痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人⑪

 影浦は、迅悠一について何も知らない。

 

 未来視なんて副作用(サイドエフェクト)を持っている強い奴で、七海(弟子)が慕っている相手────────精々が、そのくらいの認識だった。

 

 時折七海に向けていた鬱陶しい感情の事を思えばあまり良い印象はないが、それでも弟子が慕っている以上邪険にはし難い。

 

 そういう、ある意味面倒な相手であった。

 

 ────────俺が不甲斐ない間も、七海の事を見てくれてさ。本当に、ありがとう────────

 

 その認識が変わったのは、先日。

 

 迅が屋上にいた影浦に会い、その言葉を告げた時だ。

 

 様々な意味で無視出来ない相手が、自分に会う為にやって来た。

 

 その時点で身構えた影浦であったが、その言葉と共に刺さる感情で気が付いた。

 

 ああ、こいつは七海と同じだったんだなと。

 

 刺さった感情の名は、感謝と後悔。

 

 七海の面倒を見てくれた事に対する感謝と、自分が何も出来なかった事に対する後悔だった。

 

 その、感情は。

 

 ────────カゲさん。前回の試合では不甲斐ない姿を見せてしまって、申し訳ありませんでした────────

 

 あの時。

 

 立ち直った後、自分に謝って来た時の七海と。

 

 全く同じ、感情だったのだから。

 

 あの時の七海は、自分を立ち直らせてくれた者全てへの感謝と、それまで心配をかけ続けた事に対する後悔が滲んでいた。

 

 憑き物が落ちた、とでも言おうか。

 

 今まで気付けなかった事にようやく気付いて、向き合う事が出来たからこそ。

 

 その事に対する感謝と、これまでの自分への後悔が生まれていた。

 

 きっと、迅もそうなのだろう。

 

 自分が他者を省みなかった事をようやく気付いて、不器用ながらも現在は一生懸命他者を省みようとしている。

 

 恐らく、その不器用度合いは七海よりも酷い。

 

 視えているものが違うのだから、仕方がないのかもしれないが。

 

 副作用(サイドエフェクト)というものは、呪いだ。

 

 そもそも、真っ当な能力であれば()()()などと呼ばれる筈がない。

 

 サイドエフェクトを持たない者は、持っている者を羨む事が多いが────────影浦に言わせれば、それこそお笑い種だ。

 

 こんなもの、望んで持った力ではない。

 

 肌が痛い、と訴え続けるも医者では異常は見つけられず、周囲から腫れもの扱いされていた幼少期。

 

 毎日、理由の分からない痛みを感じ続け、気が狂いそうだった。

 

 両親はそんな影浦に親身に接してくれたが、周囲からは喧嘩っ早い子供と見做され、周囲の輪から外れるのに時間はかからなかった。

 

 そして、ボーダーという組織が出来て、少しでもストレス解消になるのなら、と入隊した結果────────影浦のそれが、副作用(サイドエフェクト)と呼ばれるものである事を知った。

 

 その時、影浦は思った。

 

 ああ、俺の病気はそういう名前なのか、と。

 

 稀少な能力、と言われてはいたが────────影浦にとって、感情受信体質(それ)は病気の症状以外の何物でもなかったからだ。

 

 確かに、戦闘では役に立った。

 

 攻撃意思が察知出来るのだから、それを避ける事は容易だった。

 

 それに元々身体を動かすのは得意であったし、遠慮なく他者を攻撃出来る環境は悪くないものだった。

 

 だが、それを鑑みても副作用(サイドエフェクト)を持っていて良かった、と思った事は一度もない。

 

 普通の身体が、欲しかった。

 

 影浦の想い(ねがい)は、それに尽きる。

 

 こんな、こんな生き難い身体など、欲しくはなかった。

 

 それはきっと、迅も同じだった筈だ。

 

 未来視。

 

 成る程、確かに便利だろう。

 

 未来の事が知れるのならば、出来る事は数多い。

 

 悪い結果に及ばないように動く事も出来るし、私利私欲の為に使ったって良い。

 

 だが。

 

 影浦は、それが欲しいとは欠片も思わなかった。

 

 それは何故か。

 

 だって、未来なんてものが分かったら────────毎日、後悔をし続けながら生きていかなければならないのだから。

 

 未来が視えるという事は、悪い未来を視て────────それを、覆せなかった現実を見続けるという事でもある。

 

 幾ら強いとはいえ、組織の力があるとはいえ────────救える相手(みらい)の席の数は、決まっている。

 

