痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人⑫

「あれでも、駄目なんですね……」

 

 辻は試合結果を見て、思わず息を呑んだ。

 

 影浦隊の戦略は、決して悪くなかった。

 

 吹雪で視界を封じて時間を稼ぎ、モールに誘い込んで消灯作戦を決行。

 

 その乾坤一擲の策が破られた後も、もぐら爪マンティスの足止めと狙撃の連携で倒そうとした。

 

 だが。

 

 それでも、迅には届かなかった。

 

 彼我の持つ、視点の違い。

 

 それが、より明確に浮き彫りになったと言える。

 

「確かにね。これは、生半可な事じゃ倒せそうにないな」

 

 犬飼も辻に同意し、されどその眼には油断ならない闘志の光が見える。

 

 口では軽く言っているが、諦めるつもりは甚だなさそうだ。

 

「だから、俺達でちょいと総評をやってみようか。香取隊の時もやったんでしょ? 悪くない提案だと思うけど」

「そうですね。王子先輩達ほど巧く言えるかは分かりませんが、お願いします」

「了解っと」

 

 七海達からしてみても、犬飼────────二宮隊のサポーターの意見は貴重だ。

 

 彼の厄介さ、頭の回転の滑らかさはランク戦で嫌という程身に染みている。

 

 その知見が得られると言うのであれば、是非もない。

 

 口下手な七海達ではあるが、犬飼を主体にした形式であればどうとでもなる。

 

 これは、受けない理由はないだろう。

 

「まず、未来視を封じる為に猛吹雪っていう天候設定にしたよね。香取ちゃん達と同じメタの張り方だけど、決定的に違う点が一つあった」

「カゲさんの、副作用(サイドエフェクト)ですよね」

「その通り」

 

 犬飼は良く出来ました、とばかりに笑みを浮かべた。

 

「カゲは、サイドエフェクトで攻撃を察知出来る。そしてそれは迅さんと違って視界を介さないから、悪天候で視界がほぼゼロでも関係がない。カゲのチームだからこそ、成立した戦略と言えるね」

 

 それは君も同じじゃない? と犬飼は告げる。

 

 確かに、影浦と同じく七海のサイドエフェクトも視界を介さず攻撃を感知出来るという共通点がある。

 

 視界を封じても、七海だけはそれに関係なく攻撃を避ける事が出来る。

 

 そういう意味で、影浦隊の取った戦略は那須隊にとって非常に有意義なものであった。

 

 そのまま自分たちの戦略として転用可能、という意味で、影浦隊を選んだ七海達の選択は間違っていなかった、という事である。

 

「加えて、ゾエが適当メテオラとテレポーターのコンボを使ったのも割と驚いたね。基本的に仕事したら落とされるまで粘って戦場をかき乱すのがゾエの役割だったけど、テレポーターの導入でそれがやり易くなった、と言えるね」

「確かに。あれは驚きましたね」

 

 北添の適当メテオラ直後のテレポーターの使用は、確かに七海も驚いた。

 

 あまり新しいトリガーを試すタイプには見えなかったのだが、それだけ本気だったという事かもしれない。

 

「もしかすると、君たちがテレポーターの有用性を散々実証したからかもしれないね。君たちのログは、多分見てただろうし」

「そうですね。日浦も、頑張りましたから」

「えへへ」

 

 自分が褒められている事を理解し、茜はほっこりと破顔する。

 

 いや実際大したもんだよと言って犬飼はその承認欲求を満たしてやりつつ、説明に戻った。

 

「カゲが隊服を染めてまで奇襲をかけたワケだけど、迅さんはこれも察知したよね。あの状況、普通なら死んでると思うんだけどなんでかな」

「多分、自分が奇襲される未来が視えたんだと思います」

「ふむ」

 

 犬飼の疑問提示に、七海は恐らくですが、と前置きして解答した。

 

「迅さんはきっと、あの瞬間にマンティスで攻撃するカゲさんが視えたんだと思います。あの悪天候下でも、自分が傷を負う未来がある事自体は分かった。だから、奇襲が来るものだと理解して備えていたんだと思います」

「成る程、ね」

 

 そう、迅は恐らくあの時、自分がマンティスによって傷を負う未来を視た。

 

 正確には、マンティスのものだと思われる裂傷を受ける未来だろう。

 

 視界がほぼゼロとはいえ、自分が攻撃を受ければ流石に分かる。

 

 だからこそ、迅は奇襲があるものと考えて、いつでも対応出来るよう備えていたというワケだ。

 

「加えて、適当メテオラの直後でしたからね。メテオラの後カゲさんが突っ込むのは、影浦隊の基本戦術ですから」

「味付けは変えてあったけど、やってる事はいつもと同じだったからね。いつも通り、っていうのが裏目に出た感じか」

 

 それも状況によりけりではあるけれど、と犬飼は呟く。

 

 部隊の基本通り(いつも通り)の戦術というのは、安定感があって強い。

 

 慣れた戦術である分ミスは起き難いし、そもそも部隊の力を十全に発揮出来るよう組まれた戦術なのだから強くて当然だ。

 

