痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人⑦

 

「む……?」

「げ」

 

 時刻は12:00。

 

 観戦していた香取隊の試合が終わり、昼食を摂る為に移動していた七海は廊下でばったり香取と鉢合わせた。

 

 狙っていたワケではないが、いつかの焼き回しである。

 

 七海の顔を見た香取は舌打ちし、顔を顰めた。

 

 彼が自分の試合を観戦していた事は、知っている。

 

 策を講じても、意地を見せても、届かなかった。

 

 その姿を、よりにもよって超えるべき目標(七海本人)に見られた。

 

 敗北自体は結果として受け入れているが、それはそれとして出来れば顔を会わせたくはない。

 

 概ね、そういった心境であった。

 

「ふん、なんとでも言えばいいじゃない。あれだけ啖呵を切っておいて負けたんだから、言い訳はしないわ」

「あんな試合を見せた相手を乏しめるなんて、するワケないじゃないか。むしろ、お礼を言いたいくらいだよ」

 

 あん? とその言葉に眉を顰めた香取に対し、七海は正直な感想を口にした。

 

「迅さんを対策した戦術も、それを実行した君たちの実力も、俺は高く評価しているつもりだ。少なくとも、俺は君達の試合を見る事が出来て良かったと思っている。カゲさん達も、それは同じだ」

 

 七海は、香取の奮戦を正しく評価している。

 

 結果は届かなかったとしても、彼女たちの戦いが意味なきものであったとは思わない。

 

 香取隊が引き出した情報により、七海達が策を練り直す事が出来たのは勿論────────香取達もまた、格上に食らいつく経験を得る事が出来た。

 

 未来視という戦術の基礎そのものを覆す副作用(サイドエフェクト)を持ち、黒トリガーまで所有する迅は本来まともに戦えるような相手ではない。

 

 太刀川は七海達のそれと比較すれば戦闘向きのサイドエフェクトではないと言っていたが、対策をしなければ戦いの舞台にすら立てはしないのだ。

 

 そして、対策を取ったとしても迅の歴戦の経験値が性能上の弱点を補ってしまう。

 

 香取風に言うなら無理ゲー、とでも言うべき相手だ。

 

 だが、そんな相手に香取はあと一歩まで迫る事は出来た。

 

 取得ポイントは確かに0だったが、その健闘はあの場にいた誰もが称えている。

 

「君達は以前までとは、全く違うよ。迅さんも、言ってたんじゃないか? 君達は、もっと強くなれるって。それは、俺も同感だ」

「なによアンタ。あの時、音声拾えてたワケ?」

「そういうワケじゃないさ。多分迅さんならそう言ったんだろうなって、ただ思っただけさ」

 

 これでも、付き合いはそこそこ長いからね、と七海は呟く。

 

 迅の本質を理解したのはあの玉狛での出来事の時ではあるが、ある程度彼の考えを推察出来るようにはなった。

 

 持っている視点が異なる為完全に理解する事までは出来ないが、それなりに察する事自体は出来る。

 

 あの場なら、きっと迅は香取達の健闘を称えただろう。

 

 そのくらいは、分かるのだから。

 

「あっそ。ま、褒めて貰えるなら素直に貰っとくわ。けど、アタシは此処で止まるつもりはないからね。もっと強くなって、大規模侵攻(ほんばん)で結果を出してやるんだから。あれを繰り返したくないのは、アタシも同じだし」

「同感だ。きっと迅さんも、その為に試験官になってくれたんだと思う。俺達に出来るのは、その想いに応える事だけだ」

「ふぅん。なら、やってみせなさいよ。そこまで啖呵切って勝てなかったら、笑ったげるわ」

 

 香取はそう言い残し、その場を去った。

 

 今のは恐らく、七海への応援。

 

 好敵手に対する、香取なりの激励(エール)だろう。

 

 それを受け止めた七海は頷き、去っていく香取の背中を見詰めた。

 

「勿論、負けるつもりはないさ。俺も、そして────────カゲさんもね」

 

 

 

 

「で? そのMAPと天候で本当にいーんだな?」

「何度も言わせんな。それでいい」

 

 影浦隊、作戦室。

 

 そこで、影浦隊の面々は最後のミーティングを行っていた。

 

 議題は、試験において選ぶMAPとその天候設定である。

 

 当初、影浦隊はオーソドックスな市街地MAPを選び迅に地力勝負を仕掛けるつもりだった。

 

 下手に策を打つよりも、感知能力を持つ影浦をメインに作戦を組み立てた方が良い。

 

 そう考えた結果であったのだが、その意見は先ほどの香取隊の試合を見て覆さざるを得なかった。

 

 迅は、まともに戦って勝てる相手ではない。

 

 同じノーマルトリガーを使うのであればともかく、今回迅が持ち出したのは黒トリガーである風刃。

 

 普通に挑んだのでは、その性能差で負けるだけだ。

 

 影浦は回避能力が非常に高いが、風刃の速度と奇襲性はそれすら抜いてくる可能性がある。

 

