痛みを識るもの   作:デスイーター

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風刃①

「河川敷Aと、暴風雨か。成る程、確かにかなりの悪天候ではあるが────」

「視界が完全に塞がる、というレベルではないな。それでも、普通の天候よりはやり難いだろうが」

 

 観戦室にいる王子と蔵内は、那須隊が選んだMAPと天候を見てそんな感想を漏らしていた。

 

 確かに、悪天候である事に変わりは無い。

 

 数ある天候設定の中でも、割と極端な部類に入る事は間違いないだろう。

 

 だが。

 

「これでは、未来視を封じる事は出来ないのでは?」

 

 完全に視界を塞ぐには、至らないのも確かである。

 

「一応、あの雨風じゃ遠くまでは見通せないから開幕で遠距離から狙われたりする事はないだろうね。そういう意味では、少し中途半端な対策かもだけど」

 

 そこで王子はちらり、と壁を背にしていた影浦に目を向けた。

 

「何か、考えがあるのかな? カゲくんはそのあたり、何か聞いてたりするんじゃないかな?」

「うっせえ、黙って見てろ」

 

 成る程、と王子は影浦の態度に納得する。

 

 これは、確実に何か知っている反応だ。

 

 少なくとも、心当たりはある。

 

 そんな感触があった。

 

 気にはなるが、此処で駆け引きをしても仕方がない。

 

 今は、ただ試合を見よう。

 

 そう切り替えて、王子は映像に目を向けた。

 

「さあ、君たちはどう戦うんだい? シンドバット」

 

 

 

 

「成る程、こう来たか」

 

 迅は仮想の街並みを覆う嵐を見て、得心したように頷いた。

 

 彼が視た未来ではMAP自体はほぼこの河川敷Aで確定していたのだが、天候設定は幾つか分岐があった。

 

 最も可能性が高かったのは濃霧という視界が殆ど封鎖される天候設定であったのだが、それがこの土壇場に切り替わった。

 

 何を考えているのかは、まだ分からない。

 

 迅のサイドエフェクトはあくまで未来の映像を視るものであって、他者の心が読めるワケではないからだ。

 

 そして、何より。

 

 迅の視た限りでは。

 

 この試合で那須隊が仕掛けて来る戦術が、()()()()()()()

 

 正しくは、無数に分岐している。

 

 殆ど一本道の分岐であった香取隊や、影浦隊とは違う。

 

 作戦そのものが、無数に用意されている。

 

 これは、そういう時の未来視(えいぞう)だ。

 

 迅のサイドエフェクトは、望む未来を視るものではない。

 

 現時点から分岐する複数の未来の()()()、その全てを視るのだ。

 

 故に、相手が複数の行動予定を用意していた場合、その全ての選択肢が提示される事になる。

 

 そして、相手がどの未来を選ぶかは土壇場まで分からない。

 

 それでも、試合に臨む以上ある程度指針を持って戦術を組み立てておくのが普通だ。

 

 戦術案一つを組むのに必要な労力を思えば、一試合に用意できる戦術パターンはそう多くはない。

 

 だが。

 

 那須隊の用意した戦術は、詳細が決まっていない。

 

 正しくは、それぞれの隊員の機転に任されている部分が大きい。

 

 大筋の戦略は、ある。

 

 けれど、影浦隊がやったような計画的な戦術というよりは。

 

 香取隊が行った、各々の全力を尽くした結果の戦略、と言った風情が強い。

 

 実のところ、今回の試験に置いて香取隊と影浦隊とでは、香取隊の方が迅としてはやり難かった。

 

 影浦隊は個人主義が強い面々の集まりとはいえ、元A級という立場上部隊の完成度は非常に高い。

 

 故に、作戦行動を決めてしまえばその遂行力は凄まじいものがある。

 

 しかし、だからこそ読み易かった、とも言える。

 

 最善の行動、というものは得てしてそういうものだ。

 

 影浦隊は、隊としての完成度が高いが故に戦術を読むのが容易であった。

 

 だが。

 

 香取隊は、そうではない。

 

 彼女達は、未だ発展途上。

 

 つまり、()()なのだ。

 

 未熟であるからこそ、土壇場でも選択を迷う。

 

