「よう、七海」
「あ、カゲさん」
隊室に戻った時、七海を待っていたのはその扉近くに立っていた影浦であった。
時間的に考えて、どうやら彼は試合終了後すぐに会場を出て此処に向かったようだ。
「突然ごめんね。カゲがどうしてもって言うから」
「いーじゃねぇか。負けちまったし、もうやる事ねーんだから」
「反省とか、色々あると思うけど。まあ、いいか」
その証拠に、影浦隊の三人も付いて来ている。
ユズルの姿を見つけた茜は「お疲れ様、残念だったねー」「いや、完敗だったよ」と早速コミュしに行っている。
流石、那須隊の中でも数少ない陽キャの一人。
快活だが割と奥手な熊谷と違い、相手と距離を詰める事に躊躇いが一切ない。
相手が割と陰キャ気味なユズルであろうと、お構いなしだ。
そのユズルは茜の勢いに押されつつも、まんざらでもなさそうである。
もっとも、それを光にからかわれるまでがワンセットであるが。
「カゲさん、あの」
「負けっぱなしじゃ癪なんでな、情報提供ってのをしに来たぜ。実際に本気の迅さんと戦って分かった事が、幾つかあっからな。いいから聞いとけ」
有無を言わさぬ調子で、影浦は用件を告げた。
確かに、実際に戦った張本人からの所感を聞けるのは有難い。
特に、七海と似たタイプのサイドエフェクトを持つ影浦の意見は、貴重だ。
それが聞けるというのであれば、願っても無い。
「いいんですか?」
「いーんだよ。別に、やっちゃ駄目ってルールで決まってるワケでもねーだろ。気にすんな、面倒だしよ」
確かに、ルール上は問題はない。
問題は、試験である以上影浦隊と那須隊は競い合う相手であり、試験形式が受験者同士の戦いでなくとも、本質的には敵同士なのである。
だが。
影浦は、そんな事は知った事じゃないと言わんばかりだ。
実際に、そうなのだろう。
彼が本気で試験に取り組んでいた事は分かるし、昇格したいという意思も強い。
しかし、それはそれとして弟子の為に協力しない理由は無い。
たかが競争相手である程度の事など、影浦の身内贔屓の前では無いも同然の事柄なのである。
「で、入っていいのかどうかハッキリしろ。おめーらんトコのオペ、確か男が駄目だったろ」
「ええ、そうですが────────小夜子」
『事情は把握しました』
七海が通信越しに小夜子に話しかけると、彼女は即座に応答した。
『私は奥に引っ込んでいるので、部屋に入って貰って構いません。光さんだけ、奥に通して貰えれば情報共有は事足ります』
「分かった。ありがとう」
『いえ、不自由をおかけして申し訳ありません』
以前の小夜子であれば他部隊の男性は隊室への立ち入りも拒んでいたであろうが、姿が見えなければ後はどうとでもなる。
小夜子のいる奥の部屋は完全に仕切られているので、そこへ男性が立ち入りさえしなければ問題ない。
影浦に限って、下手な心配は不要だろう。
七海の前であれば、そのあたりの配慮はしっかり出来る男なのだから。
「玲。いいよな?」
「ええ、勿論よ」
「カゲさん、入って下さい。話は中で」
「おう」
話が決まり、七海達は影浦隊の面々と共に那須隊の隊室へと入って行った。
少々驚いたが、なんの事はない。
師匠が、弟子の為に足を運んだ。
ただ、それだけの事なのだから。
「まず、遠隔斬撃の速度はやべぇな。撃ってから着弾までが、早過ぎんだよ」
開口一番、影浦はそう告げた。
戦術的な事は犬飼と話していたと七海が説明すると、影浦は自分達が実際に戦って得た所感について話を始めた。
犬飼の名前が出ると分かり易く顔を顰めはしたが、そこはそれ。
すぐに切り替えて、話を始めた次第である。
「攻撃すっぞっつう感情が刺さってから俺んトコに攻撃が来るまで、殆ど間がねぇ。近くだと、避けんのもギリギリだ」
「カゲさんがそう言うなら、確かなんでしょうね」
実際、七海も風刃の驚異的な速度は直に体感している。
そして、恐らく影浦が感じたスピードはそれより更に上だ。
風刃のトップスピードは、反応すら許さない神速の域。
影浦のように来るタイミングが分かっていなければ、回避という行動を取る事すら難しいだろう。
