痛みを識るもの   作:デスイーター

280 / 487
影浦雅人⑨

 

「────!」

 

 影浦はマンティスを繰り出し、迅に斬りかかる。

 

 鞭のようにしなり、曲線を描きながら振り抜かれる獣の刃。

 

 迅はそれを風刃のブレードで斬り飛ばし、攻撃を凌ぐ。

 

 マンティスはスコーピオンを連結させた代物である為、当然耐久力は変わらない。

 

 どころか、伸ばせば伸ばした分だけ耐久力が落ちるので、スコーピオンよりもよっぽど割られ易い。

 

 マンティスの最大の利点はその射程と自由度である為、伸ばさない、という選択肢がまず有り得ないからだ。

 

 故に、弧月以上の耐久力と切断力を持った風刃のブレード相手でたった一合で割断される。

 

「ち……っ!」

 

 影浦は即座にマンティスを再構成し、一閃。

 

 下から突き上げるような軌道でマンティスを振り抜くが、迅はそれを身のこなしだけで回避する。

 

 そして続けざまに腕を振り抜き、風刃のブレードで影浦に斬りかかる。

 

「食らうかよ……っ!」

 

 防御────────などという選択肢は有り得ない。

 

 影浦は、あの日の試合で七海のスコーピオンが一合で切断された光景を直に見ている。

 

 スコーピオンで防御しようとした瞬間、それごと斬り倒されるだろう。

 

 風刃は遠隔斬撃がとにかく驚異的だが、ブレードそのものの性能も地味に厄介だ。

 

 重量はスコーピオン並みで、強度と威力は弧月以上。

 

 軽く、丈夫で鋭い。

 

 言葉にすればそれだけだが、シンプル故に明確な対抗策はない。

 

 弧月ならば打ち合えるだろうが、スコーピオンの耐久性能ではまず無理だ。

 

 故に、スコーピオンの使い手である影浦は迅の攻撃に対しては回避一択。

 

 そして。

 

「……っ!」

 

 影浦は下方から肌に刺さる強烈な感情を感知し、考える前に行動に移った。

 

 己の感覚に従い、即座にバックステップを踏む。

 

 その次の刹那、影浦のいた場所に風刃の遠隔斬撃が撃ち出された。

 

 間一髪、回避に成功した影浦。

 

 猛吹雪という視界が効かないフィールドである為、目視ではまず気付けなかったであろう。

 

 影浦のサイドエフェクトの感知があって、ギリギリ回避が間に合う。

 

 これは、そういう類の攻撃だった。

 

(ちっ、攻撃速度がとんでもねぇ……っ! 一瞬でも気ぃ抜いたらやられるな、こりゃ)

 

 それに、と影浦は迅の持つ風刃から伸びる十本の帯を見据える。

 

(今、ようやく一本か。中々使いやがらねぇな、ちくしょうが)

 

 迅は、最初に北添への奇襲が失敗して以降、遠隔斬撃を全く使っていなかった。

 

 今、ようやく一本を消費させたが────────その間に、影浦の動きは見切られつつあった。

 

 最初の数合だけは視界が効かないという条件と白く染めた隊服の相乗効果で有利に戦えていたが、四合目からは違った。

 

 迅は僅か数合で影浦の動きと悪天候という条件に適応し、あからさまに隙をなくし始めた。

 

 そして、迅は遠隔斬撃を使わずに、体捌きだけで影浦とやり合っている。

 

 遠隔斬撃を使えば痛打を与えられそうなタイミングですら、彼はそれを使わなかった。

 

 それは何故か。

 

 舐めてかかっている────────などという楽観は有り得ない。

 

 恐らく、待っているのだ。

 

 もう一度、北添が爆撃して来るタイミングを。

 

 北添は適当メテオラを撃った直後、テレポーターでの雲隠れに成功している。

 

 今は影浦を援護出来るよう、何処かに身を隠している筈だ。

 

