痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取葉子④

 

「これは……」

「想像以上、かな……」

 

 七海とユズルは、香取の奮闘を────────そして、迅の強さを目に焼き付けて、感嘆の声をあげる。

 

 香取隊の作戦は、悪くはなかった。

 

 どころか、現時点で得られている情報から組み立てた作戦としては、最上のものだったと言えるだろう。

 

 障害物の少ないMAPで風刃の奇襲性を減衰させ、悪天候で視界を封じ未来視を制限。

 

 そして空爆で時間稼ぎによるタイムアウト狙いと思わせつつ、若村の捨て身の銃撃を契機に攻撃を実行。

 

 カメレオンを用いて三浦が組み付き、その隙に挟撃で仕留める。

 

 風刃と未来視の性質を良く加味した、素晴らしい戦術だった。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 迅には、届かなかった。

 

 なんの事はない。

 

 風刃を対策しても、未来視を対策しても。

 

 迅悠一という特記戦力を相手取るには、未だ足りなかった。

 

 性能(スペック)のみに着目し過ぎて、迅悠一という個人の性質(パーソナル)への警戒が不十分だった。

 

 とはいえ、これは流石に酷だろう。

 

 なにせ、風刃と未来視という二つの脅威は無視出来るものではない。

 

 そもそも、その二つを対策しなければ勝負という舞台にすら上がれないのだから無理もない。

 

 その対策をした事自体は、何も間違ってはいない。

 

 けれど。

 

 その二つの脅威を自在に行使する、迅の培ってきた経験の厚さ。

 

 それを、甘く見ていた事は否定出来ない。

 

 迅は、戦争経験者である。

 

 詳しい話まで聞いた事はないが、四年前の大規模侵攻が起こるより以前、彼等旧ボーダーは近界での戦争を経験している。

 

 緊急脱出機能がなかった頃の、本当の意味での命のやり取り。

 

 迅は、その死地の生還者なのだ。

 

 その経験が。

 

 積み重ねた戦歴(じかん)の厚みが、香取達の勝利を許さなかった。

 

 香取隊の戦術は、戦術予測とそれに基づいた対応というごく当たり前の手段によって覆された。

 

 それ自体は、何も驚く事ではない。

 

 相手の戦術を予測し、その対策を実行するという手法は。

 

 ランク戦では、試合では、誰しもが当たり前に行っている事だ。

 

 香取隊は、迅の持つ二つの脅威に目が行き過ぎて彼自身の読みの鋭さを図れなかった。

 

 それが、香取隊の敗北の一因であろう。

 

 だが。

 

「これ、香取ちゃんには感謝するしかないよね。この試合を見れたっての、かなり大きいよ」

「そうだね。カトリーヌは負けてしまったけれど、貴重な情報を幾つも引き出してくれた。紛れもなく、彼女達の奮闘の賜物だろうね」

 

 それを、迅の本気の対応を見れたという事実は、あまりにも大きい。

 

 香取隊は風刃と未来視の対策を行い、迅に対して徹底したメタを張って挑んだ。

 

 迅はその結果として風刃の性能(スペック)や未来視の情報だけでの対応を選ばず、培った経験を元にした動きを見せた。

 

 もしも、この試合を見ずに風刃と未来視の対策だけをして挑んでも、彼の経験の前に膝を折っていた事だろう。

 

 そういう意味で、この試合を見る事が出来たかどうかは重要な分岐点となる。

 

 香取隊を評価し選んだ七海達の判断は、間違っていなかったという事だ。

 

「でも、凄かったわね。もう、前の彼女とは別物だわ」

「そうね。最後の攻撃なんか、思わず息を呑んだわ。凄い、気迫だった」

 

 那須と熊谷は、口々に香取の奮闘を称賛する。

 

 あのROUND4で那須隊に負ける前の香取であれば、四肢が断たれた時点できっと諦めていた筈だ。

 

 だが、香取は四肢がもがれても諦める事なく攻撃を繰り出し、届きはしなかったが意地を見せた。

 

