「MAPは河川敷Aで、天候は暴風雨。これで行こうと思う」
試験開始前、那須隊作戦室。
そこで、七海は皆にそう切り出した。
その発言に熊谷は驚き、茜は目を見開き────────那須と小夜子は、笑みを浮かべていた。
「河川敷Aってのは決めてた通りだけど、天候は濃霧で行くんじゃなかったの?」
「勿論、理由は説明する。順を追って話そう」
七海は熊谷の当然の疑問に対しそう答え、説明を始めた。
「カゲさん達の試合で、分かった事が幾つかある。確かに、悪天候で視界を封じれば未来視に制限をかける事は出来るけれど────────それ以上に、風刃の軌道が分からなくなるデメリットが大きいって事だ」
確かに、影浦からの話でもその事に対する言及はあった。
完全に視界を塞いだのは失敗だった、彼もそう言っていた。
それは香取隊も同じではあったが、影浦の場合はサイドエフェクト頼りの回避があるから大丈夫、という勝算があったのだろう。
だが、迅の技能と経験は、その楽観を打ち砕いた。
遠隔斬撃の軌道が肉眼で見えない、というのは。
影浦のサイドエフェクトがあって尚、無視出来ないデメリットであったワケだ。
「でも、影浦先輩のサイドエフェクトと七海のそれとじゃ少し違うんじゃない? そこのところはどうなの?」
「俺の場合、そもそも攻撃が来る事は分かってもその強弱は感知出来ないんだ。だから通常攻撃なのか遠隔斬撃なのかを判別する事は出来ないし、それに────────気付かない内に玲達に向けて遠隔斬撃を撃たれるって可能性も、充分有り得るんだ」
そう、影浦の感情受信体質と七海の感知痛覚体質とでは、決定的な違いが一つある。
それは、感知する攻撃の
影浦であれば感情の刺さり方次第である程度判別が出来るが、七海の場合ダメージであればどんなものであれ一律で感知する為、
そして、そういったフェイント混じりの駆け引きという舞台に上がった時点で、死線踏破者である迅の経験値が大きな壁となって立ちはだかる。
今の那須隊はクレバーな判断が出来る面々が揃っているが、そういう方面で迅は比較にすらならない。
命懸けの戦場を生き抜いたという経験は、伊達ではないのだ。
目の前の相手よりも、狙い易い標的を狙う。
その程度の判断は、基本だ。
そして迅の持つ風刃は、その規格外の射程により容易にそれを可能にする。
故に、視界を完全に封鎖してしまうのは、メリットをデメリットが上回ると七海は判断したワケだ。
「でも、そうなると未来視を封じれないからそもそも勝負にならないんじゃない?」
「そうでもないさ。暴風雨は確かに視界を完全に封じる程の天候じゃないけど、それでも遠方を視認する事は出来なくなる。少なくとも、前に玲がやられたように開幕で遠距離斬撃で落とされるような事はなくなる筈だ」
そして、暴風雨という天候を選んだのにも当然理由がある。
暴風雨は、視界制限の観点から言えば砂嵐や猛吹雪に大きく劣る。
だが。
荒れ狂う雨風は、遠距離の視認を封じるカーテンとしての役割は充分に果たしてくれる。
少なくとも、あの模擬戦のように開幕で超超距離の遠隔斬撃で落とされる、という事態は防げるだろう。
「そうなると、どうやって迅さんを落とすんですか? 確かに防御面はそれで難易度下がるかもですけど、攻撃面はどうします?」
普通に狙撃してもバレちゃいますしね、と茜は告げた。
確かに、暴風雨では完全に攻撃の軌道を隠す事は出来ない。
遠隔斬撃の軌道が分かるようになったのと同じように、こちらの攻撃も迅から視られてしまう。
どうやって落とすか、という問題は解決出来ていないのだ。
「いや、落とす方法は決めない。というよりも、限定しない、と言った方が正しいか」
だが。
それに対する解答も、七海はきちんと用意してあった。
「下手に一本の戦術に限定すれば、未来視で作戦を把握された時点で対応される。だったら、大まかな指針を決めた上であとは各々の判断でやる方が勝てる可能性は高いだろう」
そう、迅の未来視の最も厄介な点は、作戦が見通される事にある。
彼は人の心は読めないが、未来の映像を視る事で作戦を推測し把握する事が可能。
