痛みを識るもの   作:デスイーター

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風刃④

 

「メテオラ……っ!? これは、橋を破壊するつもりかな」

 

 映像を見ていた王子が何処か、はしゃいだように声をあげる。

 

 誰も彼も、映像に釘付けだ。

 

 欠片たりとも、見逃せない。

 

 全員が、その認識を共有していた。

 

「確かに、川に落とすのは有効な戦法だが」

「迅さんに、通じるんですか……?」

 

 蔵内と樫尾は、疑問符を抱く。

 

 橋を破壊し、川へ落とす。

 

 その程度、迅が想定していない筈がない。

 

 だからこそ。

 

 それが通用するのか、疑問を覚えた。

 

「ハッ、だからおめーらも俺も、迅さんに届かなかったんだ。七海は違うぜ」

 

 だが、それに否を唱えたのは影浦である。

 

 その突然の言葉に王子は興味深げに視線を向け、尋ねた。

 

「おや、それはどういう意味かな?」

「単に、ビビリ過ぎだっつー話だよ。未来視だとか、黒トリガーだとかによ」

 

 影浦はそう告げると、何処か自嘲するように笑った。

 

「俺もおめーらも、迅さんを特別視し過ぎだったんだよ。この程度、通じる筈がない。そう思ってやらなかった事が、幾つもあんだろが」

「それは……」

 

 確かに、影浦の言う通りではあった。

 

 当初の作戦案の中には、三人がかりでハウンドで攻め立て、物量で押す案も存在した。

 

 だが、三人がかりのハウンドで勝てなかった経験が────────それをものともしなかったROUND4での七海との戦いの経験が、彼等にはある。

 

 そして、その七海達那須隊を迅はたった一人で一蹴した。

 

 その時点で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という思い込みが発生していた事は否定出来ない。

 

 だからこそ、王子は言葉に詰まったのだ。

 

 影浦の問いかけが、あまりに的を得ていたから。

 

「迅さんは確かに強ぇーがよ、無敵じゃねぇし付け入る隙もちゃんとある。それを見ようとしなかったのが、俺やおめーらが負けた原因だ」

「まったく、厳しい事を言ってくれる。けど、反論出来ないのも確かだね」

 

 王子は、認めた。

 

 迅を過剰に恐れ、消極的な策しか取れなかった事を。

 

 リスクヘッジを重視するあまり、堅実な策を優先し危険度の高い作戦を忌避する。

 

 それが自分の弱点だとこれまでの戦いを通して自覚はしていたが、まだまだ足りなかったようだ。

 

 認めよう。

 

 確かに、自分は迅を恐れていた。

 

 自分達を下した那須隊を、あまりにも簡単に一蹴してみせた迅を。

 

 それ故に、安全策しか取れなかった。

 

 だが、七海達(かれら)は違う。

 

 迅を一個の人間として認め、尋常に挑もうとしている。

 

 それが、自分達との違い。

 

 希望(みらい)の期待を一身に背負った、迅が待ち望んだ相手。

 

 それが、七海玲一。

 

 それが、那須隊。

 

 迅悠一(きょうしゃ)に挑むに相応しい、挑戦者達である。

 

「いいから見てろ。七海(あいつ)は、ぜってぇやり遂げっからよ」

 

 

 

 

「爆撃か」

 

 迅は迫り来る炸裂弾(メテオラ)を見て、微笑んだ。

 

 今、彼がいるのは橋の中央。

 

 足場である橋を吹き飛ばされれば、川へと落下するしかない。

 

 だが。

 

「避ければ良いだけの話だ」

 

 メテオラの着弾までには、数瞬ほど間がある。

 

 ならば、その間に着弾地点から逃げれば良いだけの事。

 

 もっとも。

 

「……!」

「当然、そう来るよね」

 

 それを、黙って見ている通りは無いのだが。

 

 熊谷は爆撃から逃げようとする迅に対し、すぐさま距離を詰めて斬りかかった。

 