 なにせ、同じく回避に適した副作用(サイドエフェクト)を持つ七海ですら、初見では反応出来なかったのだ。

 

 サイドエフェクトがあるから大丈夫、などと思っていてはたちまちやられてしまうだろう。

 

 ならば。

 

 自分たちの強みを活かしつつ、策を練るしかない。

 

 幸い、原案のモデル自体は香取隊が見せてくれた。

 

 あれをベースに自分達なりにアレンジすれば、やりようはある。

 

 しかし、極端な設定である事は事実なので、光は一応確認したのだ。

 

 これでいいのか、と。

 

 無論、答えは決まっているのだが。

 

「ムカつくけどよ、普通にやったんじゃ勝てねぇ。七海に偉そうな事言っといて、作戦も何も立てずに負けたらかっこわりぃだろーが」

「そんな事言って、もし失敗しても七海くんに情報を落としていくつもりなんだよね。カゲは」

「うっせ」

 

 北添の指摘に影浦はそっぽを向き、舌打ちする。

 

 しかし否定をしなかったという事は、そういう事だ。

 

 作戦も碌に立てずに負けたのでは、落とせる情報はたかが知れている。

 

 ならば、作戦をしっかり立てて戦った方が引き出せる情報は多い。

 

 香取隊が、そうだったように。

 

 少なくとも、何の成果もなしは有り得ない。

 

 そう考えて出した、結論だった。

 

「でも、負けるつもりもないんでしょ?」

「たりめーだろ。んな事、考えてねーよ」

 

 それはそれとして、負けるつもりは微塵もない。

 

 最初から負けると考えて挑むような精神性とは、影浦は無縁だ。

 

 少なくとも、迅は難敵ではあっても無敵ではない。

 

 それは、香取隊が証明してくれた。

 

 ならば、自分達も証明してみせよう。

 

 格上上等。

 

 歴戦の経験、それがどうした。

 

 戦いになる以上、勝負の結果はやってみなければ分からない。

 

 少なくとも、影浦自身は。

 

 負けるつもりなど、欠片もないのだから。

 

「了解っと。やるからには勝てよ、カゲ」

「何度も言わせんな、たりめーだ。おめーも下手こくなよ」

「ふふん、安心しろ。光さんがきっちりお前らをアシストしてやっからな」

 

 光はそう言って不敵な笑みを浮かべ、影浦もまた好戦的な笑みを浮かべる。

 

 その首元に光る隊章のモチーフは、獣の牙。

 

 彼等の飽くなき闘争心を象徴する、ワイルドファング。

 

 影浦も、北添も、ユズルも、光も。

 

 全員が共通して、持っているものがある。

 

 それが、高い闘争心。

 

 影浦は言うに及ばず、北添も心優しいがいざとなれば力を振るう事を厭うタイプではない。

 

 そもそも、二人の馴れ初めが殴り合い(ケンカ)だったのだ。

 

 強面の部類に入る影浦に正面から喧嘩を売れる時点で、その度胸は察して知るべきであろう。

 

 ユズルもまた、静かな面持ちの中に熱い闘志を秘めている。

 

 寡黙な性格故多くは語らないが、それでも確かにその心には牙がある。

 

 今はいない師匠を目指し、如何なる敵であろうと臆さない精神性。

 

 未だ幼く未熟ではあれど、確かにその心に闘志は秘められているのだ。

 

 光もまた、強い自我を持つ。

 

 遠慮、なんて言葉は彼女から最も遠い言葉だ。

 

 言うべき事はきちんと言うし、尻を蹴飛ばす必要があるなら躊躇いなく蹴っ飛ばす。

 

 癖の強い性格ではあるが、影浦隊の面々にとっては口には出さないが頼れるオペレーターであるのは確かなのだ。

 

 口にすると途端にドヤり出すので、口には出さないが。

 

「行くぜ、おめーら」

「うん」

「分かった」

「おっしゃ、行くぜ!」

 

 影浦隊が、出陣する。

 

 標的は、迅悠一。

 

 未だ土の付いていない、黒トリガーの使い手である。

 

 

 

 

「今日は招いてくれてありがとうな、七海。俺の我が儘まで聞いて貰ったし」

「いえ、頼んだのはこちらですから。鋼さん」

 

 13:55。

 

 試験会場の観戦席。

 

 そこで七海と話していたのは、村上だった。

 

 村上は七海が招いた相手であるが、彼としては七海と同じく攻撃手仲間である影浦の試合にも興味があった。

 

 その旨を七海を通じて迅に伝えたところ、あっさりとOKが出て観戦権を手に入れたというワケである。

 

 来たのは村上一人だけで、鈴鳴第一の面々は来ていない。

 

 まあ、鈴鳴にはおっちょこちょいの太一(口が滑りまくる真の悪)がいるのでチーム全員を連れて来るワケにはいかないのだろう。

 

 それに、迅から認められた観戦者は村上だけだ。

 