 だがそれは、その分読まれ易い、という事でもある。

 

 影浦隊のそれは読まれてもさほど問題ない類の戦術ではあったが、迅が判断材料として考慮するには充分なものだった。

 

 言うなれば、ただそれだけなのである。

 

「しかし、迅さんも凄まじいよね。あの環境でカゲとまともに戦り合うどころか、押してさえいたんだから。普通死ぬでしょ、あれ」

「そうね。七海なら多分いけただろうけど、他は難しいでしょうね」

 

 犬飼の言葉に、そう言って熊谷が同意する。

 

 吹雪で視界がほぼゼロの状態で、自分の攻撃だけが察知される環境下で影浦と戦う。

 

 普通であれば、その状況になった時点で詰みだ。

 

 視界が塞がれた状態で影浦と戦り合うなど、悪夢以外の何物でもない。

 

 しかも影浦には感情を察知される以上、牽制やブラフも通用しない。

 

 その状態で普通に戦り合えた、迅の方がおかしいのだ。

 

 吹雪で未来視が殆ど機能しない状態で、地力と経験だけで影浦の攻勢を凌ぎ、更には慣れたから、とでも言わんばかりの勢いで動きの精度を上げて行った。

 

 一体、どれだけの死線を潜ればあんな真似が出来るのか。

 

 熊谷や犬飼にとっても、想像の埒外であった。

 

「まあ、この吹雪での戦闘自体、時間稼ぎの為のブラフだったようだけどね。鋼くんの言う通りなら、モールでの消灯奇襲が本命だったようだし」

「そうですね。きっと、そうだと思います」

 

 村上は犬飼の言葉を、そう言って肯定した。

 

「カゲは、砂嵐での戦闘で負けた香取隊を見ています。だから、悪天候下で仕掛けても迅さんを仕留められない可能性は、考えていたでしょうね」

「だから、それを本命に見せかけてユズルくんがワイヤーを張る時間を稼いだ、ってワケか。カゲにしちゃあ頭使ったなあ」

 

 弟子に良いところ見せたかったのかな、と犬飼は嘯くが、七海は否定も肯定もしなかった。

 

 影浦の気遣いは自分が知っていれば充分、という想いもあったし、何より此処で言うべき事ではない。

 

 そう、思っていたのだから。

 

「そして、ワイヤーすらも目晦ましで本命は照明消しからの奇襲か。でも」

「ええ、それすら迅さんは対応してしまいましたね」

 

 二人の言う通り、必殺の意思を持って実行した消灯戦術は、迅によって正面から打ち砕かれた。

 

 未来視で視た銃創から、北添の位置を割り出すという方法で。

 

「あれはもう、どうしようもないよね。電気が消えてすぐ攻撃が来るのが分かっていたから対応出来たっぽいけど、そもそもあの戦術自体電気が消えた直後の混乱を狙ったものだし」

「未来視対策の為に時間を置けば、そもそも電気を消した意味がなくなる、という事ですか。確かに、どうしようもないですね」

 

 そう、迅は電気が消えた直後に攻撃が来るのが分かっていたから対応出来たのだが────────逆に、電気が消えてから時間を置いてしまっては、そもそも消灯した意味がないのだ。

 

 この消灯戦術の肝は、電気がいきなり消えた直後の混乱を狙う所にある。

 

 その混乱から立ち直る時間を与えてしまっては、戦略の意味そのものが瓦解する。

 

 どちらを取ろうが、対応可能。

 

 迅にとって、この作戦はそういう類のものであったワケだ。

 

「それでも諦めなかったのは流石だったけれど、今度は吹雪での迷彩を目的にした白い隊服が裏目に出たね。吹雪での奇襲を印象付けたかったのかもしれないけれど、少し徹底し過ぎたかもしれないね」

 

 暗視を使わなかった迅さんの方がおかしかったのかもだけど、と犬飼はぼやいた。

 

 犬飼の告げた通り、迅は影浦の白く染めた隊服を視認出来た為に、暗闇の中でも暗視を使わず戦闘を続行出来た。

 

 その結果として最後の策であった点灯による目晦ましも通じず、影浦隊は敗れる事となった。

 

 白い隊服は吹雪での奇襲を本命だと思わせる為に選んだのであろうが、その色が暗闇での蛍光色になる、という事に気付けなかったのは痛い。

 

 というよりも、暗い場所では暗視に頼る、という思い込みに引きずられた形が強い。

 

 幾ら白い服が蛍光色になるとはいえ、普通は暗所での視界はほぼゼロ。

 

 影浦の位置だけは分かるとはいえ、他に何も見えない状態で戦闘を続行するなど正気の沙汰ではない。

 

 障害物に躓く可能性も有り得るし、自分が何処に立っているかすら分からない。

 

 そんな状態で、躊躇なく暗視に頼らず戦闘を続けた迅の胆力は正直尋常のそれではない。

 

 相手の位置が分かるから、という理由で暗視を使わない事を選べる事そのものが、異常なのだ。

 

 迅の未来視は、未来の映像を視覚を介して入手出来る。

 

 しかし、それがいつ起きる未来なのかは曖昧にしか分からない。

 