 このままでは熊谷も爆発に巻き込まれるが、彼女にはシールドがある。

 

 この場に迅を押し留める事が出来れば、熊谷がシールドで身を守った上で彼だけを爆風に晒す事が出来る。

 

「く……!」

 

 しかしその程度、迅が読んでいない筈もない。

 

 迅はすぐさま遠隔斬撃を放ち、近付いてくる熊谷に射出。

 

 熊谷は足を止め、シールドでの防御を余儀なくされる。

 

 そしてその隙に、迅は彼女の隣を駆け抜け、足払いを敢行。

 

 なんとか転倒前に踏み留まった熊谷だが、それでも一瞬動きは止まる。

 

 迅がその場から離脱する隙は、充分作る事が出来た。

 

 だが。

 

「そっちも来るよね」

 

 攻撃は、これだけでは終わらない。

 

 再び天から降り注ぐ、光の流星。

 

 それが、迅の行く手を塞ぐように殺到する。

 

 このまま進めば、変化弾(バイパー)の餌食。

 

 かといって後退すれば、メテオラの爆発に巻き込まれる。

 

 万事休す。

 

 これまで無傷で君臨し続けて来た観測者は、此処で落ちる。

 

「なら、こうだ」

 

 否。

 

 この程度の窮地、あの地獄で腐る程見て来ている。

 

 迅は剣を振るい、遠隔斬撃を射出。

 

 二つの斬撃が、橋からアーチを伝って駆けあがる。

 

 そして。端に迫っていたメテオラのキューブに突き刺さり、起爆。

 

 無数の炸裂弾(メテオラ)が連鎖的に爆発し、橋へ直撃する前に誘爆した。

 

「────」

 

 それと同時に、迅は即座に反転。

 

 爆破からシールドで身を守っていた熊谷を狙うべく、ブレードを振るう。

 

 回避は、コンマ一秒間に合わない。

 

 防御が間に合うかは、五分五分。

 

 絶好のタイミングで、迅は熊谷へと斬りかかった。

 

「────!」

 

 だが、その直前何かに気付いたように手を止め後退した。

 

 その、視線は。

 

 背後に迫っていた、無数の光弾に向けられている。

 

「────────読み遅れたか」

 

 

 

 

「処理能力を、圧迫し続けた甲斐があったわね」

 

 街中、ビルの屋上で一人佇む那須は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 雨風にその肢体を晒し、水に濡れ髪が靡く姿は一種幻想的ですらある。

 

 だがその瞳は、決して手弱女のするそれでは無い。

 

 その瞳には燃え盛る闘志と、女の情が揺らめいていた。

 

四年前(あの時)、七海を助けてくれた事には感謝しています。その後、色々手を尽くしてくれた事も知っています」

 

 けれど、と那須は告げる。

 

「これでも、負けず嫌いなの。だから────────那須隊(わたしたち)が受けた傷、纏めて返すわ」

 

 彼女は、忘れていない。

 

 あの模擬戦で、一方的に落とされた事を。

 

 理由があるという事も、必要な工程であった事も理解している。

 

 だが、それはそれとして腹は立つ。

 

 迅への感謝はあるが、それはそれ。

 

 やられたから、やり返す。

 

 勿論、きちんと手順を踏んで。

 

 これまで、七海と熊谷の二人で挟み撃ちにして、迅にギリギリの攻防を強要した。

 

 無傷で凌ぎ切ってはいるが、二人の猛攻は迅の処理能力に少なくない負担を与えていた。

 

 それに加えて、先ほどのバイパーと七海のメテオラの対処で、そこに更に負荷をかけた。

 

 故に、迅の読みがワンテンポ────────刹那の間、遅れた。

 

 迅の視た未来の映像には、爆発に呑まれる橋が映っていた筈だ。

 

 そして、その爆発は七海の炸裂弾(メテオラ)によるものだろうと────────迅は、()()した筈だ。

 

 予想したからこそ、別の未来の視る為のリソースを削り、爆撃への対処を優先させた。

 

 そこを、突いた。

 