 村上としては来馬も連れて来たかったようだが、流石に許可は下りなかった。

 

 案外、来馬まで来ると何かの間違いで太一が付いて来てしまう可能性があるからでは? と七海は邪推したが、結果は結果だ。

 

 今此処にいるのは那須隊と村上、そして────────。

 

「ふん……」

 

 二宮隊、その面々。

 

 談笑する二人とは対照的に仏頂面の二宮は、七海達のやり取りを見て鼻で笑った。

 

 本人としてはそのつもりはないのだろうが、傍から見ると馬鹿にしているようにも見える。

 

 基本的の会話のピッチングしか出来ない二宮なので、他人からどう見られているかが眼中にないのだ。

 

 基本世界は自分を中心に回っていると無意識(ナチュラル)に思っているタイプなので、誤解を招きまくるのは言うまでもない。

 

 今の一幕も、「成る程、七海は村上を連れて来たのか。あいつなりの思惑があるんだろうな」と感心しただけである。

 

 その結果が鼻で笑う、という無意識の動き(モーション)になるあたり、どうしようもないが。

 

「やあ七海くん、調子はどうかな?」

「犬飼先輩……」

 

 そんな隊長はさておいて、七海に話しかけて来たのは犬飼だ。

 

 犬飼は二宮の挙動に関しては完全放置(どうにでもなれ)の構えでスルーし、情報交換の意図を持ってこうしてやって来たのである。

 

「そっちは、香取隊の試合を見たんだよね。どうだったかな? 俺達の見た弓場隊の試合情報と交換で、どうかな?」

「確か、若村は犬飼先輩の弟子でしたよね? 彼から聞いていないんですか?」

「俺としては、第三者の視点の意見が欲しいからさ。あの子はどうも主観に引きずられるところがあるから、君の方が適任なのさ」

 

 己の弟子を割とばっさり切り捨てる犬飼だが、若村が主観的意見に引きずられがちなのは事実なので否定は出来ない。

 

 影浦が七海の事を理解しているように、師は弟子の事を結構分かっているものなのだ。

 

「そういう事なら、構いません。香取隊は────」

 

 七海は情報交換を了承し、香取隊の試合情報を口にした。

 

 先に情報を出すのは交渉としては悪手だが、元より交渉ごとで犬飼に勝てるとは思っていない。

 

 なら、さっさと情報を出してリターンを得た方が建設的だ。

 

 七海はそう割り切り、犬飼に香取隊の試合情報を伝えた。

 

「成る程、香取ちゃん達もやるねえ。まさか、そこまで迅さん相手に健闘するなんて」

 

 成長速度おっそろしいなあ、と犬飼はぼやく。

 

 彼から見ても、香取隊の────────香取の成長速度は、著しい。

 

 一戦一戦を確実に自らの糧として、今も尚成長を続けている。

 

 その成長性は、称賛されるべきものだ。

 

 昔の良くも悪くも香取次第の部隊、という評価は撤回するべきなのだろう。

 

「しかしホント、迅さんてば反則みたいな相手だよね。弓場さんはグラスホッパーを隊全員に持たせて波状攻撃を狙ったけど、カウンターで全員やられちゃったしね」

 

 犬飼の語った話では、弓場隊は隊員全員にグラスホッパーをセットさせて、空中から奇襲をかけたらしい。

 

 未来視の弱点である、複数相手では情報を処理しきれない場合がある、という点を突いた作戦だ。

 

 空中から仕掛けたのは、風刃の遠隔斬撃対策の為だろう。

 

 矢張り、弓場隊もしっかり対策を練って挑んだようだ。

 

 しかし、それでも。

 

 迅には、届かなかった。

 

 敗因は、グラスホッパーの習熟度不足。

 

 香取と違い、弓場隊はグラスホッパーを本当の意味でマスターしている者はいない。

 

 弓場は第三試験の為に鍛えてはいたが、他の三人は最低限使えるようになっただけ。

 

 迅はそれを見抜いて冷静に攻撃を凌ぎ、ミスを誘発させて一人一人仕留めたらしい。

 

 弓場は神田の捨て身によって迅の片足を吹き飛ばす手傷を負わせたらしいが、そこで神田諸共風刃によるカウンターで両断。

 

 あえなく緊急脱出となったらしい。

 

(やっぱり、空中戦を仕掛けるという発想は間違ってはいないな。後は────)

 

 七海はその情報の意味を吟味しつつ、スクリーンに目を向ける。

 

 時間は、丁度14:00。

 

 影浦隊、試験開始の時刻である。

 

『全隊員、転送開始します』

 

 

 

 

 沢村のアナウンスと同時に、影浦達の身体が仮想世界へ転送される。

 

 目に入るのは、中央に立つショッピングモール。

 

 そして。

 

『MAP、『市街地D』。天候、『猛吹雪』』

 

 戦場を包み込む、一面の白い嵐(ホワイトアウト)

 

 砂嵐と同等かそれ以上の、悪天候のフィールドであった。

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