 つまり下手をすれば、相応の時間暗闇での戦闘を継続する事になったのだ。

 

 だというのに、迅は迷う事なく暗視を使わない事を選んだ。

 

 それが正解であると、疑う事なく即断して。

 

 経験が違う。

 

 胆力が違う。

 

 何より、常識(もの)が違う。

 

 これが、経験の差。

 

 これが、潜り抜けた死線の違い。

 

 これこそが、迅の。

 

 経験の怪物の、強さの根幹。

 

 死地に置いても冷静さを保持し、あらゆる状況を即座に把握する観察眼。

 

 そして、速やかに正解を選び取る卓越した判断能力。

 

 迅の脅威は、目に見えるものだけではない。

 

 未来視と風刃という二つの超級の脅威に目を奪われがちだが、彼の真の強さはその精神にこそ在る。

 

 命がけの、本物の戦争を生き抜き獲得した経験値。

 

 それが、何にも替え難い強みとなって迅を支えている。

 

 様々なものを失い、彼にとっては忘れ難い悪夢の一つである記憶ではあるけれど。

 

 同時に、彼の強さを支える経験(もの)である事は疑いようがないのだから。

 

「こんな所かな。君達からは、何かないかな?」

「そうですね。敢えて、という事であれば────────敗因は、何だったと思いますか?」

「少し、頭を使い過ぎた事かな」

 

 犬飼は七海の質問に対し、淀みなくそう答えた。

 

 最初から、決めていた事であるかのように。

 

「作戦自体は、悪くなかったと思うよ。けど、時間稼ぎ目的なら白い隊服を持ち出すっていう選択肢は少し拙かったかもしれないね。カゲなら、そこまでしなくても不自然じゃあなかったワケだし」

 

 そう、作戦自体は悪いものではなかった。

 

 だが、陽動目的の作戦であれば、吹雪に紛れる為の白い隊服はやり過ぎだったとも言える。

 

 少なくとも、それが犬飼の意見だった。

 

「まあ、あの白い隊服がなきゃ時間稼ぎする間もなく落とされていた可能性もあるから、一概に何が正解とは言えないかもだけどね。それでも、敗因の一つである事に違いはないと思うよ」

「そうですね。こればかりは、何が正解かは一概には言えないでしょう」

 

 極論ではあるが、一つの意見である事は確かだ。

 

 もしも、白い隊服を選ばなかった場合。

 

 時間稼ぎが巧く行かずに落とされていた可能性もあるし、暗視の使用を強要する事に成功していた可能性もある。

 

 どちらも、実際にやらなかったのだからもしも(if)の話でしかない。

 

 こればかりは、どちらが正解とも言えないのだ。

 

「それから、少し策に頼り過ぎたかもだね。正直、消灯作戦に切り替えずに屋外でゾエとユズルくんの援護を受けて戦った方が、勝率が高かったのかもしれないし」

 

 カゲだけが攻撃を察知出来るという優位を、もう少し活かすべきだったかもね、と犬飼は言う。

 

 確かに、それも一理ある。

 

 悪天候による視界封鎖と影浦のサイドエフェクトの組み合わせ自体は、有効な手札(カード)だった。

 

 ならば、下手に策に頼らず正面から挑んだ方が、勝率は高かったのかもしれない。

 

 これもまたもしもの話ではあるが、そういう可能性があった、という事は事実だ。

 

 それは、無視するべき事柄ではないだろう。

 

「となると、カゲが負けたのは俺の所為って事になるのかな。俺が消灯作戦を教えなければ、勝っていた可能性があったと」

「だとしても、その作戦を選んだのはカゲだよ。鋼くんがアイディアを提供したからと言って、そこに責任はないさ。何もかも全部巧く行く事なんて、早々あるワケじゃないんだしね」

 

 そう、村上はあくまでアイディアの原案というべきものを話しただけであり、最終的にそれを採用したのは影浦隊の判断だ。

 

 この場合、責があるとすれば彼等であり、情報を提供しただけの村上に生じる責任は一切ない。

 

 これは、影浦達も同意見の筈だ。

 

 ただ考えを述べただけの者に責任を求めるなど、彼等がするワケがないのだから。

 

「ありがとうございます。参考になりました」

「それは良かった。じゃ、お互い頑張ろうね。俺達の結果も、終わり次第伝えるからさ」

 

 犬飼はそう言って踵を返し、いつの間にか退室していた二宮に辻と共に続いた。

 

 それを見送り、七海はチームメイトの方に向き直った。

 

「俺達も、行こうか。もう一度、話し合う必要がありそうだからね」

「そうね。行きましょう」

「ええ」

「了解です」

 

 七海達はそのまま、観戦室を後にした。

 

 影浦と話したい事は、ある。

 

 だが、それは今すべき事ではない。

 

 今は、彼が引き出してくれた情報を元に戦術を練り直す方が先だ。

 

 きっと、影浦もそう言うに違いない。

 

 彼等の奮闘を無駄にせず、自分達の糧とする。

 

 それが、影浦への一番の恩返しだと。

 

 七海は、そう確信して隊室へと向かった。

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