痛みを識るもの   作:デスイーター

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「────旋空弧月」

 

 荒船が弧月を構え、拡張斬撃旋空を放つ。

 

 七海はそれに対し、跳躍によって回避。

 

 すかさずそこにイーグレットの弾丸が飛来するが、七海はグラスホッパーを起動。

 

 ジャンプ台トリガーを踏み、弾丸を回避しつつ荒船の背後に着地する。

 

「ハッ、見え見えなんだよ……っ!」

 

 だが、荒船は再び旋空を起動し、七海のいる方向に刃を振り抜く。

 

 七海は旋空弧月を跳躍で回避。

 

 グラスホッパーを踏み、ビルの淵に着地する。

 

 先程から、何度も繰り返された攻防。

 

 戦況は、完全に膠着状態に陥っていた。

 

 先程までは、荒船は半崎が狙撃位置に着くまでは無理をせず、時間稼ぎに徹するつもりだった。

 

 故にこそ意図的に膠着状態に持ち込んでいたのだが、先程と違いもう半崎の援護は望めない。

 

 此処で半崎が落ちる事は、荒船にとっても完全な想定外であったのだ。

 

 だが、荒船に焦りはない。

 

 先程、とある朗報が彼の耳に飛び込んで来たからだ。

 

(那須は今、柿崎隊と戦り合ってる。なら、此処で多少時間をかけてもすぐに状況が悪化する事はねえ)

 

 それは、高台からこちらを援護していた穂刈からの報告であった。

 

 曰く、この先の都市部でバイパーが放たれる所を目撃した、とのことだ。

 

 那須本人は確認出来なかったそうだが、この試合でバイパーを持ち込んでいるのは、那須だけだ。

 

 彼女の代名詞的なそれが使われたとなれば、十中八九那須はそこにいる。

 

 そして、今現在彼女が戦う相手は、『柿崎隊』しか有り得ない。

 

 『柿崎隊』は常に合流して動く為、三人全員がそこにいると見て間違いないだろう。

 

 これで、一番警戒するべき那須と『柿崎隊』の位置は割れた。

 

 茜の位置も半崎の狙撃の際に大方の場所は分かっており、前回の事を鑑みれば熊谷は茜の護衛に付いている筈だ。

 

 つまり、ほぼ全員の位置がこれで特定出来た事になる。

 

(今の日浦の位置からなら、ライトニングで此処は狙えねぇ。イーグレットなら可能性はあるが、ライトニング程の速度は出ねえ上に日浦の嬢ちゃんはマスタークラスになったのはあくまでライトニングだけだ。動きさえ止めなきゃ、何とか反応は出来る筈だ)

 

 来る方向も分かってるしな、と荒船は分析する。

 

 狙撃手相手に最も注意しなければならないのは、()()()()()である。

 

 最初の一発だけは何処から飛んでくるか分からない上に、ライトニング(速度重視)イーグレット(射程重視)アイビス(威力重視)のどれで来るかも分からない。

 

 相当の警戒をしていなければ、避ける事は難しいのだ。

 

 だが、来る()()さえ分かってしまえばなんとかなる場合が多い。

 

 ライトニングであれば通常のシールドで防げるし、イーグレットであっても集中シールドを用いれば防げなくはない。

 

 唯一アイビスだけはシールドではまず防げないが、そもそもアイビスは三つの狙撃銃の中で最も弾速が遅い。

 

 弾丸が来る方向さえ分かっていれば、避ける事はそう難しくはないのだ。

 

(しかし、上手く避けやがるなこいつ。きちんと()に逃げてるあたり、旋空相手の回避手段も相当鍛えてやがるなこりゃ)

 

 荒船は七海の姿を見据え、苦笑いを浮かべる。

 

 七海が先程から荒船の旋空弧月を跳躍で躱しているのは、()()()を制限させない為だ。

 

 彼の身のこなしなら、一度目の旋空はしゃがんで回避する事も可能といえば可能だ。

 

 だがその場合、()()()()()()()()を避け切る事が難しくなる。

 