 七海のメテオラという分かり易い爆撃を見せる事で、本命の一撃を一瞬だけ隠し通す事に成功した。

 

 それが。

 

 執念の一撃が、炸裂する。

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 爆発が、橋を席捲した。

 

 空から降り注いだ流星────────変化炸裂弾(トマホーク)が、橋へと着弾。

 

 橋へ届く直前に二方向へと別れた光弾の群れは、迅を挟み込む位置に飛来し爆発を引き起こす。

 

 二ヶ所同時に爆撃された事により、橋は三つに分断。

 

 その渦中にいた迅は、ひとたまりもない。

 

「危ない危ない」

 

 否。

 

 迅は、間一髪で退避に成功していた。

 

 爆撃が着弾する直前、迅は上へ跳躍。

 

 アーチを足場として更に上部へ逃れ、爆撃から退避する事に成功していた。

 

「────」

 

 無論。

 

 七海が、この状況で追撃をしない筈は無い。

 

 同じくアーチを足場に駆け上がった七海は、迅に向かってスコーピオンで斬りかかる。

 

 細いアーチの上は、足場としては不安定。

 

 故に。

 

 グラスホッパー(あしば)を自ら作り出せる七海が、圧倒的に有利。

 

 さしもの状況に、迅も焦りを覚え────────否。

 

「……!」

「悪いけど、剣捌きじゃ負けないよ。これでも、太刀川さんと戦り合うくらいの腕はあるんだぜ?」

 

 この状況下で尚、迅は冷静だった。

 

 七海の斬撃をブレードで受け流し、即座に反撃を放つ。

 

 先ほどと違い、今は七海との1対1。

 

 機動力で劣る熊谷は、橋の上に残っている。

 

 ならば。

 

 七海一人分の攻撃程度、防ぐ事など造作もない。

 

 幾ら、七海が空中戦に高い適性があるとはいえ。

 

 不安定な足場での戦闘など、迅も腐るほどやって来ている。

 

 経験が違う。

 

 場数が違う。

 

 此処までやって尚、食らいつけるか否か。

 

 それが、迅悠一。

 

 地獄を潜り抜けた、歴戦の猛者。

 

 成る程、確かに未来視も風刃も、穴はあるだろう。

 

 迅とて人間である以上、出来る事には限界がある。

 

 だがそれでも。

 

 迅の持つ戦闘限界域(キャパシティ)は、他とは隔絶している。

 

 敵に囲まれた四面楚歌の状態を、一人で生き抜いた事もある。

 

 孤立無援で、敵陣から生還した事もある。

 

 仲間を殺されて尚足を止めず、戦果を持ち帰った事もある。

 

 そんな経験(じごく)が、彼を強くした。

 

 足場が悪い程度では、彼の動きは鈍らない。

 

 むしろ、援護する味方がいない七海の方が不利。

 

「ええ、そうでしょうね」

 

 そんな事は、百も承知。

 

 七海は迅を幻想を見て(恐れて)はいないけれど────────同時に、侮る事もしていない。

 

 これまでの戦闘を見た上で、これくらいは出来るだろうという予測は、常に立てていた。

 

 普通の相手ならば、この状況下で七海の相手をするのは難しい。

 

 だが、迅は違う。

 

 迅は砂嵐や猛吹雪という悪天候の中でも、十全の動きで相手を圧倒してみせた。

 

 故に、どれだけ地形条件を有利に整えようが、迅の動きを鈍らせるには至らない。

 

 故に。

 

(熊谷)

(了解……ッ!)