 未熟だからこそ、あらゆる可能性に手を伸ばそうとする。

 

 だからこそ、あの最後の瞬間。

 

 香取の刃は、迅に届きかけたのだ。

 

 同様に、彼女たちが迅に負けたのも未熟であるが故。

 

 隊としての、完成度の低さが原因ではある。

 

 そして。

 

 那須隊は、ある意味こちらに近い。

 

 B級一位まで上り詰めた実力は、疑いようはないだろう。

 

 しかし、彼等の躍進は未だ終わっていない。

 

 未熟であった期間が長かったからこそ、今の成長があるとも言える。

 

 どうやら、迅の激励(エール)は届いたらしい。

 

 知らず、頬を綻ばせる迅であった。

 

「────へえ」

 

 そして、迅は見た。

 

 嵐の河川敷、その中央。

 

 橋の上で待つ、挑戦者の姿を。

 

 

 

 

「…………」

 

 熊谷は、油断なく構えながら橋の中央に陣取っていた。

 

 雨風が吹き荒び、眼下では轟轟と荒れ狂う川の波音が聞こえて来る。

 

 遮るものがなく、雨が身体に張り付いてただでさえ身体のラインが浮き出る隊服は濡れ鼠になった事でよりそれを強調させていた。

 

「────!」

 

 そして、熊谷は見た。

 

 橋の手前。

 

 そこに、風刃を手にした迅が立っていた。

 

 サングラスをかけた迅は、ニヤリと笑みを浮かべブレードの切っ先を熊谷へと向けた。

 

 途端、熊谷の背に悪寒────────迅の殺気を浴びたが故の戦慄が、駆け巡る。

 

 本物の戦場を生き抜いた、死線を潜り抜けた英雄(せんし)

 

 その彼が滲み出した殺気は、日常に生きて来た熊谷にとっては受けるだけで辛いものだ。

 

 人生で初めて味遭う本気の殺意に、心の奥底が震えるのが分かる。

 

 逃げ出したい。

 

 そんな弱気(こえ)が、心の中から木霊する。

 

「逃げて、なるもんか……っ!」

 

 熊谷は歯を食い縛り、その弱音(ざれごと)をかき消した。

 

 間違えるな。

 

 此処は戦場。

 

 死の危険がないだけで、真剣勝負の場である事に変わりは無い。

 

 だというのに。

 

 ただ、相手の強大さを感じたというだけで。

 

 逃げる理由には、ならない。

 

 格上相手は承知の上。

 

 それを理解して尚、この場に立ったのだ。

 

 相手を見ろ。

 

 その動きを、見逃すな。

 

 既に、開戦のゴングは鳴らされている。

 

 いつ仕掛けて来ても、おかしくはない。

 

「……!」

 

 迅の足が、沈み込んだ。

 

 躍動の、気配。

 

「違う……!」

 

 熊谷は、見逃さなかった。

 

 駆け出そうとしている迅の、その右腕。

 

 それが、微かに動き────────。

 

「────」

 

 ────────剣を振り抜いて、遠隔斬撃を撃ち放った。

 

 挨拶代わりとでも言わんばかりに、まるで那須の変化弾(バイパー)のような軌道を描いて遠隔斬撃は橋を伝って襲い来る。

 

 その速度は、まさに神風。

 

 神速と呼ぶに相応しい、埒外の弾速。

 

 それが、牙を伴い熊谷へと襲い掛かる。

 

「そこ……っ!」

「……!」

 

 熊谷は自身の背後から跳び出した斬撃を、集中シールドを用いて防御。

 

 更に身体を捻り、紙一重の回避。

 

 致死の初撃から、頬の掠り傷のみで生き残った。

 

「────」

 

 だが。

 

 無論、それで終わりではない。

 

 いつの間にか、迅が間近まで迫っていた。

 

 遠隔斬撃は、囮。

 

 本命は、迅自らが近付いての剣撃。

 

 風刃のブレードが、体勢を崩した熊谷に向かって振り下ろされる。

 

「……っ!」

 

 熊谷はそれを、何とか弧月で受け太刀し防御。

 

 斬撃を刀身で受け流し、ノーダメージでやり過ごす。

 