 しゃがんでの回避を選択してしまった場合、そのまま旋空弧月を振り下ろされれば避けるのは相当難しい。

 

 旋空弧月は見た目は()()()()に見えるが、その実態は()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 つまり、相応の技巧は必要となるが途中で攻撃の軌道を変える事は出来なくはない。

 

 それを分かっているからこそ、七海はグラスホッパーを使うリスクを承知した上でもしゃがみ込んでの回避行動を選択しなかったのだ。

 

(七海対策にそこらへんも鍛えたんだが、考えてみりゃこいつは太刀川相手に散々鍛錬を積んでる。旋空弧月の避け方は、習熟済みってワケか)

 

 荒船はその事実に多少心を乱されながらも、努めて冷静に七海と対峙する。

 

 分かっていた事だ。七海が、強くなっている事は。

 

 七海は太刀川に出水、影浦といった面々の指導により、以前とは比べ物にならない実力を身に着けた。

 

 ボーダートップクラスの面々の指導を受けた成果は、彼の身にしっかりと刻まれている。

 

 その成果を刻むのは、可能なら自分がやりたかった。

 

 自分が七海を鍛えて、彼を強くしたかった。

 

 だが、当時の荒船には人を鍛えるだけの技術が不足していた。

 

 だからこそ、あの時影浦に付いて行った七海を笑顔で見送ったのだ。

 

 …………悔しくない、と言えば嘘になる。

 

 今の荒船なら、あの時の七海にも充分な指導を行う事が出来るだろう。

 

 だが、それは有り得ない()()()の話だ。

 

 既に七海は荒船の指導が必要な領域はとっくに抜け出し、更なる高みに足をかけようとしている。

 

 今更自分が指導に加わった所で、邪魔にしかならないだろう。

 

 ならば、せめて。

 

 せめてランク戦で七海と直に渡り合い、()()()()()の意地を見せてやりたい。

 

 ()()()()()()()()()()のだと、七海に示してやりたかった。

 

 故に、猛る。

 

 盤面は不利。

 

 味方も落ちた。

 

 当初の作戦は、完全に瓦解した。

 

 だからどうした。

 

 自分はまだ負けていないし、仲間だって残ってる。

 

 今だって、七海と渡り合う事が出来ている。

 

 諦める理由など、何一つない。

 

 必ずこの手で、七海を斬り伏せてみせる。

 

「おらああ……っ!」

 

 荒船は闘志を刃に宿し、旋空弧月を起動。

 

 七海に、己の最初の弟子に、渾身の斬撃を放つ。

 

「────」

 

 だが、七海は軽々と跳躍し、斬撃を躱す。

 

 動揺はない。

 

 分かっていた事だ。

 

 七海に、この程度の攻撃が通用しない事は。

 

 大ぶりの斬撃の隙を突いて、接近して来る事は。

 

「────かかったな」

「……っ!」

 

 ()()が、響く。

 

 荒船の左手に握られた銃手トリガー(デリンジャー)から放たれた弾丸が、七海の右足のスコーピオンに着弾。

 

 着弾した『鉛弾』が、重しとなって刃に撃ち込まれる。

 

 最初から、これを狙っていた。

 

 一度鉛弾を当ててからデリンジャーを使わなかったのは、この為。

 

 この一発に繋げる為に、今まで耐えて来たのだ。

 

 重石を付けられた七海の身体の動きは、著しく鈍っている。

 

 今なら、当てられる。

 

 これまで当てられなかった攻撃を、七海に。

 

「うらあ……っ!」

 

 旋空を起動する間すら、惜しい。

 

 荒船は逆手持ちに構え直した弧月を、己の出せる最速を以て振り上げる。

 

 同時に、穂刈も遠方から狙撃を放つ。

 

 剣と狙撃の、十字攻撃(クロスアタック)

 

 重石を付けられ、動きの鈍った七海にこの攻撃は避け得ない。

 

 荒船も、穂刈も、勝ちを確信した。

 

「────いいえ、それはこちらの台詞です」

「……っ!?」

 

 そこで、気付く。

 

 七海の後方。

 