「このクソサイドエフェクトで感知すりゃあどうにかなると思ってたけどよ、あの野郎普通の攻撃と遠隔斬撃の時の感情に殆ど差がねぇ。本当に、無造作に撃って来んぞ」
その言葉に、意味を理解した七海は息を呑んだ。
風刃の遠隔斬撃は、迅の持つ必殺の刃だ。
防御機能も隠密機能もない風刃にとって、遠距離攻撃を可能とする遠隔斬撃は正に生命線だ。
残弾数が決まっている以上、無駄撃ちも出来ない。
だというのに、影浦の言う通りであれば迅はその使用に一切の緊張がない。
11本。
それが、風刃の弾数である。
少なくはないが、決して余裕のある本数というワケでもない。
だというのに。
迅は、それを通常攻撃と同じように無造作に放つ。
それは、適当に戦っているからではない。
逆だ。
一挙手一投足に、一切の無駄が許されないのは至極当然。
故に。
牽制も、必殺の一撃も。
一切の緊張なく、同じ心持ちで、当たり前のように行使する。
それが出来るのが、迅という少年なのだ。
通常、必殺の一撃ともなれば覚悟を決めて撃つ筈だ。
実際、必殺技と言うべき生駒旋空を持つ生駒は、それを撃つ時雰囲気が変わる。
空気が引き締まる、と言うべきか。
そういった雰囲気の変化が、確かにあるのだ。
だが、迅にはそれがない。
必殺の、確殺の意思を持とうと。
やる事は、何も変わらないとばかりに。
冷静に、冷淡に。
最適解を、選び続ける。
それが、迅の本当の強さなのだ。
分かり易い脅威ではなく、精神の有り方故の強さ。
それは、数々の悲劇を潜り抜けたが故に手にした力ではあるけれど。
彼の力である事に、違いはないのだ。
「だから、おめーも気ぃ付けろよ。幾ら
「ええ、肝に命じます」
サイドエフェクトがあるから大丈夫、などと楽観していては落とされる。
影浦のその言葉には、確かに実感があった。
失敗談、とでも言うべきか。
「俺ぁよ。未来視さえ封じちまえば、後はなんとかなるって思ってたトコがあんだよ。香取隊の連中は視界を塞いじまったから負けちまったがよ、俺ならこのクソサイドエフェクトがあっから反応出来る、ってな」
けどよ、と影浦は続ける。
「完全に視界を封じたのは、失敗だったな。サイドエフェクト頼りで攻撃を避けなきゃいけねぇのに、あいつは普通の攻撃も遠隔斬撃も同じように飛ばして来やがる。視界がありゃあ、どっちなのかは分かったっつうのによ」
「成る程」
そう、そこが影浦達の失敗と言える。
確かに、猛吹雪で視界を封じてサイドエフェクトを封じる事は出来た。
影浦のサイドエフェクトがあったから、吹雪の中でも攻撃を感知出来た。
だが。
誤算だったのは、迅が遠隔斬撃を放つ時の感情の
影浦は、遠隔斬撃を放つ時はより強い感情が刺さるとばかり考えていた。
そして、実際に刺さったのは────────回避させる事を前提とした、明らかに強過ぎる殺意だった。
あれを受けた時、影浦は理解した。
迅は、感情の強度を調節出来ると。
普通であれば、無理だろう。
感情を制御する、と言うものの、それは簡単に出来る事ではない。
特に、他者を────────人の形をするものに対して攻撃する時、潜在的な抵抗感を封殺する為に、より強い攻撃意思を持つのが普通だ。
だが。
迅は通常攻撃であろうと遠隔斬撃であろうと、常に
まるで作業のように、淡々と攻撃を繰り出すのだ。
だからこそ、吹雪で視界を封じた事が災いした。
通常攻撃と遠隔斬撃の見分けがつかないが故に、影浦は迅に対して踏み込み続ける事が出来なかった。
それが、彼等の敗因の一つと言える。
「色々あーだこーだ考えて戦ったが、結局それが首を絞めたな。余計な事を考えるよりも、正面からぶつかった方が良かったかもな」
「いえ、それは結果論でしょう。策なしで倒せるほど、迅さんは甘くはないでしょうから」
「だから、それが駄目だっつってんだ」
影浦はそう言って、七海の勘違いを正す。
彼は何も、自虐で言ったのではない。
七海が陥りそうな陥穽に、気付かせる為に言ったのだから。
「未来視とか、黒トリガーとか、そういうので特別視すんな。どんだけ強くても、相手は同じ人間なんだからよ。隙のねぇ人間なんざ、いるワケがねぇんだ」
だからよ、と影浦は続ける。
「おめーは、分かってんだろーが。迅さんも、ちょいと厄介な