 そしてそのまま、熊谷は弧月を橋に突き立て支えとする。

 

 更に、それを起点に体勢を整えすぐさま抜刀。

 

 返す刀で、迅のブレードを押し返した。

 

「やるね」

受け太刀(これ)には、自信があるのよ。生憎とね」

 

 熊谷は誇るように胸を張り、迅は笑みを以て称賛する。

 

 果たして、今の連撃を防ぐ事が出来る人間がどれ程いるというのか。

 

 熊谷は確かに那須隊の中ではそこまで目立ってはいないが、その地力は本物だ。

 

 特に、受け太刀を軸にした防御技術は特筆に値する。

 

 太刀で受ける、という技術の性質上、射手や銃手、そしてスコーピオン使い相手では発揮する機会の無い技術ではあるが。

 

 それでも、ブレード相手の防御技術ならばボーダーの中でも随一である事に違いはない。

 

 あの太刀川が、熊谷の受け太刀(それ)を認めているのだ。

 

 その時点で、どれ程のものかは分かるだろう。

 

 技術を十全に発揮出来る相手を選ぶ、というだけで。

 

 熊谷の防御技術そのものは、優秀極まりないのだから。

 

「いいね、それでこそだ。選択(みち)を、間違えなかったようだね」

 

 迅は、そう言ってニヤリと笑い────。

 

「────!」

「────七海」

 

 上空から飛来した七海の斬撃を、ブレードで斬り払った。

 

 以前と同じ、愚は冒さない。

 

 七海は迅と刃を合わせた時点でグラスホッパーを起動。

 

 迅の反撃が来る前に、即座に跳躍。

 

 一瞬にして、迅の背後────────熊谷と七海で彼を挟める位置に、着地した。

 

「────」

 

 言いたい事は、ある。

 

 けれど、それは今ではない。

 

 滾る闘志も、温めた想いも。

 

 全て、刃で語るより優先すべき事はない。

 

 この舞台は、迅が七海の為に用意したものと言っても間違いではない。

 

 迅は、七海の成長の為に。

 

 自らが、壁として立ち塞がる事を選んだ。

 

 詳しい話は聞いていない。

 

 碌な説明も、受けてはいない。

 

 だが。

 

 あの迅が、このような行動を取ったというだけで。

 

 察するには、あまりある。

 

 迅の真意(おもい)は、理解しているつもりだ。

 

 だからこそ、今此処で出来る事など決まっている。

 

 ただ、真摯に。

 

 全力で、迅悠一(みらい)を打倒する。

 

 その為に、此処に来た。

 

 その為に、この戦場へやって来た。

 

 全ては、迅の想いに報いる為に────────否。

 

 自分の未来(みち)を、切り開く為に。

 

 七海は、仲間達とこの戦場へ降り立った。

 

 故に、余計な言葉は無用。

 

 語るのならば、刃で。

 

 それこそが、迅という恩人に報いるただ一つの方法である。

 

 熊谷が、弧月を構える。

 

 迅は迎撃の構えを取り、二人の攻撃を待っている。

 

 故に。

 

 七海が駆け出し、開戦の剣戟音(ゴング)が鳴り響いた。

 

 

 

 

「迅相手はな、策を使えば使う程ドツボに嵌まるんだよ」

 

 太刀川隊、作戦室。

 

 そこで太刀川は、そこに呼んだ烏丸と共に試合映像を眺めていた。

 

 唯我は機密保持の観点(口が滑る)から此処にはいない。

 

 此処にいるのはソファーにどや顔で座る太刀川と笑みを浮かべる出水。

 

 そして、にこにこしながらその隣に座る国近と向かい合う烏丸だけである。

 

 太刀川は楽しそうな笑みと共に、己の見解を口にする。

 

「俺に言わせりゃ、影浦隊に勝機は充分あった。ただ、それを自分から捨てちまっただけでな」

「でも、作戦は良かったですよね?」

「途中まではな。吹雪で視界を塞ぐのは良いだろ。けど、その後モールに行ったのが余分だな」

 

 あそこはあのまま屋外で戦うべきだったろ、と太刀川は告げる。

 