 先程まで彼がいた場所に、()()()()()()()()()()()が設置されている。

 

 そして、そのトリオンキューブに────メテオラに、突如狙撃が着弾。

 

 その一撃が引き金となり、メテオラのトリオンキューブが起爆。

 

 ビルの屋上を、凄まじい爆風が席巻した。

 

「うおおおおおおおおお……っ!?」

 

 荒船は爆風に押し流され、ビルの屋上から落下。

 

 地面に向けて、凄まじいスピードで落ちていく。

 

「く……っ!」

 

 トリオン体は、たとえ高所から落下しようがダメージを受ける事は無い。

 

 即ち、このまま墜落しようが落下ダメージによって『緊急脱出』する事は有り得ない。

 

 だが。

 

 だが。

 

 投げ出された空中では、()()()()()()()()()()

 

 そして、荒船が対峙していた七海が最も得意とするものは────空中での、三次元機動である。

 

「……っ!」

 

 案の定、屋上から飛び降りた七海が、周囲のビルを足場にしながら三次元機動で追い縋って来る。

 

 不規則な軌道を描きながら、鍛え上げたその脚力で正確無比に暗殺者はビルを駆ける。

 

 その右足に、既に重石は存在しない。

 

 即座に重石の付いたスコーピオンを破棄し、新たなスコーピオンを右足とした七海に、『鉛弾』の枷はない。

 

 穂刈から放たれた狙撃すら回避し、最短最速で、七海が荒船へと肉薄する。

 

「うらあああああああああああああああ……っ!」

 

 だが、荒船もただでやられるつもりはない。

 

 空中で体勢を崩しながらも、旋空弧月を起動。

 

 七海に向けて、最大出力の旋空弧月を振り抜いた。

 

「────」

 

 だが、それすら七海は乗り越える。

 

 旋空弧月が迫り来る中、出力を調整したグラスホッパーを、分割起動。

 

 出力を抑える事で複数枚展開したジャンプ台トリガーにより、旋空弧月の斬撃軌道を掻い潜る。

 

 旋空弧月を全力で振り抜いた荒船に、最早回避の手段はない。

 

 七海はそのまま、荒船へと肉薄する。

 

「ハッ、これくらい超えて来るよなあ、お前はよお……っ!」

「……っ!」

 

 だが、荒船は諦めてはいなかった。

 

 その左手に構えたデリンジャーを、今度は鉛弾なしで撃ち放つ。

 

 回避は不可能な、至近距離でのアステロイドの発射。

 

 それが、荒船の最後の一手。

 

 最後まで勝ちを諦めない、荒船の意地の結晶。

 

「────はい。荒船さんなら、そこまですると思いました」

「……は……っ!?」

 

 ────だが、七海はそれすら読んでいた。

 

 七海は即座に右足のスコーピオンを破棄し、()()()()()()()()()()を展開。

 

 両防御(フルガード)のシールドで、『アステロイド』は受け止められる。

 

 幾ら七海の豊富なトリオンを注ぎ込んだシールドとはいえ、片方だけのシールドだけでは威力特化の弾丸(アステロイド)は防げない。

 

 故にこその、両防御(フルガード)

 

 七海はそれを即座に選択し、実行に移した。

 

 最早、荒船に出来る事など何もない。

 

 七海がその右腕にスコーピオンを展開する光景が、走馬灯のように荒船の眼に映り込む。

 

「が……っ!?」

 

 そして、スコーピオンが振り下ろされる。

 

 七海の振るった刃は正確に荒船の身体を両断し、致命。

 

 荒船の前身に罅割れが発生し、トリオンが漏れ出していく。

 

 そして荒船は、自身を打ち倒したかつての弟子を、見上げた。

 

「────お前の勝ちだ、七海。強くなったな、本当によ」

「はい、ありがとうございました。荒船さん。貴方のお陰で、俺は此処まで強くなれました」

「────っ!」

 

 …………その言葉に、荒船がしたのはどんな表情であったか。

 

 驚きか、歓喜か、それは荒船自身にも分からない。

 