 

 ただ一言。

 

 チームメイトに、告げた。

 

「旋空孤月」

 

 そして、指示(オーダー)を受けた熊谷は。

 

 二人が立つアーチに向かって、拡張斬撃を撃ち放った。

 

 

 

 

「そうだ。それでいい」

 

 試合を映像で見ていた太刀川は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 面白くて仕方がない。

 

 そんな感情が、目に見えて伝わって来る。

 

「迅は確かに、どんな地形でもすぐに適応するだろうさ。砂漠だろうと樹海だろうと、近界を渡った経験のあるあいつにとっちゃ知ってる地形でしかないだろうからな」

 

 そう、迅の経験は、旧ボーダー時代からの近界での戦闘も含まれる。

 

 太刀川も詳しくは知らないが、旧ボーダーの時代に数々の近界の惑星国家を渡り歩いた経験がある事だけは、聞いている。

 

 その中には彼等に友好的な国も、逆に敵対的な国も数多くあった筈だ。

 

 戦闘に巻き込まれた回数も、一度や二度ではないと聞く。

 

 彼が潜り抜けた最大の地獄はアリステラ防衛戦であるが、それ以前にも近界での戦闘を経験しなかったワケではないのだ。

 

 かつて旧ボーダーには、同盟を組んでいた三つの国家があった。

 

 名はデクシア、メソン、そして今は滅び去ったアリステラ。

 

 三つもの国と、同盟を結ぶ事に成功していた。

 

 此処で、疑問が生じる。

 

 果たして、最初から同盟を組む国家に()()()がついていたのだろうか?

 

 答えは、恐らく否。

 

 そも、三つの同盟国家を見つけるまでに、無数の国家を渡り歩いたであろう事は想像すればすぐ分かる。

 

 最初から当たりを三つも引くなど、相当な奇跡でも起きなければ有り得ないからだ。

 

 詳しい話を聞いたワケではないが、太刀川であってもそれくらいの事は想像がつく。

 

 故に。

 

 迅が、どんな地形でも瞬時に適応出来る理由も、想像出来る。

 

 きっと、彼にとってあらゆる地形が()()なのだ。

 

 近界の国家は、多様性に富んでいる。

 

 中世ファンタジーに出て来そうな様相の国家もあれば、牧歌的な風景が続く国もある。

 

 海が広がる国家も、砂漠が広がる国家もある。

 

 迅は、その数々の惑星国家に渡った経験がある。

 

 故に、未知の地形への適応は────────とうに、その時に済ませている。

 

 旧ボーダーの活動に関してはブラックボックスが多い為、太刀川では詳しくは分からないが。

 

 それでも、迅に地形での不利など無いも同然である事は知っていた。

 

「けど、迅は強くても無敵じゃない。突然足場を崩された経験はあるだろうが、いつでもそれに対応出来るほどあいつは万能じゃない」

 

 特に、と太刀川は続ける。

 

「あんな感じに、処理能力に負担をかけられ続けていればな」

 

 最初から足場崩しをしたところで、迅は瞬時に対応する。

 

 それだけの経験が、それだけの地力が、彼にはあるのだから。

 

 だが、この瞬間。

 

 橋の上での2対1や、那須の変化弾(バイパー)

 

 加えて七海のメテオラと、不意を撃ってのトマホーク。

 

 その状況でもアーチの上で七海とやり合えたのは流石と言えるが、相当な負荷が彼の処理能力にかかっている事は間違いない。

 

 故に。

 

「この機会(チャンス)を、逃すなよ。一度で駄目でも、そのまま負荷をかけ続けろ。それがきっと、あいつにとっては一番きつい」

 

 この選択は、間違いではない。

 

 今ならば。

 

 迅の処理能力に負荷をかけ続けた今ならばきっと、彼に届く。

 

 波状攻撃で処理能力を圧迫し、その果てに落とされたROUND6の生駒や最終ROUNDの二宮のように。

 

 迅に、ようやく綻びが見えた。

 

 太刀川はそれを見逃さず、ニヤリと笑う。

 

「やってやれ、七海。迅に、目にもの見せてやれ」

 

 誰もが、その局面に注目していた。

 

 出水は息を呑んで見守り、烏丸はじっと映像を見詰めている。

 

 国近は変わらぬ笑みで試合を見守り、太刀川は不敵な笑みを浮かべている。

 

 旧太刀川隊の面々が見守る中、試合は佳境へ突入する。

 

 決着は、そう遠くは無い。

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