痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人⑩

 

「まさか、影浦隊がスパイダーを使うなんてね」

 

 那須の呟きは、多くの者が同意出来る内容だった。

 

 影浦隊は、個人戦力の高さを如何に押し付けるかで趨勢が決まるチーム────────言うなれば、攻撃特化型の部隊だというのが一般的な認識だ。

 

 対して、スパイダーはその名の通り罠を張るタイプのトリガーである。

 

 確かに最終ROUNDでは北添を囮にした待ち伏せ、という戦法を使いはしたが、それでもあくまで基本戦術の延長ではあった。

 

 しかし、これは明らかに戦略的に仕込まれた罠だ。

 

 影浦隊のイメージと違う、と思う者も多いだろう。

 

「あ、でもユズルくん確かに使ってましたよ。最終ROUNDで。私とアパートで戦った時です」

「そういえば、確かそんな事も言っていたわね。こかされちゃったんだっけか」

「はい、押し倒されちゃいました」

 

 あ、違いました突き落とされたでした、と無邪気に笑う茜の発言に一瞬場が凍った事は彼女だけが気付いていない。

 

 話の流れから戦闘中の事だという事は理解出来るが、字面が少々危うい。

 

 この場にユズルがいなくて本当に良かった、と胸を撫で下ろしたのは誰であったか。

 

 自分のいないところで妙な風評被害が発生しかけたユズルだが、知らぬが花というやつである。

 

「それで、ユズルくんがスパイダーを使ってたのよね」

「はい、確か師匠から教わったとかなんとか言ってました」

「「「!」」」

 

 今度は、茜の発言に二宮隊の三人が反応した。

 

 スパイダーを使える、ユズルの師匠────────それは恐らく、鳩原未来の事だ。

 

 元二宮隊狙撃手、鳩原未来。

 

 その名の持つ意味は、彼等にとっては重い。

 

 不意にその名前が出た事で固まってしまっても、そうおかしくはないだろう。

 

「へえ、ユズルくんはなんて?」

「一度だけ教わったけど、使ったのはあれが初めてだって言ってました」

「成る程、ね」

 

 それは、鳩原にとってどんな意味があったかは分からない。

 

 自分を慕う弟子に少しでも技術を残したかったのか、それとも他の意味があるのか。

 

 犬飼はそんな事を思案する内面をおくびにも出さず、茜との話を終えた。

 

 流石に、これ以上踏み込むとボロが出かねない。

 

 表面上平気そうにしていても、彼女の事に関して何も思わない隊員は二宮隊にはいないのだから。

 

「…………」

 

 二宮は続きを聞きたそうにしていたが、さりげなく犬飼が誘導して事なきを得る。

 

 無いとは思うが、うっかり機密事項である鳩原の事を喋ってしまっては目も当てられない。

 

 折角ペナルティがなしになりそうだというのに、こんな所で躓くのは犬飼も────────そして、二宮も望んでいない。

 

 それを理解した二宮は名残惜しそうにしながらも、追及を諦めた。

 

「……?」

 

 自分の発言で妙な空気になった事を知らない茜は、二宮隊の面々の違和感に気付くがまあいいかと放置した。

 

 そこまで仲が良い相手ではないし、わざわざ踏み込む理由もない。

 

 そのあたり、割とドライな茜であった。

 

「吹雪に紛れての奇襲は目晦ましで、本命はこっちか。というより、吹雪での戦闘で時間を稼いでこのワイヤー陣を完成させるのが狙いだったのかな」

 

 さっさと話題を変えた方が良いと判断した犬飼が、そう切り出す。

 

 そして、その意図を察した辻が続いた。

 

「恐らく、そうでしょうね。ですが」

「うん。そうだね」

 

 犬飼は画面を見て、目を細めた。

 

「これじゃあ、未来視は封じられないんじゃないかな?」

 

 

 

 

「────!」

 

 影浦がワイヤーを足場に、迅に向かって接近する。

 

 元々高い機動力を持った影浦だが、その身のこなしはワイヤーによって更に強化されている。

 

 弟子の七海の十八番である、三次元機動。

 

 それを、今は影浦が行っている。

 

 無論、影浦はスピードタイプの七海や香取に比べれば長身だ。

 

 ワイヤー機動は小柄な方がその恩恵を受け易い為、実のところそこまで影浦に適した戦術とは言えない。

 

 だが。

 

 多少の不得意は、地力でカバー出来るのが影浦だ。

 

 影浦は元々、副作用(サイドエフェクト)を活かした戦闘を行う為に高い体捌きを会得している。

 

 故に、ワイヤーの隙間を縫ってそれらを足場に移動する事など、造作もない。

 

 影浦は複雑な軌道を描きながらワイヤーを駆け下り、マンティスの射程に捉えた瞬間腕から鞭刃を射出した。

 

「おっと」

 

 されど、迅はそれを余裕すら持って回避。

 

 迎撃の為、ブレードを振るった。

 

