痛みを識るもの   作:デスイーター

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風刃③

「戦う場所は、橋の上にしよう。街中で戦うより、ずっと良い筈だ」

 

 七海はミーティングの中、試合の方針についてそう切り出した。

 

 細かい戦術までは決めずとも、大まかな指針は必要。

 

 故にこそ、戦場の設定は重要だ。

 

 戦略で戦うというのは、無策で戦うのとはワケが違うのだから。

 

「理由を聞いてもいい?」

「まず、橋の上なら遠隔斬撃が見え易い。少なくとも、街中よりはね」

「割と広いものね、あの橋は。それに、余計な障害物もない」

 

 迅と戦う上で大事なのは、如何にして遠隔斬撃の奇襲性を薄れさせるかだ。

 

 入り組んだ街中では、四方八方の何れかから遠隔斬撃が飛んで来るか分からない。

 

 だが。

 

 余計な障害物のない橋の上であれば、遠隔斬撃の軌道は丸見えだ。

 

 無論、速度は驚異的なので脅威である事に違いはないが、意識の外から不意を撃たれる可能性を下げる事は出来る筈である。

 

「それに、橋の上で戦えば街の方に残るメンバーを狙われるのを防ぎ易くなる。勿論、警戒を怠る気はないけどね」

「でも、どうやって橋の上まで誘導するんです? 迅さんだって、そこが自分にとって有利な場所じゃない事くらい分かると思いますが」

「いや、それに関しては問題ない。迅さんは、必ず来る」

 

 七海は小夜子の疑問にそう切り返し、答えを口にする。

 

「橋の上で、俺と熊谷が隠れずに待ち構えれば良い。そうすれば、きっと迅さんは来る筈だ」

 

 その予想外の答えに、小夜子は呆気に取られる。

 

 てっきり、何かしらの策を用いて誘導するものとばかり思っていたが、まさか正面から堂々と待ち受けるという答えが返って来るのは予想していなかった。

 

 だが。

 

「成る程ね」

「そういうことか」

 

 那須と熊谷は、今の説明で納得したらしい。

 

 どうやら、戦闘者にとっては今のは分かり易い説明であったようだ。

 

 茜は何もコメントしないが、それは仲間を信じているが故の沈黙だ。

 

 それに。

 

 彼女も、理由を薄々と察する事は出来たのだから。

 

「一応、説明して貰えますか? 実際に戦わない私の感覚だと、理解出来ないんですが」

「まず、戦略上の理由がある。河川敷Aは、川に浸からず向こう岸に渡るには必ず橋を通過する必要がある。俺達が橋の上に陣取れば、それを退けない限りは向こう岸の相手は狙えない」

「天候を暴風雨にすれば、川を泳いで渡るのは現実的じゃないしね。水中じゃ、機敏な動きはまず無理だろうし」

 

 河川敷Aの川は通常であれば膝くらいの深さであり、川の中を渡る事は決して不可能ではない。

 

 動きは当然鈍くなるが、不可能というワケではないのだ。

 

 実際に、茜は第一試験の時に川の中に潜むという方法を取った。

 

 あれは川がさほど深くないからこそ、成立した戦術である。

 

 しかし。

 

 暴風雨、という天候下であれば話は全く違って来る。

 

 嵐で水位が上がり、荒れ狂う川の中を進むのは普通に考えれば不可能だ。

 

 荒れた川の中は、言うなれば竜巻の中にいるに等しい。

 

 大袈裟な表現ではあるが、悪天候で荒れた川、というものは危険極まりないのだ。

 

 トリオン体故に溺死等の心配はないが、水中での自由な移動はよほどのセンスと安定した体幹がなければまず無理だろう。

 

 嵐の川の中を泳いだ経験のある者など、いる筈がないのだから。

 

「風刃が水面を伝播出来るかは分からないけれど、少なくとも悪天候で荒れた川の上を伝って斬撃を飛ばすのは現実的じゃない筈だ。だから、向こう岸の相手を狙うには橋の上の俺と熊谷を排除するしかない」