 それを一つ取り溢す度に、きっと思う筈だ。

 

 嗚呼、知っていたのに助けられなかった、と。

 

 知らずに助けられなかった事と、知っていたのに助けられなかった事は、似ているようで違う。

 

 前者はただ間が悪かったと諦めがつくが、後者の場合は()()()()()()という罪悪感が付いて回る。

 

 それを気にしないような精神性の者であれば話は別だが、迅は見たところ思いっきり気にするタイプだ。

 

 さぞかし、苦痛に塗れた生き方をして来た事だろう。

 

 そう影浦が察する程には、迅の感情(こころ)は擦り切れていた気配があった。

 

 だけど、その擦り切れた感情に再び火が灯った────────今の迅からは、そんな気配が伝わって来た。

 

 きっと、火を点けたのは七海だろう。

 

 何故か、なんて問うのは無粋だろう。

 

 彼を変えられる者が、七海以外にいる筈がない。

 

 だって、七海の名を語る時の迅の感情(こえ)は。

 

 慈しむような、暖かなものが伝わって来たのだから。

 

 だから、今回の試験で立ち塞がったのもきっと七海の為だろう、という事は予想出来る。

 

 気持ちは、理解出来なくもないのだ。

 

 七海の成長の為、敢えて全力で立ち塞がる。

 

 それは、かつて影浦が最終ROUNDで行った事と同じなのだから。

 

 自分の弟子を見世物のように倒した事に関して何も思わなかったというワケでもないが、そういう事であれば理解出来る。

 

 それに、とうの七海が納得しているのに自分がうだうだ言うのも筋が通らない。

 

 だから。

 

 その心意気は買って、その上で吠え面かかせてやる、と影浦は息巻いていた。

 

 いつも通りの戦い方だけでは、恐らく足りない。

 

 予感はあったが、香取隊との試合を見て確信した。

 

 あれは、明確な格上であると。

 

 たとえば太刀川や風間であれば、まだ理解出来る────────常人の延長線上にある強さの強敵だ。

 

 だが、迅は違う。

 

 あれは、立っているステージそのものが違う。

 

 未来視だけであれば、なんとでも出来ただろう。

 

 実際に常人最強(太刀川)がノーマルトリガーを使う迅とは互角だったという話から、取り合えず勝負の土台に立てはするのだろう。

 

 風刃だけであれば、糸口はあるかもしれない。

 

 驚異的な速度と射程を持つが、性能自体に穴は多いのだから。

 

 されど。

 

 未来視と、風刃。

 

 その二つが揃った迅の強さは、文字通りの規格外(S級)

 

 普通にやって勝てるような相手では、断じてない。

 

 だから、策を練った。

 

 未来視の脅威を減らす為に悪天候を設定し、隊服を白に染めて奇襲した。

 

 それで落とせれば良し。

 

 これが駄目なら、次の作戦に移行。

 

 時間稼ぎを行いつつ、ユズルがモール内にスパイダーを設置。

 

 充分な準備が出来たら、戦場をモール内に移す。

 

 そして頃合いを見計らい、電気室に潜ませたユズルに電源を落とさせ、勝負をかける。

 

 村上から聞いた鈴鳴がランク戦で行った戦術の模倣ではあるが、光に言わせればオペレーターなしでは対応が遅れるのは間違いないとのこと。

 

 加えて、太刀川にも話を聞いた。

 

 彼曰く、迅の未来視は戦闘適用する場合、その精度は自分や七海のサイドエフェクトには劣るのだという。

 

 七海や影浦のサイドエフェクトは、攻撃のタイミングまで正確に察知出来るが────────迅のそれは、あくまで未来を()()ものであり、その場で攻撃を感知しているワケではないのだ。

 

 つまり。

 

 迅は未来を視て相手の行動を予測し、攻撃を回避する事は出来るが────────その未来が()()()()()()()は分からない、という事だ。

 

 要するに、迅の未来視は自分が戦っている試合のログを先んじて視る事が出来るが、そこに時間表示は存在しない、というワケである。

 

 それでも彼が回避に長けるのは相手の動きからその未来に至るまでの行動を予測し、的確に攻撃を捌いているからだ。

 

 この未来が来るのならば、恐らくこう動くだろう。

 

 そういう予測の下で、迅は動いている。

 

 だからこそ。

 

 電気を消す未来が視られたとしても────────それがどのタイミングであるのか、正確に識る事は出来ない、という事だ。

 

