「此処で荒船隊長、穂刈隊員が連続して『緊急脱出』……っ! 『荒船隊』は、これで全員脱落となりました……っ!」
実況席で三上が『荒船隊』の脱落を告げると、緊迫した戦闘を観戦していた観戦席から歓声が沸き上がる。
ビルから落下しながらの攻防、そして鮮やかな狙撃手狩り。
どちらも、会場を沸き立たせるには充分な熱を持っていた。
「荒船隊長は七海隊員相手に二発目の『鉛弾』と三発目の『アステロイド』で勝ちを狙いましたが、惜しくも及ばず。こちらについてはどうでしょう? 奈良坂さん」
「戦略としては悪くなかった。だが、荒船の想定を七海が上回った。極論すれば、それだけの話だ」
奈良坂は淡々と、あくまで事実のみを告げる。
「七海相手に有効なのは『鉛弾』、これは最初の一発を当てた時点で七海自身も身を以て思い知った筈だ。だからこそ、七海は
「ふむ、それだけ七海隊員は荒船隊長の『鉛弾』を警戒していたと」
「まあ、当然っちゃ当然だよな。七海にとっちゃ、普段通りには回避出来ない上に当たれば致命的な枷を負うトリガーだ。警戒するなって方がおかしいだろ」
出水の言葉を奈良坂はそうだな、と肯定する。
「七海はあの一発目の鉛弾で、右足を捨てざるを得なくなった。スコーピオンで右足を補填しているとはいえ、トリガースロットを片方埋め続けてしまうハンデを背負う事になった」
これは相当な痛手だ、と奈良坂は話す。
確かに、これさえなければ七海は柿崎隊を乱戦に巻き込み、ROUND1の時のようにグラスホッパーとメテオラを交えた機動戦で翻弄するという選択も出来た。
だがトリガースロットの片方を埋めなくてはならなくなり、荒船との
「七海が荒船相手にあまり接近しようとしなかったのも、それが理由だ。迂闊に近付けば、最初の時のように鉛弾を撃ち込まれかねない。だからこそ、あの時まである程度の距離を維持して戦っていたんだ」
「確かに、七海の奴あまり攻めっ気が見られなかったしなー。鉛弾を警戒してた以上、無理はねーけど」
七海は荒船との戦闘で、鉛弾によって右足をスコーピオンで補填せざるを得なくなってからは、回避を重視した立ち回りを続けていた。
荒船はそれを、
いや、そう
「そうだな。七海は
「準備、ですか……?」
「ああ、つまり────日浦が、狙撃位置に着いた事だ」
奈良坂はそこで、MAP画面を見据える。
「あの時、七海の置きメテオラを射抜いたのは弾速から考えるにライトニングに間違いない。そして、半崎を狙撃した位置からではライトニングの射程は届かない」
そして、と奈良坂は続けた。
「だからこそ、七海は日浦がライトニングでメテオラを狙える位置に移動するまで、時間稼ぎに徹していたんだ。荒船に反応を許さないタイミングで、置きメテオラを起爆させる為にな」
「成る程、その時間を稼ぐ為に七海隊員は回避に徹していたワケですね」
三上の見解にこくりと頷き肯定した奈良坂だが、敢えて言わなかった事もある。
茜がイーグレットで直接狙わずライトニングを当てられる距離まで移動したのは、単純にイーグレットの練度に不安があったからだ。
先日、茜はライトニングのポイントをマスタークラスまで引き上げた。
血の滲む努力の成果であり、確かな成長の証でもある。
だがその一方、イーグレットやアイビスの練度はライトニングと違いそこまで習熟してはいない。
単純に、体格の問題もある。
狙撃手の中でも殊更小柄で尚且つ女性である茜にとって、アイビスは勿論イーグレットも取り回しが難しいのだ。
勿論ある程度の距離で狙撃を命中させるだけの腕は磨いているが、ライトニングと比べればどうしても練度は劣る。
奈良坂の見立てでは、茜がイーグレットのポイントをマスタークラスまで上げるには相当な時間がかかり、アイビスに至っては恐らく年単位の時間がかかる。
茜がライトニングのポイントをマスタークラスまで上げられたのは、単純に彼女との相性の問題もあった。
茜は反射神経はあまり良い方ではなく、運動能力にも難がある。
だが、特定距離での精密射撃には非凡な才能を持っていた。
それが、茜の適性。
単独で相手を仕留めるには向かないが、チームメイトが生み出した隙を狙った一撃や、カウンタースナイプを成功させるにはこれ以上ない適性と言える。
