吹雪く世界に降り立ち、影浦はビルの上から街を見据えた。
視界は、吹雪の所為で殆ど0に近い。
一面の白。
微かに見える、戦場となる街並み。
それを確認し、影浦は唇を釣り上げた。
「ヒカリ、位置はどうだ?」
『バッチリだぜ! やっぱ、あっちにバッグワームみてぇな機能がねぇのは間違いねぇな!』
オペレーターの光から、迅の位置が送られて来る。
それを部隊全員で共有し、影浦は告げる。
「ゾエ。やれ」
『了解了解っと』
そして、その合図を出した。
それは、即ち。
開戦の、号砲である。
「お、来た来た」
迅はその光景を視て、その場から退避する。
その、次の瞬間。
彼のいた場所に、無数の爆撃が着弾する。
適当メテオラ。
そう呼ばれる北添の得意技が、炸裂した瞬間だった。
影浦隊の得意戦術にして、基本戦術。
屋外で戦うMAPの場合、開幕直後に北添がレーダー頼りにメテオラを乱射し、混乱を生み出す。
そこを起点に乱戦に持ち込んで点を取るのが、影浦隊の戦術の
もしも迅がこの市街地Dの主戦場になり易いモール内に転送されていれば話は違っただろうが、彼が転送されたのは主幹道路のど真ん中。
そして風刃にバッグワームに類する機能がない以上、迅の位置は開幕から知られている。
この状態で、適当メテオラを撃たない理由がないのだ。
ただし。
「幾ら視えなくても、弾道で位置が丸わかりだよ」
それは、迅に自分の位置を晒す事をも意味している。
猛吹雪で視界は効かないが、そもそもの話として迅は大抵のMAPの構造は頭に叩き込んである。
スコーピオンを使っていた時代には、どんな地形でも太刀川とやり合えるように様々な地形を選んで戦い、その構造を記憶していた。
新しく追加された地形までは完全には把握してはいないが、その時の名残で大抵のMAP構造は頭に入っている。
故に。
弾道から大まかな位置は予想出来るし、そもそも
一瞬でも吹雪が晴れる場所があれば、そこを視ればそれで済む。
迅は、容赦など微塵もなく。
風刃の遠隔斬撃を、繰り出した。
『ゾエ、来っぞ……っ!』
「了解っと」
北添は、それなりに距離のあるビルの屋上から爆撃を敢行していた。
彼はそこまで足が速くないので転送位置によっては無理な地形で爆撃を行う事も考えていたが、今回はこのビルの中に転送された為、すぐさま爆撃を行う事が出来た。
勿論、即座に風刃による遠隔斬撃が来る事は分かっている。
吹雪で視界は効かない筈だが、あの香取隊の試合で見せた動きから考えるに、弾道予測や地形把握はさも当然のように行って来るだろう。
故に、この迎撃自体は最初から想定済み。
だからこそ。
北添は躊躇いなくそのトリガーを使用し、遠隔斬撃の到達直前にその場から
「へえ」
迅は緊急脱出の光が確認出来ない事から風刃の攻撃が失敗した事を理解し、興味深げな笑みを浮かべた。
相変わらず吹雪で視界が効かない為、北添に何が起きたかは視えない。
だが、推測は出来る。
迅が使用した遠隔斬撃の弾数は、三本。
何処にシールドを張ろうと、必ず急所を射抜けるように放っていた。
そして、北添の回避能力では身のこなしだけで回避したというのは考え難い。
グラスホッパーも使いこなせるとは思えないし、位置予測が間違っていたというワケでもない。
エスクードジャンプという可能性もあったが、この距離ならば間に合うかは微妙なところだ。
つまり。
「テレポーターか」
転移トリガー、テレポーター。
その可能性が一番高いと、迅は推測した。
『追撃はねぇな。どうやら撒けたみてーだぜ』
「よかったぁ」
北添は先ほどとは別のビルの屋上に立ちながら、ふぅ、と息を吐いた。
迅の推測は、当たりだった。
彼があの場からの離脱を成し遂げたのは、テレポーターによるものだ。
テレポーターは、本来迅相手には鬼門だ。
最初のデモンストレーションの試合で茜がやられたように、迅は転移先を視てそこに斬撃を置く事が出来る。
初見殺し性能の高いテレポーターではあるが、反面既知の相手からしてみれば対策は幾らでも出来るという弱点がある。
