしくはない。
加えて、近界のトリガーそのものが未知数過ぎる。
それに最も近いのは玉狛製のトリガーであるが、伝え聞く限りどれも通常のトリガーとは一線を画す能力だらけだ。
小南の双月の破壊力は凄まじいし、烏丸のガイストも詳細は不明だが強力な効果があるらしい。
レイジの
過程に過ぎないが、全武装のような殲滅力に機動力まで加わったトリガーが出て来る可能性すら考えられる。
それこそ、ノーマルトリガーでは疑似的にしか行えない空爆をデフォルトで行えるようなトリガーが。
そんな相手と相対した時、果たして時間稼ぎにどれだけの意味があるか。
そう考えれば、時間稼ぎよりも相手を倒す方策を探った方が建設的ではある。
もっとも。
それが可能であれば、の話であるが。
「君は、自力でそういう相手を倒すつもりかい? それが、出来ると?」
「まあ、アタシ一人じゃ無理でしょうね。自分の事は分かっているし、流石にアタシだけで全部なんとかなるとか思っちゃいないわ」
けど、と香取は続ける。
「別に、アタシ一人が頑張る必要はないじゃない。必要なら誰の手だって借りて、敵に刃を届かせる。それが出来るのが、
「確かに。これは一本取られたようだ」
王子は本気の称賛を口にし、やれやれと肩を竦めた。
その様子に香取はむっとするが、此処でことを荒立てるほど彼女も子供ではない。
まあ、「やっぱこいつ嫌い」、と胸中で悪態をつく事は止められないが。
「カトリーヌの言う通り、時間稼ぎが最善手でないのは認めよう。けれど、あるのかな? 君たちに、迅さんを落とす算段が」
「少なくとも、少しは思いついたわよ。癪だけど、アンタの原案のお陰でね」
「へえ」
王子は香取の言葉に嘘や虚勢はないと察し、目を細めた。
そして香取は、不敵な笑みを浮かべ自信満々に告げる。
「見てなさい。アンタが時間稼ぎしか出来ないって言った相手を、アタシが絶対ぶっ潰してやるんだから」
香取が着目したのは、風刃の攻撃方法であった。
風刃は本体のブレードと、そこから伸びる無数の光の帯によって構成されるトリガーだ。
本体のブレードはあの戦闘を見た限りでは弧月より耐久・威力共に上で、場合によってはスコーピオン並みの軽さすら併せ持っている事も想定される。
そして風刃の肝である遠隔斬撃は、剣を振るというモーションを必要とする。
少なくとも、スコーピオンのようにノーモーションでブレードを繰り出せる、といった類のものではない筈だ。
遠隔斬撃の性質こそスコーピオンに似ているが、風刃の性能そのものは旋空孤月の亜種、と考えるべきだろう。
旋空のような絶対の切断能力がない代わりに、規格外の射程と弾速及び精密性を持つ高性能ブレード。
それが、風刃の正体だ。
故に。
その対処は、スコーピオンではなく弧月使いのそれを参考にするべきだ。
スコーピオンの使い手相手に、密着する事はタブーである。
なにせ、身体の何処からでもブレードを生やせるのだ。
組み付いた瞬間、串刺しにされるのがオチである。
だが。
弧月使いは、別だ。
刀を用いて戦闘を行う以上、組み付いてしまえば抵抗は出来ない。
腕が振れなければ、遠隔斬撃を撃たれる事もない。
だから。
なんとかして迅に組み付き、動きを封じる事が出来れば。
そこを挟撃して、仕留める。
幸い、組み付く為のアイディアは三浦が考えてくれた。
第三試験での風間隊の動きを王子隊経由で聞いた事で思いついたらしいが、使えるならなんでもいい。
作戦はこうだ。
まず、王子隊の原案通りにMAPで迅の優位性を封じ込め、更に香取が空中機動を継続しながら爆撃を敢行。
時間稼ぎ狙いと思わせておき、そこを若村が銃撃で奇襲。
無論ただ奇襲しても迎撃されるだけなので、捨て身前提で攻撃を成立させる。
そして、その隙に三浦がカメレオンを用いて背後から迅に組み付く。
あとは、若村の銃撃と香取の特攻で挟み撃ちをして迅を仕留める。
結果として、相打ちになっても良い。