「視界が効かない時点で、迅相手に有利は取れてんだ。前衛で戦うのが攻撃を感知出来る影浦一人な以上、あいつが肉弾戦仕掛けて他が援護すりゃあ勝ちの芽はきちんとあったんだよ」

 

 けど、と太刀川は続けた。

 

「あいつは、迅の未来視を特別視しちまった。なまじ、どっちもサイドエフェクトを持ってるから変な風に感じちまったんだろ。その時点で、迅の思う壺だってのにな」

「だから、負けたって事すか? 迅さんを、特別視しちゃったから」

「そーいう事だ。っても、同じ玉狛支部のお前にゃ坊主に説得か?」

 

 恐らく坊主に説法と言いたかったんであろうが、そこはそれ。

 

 烏丸は太刀川隊時代の経験からさも当然のように太刀川の誤字(まちがい)をスルーし、いいえ、と言った。

 

「俺も、迅さんの戦ってるトコは殆ど見た事ないすから。一人一部隊扱いだからってのもあるんでしょうけど、あの人基本的に一人きりで動くので」

「なら迅に関しちゃ、俺の方が詳しいってワケか。ならいいや」

 

 太刀川はそう話すと、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「そういう意味じゃ、香取隊は良い線行ってたな。単純な実力不足で勝てなかったが、香取以外の二人の練度が違えば勝てた可能性は充分あったぞ」

 

 つまりだな、と太刀川は告げた。

 

 一つの、彼なりの見解を。

 

「迅を相手にする時は、下手な小細工はすればする程ドツボに嵌まる。かと言って、何の策もなしに挑んで勝てるほどあいつは弱くはない」

 

 だから、と太刀川は笑った。

 

「迅の能力を研究して、ある程度それの対策を立てて、あとは────────単純な、実力勝負に持ち込む。それが、あいつと戦う上での最善策だ」

 

 大体な、と太刀川は溜め息を吐いた。

 

「誰も彼も、あいつを特別に見過ぎなんだよ。あいつはただ、変な能力持ってるちょっと面倒くさい奴ってだけだ。少なくとも、俺はそう思ってるぞ」

「ええ、それは分かっていますよ」

 

 それが太刀川さんなりの親愛の情である事もね、とまでは言わない。

 

 意地っ張りな元同僚の事は、誰より分かっている烏丸であった。

 

「だから、普通の奴とやる事は一緒だ。相手の何が厄介かを研究して、それに注意しながら正面から斬りかかる。これだけだ。これだけで、いいんだよ」

 

 そう、それこそが、迅を相手にする場合の最適解。

 

 影浦隊は、迅を特別視するあまり戦術に拘り過ぎた所為で敗北した。

 

 どれだけ優秀な戦術だろうと、迅にとってはその全てが既知である。

 

 故に、ただ戦術を立てるだけでは足りないし、それが綿密なものであればある程迅にとっては読み易くなる。

 

 だからこそ、重視すべきは戦術よりも()()

 

 迅の何を気を付けるのか、どうやって迅を倒すのか。

 

 そのやり方(パターン)を無数に用意し、気を付けるべき事に気を付けた上で挑み、状況に応じて各々の機転で切り抜ける。

 

 どうやって倒すか、という戦術を具体的に決めるのではなく。

 

 どういうやり方で挑むか、という戦略を以て打倒する。

 

 それが、迅に対する最適解。

 

 たった一つの、冴えたやり方なのである。

 

「気付いてねぇようなら俺が言っておくかと思ってたが、どーやらそれは俺の役目じゃなかったらしい。それは、あの目を見れば分かったよ」

 

 太刀川は何処か悔しそうにそう漏らし、そして自慢気な笑みを浮かべた。

 

「あいつは、ただ勝ちを見てた。迅の想いがどうこうじゃなくて、その先の勝ちをな。だからきっと、あいつはやるぜ? 師匠の俺が、保証してやる」

 

 ニヤリと笑って太刀川はそう告げ、画面を見据えた。

 

「やってやれ、七海。(あいつ)の驚く顔を、見せてくれよ」

 

 七海(ひとり)の師匠として。

 

 (ひとり)の友人として。

 

 太刀川はそう告げて、激励(エール)を送った。

 

 願わくば。

 

 友人達(ふたり)の想いが、結実する事を望んで。

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