 故に、これが最大の好機。

 

 今は、一分一秒が惜しい。

 

 迅が状況を把握し切る前に、最短最速で攻撃を届かせる。

 

 これで決める。

 

 影浦と北添は、同時に攻撃を叩き込んだ。

 

「────────惜しかったね」

「な……!?」

 

 否、叩き込もうとした。

 

 だが。

 

 北添が引き金を引く寸前に、彼の身体を風刃の遠隔斬撃が斬り裂いた。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 三つの斬線により銃ごと斬り裂かれた北添は、敢え無く緊急脱出となる。

 

 ワケが、分からなかった。

 

 視界は、封じた筈だ。

 

 北添は、見つかっていなかった筈だ。

 

 なのに。

 

 なのにどうして、北添が攻撃直前に迎撃されている────!?

 

「銃撃をされる未来が、視えたからね。だから、銃撃の方向から位置に()()()を付けただけさ」

 

 その言葉に、絶句した。

 

 迅は、銃撃をされる未来を視た。

 

 そして。

 

 その未来で自分が受けた銃撃の方向から、北添のいる位置を割り出して遠隔斬撃を射出。

 

 テレポーターを起動させる間もなく、北添を仕留めたというワケだ。

 

「少し、焦り過ぎたかな? 電気が消えてすぐ撃って来るのは分かってたから、予め準備してたのさ」

 

 そして、未来視そのものでタイミングを識る事は出来ずとも────────電気が消えた直後に撃って来る、という事さえ分かればいつ銃撃して来るかは推察出来る。

 

 あとは、そのタイミングに合わせて遠隔斬撃を放つだけ。

 

 経験と、推論。

 

 迅は、それだけで影浦隊の必殺の策をいなしてみせた。

 

未来視(おれ)に、視界を与えるべきじゃなかったね。そういう意味じゃ、ちょっと中途半端だったかもだ」

「もう勝った気かよ、てめぇ……っ!」

 

 影浦は刹那の会話に付き合いながら、マンティスを繰り出す。

 

 迅はそれを軽やかな動きで避け、一度回避するごとに徐々にその精度を上げて行く。

 

 攻撃を続けながら、影浦は迅を睨み付けた。

 

 北添がやられた事は本当に計算外だが、まだ勝負は終わっていない。

 

 何故なら。

 

 この作戦は、まだ披露していない策が一つあるのだから。

 

(ユズル……!)

『了解』

 

 そして。

 

 影浦の通信と共に、店内の電気が一斉に点灯した。

 

 会話に付き合ったのは、時間を稼ぐ為。

 

 そう、迅が暗視を入れる時間を作る為だ。

 

 幾ら迅といえど、暗闇では視界が効かず、同時に未来視もその恩恵が失われるも同然。

 

 故に、たとえこちらの作戦を視られていても、暗視を入れざるを得ないのだ。

 

 その為に、消灯状態のまま戦闘を続行したのだ。

 

 影浦達は既に暗視を入れており、迅が暗視を入れなければ一方のみが視界を確保出来るという状態となる。

 

 その状態は、迅としても看過出来ない筈だ。

 

 外の猛吹雪と違い、今は影浦達にのみ視界を得られている。

 

 故に、外では副作用(サイドエフェクト)頼りの回避しか行えなかった影浦であるが、一方的に相手が見えている、という状態であれば話は別だ。

 

 流石の迅でも、自分だけが視界のない状態で戦い続けるのは無理がある。

 

 だからこそ。

 

 たとえ罠があると分かっていても、暗視を入れざるを得ない。

 

 そして、暗視を入れた状態でその場が明るくなれば、目が眩む。

 

 それは、決定的な隙に成り得る筈だ。

 

 目を閉じて目潰しを回避出来ても、それは同じ。

 

 用は、一瞬でも視界が効かなくなる瞬間を作り出せればそれで良い。

 

 今度こそ、決める。

 

 影浦はそう決意し、マンティスを振り下ろし────────。

 

「はい、予測確定」

 

 ────────下方から飛来した遠隔斬撃により、その両腕を斬り落とされた。

 

「な────!」

 

 影浦は、見ていた。

 

 迅は目を閉じる事も、目を晦ませた様子もなく。

 

 その眼で影浦を視認し、風刃を振るった所を。

 

「暗視を、入れてなかった、だと……?」

 

 暗視を、使わなかった。

 

 それしか、考えられない。

 

 電気を点ける作戦を看破して、暗闇で戦うリスクを許容したのか。

 