────────これまでは、こういう事はして来なかったからさ。大義名分の為とはいえ、少し人の心ってやつを蔑ろにし過ぎてたのに気付いたから。その反省も兼ねて、ではあるけど────────
あの時。
屋上で影浦と話した時の迅からは、その場にいない他者────────七海へのものであろう感謝が、滲んでいた。
きっと、迅が変わったのは七海の影響だろう。
詳しい事を聞いてはいないが、そうに違いないと影浦は確信している。
だからこそ。
あの時、迅が影浦を通して伝えたかったのはこれなのだ。
神様のような力を持った少年は、己の力に役割を求めた。
悲劇を、自らの辛い境遇から目を逸らしたかったから、彼は
全てを蔑ろにして、ただ盲目的に
それが、自分の役割なのだと
けれど、彼は神様でもなんでもなくて、一人の人間である事にようやく気付けた。
それを教えてくれたのは、七海なのだと。
その事を感謝していると、伝える為に。
不器用にも程がある。
直接伝えれば良いものを、わざわざ影浦に言葉と剣で伝えるなど。
そんな
「────────ええ、そうですね。そうでした。俺が、そこを間違えちゃいけませんよね」
そして当然、その意図に気付かない程七海は愚鈍ではない。
影浦を通して送られた、迅からの
それに応えないならば、あそこまでの啖呵を切った意味がない。
成る程、迅は強敵だろう。
未来視は戦術そのものを見通してしまうし、風刃の遠隔斬撃も強力極まりない。
だが、敢えて言おう。
だからどうした、と。
迅が強くとも、その背さえ見えないように感じても。
彼は、一人の人間として立っている。
そして、完璧な人間など存在しない。
ならば。
未来視を持つ黒トリガー使い、という偶像を、神聖視してはいけないのだ。
無策で挑むのは、確かに無謀だろう。
だが、幻想を抱き過ぎてもその虚像に足を掬われる。
未来視を持っているから。
黒トリガーを使うから。
そんなものは、余分だ。
ただ、厄介な力と強い武器を持った熟練の戦士。
それを相手にしていると、思えば良い。
二宮を落とした時と、同じだ。
無敵と思われるような相手でも、突破口は必ずある。
相手を侮らず、されど幻想は抱かず。
ただ目の前の
きっと、それこそが最適解にして唯一解。
迅を攻略する、たった一つの冴えたやり方なのだから。
「ありがとうございます。カゲさん。目が、覚めました」
「おう、それでいーんだよそれで。俺らの分までとか、余計な事は考えんな。おめーはおめーのやりたいようにやって、勝って来い」
「はいっ!」
影浦の激励に、七海は笑顔でそう応えた。
これなら、大丈夫だ。
七海から刺さる感情を受け止めながら、影浦は優しい笑みを浮かべた。
きっと、彼ならやり遂げる。
そう、信じて。
『試合終了。二人生存の為、二宮隊に2Ptが加算されます』
アナウンスが響き、試合終了が告げられる。
戦場に立っているのは、三人。
風刃を構えていた迅と、高台から相対していた二宮と犬飼だ。
犬飼は見るからに満身創痍で、両腕はなく片足も斬られている。
トリオン漏出による緊急脱出寸前、といったところで踏み留まった、といったところだ。
「なんとか生き残ったけれど、倒すまでは行かなかったかあ。迅さんやっばいなー」
「ふん」
二宮隊が取った戦略は、単純明快。
早々に三人で合流し、二人がシールドを張りつつ二宮が
弾幕の物量で押し切る、といったものだ。
残念ながら辻は合流前に仕留められてしまったが、彼はその身を以て犬飼の盾となり、彼と二宮の合流を成功させた。
その後は、犬飼がシールドを張りながらひたすら二宮の
ハウンドの嵐で迅を攻撃し続けて、仕留めきれずにタイムアウトである。
犬飼と合流した上での二宮の
むしろ、その状態から遠隔斬撃で犬飼の四肢を斬り落としてみせたのだから驚嘆に値する。
あと数分、試合時間が長ければその刃が二宮まで届いた可能性は充分にあった。
それが分かっているからこそ、二宮は何も言わない。
何をどう取り繕おうと、迅を落とせなかった事は事実なのだから。
これで、残るは一試合。
那須隊と、迅。
導き、導かれた者同士。
その、決戦である。