最初から、迅を倒す事で得られる四点以外に興味はない。
むしろ、得点よりも迅を倒すという過程こそが肝要。
この試練を乗り越える事が出来れば、きっと自分たちは更に前に進む事が出来る。
そう確信して、作戦を実行した。
若村は、捨て身での銃撃を成功させた。
三浦は、背後から迅に組み付く事が出来た。
香取は、作戦の成功を確信した。
あと少し。
あと少しで、迅に香取の刃が届く。
望んだ
「え……?」
されど。
その
一瞬。
ただの一瞬で、その全てが覆った。
背後から迅に組み付いた三浦の身体を、地面から飛び出た三つの斬撃が直撃。
迅を拘束していた三浦の胸と両腕は斬り裂かれ、風刃の使い手はその自由を取り戻す。
同時に、迅に向かって伸ばしていたスコーピオンを持つ香取の右腕が地面から伸びた斬撃により切断。
奇襲は、作戦は、完全に失敗に終わった。
「……!」
そして、見た。
サイドステップでハウンドを回避した迅が手に持つ、風刃。
そこから伸びていた、光の帯。
風刃の残弾を示すその帯は、現在
若村が食らった遠隔斬撃の弾数は、三発。
そう。
三発を消費したのならば、残る残弾は8発の筈だ。
だが、現実として残弾は四つ。
つまり。
迅は、予め遠隔斬撃を放っていたのだ。
今この瞬間。
自分に組み付く、三浦を仕留める為に。
「なん、で……っ!?」
ワケが、分からなかった。
視界は封じた筈だ。
未来視は、制限した筈だ。
なのに何故。
未来を視ても視認出来ない筈の三浦の存在に、気付く事が出来たのか。
それが、香取には分からなかった。
「ただ、予測しただけさ。君たちの、行動をね」
そう。
迅の未来視は、確かに視界を封じられれば視れる事象が制限される。
だが。
自分の動きが止まる、という結果さえ視えていれば。
状況や相手の手札から、何をして来るかは推察出来る。
だから、このMAPと天候を認識した段階で迅はカメレオンによる奇襲を想定した。
迅には、オペレーターがいない。
つまり、通常の部隊が受けているオペレーターからの
逐次レーダーを確認していては、当然ながら隙になる。
だからこそ、通常のランク戦では索敵はオペレーターに任せ、その警報によって敵襲を察知するのが普通だ。
故に。
迅に対しては、バッグワームはあまり意味を為さない。
レーダーで見るよりも、未来を視た方がより速く情報を取得出来るからだ。
だからこそ、カメレオンは有効だった。
レーダーよりも未来視を重視する迅にとって、カメレオンの持つバッグワームと併用出来ないというデメリットは無いも同然。
香取隊は、そういう想定で作戦を組んだ筈だ。
されど。
迅は、戦闘を未来視だけに頼るような暗愚ではない。
香取達にはなく、迅にあるもの。
それが、迅の戦場での勘を鍛え上げた。
未来視は万能に見えるが、その実取り溢す情報は幾らでもある。
複数相手の戦いは戦争では茶飯事だし、その都度未来を視て敵に対処していては間に合わない可能性もある。
だから、迅は鍛え上げたのだ。
戦術を学び、敵の行動を学習し、トライ&エラーを繰り返した。
緊急脱出のない
故に。
相手の手札が分かっているのであれば、何をして来るかは推察出来て当然。
加えて言えば、カメレオンで迅に挑んだのは三浦達が初めてではない。
風間蒼也。
彼もまた、迅にカメレオンが有効である事に気が付き、それを用いて仕留めんとした。
その経験があったからこそ、迅はカメレオンの脅威度を正しく認識していた。
加えて言えば、迅は香取隊を高く評価していた。
それは彼が視た香取隊の未来が所以であるが、迅が本気になるには充分。
故に。
迅は手を抜かず、全力で香取隊の策を迎撃し打ち破った。
戦術は良かった。
隊の全員が、己の役割を遂行した。
けれど、迅の
これが、結果。
これが────────。
(終わりだなんて、認めるかぁ……ッ!!)
────────自分たちの限界だなんて、認めない。
右腕は切断された。
既にチームメイトは致命傷を負った。
だから?