無論、解説の場で弱点をバラすような真似はしない。
気付いている者はいるかもしれないが、それを師匠の口から言う筈もない。
なんだかんだ、自分の弟子が可愛い奈良坂であった。
「しかし、七海隊員のトリガー切り替えの速度は非凡なものがありますね。まさかあそこで右足のスコーピオンを消して、即座に
「そうだなー。ま、鍛錬の賜物だよな、あれは」
多分あれ鍛えたの風間さんだろうけど、という言葉は呑み込んだ。
七海は太刀川の実質的な紹介により、三上がオペレーターを務める『風間隊』相手に訓練を行っていた。
風間はボーダーの中でも、随一と言って良いトリガー切り替え速度を誇る熟練の戦士だ。
訓練を通じて、七海にトリガーの素早い切り替え方を叩き込んでいたのは想像に難くない。
三上は『風間隊』のオペレーターである為当然その事は知っていた筈だが、彼女は実況の場では公私を交えず客観的な視点での解説に終始している。
そのあたりに、彼女のプロ意識が伺えた。
「それから、熊谷隊員が穂刈隊員を討ち取った事に関しては、どうでしょうか?」
「あれはびっくりしたなー。俺もてっきり、熊谷さんは茜ちゃんの護衛をしてるもんだと思ってたからさ」
三上に倣い、出水もしれっと思ってもいない事を口にする。
そんな二人の意図を察し、奈良坂は敢えて気付かない振りをしながら解説を請け負った。
「恐らく、『荒船隊』もそう考えていたからこそ不意を突かれたんだろう。ROUND1で熊谷が日浦の護衛をしていたあのシーンは、それだけ印象的だったしな」
そう、それもまた『那須隊』が仕掛けた
前回のROUND1で、『那須隊』は
あの展開は、誰の眼にも強烈な印象を以て焼き付けられた。
先入観というものは、厄介だ。
特に、それが強烈な印象を伴っているとなれば、その先入観を拭い去る事は不可能に近い。
七海と那須が攪乱し、茜が狙撃で援護、熊谷が茜を護る。
あのフォーメーションの
「先入観を取り除いて考えれば、何も特別な事はない。先も言ったように、『那須隊』は穂刈の位置は既に特定出来ていた」
あれだけ何度も狙撃を撃ち込んでいたからな、と奈良坂は告げる。
「だからこそ、荒船の援護にかかりきりになっていた穂刈にバッグワームを着た熊谷を向かわせ、仕留めた。『那須隊』がしたのは、言葉にしてみればこれだけの事だ。ROUND1同様、心理誘導を用いているだけで行動自体は基本の域を出ていない」
そう、防御に特化した熊谷が単騎で仕留めたから斬新に見えるだけであって、『那須隊』は特別な事は何もしていない。
バッグワームでレーダーから隠した隊員を一人先行させ、狙撃手を仕留める。
彼女達がしたのは、これだけだ。
これだけの事を、心理誘導によって気付かせずに行った。
それだけの、事なのである。
「ともかく、これで試合は『那須隊』と『柿崎隊』の一騎打ちになった。両部隊の対応力が、問われる所だな」
『柿崎さん、『荒船隊』が全員落ちました。『那須隊』は、一人も落ちてません』
「く……っ! 最悪の展開になっちまったな……っ!」
真登華からの報告を受け、柿崎は思わず舌打ちする。
試合開始からこれまで、自分達は徹底的に蚊帳の外に置かれていた。
合流を優先している為初動が遅い事を両部隊に見抜かれ、此処に至るまで放置を決め込まれた。
先程那須が仕掛けて来るまで、戦闘らしい戦闘は何一つ行えてはいない。
ようやく主戦場に辿り着けると思った矢先に那須に足止めされ、結果として『那須隊』が『荒船隊』を全滅させるまで何一つ成果を挙げられなかった。
全ては、初動の遅さ故に。
『荒船隊』を倒した以上、『那須隊』の隊員はその全員が此処へ向かって来る筈だ。
七海が負傷していれば御の字だが、話に聞く『感知痛覚体質』のサイドエフェクトの件を考えれば難敵である事に間違いはない。
ROUND1での乱戦をコントロールし切った七海の戦いぶりは、今も網膜に焼き付いている。
このまま七海に合流され、那須と連携を取られた時点で恐らく
そこに茜の狙撃まで加われば、最早抵抗の余地すらなくなる。
後手に回り続けた結果、負けが確定する秒読み段階に突入していたのだ。
(くっ、俺の所為か……っ! もしもあいつ等の思う通りにさせていたら、きっと……っ!)