 想いの強さは、勝負の結果には関係ないけれど。

 

 それでも。

 

 あれだけの意地(おもい)であれば、あと一歩の距離を詰めるには充分。

 

 惜しくも届かなかったけれど、それでも。

 

 この試合は、必ず彼女を成長させる糧となる。

 

 そう確信させた、何にも替え難い試合であった事は確かである。

 

「さて、それじゃあ折角だし総評をしてみようか。実況はないけれど、折角三つも部隊が揃っているんだ。試合を振り返らない理由は、無いと思うよ」

「そうだね。三人寄れば文殊の知恵とも言うし、やってみようか」

 

 王子の提案に、北添が賛成する。

 

 当然、七海達にも異議はない。

 

 各々感じたものはあるが、言葉にして整理すれば更に考察を深める事に繋がる。

 

 自分たちの試験の事を鑑みても、此処で乗らないという選択はなかった。

 

 影浦もまた、黙って耳を傾けている。

 

 弟子がやる気なのだから、水を差す無粋などする筈がない。

 

 口出しをせず、傾聴する姿勢を取る影浦であった。

 

「まず、さっきも言ったように作戦自体は悪くなかったと思うんだ。戦術の方針自体は、的を射ていたと思うよ」

「そうだな。実際、香取隊の戦術は一定の効果を上げていたと思う。少なくとも、俺達の時よりよっぽど善戦出来ていた」

 

 香取隊の戦術の肝は、地形効果による風刃と未来視の対策だ。

 

 もしこれが七海達の時の工業地帯のような複雑な地形であれば、風刃の奇襲性は段違いに上がっていただろう。

 

 悪天候でなければ、迅の未来視によって戦術も早々に看破されていたに違いない。

 

「だけど、この試合を見た限りではあるけれど────────悪天候に()()()()のは、失敗だったかもしれないね」

「理由は何かしら?」

「簡単さ。砂嵐は、天候設定の中でも特に視界が制限される。だからこそ迅さんの未来視を制限する事が出来たけれど────────同時に、風刃の軌道を見え難くしていたと思うんだ」

 

 そう、王子の言う通り、砂嵐は視界が大幅に制限される天候設定だ。

 

 フィールド全体が砂嵐で覆われるのだから、視界は殆ど0に近い。

 

 だからこそ迅の未来視を制限出来たとも言えるが、同時に風刃の遠隔斬撃の軌道を隠してしまう結果にも繋がっていたというワケだ。

 

「風刃の遠隔斬撃の速度は、尋常じゃない。ただでさえ直撃まで一瞬あるかどうかなのに、あの悪天候だとまともに軌道が見えたかも怪しい。それに────────風刃の精密動作性は、ぼくらの想像を超えていた」

 

 風刃の脅威は、その驚異的な射程と速度を元にした奇襲性。

 

 そう考えていたのだが、それだけでは足りなかったのだ。

 

 迅は若村を遠隔斬撃で仕留めた時、既に三浦を落とす為の斬撃を撃ち出していた。

 

 そして、その遠隔斬撃は円を描くように迅の元へと戻り、彼に組み付いた三浦を斬り裂いた。

 

 その動きから見て、風刃の遠隔斬撃の()()()変化弾(バイパー)に匹敵すると見て間違いない。

 

 実際、試合を見ていた変化弾の使い手(那須)にもその弾道には既視感を覚えていた。

 

 何せ、普段彼女の使うバイパーのそれと、なんら変わらない精密性を風刃は実現していたのだから。

 

「あれは、ナースの変化弾(バイパー)と同じと見て良いだろう。避けたと思っても、当たっていないと思っても、もう一度戻って来る。あの速度でやられると、たまったものじゃないけどね」

 

 加えて言えば、風刃は射出から着弾までの速度が速過ぎる。

 

 撃った事を認識した段階で、既に標的を斬り裂いている。

 

 あれは、そういう類の攻撃だ。

 

 特に、視界が制限されているなら猶更だ。

 