「ちっ」

 

 影浦は即座に離脱を選択し、ワイヤー上を駆け上がる。

 

 先ほどから、これだ。

 

 確かに、ワイヤーを使えば風刃の遠隔斬撃の射程からある程度離れる事は出来る。

 

 だが。

 

 此処は先ほどと違い、屋内。

 

 影浦が突き破った窓から吹雪が雪崩れ込んで来ているが、店内の照明は生きている。

 

 つまり、外と違い視界に制限はない。

 

 故に、迅の未来視は十全に機能していた。

 

 先ほどまでは、完全に経験と直感のみで影浦と相対していた迅であるが────────今は、未来視の恩恵により余裕を持った回避を行う事が出来ている。

 

 ハッキリ言って、先ほどと状況はさほど変わらない。

 

 むしろ、迅に余裕が出来た事でマイナスになったとさえ言える。

 

 完全な、悪手。

 

 傍目から見て、そう思わざるを得ない結果であった。

 

 

 

 

「それは、どうですかね」

 

 だが。

 

 それに、否を唱える者がいた。

 

 村上鋼。

 

 観戦席で試合を見ていた彼は、何処か楽し気な笑みを浮かべながら映像を見ていた。

 

「へえ、鋼くんは何か心当たりがあるワケだ。カゲ達が何を考えてるか、にさ」

「そうですね。無い、と言えば嘘になります」

 

 村上はそう言って、画面を見詰めた。

 

「最初に、カゲ達が市街地Dを選んだ事が分かった時にもしかして、とは思ったんですが────────カゲがモールの中に入ったのを見て、確信しました」

 

 実はですね、と村上は告げる。

 

「ROUND7で東隊と諏訪隊、荒船隊と戦ったんですが、その時MAP選択権を持っていた諏訪隊が選んだのが、市街地Dだったんです」

 

 狙撃手が多かったですからね、と村上は告げる。

 

 確かに、その組み合わせであれば狙撃手の利点を封じる為に市街地Dを選ぶのはおかしくはない。

 

 市街地Dは大抵の場合モール内が主戦場になる事が多い為、距離を空けられない狙撃手にとってはかなり不利なMAPとなるのだ。

 

 狙撃手のいない諏訪隊がその対策として選ぶのは、むしろ当然だろう。

 

「そこで、太一がちょっとした()()()()を試したんですが────────結果として、諏訪隊が全滅したんです」

「へえ」

 

 多分ですけど、と前置きして村上は続ける。

 

「その話を、前にカゲにもしたんです。その時は、深い意図はありませんでした。タネが割れれば、意味のない方法ですしね」

 

 ちょっとした雑談のつもりでした、と村上は言う。

 

 隠していたところでログを見れば分かるのだから、口を紡ぐ意味はないと。

 

 戦友との、ちょっとした会話。

 

 そのつもり、だった。

 

「でも、思えばあれは迅さんにはこの上なく有効な方法なんです。だって」

 

 村上は画面を見据え、告げる。

 

「迅さんには、オペレーターがいないんですから」

 

 

 

 

「────────てな事があったんだ。太一の思いつきも、案外馬鹿にならないよ」

「まあ、太一らしいっちゃらしいな。あいつ、狙撃手より特殊工作兵(トラッパー)のが向いてんじゃねーのか?」

 

 それはどうだろうなあ、と村上は笑いながら告げる。

 

 それは、最終ROUND後の打ち上げ────────お好み焼き屋『かげうら』での一幕。

 

 影浦と歓談していた村上は、ROUND7で自身が体験した出来事を伝えていた。

 

 正直に言って、浮かれていたのだろう。

 

 何せ、影浦の弟子にして村上の親友たる七海の所属する那須隊が、あの二宮隊を抑えてB級一位に上り詰めたのだ。

 

 村上の場合は一度上位に上がっておきながら中位に落ちたまま終わってしまったので、多少気まずい思いはある。

 

 だが、それと親友の成果を喜ぶかどうかはまた別の話だ。

 

 色々な意味で艱難辛苦を歩いてきた親友が、晴れ舞台で確かな戦果を挙げたのだ。

 

 これを喜ばないようでは、親友を名乗る資格はない。

 

 村上は、本気でそう信じていた。

 

 元より、実直且つ誠実な性格の村上である。

 

 仲間が助けを求めているなら迷わず助けるし、喜ばしい事があれば自分の立場は置いておいて祝福する。

 

 そんなお人好しの極致が、村上だ。

 

 西洋騎士の戦闘スタイルを踏襲しているのは、伊達ではないのである。

 

「しっかし、おもしれー事考えるよなあいつも。何してくっか分かんねーってのもある意味おっかねーよな」

「意外だな。カゲは、こういうの小細工って言ってそこまで好きじゃないとか言いそうだと思ってた」

「小細工は小細工だけどよ、それで諏訪隊全員落としたんだろ? 結果が出てんなら、それでいーじゃねえか」

 