────私が中央区に一番近い位置ですが、先行して『荒船隊』を牽制しましょうか?────
思い返すのは、試合が始まったばかりの時の照屋の言葉。
もし、もしあの時合流優先の選択肢を捨て、彼女の好きに行動させていれば、また違った結果になったかもしれない。
蚊帳の外になんて置かれず、戦況を覆す事が出来たかもしれない。
そう考えると、忸怩たる思いだった。
────『柿崎隊』って、なんかパッとしないよな。堅実って言うより、思い切りが足りないだけじゃね────
…………自分達の隊の評判については、柿崎自身も耳にしていた。
それが、かつて
実際、『柿崎隊』はこれまでずっとB級中位の中で燻り続けている。
かつて唯一の小学生隊員だった虎太郎や、新人王の座を奈良坂や歌川と争った秀才、照屋を隊員として迎えているというのに思うように結果が出せないのは、自分の所為なのだ。
自分はかつて、『嵐山隊』に所属していた。
だが、とあるメディア関係の一件で自分に広報部隊は無理だと悟り、逃げるように隊を抜けた。
今でも『嵐山隊』の面々は自分を気に懸けてくれているが、本当は自分にそんな価値などない。
自分はただ、広報部隊という矢面に立つのが嫌で逃げ出した臆病者に過ぎないのだから。
本当は、上を目指したい。
けれど、怖いのだ。
あの二人を
あの時、記者に「家族と街の人々どちらを優先しますか?」という悪辣な質問をされた時の、心の動揺を忘れられない。
仲間を危険な場所に向かわせる時、あの時の
あの時の自分と、重ねてしまう。
だから、出来ない。
だから、勝てない。
あいつ等は自分のように弱くないと分かってはいても、二の足を踏んでしまう。
それは、人を気遣い過ぎるが故の柿崎の葛藤。
必要以上に他人の分の重荷まで背負おうとしてしまう優しさから来る、懊悩。
それが、柿崎を苦しめていた。
理屈は分かる。
無理に合流を目指さずに、臨機応変に隊員を動かした方が強い。
それは、今対峙している『那須隊』が証明している。
『那須隊』は隊員を別個に動かし、各々を最適な場所に割り振る事で高い対応力を持っている。
各々の強みと弱みをきちんと理解し、最適な場所に最適な人員を送る。
彼女達がしているのは、そういう動きだ。
それこそが、ランク戦に置いて最善に近い動きなのだ。
合流しか頭にない、自分とは違う。
そうするべきだと分かっているのに、踏み込めない。
柿崎は、迷いを振り切れないままいつも通りにこの場を凌ぐ対策を立てようとする。
…………恐らく、既に柿崎の頭には諦めがあった。
もう、勝てないだろうという諦めが。
それだけ、『那須隊』の部隊としての完成度は高かった。
前期までの『那須隊』と、今の『那須隊』は最早別物だ。
七海という最後のピースが嵌った事で、その本当の力を発揮出来ている。
羨ましい、と思わなくなかったと言えば嘘になる。
だが、出来ない。
自分には、どうしても。
最後の一歩が、踏み出せなかった。
「────柿崎さん。少し、いいですか?」
「え……? あ、な、なんだ虎太郎?」
────そんな時、真剣な顔をした虎太郎が自分を見上げている事に気付いた。
那須の包囲攻撃を『固定シールド』で防ぎながら、虎太郎は彼女に聞かれないように小声で、しかしハッキリとその意志を示した。
「このままじゃ、勝ち目はまずありません。だから、俺の作戦を聞いてくれますか?」
虎太郎は、真っ直ぐ柿崎を見据え、告げた。
気付けば照屋も、同じような目で柿崎を見上げていた。
「隊長が私達の事を大事にしてくれてるのは、分かります。けど、
「やられっぱなしは、俺も嫌です。だから、お願いです。柿崎さん」
責任を負わせてくれ、ではなく。
チャンスが、欲しい。
彼等は、そう言った。
柿崎はその言葉に固まり、二人を、二人の真摯な眼を、見据えた。
「勝つ為に、俺にチャンスを下さい。俺の、俺達の我儘を、聞いて貰えますか?」
その言葉に瞠目し、柿崎は────。
「────ああ、いいぜ」
────笑顔を見せて、そう答えた。