だからなんだと言うのだ。
まだ、自分は落ちていない。
まだ、自分の
腕が切断されたとしても、香取にはスコーピオンが────────否、マンティスがある。
マンティスは、あの那須との個人戦でしか見せていない。
自分がそれを習得している事を迅が知っているかは、五分五分。
七海が話した可能性はあるし、あの試合を見ていた者の口から伝わった可能性もある。
だが。
自分がマンティスを何処まで使いこなせているかは、恐らく誰にも知られていない。
あの第一試験の段階ではスコーピオンを二つ繋げて射程を伸ばす事が精々であり、しかも動作性能は影浦どころか七海にすら遠く及ばない。
第一試験の最終局面で使えなかったのも、咄嗟にマンティスを繰り出すには練度が足りていなかったからだ。
那須との個人戦で使えたのは、あくまで使う事を決めて準備していたが為なのだから。
そも、形だけとはいえ習得した事実自体がおかしいのだ。
マンティスは、元々影浦の固有技術。
彼の指南を受けていた七海が使える事はそこまで驚く事ではないが、香取のそれは完全に見様見真似だ。
術利も、習得方法も、何一つ不明の状態から自力で模倣したに過ぎない。
そして。
あれからマンティスの鍛錬をしていないとは、香取は一言も言っていない。
今の香取は七海には及ばないが、それなりの自由度を持ってマンティスを使う事が出来る。
応用方法も、七海のそれを見て覚えた。
自分と迅の距離は、マンティスの射程ギリギリ。
無論、ただ振るっただけでは駄目だろう。
察知されて、迎撃されるだけだ。
故に。
「────!」
香取は、足元にグラスホッパーを展開。
それを踏み込んで特攻────────と思わせ、そこをマンティスで突く。
足を斬られたなら、そのままマンティスを使い不意を打つ。
腕を斬られたならば、七海がしたように斬られた腕をマンティスで繋いで届かせる。
どちらにせよ自分は落ちるが、構うものか。
元より、相打ち上等。
作戦は破綻したが、此処で仕留められればそれで良い。
香取はそう決断し、動いた。
「はい、予測確定」
「────ッ!」
けれど。
迅が振るった風刃の遠隔斬撃によって。
香取の両足と残った左腕が切断され、彼女は四肢の全てを失った。
これでは、射程が足りない。
腕か足、どちらかが残っていればそこからマンティスを出して迅に届かせる事が出来た。
だが。
両手も両足も斬られてしまった今、マンティスを以てしてもその刃は届かない。
彼女の意図は、此処で切れる。
「ま、だあああああああああああああ……ッ!!」
「……っ!」
否。
香取は、終わらなかった。
若村と三浦のトリオン体が限界を迎えて崩壊し、同時に緊急脱出となる。
そして、その結果としてその場に閃光が炸裂する。
緊急脱出の際には、光の柱のようなエフェクトが発生する。
それは、視界を塞ぐに充分な代物であり。
香取は、そこを突いた。
彼女は、残った自分の胴体を────────グラスホッパーで、跳ね飛ばした。
四肢がなくても、香取にはスコーピオンがある。
ただ身体からブレードを出すだけなら、今の状況でも可能。
既に脱落は確定したが、その前に迅に刃が届けばそれで良い。
そう考えての、最期の
香取の意地が結実した、心意の刃。
「残念だけど、此処までだよ」
「あ……」
迅は、その一撃を。
横に跳ぶ事で、躱し切った。
今の香取には、四肢が無い。
故に、スコーピオンを出せたとしても自在に動かす事は不可能。
故に。
ただ横に避けるだけで、その攻撃は不発となる。
そして。
迅は、その隙を逃しはしない。
風刃本体のブレードを振るい、彼は香取の首を落とす。
それで、終。
「ちくしょう」
『戦闘体活動限界。
機械音声が、無情に敗北を告げる。
香取の姿は光に呑まれ、消える。
それを見届けて、迅は風刃を納刀。
そして、香取が消えた場所を見て笑みを浮かべた。
「想像以上だった。最後の一撃は、気付けなければ危なかった」
けれど、と迅は続ける。
「瀕死の兵士に捨て身で襲われた事は、前にもあるんだ。その首を落とした事も、何度もね。経験に救われた、と言っても良い」
だから、と迅は告げる。
本心の称賛を。
そして、己の想いを。
「君達は、まだ強くなる。今はその為に────────泥の味を、噛み締めてくれ」
迅はそう告げ、香取達の健闘を称えた。
この敗北が。
彼女達の未来に、繋がると信じて。
『かとり』
「折れて凹んで立ち上がるJK」
都合四回に渡り苦い敗北を描写された
あの過去回想で彼女を好きになった者は作者含め数多い。
踏んだり蹴ったりと色々散々な経験をしているが、その度に着実に成長する天賦の才の持ち主。
努力を覚えた天才の躍進は未だ終わらない。
三浦の好意は割と察しているが、正直好みから外れ過ぎていて脈は無い。
ラウンド4以降の成長で見直しているが、それとこれとは話が別なのである。
そんなこんなで折れた彼女は折れた分だけ輝きを増す。
尚、次回作ではレギュラーに抜擢される模様。
『はな』
「友情カンストオペレーター」
香取を語る上ではなくてはならない存在。
彼女と香取は比翼連理の存在であり、双方揃ってこそ本来の輝きを放つ。
素っ気ない態度をしているが、実は那須さん級に重い感情の持ち主。
多分香取が自分の生きる意味とか無意識に思ってる。
尚、若村の事は香取と馬が合わないのを見ているのと好みから外れているので脈はない。
香取とは死んでも友達でいたいと思っている。