 剣を振る、という射出モーションを見る事が出来なければ、そもそも撃ったという事にすら気付けない。

 

 そういう意味で、砂嵐という天候は極端過ぎたとも言える。

 

 悪天候による妨害効果(デバフ)は、全員平等にかかるのだから。

 

 迅がバッグワームに類する機能を持たないからこそ自分達への悪天候のリスクを許容したのだろうが、香取達の視界まで制限してしまった影響は矢張り大きい。

 

 障害物が少なくして風刃の奇襲性を薄れさせたという強みを、悪天候という条件で無為にしてしまったという風にも見れなくはない。

 

 無論、未来視を制限出来たという要素は無視出来ない。

 

 視界を制限すれば未来視の精度は下がるが、逆に風刃の奇襲性が増す。

 

 見通しの良い状況であれば風刃の奇襲性は薄れるが、逆に未来視の精度が上がる。

 

 あちらを立てれば、こちらが立たず。

 

 矢張り、風刃と未来視の組み合わせの相性そのものが凶悪に過ぎる。

 

 片方の穴を、片方がほぼ完全に埋めてしまっている。

 

 僅かな隙も、迅の経験が補ってしまう。

 

 これが、S級隊員。

 

 これが、迅悠一。

 

 対策しても尚崩れなかった、一つの至上存在(ハイエンド)

 

 七海達が超えるべき、最大の壁である。

 

「色々課題が見えたな。本当に、香取隊には感謝するしかない」

「ええ、今回ばかりは流石にね。本当、あの成長速度には頭が下がるわ」

「原案を出したぼくからすると、少し申し訳ないけどね。ぼくの悪天候で未来視を封じる、っていうコンセプトが結果的に足を引っ張っちゃったワケだし」

 

 王子はやれやれ、と溜め息を吐くが、こればかりは彼に落ち度があるとは言い難いだろう。

 

 彼は提案をしただけで、それを実際に採用したのは香取達だ。

 

 つまり彼女たちはその案の有用性を認めて選んだのであり、その判断の責任は香取隊にある。

 

 誰に非があるワケでもない。

 

 ただ、迅が彼等の想定を上回った。

 

 それだけの、話なのである。

 

「ともかく、本当に良い試合だった。負けはしたけれど、香取隊の強さはもう疑いようがない。きっと、これからも更に強くなるだろうな。彼女達は」

 

 

 

 

「ちくしょうちくしょうちくしょう。あーもう、悔しいぃぃぃぃ……っ!」

 

 香取は緊急脱出(ベイルアウト)用マットの上で、半泣きになりながらジタバタと暴れている。

 

 色々と成長した香取であるが、根っこの部分が変わったワケではない。

 

 身内しかいないこの場で自分を取り繕う必要も感じられない為、こうやって全身で悔しさを露にしているワケである。

 

 盛大にもぎゃる香取を見ながら、染井はくすり、と笑った。

 

「あー、なによ華。今笑ったでしょ」

「ごめんね。葉子がそうなるの、なんか久々だなって」

「むー、そうかな?」

「うん、そうだよ」

 

 染井はだって、と言いながら香取に目線を合わせる。

 

 そして、何処か拗ねたような声で、告げた。

 

「ROUND4の後の葉子、頑張って上を見るばかりで少しピリピリしてたもの。そうやって弱音を吐くの、暫くなかったし」

「んー、まあ華がそう言うならそうなのかも。アタシ、そんなピリピリしてた?」

「うん。少し、寂しかったかも」

 

 でもね、と染井は続ける。

 

「頑張って上を目指そうとする葉子の姿、私は好きだよ。やっぱり、葉子は好きな事してるのが一番良いと思うから」

「そっか。なら、まだ頑張ってみようかな」

 

 香取はそう言って破顔し、染井も笑顔でそれに応じる。

 

 そんな二人の世界を作る彼女達の後ろで若村と三浦が所在なさげにしていたが、まあ些細な事だ。

 

 この二人は、お互いが何よりも優先される存在なのだから。

 

 少し弱音を言い合うくらい、当然の権利である。

 