 適当メテオラは、攻撃を感知出来る影浦とは抜群に相性が良い。

 

 何せ、影浦のいる場所に撃ち込んでも、彼だけはその爆撃を察知して回避しながら攻撃に移れるからだ。

 

 故に、北添がそのタイミングを狙っている事を────────迅は、読んでいた。

 

 だからこそ、風刃の遠隔斬撃は使わない。

 

 北添を補足し次第、即座に仕留める為に。

 

 無論、テレポーターがある事は理解しているだろう。

 

 だが、迅に同じ手が二度通じるという楽観は、影浦達は抱いていなかった。

 

 テレポーターがあるから大丈夫、などという安易な考えで行動した瞬間、その油断を突かれるだろう。

 

 迅は、戦争という死地を潜り抜けた彼には、それを納得させるだけの凄みがある。

 

 ガンメタを張った香取隊に対し、地力と経験のみで鮮やかに撃退してみせた光景を影浦達は忘れていない。

 

 迂闊に爆撃を仕掛ければ、恐らく迎撃される。

 

 それは推測というより直感の類ではあったが、影浦はこれが間違っているとは思っていない。

 

 そもそも、未だ北添やユズルが無事なのは影浦が一人で迅を抑えているからだ。

 

 風刃の遠隔斬撃は確かに強力だが、近接ではただのブレードに過ぎない。

 

 目の前で他者と鍔迫り合っている最中に他の者を遠隔斬撃で狙うのは、明確な隙になる。

 

 そして、影浦はその隙を見逃す程愚鈍ではない。

 

 影浦という実力者が迅と相対しているからこそ、北添とユズルは隠密に徹する事が出来るのだ。

 

 本音を言えば、最初の奇襲で腕の一本でも落としておきたかったというのが正直なところだ。

 

 しかし、迅は白く染めた隊服で吹雪に紛れた影浦の奇襲を、さも当然の如く無傷で凌いでみせた。

 

 あれで痛打を与えられなかったのは、正直痛い。

 

 どんな実力者相手にでも、初見殺しは一定の効果を発揮する。

 

 だが、それはそれが本当に初見であった場合の話だ。

 

 今回の場合、吹雪に紛れるという手段を使ってはいるが────────爆撃の後影浦が奇襲する、という手準自体は影浦隊の基本戦術(デフォルト)である事に違いはないのだ。

 

 故に、迅は予想していたのだろう。

 

 あのタイミングで、影浦が奇襲をかけて来る事を。

 

 経験則から来る、推測で。

 

 そして迅の推測通り影浦は奇襲し、それは防がれた。

 

 ある意味、これは仕方のない事だとも言える。

 

 何せ、影浦隊が一番力を発揮出来るのがこの戦術なのだ。

 

 下手に普段の戦術を捨てれば、どうしても動きの精度(パフォーマンス)は低下する。

 

 だからこそ、戦術自体に間違いはない。

 

 ただ、それを見越して対応出来た迅が凄まじいのだ。

 

 雪に紛れただけ、と言葉にすれば簡単だが、普通ならあの奇襲は確殺出来て然るべき代物なのだ。

 

 視界がほぼ0の中、白い隊服で雪に紛れた影浦がマンティスで奇襲をかける。

 

 普通であれば、何が起こったか分からず斬り裂かれていた事だろう。

 

 だが、迅はそれに難なく対応してみせた。

 

 ()()()()()()()()という、ただ一点だけで。

 

 経験が違う。

 

 視点が違う。

 

 ものが違う。

 

 これが、迅悠一。

 

 戦争という死地を生き抜いた、歴戦の猛者。

 

 対策をした、それだけで勝てるような相手ではない。

 

 だからこそ。

 

 影浦達は、このMAPを選んだのだから。

 

(出来んなら、このままもう少し残弾を撃たせてぇところだが────────多分、撃ってこねぇなこりゃ)

 

 マンティスで迅に斬りかかりつつ、影浦は思考を加速させる。

 