 だが、悪くない心境なのは、確かだった。

 

「…………ははっ、こりゃあ負けるワケだ。完敗だよ、七海」

 

 荒船は、何処か吹っ切れたような笑みを浮かべる。

 

 それは、例えるなら憑き物が落ちたような、そんな笑みだった。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 そして、機械音声が彼の敗北を告げる。

 

 荒船は光の柱となって、その戦場から脱落した。

 

 

 

 

「荒船……っ!?」

 

 荒船の緊急脱出の報を聞いた穂刈に、動揺が奔る。

 

 あと一歩、あと一歩だったのだ。

 

 あと一歩で、荒船は七海を仕留められた。

 

 だが。

 

 だが。

 

 あの一発が。

 

 七海の置きメテオラを起爆した茜の狙撃が、全てを覆した。

 

 最後に放ったデリンジャーの一撃は、確かに荒船が用意していた()()()であった。

 

 だが、あの一撃は。

 

 本当なら、あの屋上で放つ筈であった。

 

 あんな、身動きが取れない空中ではなく。

 

 穂刈の援護が十全に届く、あの屋上で放つ筈だったのだ。

 

 それを、あの一発が覆した。

 

 七海がメテオラを使う可能性自体は、考慮していた。

 

 しかし、射手トリガーであるメテオラにはトリオンキューブを精製し、分割、射出するという発射までの時間遅延(タイム・ラグ)がある。

 

 それを考えれば、七海のメテオラは()()()()()()()である筈だった。

 

 だが、七海はその認識を逆手に取った。

 

 メテオラを設置し、それを茜に撃ち抜かせる事で予測不能なタイミングでの起爆を仕掛けたのだ。

 

 完全に、不意を突かれた。

 

 茜の狙撃は防ぎ切れると、高を括っていた.

 

 狙撃が来る方向すら分かっていれば、狙撃は防ぐ事が出来る。

 

 その認識を、利用された。

 

 荒船ではなく、味方が仕掛けた爆弾(メテオラ)の遠隔起爆という手段で、裏をかかれた。

 

 言い訳のしようがない、完全敗北だった。

 

(後悔してる暇はないぞ、今は。何が出来る、俺だけで。狙っても無駄だからな、七海は…………移すか? 標的を)

 

 穂刈はなんとか頭を切り替え、次に自分が取るべき行動を思案する。

 

 このまま七海を狙撃で狙うのは、有り得ない。

 

 七海に、単発での狙撃等通用する筈がないからだ。

 

 むしろ、一刻も早く此処を離れなければ、七海に刈り取られるだけだ。

 

 ならば、さっさとこの場所を放棄して、『柿崎隊』を狙えるポイントに移動するべきだ。

 

 この試合、自分達の隊はまだ一点たりとも得点していない。

 

 ならば『那須隊』に拘らず、とにかく()()()()を狙いに行くべきだ。

 

(善は急げだな、とにかく)

 

 穂刈はすぐさまその場からの撤退を決め、屋上の入口に飛び込んだ。

 

 そして全速力で階段を駆け下り、下へ向かう。

 

 ビルから飛び降りる事も考えたが、もしも七海に見つかればすぐさまグラスホッパーで肉薄される。

 

 多少手間がかかろうが、ビルの内部を駆け降りるしかなかった。

 

「が……っ!?」

 

 ────だが、それすら用意(誘導)された逃げ道だった。

 

 穂刈の背中に、鋭い斬撃が振り下ろされた。

 

 ワケの分からぬまま致命打を受けた穂刈が見たのは、長身の少女。

 

「な、何で、お前が……っ!?」

「そりゃ当然、穂刈先輩を仕留める為だよ」

 

 ()()がそう答えると、彼女は更に一撃、弧月を振り下ろす。

 

「ぐ……っ!?」

 

 駄目押しの一撃が、穂刈の身体を両断する。

 

 それが、致命。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が脱落を告げ、穂刈は光の柱となって消え失せる。

 

 『荒船隊』最後の一人も、脱落。

 

 今この瞬間、『荒船隊』の全滅が確定した。

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