「0Ptかぁ。多分、不合格だよね」

「他の部隊の結果次第では、分からないと思う。ポイントが全てじゃない、って言ってたし」

「全てじゃなくても、得点は大事でしょきっと。内申点がそこそこ良くても、テストの結果が0点なら受かる筈がないんだし」

 

 ま、A級はお預けね、と香取はぼやく。

 

 捨て鉢にも思えるが、これは香取の正直な感想に過ぎない。

 

 自分を見つめ直し、成長を実感している香取隊だが────────矢張り、停滞し続けた期間の負債は大きい。

 

 今はこれまで努力を怠って来た分の皺寄せを、香取のセンスと他者との妥協による協調によって強引に補っている段階にある。

 

 むしろ、今のままA級にならなくて良かった。

 

 そうとさえ、思っていた。

 

 今言うと気分が盛り下がるので言わないだけで、まだ自分達にA級としての実力があるかと聞かれれば素直に頷けないところではある。

 

「とにかく、これで黒トリガーの相手は経験出来たしね。()()は、きっとしくじらない。あんな光景、二度と目にしてたまるもんですか」

 

 香取は険しい表情でそう呟き、虚空を睨む。

 

 今回の試験の、最大の目的。

 

 それは、黒トリガー所持者という強敵相手の戦い方を覚える事だ。

 

 今までの常識では測れない規格外の相手に、戦いの手段を模索し実行する。

 

 この経験は、確かに彼女達の身に刻まれた。

 

 結果は負けてしまったけれど。

 

 それでも。

 

 その奮闘は、無意味ではない。

 

 予知された、大規模侵攻。

 

 四年前の悪夢の、再来。

 

 それを、超える。

 

 今度は、無力じゃない。

 

 確かに、戦う力があるのだから。

 

 今度は、近界民(あいつら)の好きになんてさせない。

 

 そう決意して、香取は拳を握り締めた。

 

 彼女は知らない。

 

 この試合の結果、迅が更なる未来を視た事を。

 

 香取の奮戦が、未来に大きな影響を及ぼした事を。

 

 目に見える結果だけが、全てではない。

 

 勝っても、負けても。

 

 経験は、確かに積み重なる。

 

 未来とは、そういった小さな積み重ねから分岐するのだ。

 

 香取隊は、敗北した。

 

 けれど。

 

 その戦いは。

 

 その道筋は。

 

 確かに、未来を紡ぐ一助となった。

 

 それを実感するのは、まだ先の事。

 

 来る大規模侵攻、その最中となる。

 

「ケーキバイキング行きましょうよ、ケーキバイキング。自棄食いしてやるんだから」

「太るよ」

「その分運動するからいいもん。アンタ等も、金出すなら連れてったげるわ」

 

 香取の誘いに若村は溜め息を吐きながらも否定せず、三浦は苦笑しつつも頷いた。

 

 今は、休息を。

 

 それは彼女達、全員の総意であったのだから。





 アンケート内容 

 那須が書いたら

 一緒に行きたい相手

 照屋文香
 理由:話してみて良い人だと分かったから。

 加古望
 理由:頼りになる人だから。

 
 一緒に行きたくない相手。

 三輪秀次
 理由:玲一と一緒にしたくないから。

 木虎藍
 理由:多分嫌われてるから。


 熊谷が書いたら
 
 一緒に行きたい相手

 柿崎国治
 理由;良い人だし、頼りになるから。

 村上鋼
 理由:技術が凄いし、一緒にいて勉強になるから。

 照屋文香
 理由:良い子だし、話し易いから。

 太刀川慶
 理由:強いし、戦闘で頼りになるから。

 小南桐絵
 理由:とんでもなく強いし、一緒にいて楽しいから。

 一緒に行きたくない相手

 なし

 
 茜が書いたら

 一緒に行きたい相手

 奈良坂透
 理由:師匠なので。頼りになります。

 絵馬ユズル
 理由:技術が凄い。話し易いです。

 一緒に行きたくない相手

 なし
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