「だから、迅さんは来ると? 自分が不利な場所である事を、承知で」

「来るさ。勿論、今言った通り戦術的な理由もある。けれど、なにより────────」

 

 七海はそこで、不敵な笑みを浮かべ、告げる。

 

「────────俺達の挑戦を、今の迅さんが受けて立たない筈が無い。だってきっと、それこそがあの人の望みなんだからね」

 

 

 

 

「はぁぁ……っ!」

 

 熊谷は駆け出し、迅に向かって弧月で斬りかかる。

 

 攻撃を受け、そこから反撃に繋げるのが熊谷の基本スタイルではあるが────────迅が、彼女の土俵に早々乗る理由は無い。

 

 確かに迅は七海達の挑戦を受けて立ったが、それは何も考えずに斬りかかる事を意味しない。

 

 自分が優位になるよう立ち回るのは、戦闘者の基本である。

 

 それは真剣勝負でも、否────────真剣勝負であるからこそ、変わらない。

 

 思考停止という手抜きを、今の迅がする筈もない。

 

 最初の攻防の後、迅は無理に距離を詰めずに受けて立つ姿勢に移行(シフト)した。

 

 中距離になれば旋空孤月という脅威があるものの、風刃の速度は旋空のそれを上回る。

 

 先ほど、旋空を撃とうとする度に迅は遠隔斬撃の構えを見せ、拡張斬撃を牽制している。

 

 更に、迅は熊谷の間合いギリギリの位置に陣取っている。

 

 一歩踏み込まなければ剣は届かないが、旋空を撃とうとした時に、すぐさま斬りかかれる位置ではある。

 

 故に、迂闊に旋空は撃てない。

 

 かと言って、距離を空け過ぎれば遠隔斬撃の脅威度が上がる。

 

 だからこそ。

 

「────」

「……!」

 

 熊谷は、七海と共に迅に斬りかかる事を選んだ。

 

 タイミングをズラして────────などという事は、しない。

 

 そんな余分な小細工をするよりは、同時に斬りかかる方がかけられる負荷が大きい。

 

 そう判断し、熊谷と七海は全く同時に弧月とスコーピオンで迅に斬りかかった。

 

「甘いよ」

「ぐ……!」

 

 迅の判断は、すぐだった。

 

 一歩下がり、七海に近付いたかと思うと────────左足で、七海の腹を蹴り飛ばした。

 

 トリガーを使わなければ、トリオン体に傷を付ける事は出来ない。

 

 故に、蹴られたとしてもダメージはないが────────同時に、蹴り(それ)は七海のサイドエフェクトの感知外である事も意味している。

 

 最終ROUNDで、影浦にも使われた手だ。

 

 ダメージを伴わない蹴撃で、物理的に跳ばされた。

 

 残るは、熊谷の斬撃のみ。

 

 迅はそれも冷静に対応し、風刃のブレードで斬撃を防御。

 

 体重を乗せ、刃を以て熊谷を斬り払いで吹き飛ばした。

 

 そして、二人と距離を取った事で躊躇なく遠隔斬撃を撃ち放つ。

 

 狙いは、熊谷。

 

 七海に撃ったとしても、この見通しの良い橋の上では回避される可能性が高いし、何より彼にはグラスホッパーがある。

 

 上空に逃げられてしまえば、風刃の刃は届かない。

 

 ならば。

 

 回避手段がなく、純粋な剣士である熊谷を狙うのが手っ取り早い。

 

 今の均衡状態が成立しているのは、ブレード使いとの2対1という数の利があるからだ。

 

 それが崩れた瞬間、天秤は一気に傾き落ちる。

 

 捨て身で一矢報いて、というのはこの状況下では愚策でしかない。

 

 数の有利が崩れれば、押し込まれるのは那須隊の方だ。

 