故に、どれだけ奇抜で優秀な作戦であろうと────────迅にとっては、既知の戦術でしかないのだ。
一つの作戦を立てただけで満足していては、迅には届かない。
ならばどうするか。
簡単だ。
基本的な戦術方針だけ整えておき、戦況に応じて各々の判断と連携で臨機応変に戦う。
それが、七海の出した答えだった。
「迅さんは無策で挑んでも、警戒し過ぎても勝てない。色眼鏡なしで、本当の迅さんを見なきゃ────────きっと、
だから、と七海は告げる。
「迅さんを、真っ向勝負の舞台に引き込んで、
「────」
最初に動いたのは、七海だった。
七海はグラスホッパーを踏み込み、迅へと肉薄。
スコーピオンを翳し、それを迅へと振り下ろす。
「おっと」
迅はそれを、サイドステップで回避。
充分受け太刀で対応出来る攻撃ではあったが、それはしない。
何故か。
「……!」
直後に、熊谷が斬りかかって来る事が分かっていたからだ。
迅はブレードを斬線に置き、弧月の一撃を防御。
そのまま力を込め、熊谷を押し返す。
「────!」
そして、ブレードを振り抜いて背後から忍び寄った七海を迎撃。
七海は寸前でグラスホッパーを踏んで跳躍し、反撃の刃を回避。
だが、ただでは退かない。
右手に持っていた短刀型のスコーピオンを、迅に向かって投擲した。
「旋空孤月ッ!」
同時に、熊谷が旋空を起動。
横薙ぎに、旋空孤月が放たれる。
前門のスコーピオン、後門の旋空が迅を襲う。
これで、仕留められるとは思っていない。
狙いは、跳躍の強制。
熊谷は横薙ぎの旋空を、かなり低い位置に放っている。
少なくとも、しゃがみ込んで回避出来るような高度ではない。
回避するには、ジャンプをするしかない。
だが、空中では幾ら迅でも動きが制限される。
七海のようにグラスホッパーの補助が無い以上、一度空中に出れば回避機動には相当な制限がかかるのだ。
そこを、狙う。
シンプルだが、それ故に有効。
迅は旋空を回避する為、地を蹴り宙に跳び出した。
(そこだ……っ!)
すかさず、七海が動いた。
グラスホッパーを用いて、跳躍した迅へ接近。
スコーピオンを、その背に突き立てんと迫る。
「少し、低過ぎたね」
「……!」
だが。
迅は、足元を旋空が通過した直後ブレードを橋に突き立てた。
そして、握ったブレードを起点に素早く着地。
地に足を付けた状態で、七海のスコーピオンを斬り払った。
熊谷は今回、跳躍を強要する為に相当に低い位置────────迅の膝あたりの高さを狙って旋空を撃った。
それは確かに、迅に跳躍を強制する事には成功した。
しかし。
迅は最小限の高度で跳躍を行い、ブレードを杖代わりにした機動で難なく七海の追撃を対処してみせた。
矢張り、場数が違う。
そんな思考すらする暇はないとばかりに、七海は即座にグラスホッパーを起動。
迅の反撃が来る前に、その場から離脱した。
(強い。だけど)
(勝負には、なってる)
間違っても、押しているとは言えない。
むしろ、二人がかりでも圧倒されているのが現状だ。
だが。
あの模擬戦の時のような、一方的な蹂躙ではない。
ちゃんと、戦いという形が成立している。
もし、これが当初の予定通り濃霧で視界を封鎖していたら。
不意の遠隔斬撃で瞬く間に熊谷がやられていた可能性は、否定出来ない。
七海と違い、熊谷には攻撃を感知出来る
前回の影浦隊の戦術が成立したのはあくまで前衛が攻撃感知可能な影浦のみという部隊構成であったからであり、那須隊が同じ事をすればそれは熊谷だけを死地に落とす事と同義であった。
香取隊の時に若村と三浦が致命傷を避け得なかったのも、風刃の軌道が全く見えなかったという要素が大きい。
そうでなくとも彼等二人の練度では厳しかったであろうが、敗因の一つであった事に変わりは無い。
そして、今の二人で迅を囲む陣形も善戦の理由の一つと言えるだろう。
迅には、風刃にはシールドが存在しない。
故に、防御の選択肢は受け太刀一択となる。
つまり、迅はブレード使いを複数相手にする場合は、一本の