(さっきの遠隔斬撃は、多分()()だ。やられたくなきゃ、ゾエを出せってな。ったく、タチが悪ぃ)

 

 影浦は、何もあてずっぽうで言っているのではない。

 

 彼のサイドエフェクトが、そう感じていたからだ。

 

 副作用(サイドエフェクト)、感情受信体質。

 

 それは、相手の感情を肌に刺さる感覚として感知する能力だ。

 

 先ほどの遠隔斬撃の際に感じたのは、過剰な程の()()

 

 此処で落とす、という殺意が籠りまくった攻撃だからこそ、影浦は間一髪での対処が間に合ったとも言える。

 

 あれだけ明確な殺意を攻撃に乗せれば影浦が反応する事は、迅は分かっていた筈だ。

 

 だというのにそれを行ったのは、影浦に対する挑発のようなものだろう。

 

 やられたくなければ、さっさと北添を出せ、という言外の脅し(ちょうはつ)

 

 それが、先ほどの攻撃の正体だ。

 

 感情をダイレクトに感知する影浦だからこそ、通じる挑発。

 

 それを分かっていてやっていたのだから、成る程確かに性質が悪い。

 

 しかし、このままではそれが脅しでは済まなくなる。

 

 迅の攻撃は、回数を重ねるごとに精度が上がっている。

 

 まるでそれは、村上鋼(あの好敵手)のよう。

 

 村上のサイドエフェクトを下地にしたそれとは違い、純粋な経験と観察眼でそれを実現している。

 

 だが、脅威はそれだけではない。

 

 風刃は、近付けばただのブレード。

 

 その認識自体は、間違ってはいない。

 

 されど。

 

 近接でも、遠隔斬撃自体は使えるのだ。

 

 多少やり難い、というだけで不可能ではない。

 

 そしてそれは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という精神的な圧迫を生んでいる。

 

 遠隔斬撃の速度は、あの生駒旋空並みかそれを上回る。

 

 加えて、迅は思考と攻撃の遅延(ラグ)がほぼ存在しない。

 

 影浦はその副作用(サイドエフェクト)で攻撃を感知出来るが、正確には彼が受け取っているのは相手の感情であって攻撃そのものではない。

 

 そして、攻撃意思が固まった段階で影浦はその感情を察知するが────────逆に言えば、攻撃意思を持たない段階では感知出来ない、という事でもある。

 

 無論、それは言うほど簡単な事ではない。

 

 戦闘は、感覚で戦う者と考えて戦う者に分別される。

 

 感覚で戦う者は思考と攻撃の遅延(ラグ)が少ないのが特徴であり、影浦にとって戦って面白い相手、というのはこちらだ。

 

 半面この手のタイプは戦術をあまり考慮する事がなく、搦め手を使っては来ない事が多い。

 

 指揮官の指示があれば話は別だが、単独で戦う分にはただその一挙手一投足に注目してさえいればいい。

 

 そして考えて戦うタイプは、次にどう動いて戦闘を組み立てるか、を常に思考して動く。

 

 搦め手を使いこなし、戦略的な視点を持つ為集団戦では厄介な相手だが────────同時に、思考から攻撃までの遅延(ラグ)が大きい相手でもある。

 

 次にどうするか、という事を常に思考している為、影浦にとっては攻撃タイミングを読み易い相手、とも言えるのだ。

 

 何せ、攻撃意思を持つ前に此処を攻撃するぞ、という思考が定まっているのだから、影浦にとってそういった類の攻撃は見えている攻撃(テレフォンパンチ)に過ぎない。

 

 故に、このタイプは個人戦では影浦にはまず勝てない。

 

 集団戦なら話は別だが、こと他者の介入のない個人戦においては考えて戦う相手はカモでしかない。

 

 影浦は、迅はこの考えて戦うタイプだと思っていた。

 

 感覚で戦うタイプには見えないし、如何にも搦め手を使いそうだ。

 

 実際、その評価は間違っていない。

 