 もしも捨て身になるとすれば、それは必ず落とせる確信を持てた時のみ。

 

 判断を誤れば、それがすぐさま敗北へと繋がる。

 

 これは、そういう戦いである。

 

 前衛が二人揃っているからこそ、迅相手に善戦が出来ているのだ。

 

 これがもし1対1であったのであれば、既に痛手を負っていたとしてもおかしくはない。

 

 熊谷は防御技術に優れているし、七海の身のこなしはボーダー内でも上から数えた方が速いレベルではあるが。

 

 それでも、単体の地力となれば迅には及ばない。

 

 アリステラ防衛戦踏破者(地獄を潜り抜けた経験)は、伊達ではないのだ。

 

 冷徹な風の刃が、突き飛ばされた熊谷へと迫る。

 

「熊谷……っ!」

「……!」

 

 七海は敢えて声を張り上げ、同時にグラスホッパーを遠隔展開。

 

 熊谷の足元にジャンプ台を設置し、同時に自身の足元へもグラスホッパーを展開。

 

 七海の仕掛けたグラスホッパーを踏み込み、熊谷は空中へと退避。

 

 風刃の遠隔斬撃を、間一髪で回避する。

 

 同時に、七海はグラスホッパーを踏み込み加速。

 

 再び、スコーピオンを手に斬りかかる。

 

「ハウンド……ッ!」

 

 更に、空中に跳躍した熊谷は音声認識でハウンドを射出。

 

 迅に向かって、トリオン探知で弾丸が撃ち出される。

 

 普通であれば七海に誤射してしまいかねないハウンドだが、彼には副作用(サイドエフェクト)がある。

 

 ハウンドの軌道を掻い潜り、迅に接近する事など造作もない。

 

 通常、ハウンドを凌ぐ為にはシールドを広げるのが一般的な方法だ。

 

 しかし、迅にそれは許されない。

 

 風刃に、シールドは存在しないのだから。

 

 故に障害物を盾にする等の対策が必要なのだが、此処は橋のど真ん中。

 

 盾にする障害物は、殆ど無い。

 

 更に、後方からはリアルタイムで七海が迫って来ている。

 

 弾幕を回避する事に集中すれば、七海の斬撃が見舞われる。

 

 かといって悠長に七海の相手をしていれば、弾幕の餌食になる。

 

 絶体絶命。

 

 そう言って、差し支えない状況ではあった。

 

「え……?」

「……っ!」

 

 彼が。

 

 歴戦の猛者(迅悠一)でなければ。

 

 迅は七海に自ら接近し、交差する直前でそのすぐ傍をすり抜けるように通過。

 

 同時に七海の背を蹴り出し、弾幕の中へと放り込んだ。

 

「く……っ!」

 

 グラスホッパーで回避するには、弾丸との距離が近過ぎた。

 

 七海は止む無く、シールドを展開。

 

 広げたシールドで、熊谷のハウンドを防御する。

 

 迅は、その七海を盾とする形で弾幕をやり過ごし────────無傷で、生存。

 

 すぐさま、熊谷に向かって遠隔斬撃を撃ち放った。

 

 遠隔斬撃は、橋のアーチへ向かっている。

 

 熊谷は空中にいるが、アーチを伝えば充分に射程圏内に入る。

 

 七海と違い、グラスホッパーを持たない熊谷に空中で遠隔斬撃を回避する手段は無い。

 

 故に。

 

「旋空孤月ッ!」

 

 熊谷は、アーチに向かって旋空孤月を起動。

 

 風刃の遠隔斬撃が伝播し切る直前にそれを切断し、斬撃の伝播の妨害に成功した。

 

 だがそれは。

 

 二発目のハウンドを撃つ隙がなくなった事を、意味している。

 

 この状況で迅が防ぐべきは、ハウンドの連射。

 

 シールドの無い迅にとって、この開けた橋の上で射撃を継続的に撃ち続けられるのは出来れば避けたいところである。

 