特に、転移先を視られてしまう為に奇襲性すら死んだも同然。
徒に隙を晒すだけの結果に、終わってしまう。
だが。
それはあくまで、
今回のMAPの天候は、猛吹雪。
砂嵐に匹敵する、視界封鎖の悪天候だ。
その視界は、殆ど0。
流石に爆撃のような目立つ真似をすれば別だが、テレポーターの転移事態は一瞬のうちに行われる。
この猛吹雪の中であれば、転移先を視られる心配もない。
結果として、北添は適当メテオラを行いつつ姿を晦ます事に成功したのだ。
テレポーターは再使用までにタイムラグがある以上、すぐに爆撃をすれば今度こそ位置が割れたまま逃げられずに落とされる。
此処で仕掛ける事は、出来ない。
だが。
既に、彼の役割は果たした。
後は、本命が行くだけだ。
「カゲ。任せたよ」
『ああ、任せろ』
「来たか」
白い嵐の中から伸びる、鞭のような斬撃。
迅はそれをバックステップで回避し、仕掛けて来た相手を見据えた。
そこにいたのは、隊服を雪と同じ白に染め上げた影浦。
白を纏った
「行くぜ」
闘志を漲らせた影浦は、マンティスを繰り出し迅へと斬りかかった。
「成る程、そういう事か」
試合を見ていた犬飼が、そう言って目を細めた。
香取隊の結末を見ていたにも関わらず、視界を制限する天候を選んだ影浦隊の意図はすぐには分からなかった為、困惑した者は多い。
だが。
こと此処に至れば、その目的も理解する。
吹雪を隠れ蓑にした、奇襲戦法。
それが、影浦隊の今回の作戦の根幹だ。
「視界を制限して、ゾエの適当メテオラを撃つ。で、ゾエはテレポーターで逃げたのか。この吹雪なら、日浦さんのように斬撃を置かれる事はないと考えて」
「確かにこれだけの悪天候なら、テレポーターを使っても分かりませんからね。理に叶っています。問題は、香取隊の時と同じく風刃の軌道が見え難い、という事ですが────」
「その点も、問題ないでしょ。前回と今回じゃ、決定的に違う点があるからね」
犬飼はそう告げると、影浦の戦う映像を見て笑みを浮かべた。
「カゲには、
そう、視覚を介する迅の未来視とは異なり、影浦のサイドエフェクトは感覚で直接感知するタイプの能力だ。
吹雪や砂嵐等の視界の効かない環境下でも、影浦は問題なく攻撃の軌道を識る事が出来る。
つまり、こと影浦に限って言えば、未来視を封じる為の悪天候の弊害である風刃の不可視化というデメリットは、無視してしまう事が出来るのだ。
「だから、ゾエが適当メテオラで迅さんの注意を惹きつけた隙に、カゲがああして接近出来た。やってる事はいつもと同じだけど、それを迅さん相手に創意工夫で成功させたってワケだね」
適当メテオラで攪乱し、その隙に影浦が近付き奇襲する。
その手順自体は、いつも影浦隊がやっている事だ。
だが。
今回の影浦隊は、迅という駒の特性と影浦というエースの性質を理解した上で立ち回り、その
その意味は、果てしなく重い。
迅相手に、いつも通りの戦術が使える。
それがどれ程難しいかは、言うまでもない。
未来視を使える迅にとって、あらゆる戦術は既知となり、奇襲の意味は失われる。
故に、いつも通りの感覚で戦っていれば、間違いなく敗北する。
かと言って、慣れない戦術で勝てるレベルの相手というワケでもない。
奇策は初見殺しには有効でも、逆に言えばそれだけ安定性のない戦術でもあるのだ。
確かに有効ではあるが、奇策だけに頼るようでは勝ち続けるには限界がある。
そういう意味で、状況に応じて臨機応変に立ち回り、自分の隊の
B級上位では二宮隊と生駒隊がその点は優れており、二部隊の安定感の現れでもある。
影浦隊は、元々個々人が好きにやった結果として、それを強引に押し通す事に成功していた。
北添が爆撃し、影浦が戦いたい相手に奇襲し、隙を見つければユズルが狙撃する。
それが、影浦隊の
この自由度の高さこそが影浦隊の真骨頂であり、部隊の肝でもある。
下手に戦術を考えるよりも、各々が自然な形で動いた方が強い。
それが、影浦隊なのである。