 迅は常に思考を止めないし、次どうするかを考えてもいる。

 

 だが、その思考を外に漏らさないのだ。

 

 迅は、影浦と戦っていながら彼を意識していない。

 

 感情自体は刺さってはいる。

 

 されど、その感情自体がどうにも希薄なのだ。

 

 相対している影浦という個人、というよりもその場に存在する駒を見る遊戯者の視点、とでも言えばいいだろうか。

 

 影浦にして、そんな感覚は初めてだった。

 

 通常、戦う相手を意識しない、という事は不可能だ。

 

 相手を意識せずに攻撃や回避は出来ないし、そんな状態で戦いになるワケがない。

 

 しかし、迅の場合は視点が────────視えているものが、違う。

 

 彼が視ているのは、未来の光景。

 

 現在にいる影浦ではなく、未来の映像に存在する影浦を視て攻撃をしている。

 

 正確に言えば、迅は攻撃の時のみ未来の映像を視て行動している。

 

 流石に、この環境下で未来視だけに頼った回避は不可能だ。

 

 猛吹雪で視界が効かない状態ではあるが、流石に目の前にいればある程度姿が見える。

 

 そして、姿が見えればその動きから攻撃の軌道を予測する事が出来る。

 

 迅はその推論を元に、今の影浦相手の回避を成立させているのだ。

 

 だが、攻撃に関して今の迅は深く踏み込もうとはしない。

 

 反撃を受けない事を第一に考えた動きである為、未来の映像を元に攻撃を仕掛けても隙を晒す事はない。

 

 それだけなら、まだ良い。

 

 用は攻撃意思が薄いという事であり、そんな攻撃にやられる程影浦は甘くはない。

 

 だが。

 

 遠隔斬撃の存在が、その落差を脅威に変える。

 

 迅は、感情の強弱を恐らくは意図的にコントロール出来る。

 

 現在を見るか、未来を視るか。

 

 その切り替えによって、ある程度感情の強弱を調整していると考えられる。

 

 そして。

 

 風刃がどの程度の強さの感情で繰り出されるか、全く予想がつかないのだ。

 

 先ほどの一撃は、明らかにこちらに察知させるつもりの攻撃だった。

 

 つまり、あの強度の感情が遠隔斬撃時の基本状態(デフォルト)ではない。

 

 通常攻撃に見せかけて、遠隔斬撃を撃って来る。

 

 そういった可能性も、充分考えられるのだ。

 

 いつ、遠隔斬撃が来るのか。

 

 それを警戒しながらの戦闘は、相当なストレスになる。

 

 そして、精神の耐久性は永遠には続かない。

 

 加えて、猛吹雪という極限環境は精神消費を加速させるには充分な効果を持つ。

 

 このままいけば、30分という制限時間が来る前に影浦が限界を迎えて落とされるだろう。

 

『カゲ! 準備出来たぞっ!』

「……っ! 来たか……っ!」

 

 だが、オペレーターからの通信で影浦の顔色が変わる。

 

 次の瞬間。

 

 影浦は、即座に転身してマンティスをかぎ爪のように伸ばし、モールの壁へと引っ掛ける。

 

 そして、それまで背にして戦っていたモールの中へと硝子を割って飛び込んだ。

 

「へえ」

 

 迅はその光景を見て、即座に追撃を選択。

 

 期待に満ちた笑みを浮かべながら、モールの中へと突入した。

 

 

 

 

「成る程」

 

 迅は、モールの中に足を踏み入れた瞬間に影浦達の意図を理解した。

 

 目を凝らせば、分かる。

 

 モールの至る所に、細いワイヤーが張り巡らされている事に。

 

 この光景は、覚えがある。

 

 ()はこのような使い方はしなかったけれど、確かに最終ラウンドで彼は────────ユズルは、このトリガーを使っていた。

 

「スパイダーか」

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 それが、このモールの中に張り巡らされた蜘蛛の(イト)の正体だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。