 故に、二発目を防ぐ為に遠隔斬撃を使用した。

 

 これで、遠隔斬撃は残り八発。

 

 ようやく、残弾8である。

 

 だが、余計な思考を回す暇など無い。

 

 迅はそのまま、熊谷の着地地点に急行。

 

 彼女が着地する直前を狙い、ブレードを振るう。

 

「……!」

「視えてるよ」

 

 と思わせて、背後の七海にブレードを一閃。

 

 間一髪で回避に成功した七海は、そのままバックステップで距離を取る。

 

 同時に、熊谷が橋の上へ着地。

 

 旋空の発射態勢に入る。

 

「旋空────」

「遅い」

 

 だが。

 

 迅は、熊谷が弧月を振り切る前にその刀身の根元にブレードを叩きつけた。

 

 旋空は先端に近付けば近づくほど威力が増す、という特性を持つ。

 

 されど、逆に言えば根本付近は通常の弧月となんら変わらない斬れ味のまま、という事でもある。

 

 迅はそこを狙い、防御不能の威力に至る前に旋空を失敗させた。

 

 そして、返す刀で熊谷の胴を斬りつけた。

 

「く……っ!」

 

 何とか身を捻り、回避する熊谷だが無傷とはいかない。

 

 脇腹を斬られ、少なくないトリオンが漏れ出している。

 

 致命傷ではないが、浅くは無い傷だ。

 

 これ以上ダメージを受ければ、トリオン漏出による緊急脱出も見えて来るだろう。

 

 最早、長期戦は望めない。

 

「────来たか」

 

 否。

 

 元より、長期戦などするつもりは無い。

 

 迅という経験の怪物相手に、長期戦は愚策。

 

 長く戦えば戦う程動きを覚えられ、不利になる。

 

 故に。

 

 その時を待っていたかのように、東の空から無数の光弾が飛来した。

 

 その光の雨を繰るのは、当然那須玲。

 

 那須隊の隊長にして、変幻自在の弾幕を操る魔弾の射手が、遂にその矢を放つ。

 

 曇天の空より来たるは、煌びやかな光の雨。

 

 その光雨はまるで落ち行く流星のようで、曇天の空に輝く幻想のようですらある。

 

 されど心せよ。

 

 この絢爛たる流星は、敵対者を葬る殺意の魔弾。

 

 戦場を彩る、毒の鏃である。

 

 四方八方より、魔弾の射手の鏃が迫る。

 

 敵対者を閉じ込め鏖殺する那須の必殺、鳥籠。

 

 それは、シールドのない迅にとって絶死の雨に等しい。

 

 故に。

 

 迅は即座に、熊谷の背後に移動。

 

 すれ違いざまに足払いを行い、熊谷のバランスを崩す。

 

「く……!」

 

 その足払いによって変化弾(バイパー)の被弾圏内に踏み込んでしまった熊谷は、咄嗟にシールドを展開。

 

 広げたシールドにより弾丸を防御するが、それは同時に迅へと至る射撃をも防いでしまう事となった。

 

 迅はまたもや相手を利用した動きで、致死の筈の射撃を凌ぎ切った。

 

 今の攻防で、熊谷はシールドを張らずに自分ごと迅を撃たせる事も出来た。

 

 けれど、それをしなかったのは────────それでも尚、迅を倒し切れるとは思えなかったからだ。

 

 捨て身で確殺出来るのであれば躊躇はないが、これまでの戦いを見て来た熊谷の戦闘者としての直感は、此処は捨て身を切るところでは無いと判断した。

 

 だが、それだけではない。

 

 彼女が此処で、捨て身にならなかったのは────────。

 

「────────メテオラ」

 

 ────────次の一手が来る事を、知っていたからである。

 

 満を持して放たれた、無数の炸裂弾(メテオラ)

 

 七海の爆撃が橋に向かって撃ち放たれた。

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