そして今は、そこに戦術的な視点が加わっている。
各々の強みを殺す事ないように動く事を念頭に置き、尚且つ相手の動きを考慮に排除すべき障害を見定める。
そして、影浦が最適な形で存分に動けるように露払いを行い、盤面を動かす。
それこそが、今の影浦隊の
影浦隊の強みである遊撃性の高さを殺す事なく、相手への対策を考慮した上で奇襲をかける。
それが、影浦隊なりの迅への答え。
挑戦者となった
「カゲのサイドエフェクト前提の動きだから俺達の参考にはならないけど、
いやー、カゲが此処まで弟子に甘くなるとはねぇ、と犬飼は笑っている。
無論、そんな事は七海とて理解出来ている。
影浦がこの戦術を選んだのは自分が勝つ為、という目的も大前提としてあるだろう。
しかし、それだけではない。
後に続く、七海の為に情報を落とす。
それが、今回の影浦隊の動きからは透けて見えた。
これが試験である以上、那須隊は影浦隊にとって競争相手である事に違いはない。
戦う相手こそ共通しているが、試験である以上優劣は決まる。
影浦隊がA級昇格にかける気概がどれ程のものかは分からないが、少なくとも興味がないというワケではないだろう。
それならば、昇格試験の説明の時に忍田相手に影浦があんな事を問いかける筈がないからだ。
ユズルが遠征に行きたがっているのであれば、影浦が全力を尽くさない筈がない。
強面で喧嘩っ早い面はあるが、影浦は身内に対する情はとても深い。
特に、なんだかんだで自分に懐いているユズルがやる気を出したのであれば、影浦が本気になるには充分な理由となる。
今回も、自分が駄目でも七海の役に立てれば────────などと、弱気な思考では断じてない。
ただ、これが一番勝てそうだから、ついでに参考にしとけ。
そのくらいの、気概だろう。
手を抜いたワケではなく、ただ一番勝率の高い方法が観戦する那須隊にとって有意義な戦術だった。
それだけの、話である。
「カゲらしいな」
「ええ、確かに」
村上の言葉に、七海も同意する。
これが、影浦なのだ。
口は悪いし、素行も良いとは言えないけれど。
それでも、情に厚く身内は決して見捨てない。
必要と思えば幾らでも世話を焼くし、仲間の為に本気で怒る事も出来る。
だからこそ、彼の内面を知る者達から慕われるのだ。
影浦隊は、そんな影浦とその理解者が集まっている。
皆が影浦の真意を理解し、彼と共に思う存分その力を振るい戦う。
それが、影浦隊。
彼という孤高の獣の元に集った、仲間想いの
今、彼等はその牙を剥きだしにして笑っている。
その光景が、七海と村上には見えるようであった。
「でも、なんで市街地Dなのかな。もしも迅さんがモールに転送されてたら、どうするつもりだったのかしら」
「その場合も、メテオラで焼きだすつもりだったんじゃないかしら。あのMAPでは、よく使われる手だし」
熊谷の疑問に、那須がそう答えた。
市街地DというMAPは、中央に巨大なショッピングモールの存在する狭いMAPだ。
場合によっては、初期転送位置がモールの中、という事が充分考えられる。
実際、ユズルがそうだ。
もしも熊谷の言う通り、迅がモール内に転送されていれば即座に爆撃で狙う事は出来なかった筈だ。
無論、那須の言う通りこのMAPでは戦況が硬直すれば
だが。
「その場合は、一手の無駄が大きいんじゃないかな。だからそれよりも、迅さんが出て来るのを待ってから仕掛ける予定だった、って考えた方が良さそうだけど」
でも、と犬飼は思案する。
(それだったら、熊谷さんの言う通り最初から渓谷地帯なんかを選んだ方が手間が省けるよね。だから、この点も何か仕掛けがあるな)
犬飼は、このMAP選択にも何かしら意味がある筈だと確信していた。
渓谷地帯のような開けたMAPではなく、屋外戦になる可能性の高かったこの地形を選んだ意味。
そこには、まだ見せていない影浦隊の真意が隠されている筈だ。
映像からその真意を読み取るべく、犬飼は目を走らせ────────。
「成る程」
一つの映像を見て、得心して頷いた。