 影浦は一瞬、そう考えた。

 

「ああ、その通り。必要なかったからね」

 

 迅はそう告げ、影浦へと視線を向けた。

 

「その隊服(しろ)は、良く見えるから」

「……!」

 

 雪に溶け込む為、白く染めた影浦の隊服。

 

 それは確かに、吹雪の中では迷彩の役割を果たしていた。

 

 だが。

 

 このモールの中では、逆に目立つ要因となる。

 

 そして。

 

 白という色は、暗闇の中でも見え易いのだ。

 

 よく、夜で歩く時は白い服を着て行けば交通事故の可能性を減らせると聞くのは、そういう事だ。

 

 白い服であれば夜の暗い道であっても発見し易く、運転手が気付く可能性が上がる。

 

 それと同じように、影浦の白い隊服は暗闇の中での蛍光色の役割を果たしてしまっていた。

 

 無論、真っ暗な中でぼんやり見える程度であろうが────────極限状態での戦闘を幾度も経験した事のある迅にとっては、それで充分だった。

 

 かくして、影浦隊の作戦の全ては打ち破られた。

 

 善戦空しく、彼等は落ちる。

 

「まだだ……っ!」

 

 それに異を唱え、影浦は床に足を叩きつけ、攻撃を実行。

 

 地面に穿孔した刃が、迅の足をその場に縫い留めた。

 

 もぐら爪(モールクロー)

 

 そう呼ばれる技術の、マンティスを用いた発展版。

 

 地面にブレードを通す関係上、もぐら爪は使用中移動する事が出来なくなる。

 

 つまり回避が出来なくなる諸刃の剣と言える上に、影浦はそれを迅に届かせる為にマンティスを用いていた。

 

 もぐら爪を使っている為回避は出来ず、マンティスを使用している為防御も出来ない。

 

 間違いなく、次の攻撃で影浦は落とされるだろう。

 

「やれ、ユズル……っ!」

 

 

 

 

 だが、問題はない。

 

 影浦の目的は、迅をその場に縫い留める事。

 

 後は、ユズルが決める。

 

 これまで狙撃手としての役割を捨て、工作に徹していたユズルは。

 

 信頼する隊長の指示を受け、アイビスの引き金を────────。

 

「え……?」

 

 ────────引く前に、彼の身体に下方からの斬撃が突き立った。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 ユズルは何が起きたか分からずに致命傷を負い、脱落。

 

 光の柱となって、戦場から消え去った。

 

 

 

 

「そういう、事かよ……っ!」

 

 影浦は何が起きたかを察し、舌打ちする。

 

 迅の風刃から伸びる、無数の帯。

 

 それが、残り一つになっている事に。

 

 このモールに入った時点で、帯は七本存在していた。

 

 そこから北添に三本使用し、四本。

 

 影浦に二本使用し、残りは二つになっていた筈なのだ。

 

 それが、一本消えている。

 

 つまり。

 

 恐らく、北添に斬撃を放った段階で。

 

 もう一つ、迅は遠隔斬撃を放っていたのだ。

 

 電気室にいた、ユズルを狙う為に。

 

 ユズルの位置は、店内の照明を操作した事で割れていた。

 

 照明を操作するには電気室に行くしかないのだから、そこにいるという情報は筒抜けとなってしまう。

 

 加えて、経過時間から考えてもユズルが電気室から移動する事は不可能だ。

 

 だからこそ、狙われたのだ。

 

 未来ではなく、経験と推察を用いて。

 

 ユズルの位置と行動を把握し、致命打を叩き込んだ。

 

 戦術は悪くなかった。

 

 最後まで諦める事も、しなかった。

 

 けれど。

 

 それでも、彼には届かない。

 

 これが、S級隊員。

 

 これが、迅悠一。

 

 アリステラ防衛戦という地獄を潜り抜けた、死地よりの生還者。

 

 未だ届かない、高い城の男である。

 

「着眼点は良かった。戦術も悪くない」

 

 けれど、と迅は続ける。

 

「悪いね。俺は、そう簡単に負けるワケにはいかないんだ」

「ぐ……っ!」

 

 迅はそのまま無造作に遠隔斬撃を放ち、身動きの取れない影浦の急所を抉った。

 

 もぐら爪を使用した為に回避が行えなかった影浦はそれをまともに受け、致命。

 

「ちくしょうが」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 それで、終幕。

 

 影浦は、機械音声で敗北を告げられ戦場から消え去った。

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