スコーピオンは余程勢いを付けなければシールドを抜けない為、通常であれば集中シールドでの防御という対抗策が可能であるが、迅にはシールドがない為それが出来ない。
故に、手数と小回りで弧月を上回るスコーピオン相手には、特に繊細な防御もしくは迎撃が必要なのだ。
加えて、七海にはマンティスがある。
練度は影浦のそれには及ばないが、通常のスコーピオンでは届かない射程に刃が届くというのは明確な利点だ。
無論マンティスは
迅に未来視があるとはいえ、戦闘中の未来映像は目まぐるしく切り替わる。
何せ、当人が判断を一つ変えただけでも無数の
それが複数人相手となれば、視える未来の数はどれほどのものか。
────────乱戦になると、情報量が多くてあいつでも処理しきれなくなるんだよ。だから、あいつを倒すには囲んで叩くか、攻撃を延々と続けて行くのが手っ取り早い────────
あの時、太刀川が言った言葉はそういう意味で的を射ていた。
迅を相手にする場合は、囲んで叩くのが一番。
無論、言う程簡単な事ではないが────────有効な手であるのは、確かなのである。
矢張り、迅の好敵手であったという経歴は伊達ではない。
普段は人間性の駄目さが目立つ太刀川だが、戦闘者としては一流として極まっている。
それを、改めて認識する。
だが、その太刀川でさえ風刃を持った迅と相対した事はない。
聞けば、風刃を持った迅が負けた事は今までに一度もないという。
少なくとも、七海が知れる範囲では。
ならば。
その一度目に、自分達はなる。
七海は、その決意を以てこの場に立っている。
(行くぞ)
(ええ)
熊谷は七海とのアイコンタクトだけで意思を共有し、共に刃を構える。
そして、二人の戦士が橋の上に立つ迅に向かって再び斬りかかった。
「おー、凄いね七海くん。迅さんと互角にやり合ってるや」
「当然だろ。あのくらい、あいつは出来るに決まってるだろうが」
試合映像を見ながら、北添と影浦が口々に称賛する。
後者は褒めている自覚は無いのだろうが、そこはそれ。
弟子馬鹿は、自分では自覚のないものなのである。
「成る程、真っ向勝負か。シンプルイズベストとは、良く言ったものだね」
「ああ、まさか正面対決が正答とはな。とはいえ、簡単に出来る事ではないだろうが」
王子と蔵内もまた、七海達の意図を理解し得心していた。
策に頼っては、未来を視る迅には勝てない。
有効なのは、数で囲む戦略と、純粋な物量。
口で言う程簡単ではないが、それでも有効な手である。
何よりも、この方法には明確なデメリットがない、という点がポイントだ。
真っ向勝負。
そう聞くと
余計な横槍が入らない状態で、真っ向勝負が
それは、立派な戦略の一つだ。
実際に、二宮隊が良い例だ。
二宮隊は、二宮が十全に暴れられるように隊員が脇を固めるのが一番強い戦い方である。
無論それだけに拘るような者達ではないが、
綿密に練り上げられた戦術とは違い、そういった真っ向勝負は
だが。
逆に、単純であるが故に付け入る隙が少ない、というメリットもあるのだ。
たとえば、影浦隊が行った消灯作戦が白い隊服が仇となって覆されたように、綿密な戦術というものは一つでも綻びがあればそこから一気に瓦解する脆さがある。
しかし、単純な真っ向勝負であれば、そういった分かり易い
故に、後は己の地力と機転のみの勝負になる。
そして。
数の利を最も押し付け易いのもまた、この真っ向勝負なのである。
単純な答えこそ、最も最善に近い最適解。
それを理解して実行したのが、
「良いチームになったな、七海」
村上は一人、そう呟いた。
これまで、迅はB級上位の6チーム全てを退けている。
そして、その戦いぶりも凄まじいものであった。
だからこそ、普通の神経であれば真っ向勝負────────即ち純粋な地力比べは、避けたがるのが人の心証である。
にも拘わらず実行出来たのは、それだけ那須隊の面々が互いの実力に信頼を置いているからだ。
自分達なら、出来る。
その信頼関係があって初めて、この作戦は実行出来たのだ。
「頑張れよ。お前達なら、きっと出来るさ」
村上は静かに、七海達へと激励を送る。