 なんでもかんでもケチつけるワケじゃねぇしよ、と影浦は呟く。

 

 そんな影浦を見て、村上は何故か微笑まし気な笑みを浮かべた。

 

「なんか────────丸くなったな、カゲ」

「あん? 何処がだよ?」

「色々。七海を弟子に取ってから、いや────────七海が那須さんとの関係を修復してから、態度が柔らかくなったというか、前より余裕を持てるようになったんじゃないか?」

「────」

 

 影浦は思い当たる事があるのか、その場で沈黙する。

 

 そして、その沈黙が何よりの答えだった。

 

「良かったじゃないか。七海が独り立ち出来るようになって、肩の荷が降りたってやつだろ多分。案外、良い師匠やれてるじゃないか」

「一言余計なんだよてめーは」

 

 ぐりぐり、と村上の肩に拳を押し込む影浦だが、この程度は二人にとっては軽いスキンシップのようなものだ。

 

 村上は笑いながらそれを受け入れ、再び影浦に向き直った。

 

「ま、なんにしてもこれからも七海をよろしく頼むぞ。きっと、七海が一番頼りにしたいのはカゲだろうからさ」

「ふん」

 

 言われるまでもない、と影浦は言外に告げ、席を立った。

 

 これが、あの日の一幕。

 

 影浦と村上の、今に至る為の会話であった。

 

 

 

 

「そろそろ、決めさせて貰おうかな」

 

 影浦の三次元機動を難なくいなしながら、迅は風刃を構えた。

 

 瞬間、影浦の肌に強烈な殺意(かんじょう)が突き刺さる。

 

 来る────────そう確信した瞬間、影浦はニィ、と笑みを浮かべた。

 

「ユズル。やれ」

『了解』

 

 そして。

 

 次の瞬間。

 

 モール内の照明が、一斉に消灯した。

 

 

 

 

「太一はあの時、電気室に行って店内の照明を落としたんだ。そして、急な暗闇で視界が効かなくなった諏訪隊は、隙を晒す事になった」

 

 村上は思い出しながら当時の状況を説明し、話を続ける。

 

「そこで俺と来馬さんが笹森と堤さんを、そして何故か暗闇の中で正確に狙撃を当ててきた東さんが諏訪さんを落としたんだ」

「オペレーターが暗視を入れる前に、隙を突いて倒したワケですか」

「そういう事だ」

 

 東さんの場合は暗視が間に合ったのか純粋な技量だったかは分からないが、と村上は呟く。

 

 正直東さんを他の人と同じ括りで語る方が間違っているのは、それはいい。

 

 今回注目するべきは、電気室の操作による突如の消灯────────その、齎す効果である。

 

「電気消しを仕掛けた側の俺達は、当然タイミングを合わせて暗視を入れていた。だからこそ、いち早く動いて戦果を挙げられたワケだけど────」

「逆に言えば、オペレーターの正確な支援がなければ急な暗視の切り替えは難しい、という事か」

「小夜ちゃんなら出来ると思うわ」

 

 そうだな、と七海は那須のナチュラルな身内自慢を当然のように肯定しながら、この作戦の肝を理解する。

 

 それは────。

 

「迅さんには、オペレーターがいない。だから、暗視の切り替えも間に合わない可能性が高い、という事か」

「そういう事だ」

 

 オペレーター不在による、各種支援の有無の違い。

 

 それこそが、迅を相手取る時の明確な利点なのだ。

 

 迅には、オペレーターが存在しない。

 

 一人で一部隊という破格の扱いを受けている彼は、防衛任務の際も単独で動く。

 

 そも、オペレーターの仕事は戦場の情報を逐一収集し、それを部隊と共有しつつ仕事がやり易いように支援する事だ。

 

 迅の場合、未来視という究極の俯瞰視点を持っている為、オペレーターの必要性が薄いのだ。

 

 通常であれば、問題ない。

 

 彼が得る情報は基本的に未来視からのそれで充分であり、オペレーターが必須である他の部隊とは違うのだから。

 

 だが。

 

 ことこの試験においては、その違いは明確な隙になる。

 

 オペレーターがいないという事は、敵襲警報(アラート)を送ってくれる相手も、状況に応じて個々の判断でサポートしてくれる相手もいない、という事だ。

 

 つまり。

 

 この瞬間。

 

 突如電気が消え、迅が瞬間的に視界を失ったこの刹那こそ。

 

 彼を仕留める、好機なのである。

 

「これが、カゲ達の本当の本命。これまでの全てが、この為の布石だったってワケです」

 

 

 

 

 ユズルが電気を消した瞬間、影浦は即座に動いていた。

 

 同時に、モール内に隠れていた北添もアサルトライフルの銃口を迅へと向けた。

 

 これで、決める。

 

 そう考えて、北添は引き金に指をかけ/影浦はマンティスを振りかぶり────────。

 

 ────────引き金を、引いた/刃を、振り下ろした。

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