痛みを識るもの   作:デスイーター

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迅悠一④

部隊得点追加点合計
那須隊448

 

『此処で試合終了。那須隊は四名全員生存により4Pt、更に迅隊員の撃破により4Ptの合計8Pt獲得となります』

 

 沢田のアナウンスが響き、得点が表示される。

 

 合計、8得点。

 

 紛れもなく、この試験における最高得点。

 

 だが、それ以上に。

 

 迅を。

 

 黒トリガーの使い手を倒したという事実が、何よりも大きかった。

 

「…………本当に、やったんだな」

 

 試合終了と共に隊室に転送された七海は、何処か夢心地のような顔で拳を握り締める。

 

 未だに、信じられない。

 

 自分が。

 

 自分達が。

 

 あの、迅を。

 

 未来視を繰り、黒トリガーを自在に使いこなす歴戦の猛者を。

 

 倒せた。

 

 試合前は自信満々のように見せてはいたが、七海も今回ばかりは緊張の連続であった。

 

 何せ、今までのように事前に打ち合わせた作戦で勝つ、というやり方ではないのだ。

 

 大まかな指針を決めた上で、後は各々の判断と機転で勝利に繋げる。

 

 口では簡単なようでも、その難易度は今までの比ではない。

 

 だが、迅相手には。

 

 未来視を持つ、彼相手に勝つには。

 

 この方法しか、なかったと言える。

 

 今回は、本当の意味で那須隊の地力が試された試合でもあった。

 

 恐らく、迅自身の狙いもそこにあったのだろう。

 

 奇策やメタを張って勝つのではなく、自分たちの力を信じてただ全力で突き進む。

 

 それが出来たからこそ、この結果がある。

 

 誇るべき事だと、七海は思う。

 

 たとえ夢物語のようであろうとも。

 

 御伽のような偉業であろうとも。

 

 自分達が、迅を打倒した事は。

 

 紛れもない、事実であるのだから。

 

「玲一」

「玲」

 

 そこに、同じように仮想空間から帰還した那須が現れた。

 

 激戦を終えた那須の顔は何処か穏やかで────────そして、誇らし気に笑みを浮かべてみせた。

 

「やったね」

「ああ、玲の────────そして、皆のお陰だ」

 

 七海はそう言って、那須の後ろで出待ちをしていた熊谷と茜に目を向ける。

 

 熊谷は何処か困ったように、茜は心底嬉しそうに、笑みを浮かべていた。

 

「ギリギリだったけど、なんとかなって良かったわ」

「はいっ! これで奈良坂先輩(ししょう)に良い報告が出来そうですっ!」

 

 苦笑する熊谷と、天真爛漫に笑う茜。

 

 そんな二人を見ながら七海はふぅ、と安堵の息を吐き出し、那須も肩の力を抜いた。

 

 七海は、何処か遠くを見るように顔を上げる。

 

 そして、穏やかな笑みを浮かべ、告げた。

 

「迅さん。貴方に選ばれて、良かった」

 

 

 

 

「やりおったな、七海」

 

 開口一番、そう言ったのは生駒だった。

 

 試合中黙って観戦していた生駒隊の面々の中、一番騒ぎそうなのに黙して試合を見ていた彼は────────何処か、晴れやかな顔でそう告げた。

 

 それは、七海に対する賛辞というよりも。

 

 何か、別の意味も含んでいるような、気がした。

 

「どしたんですイコさん? なんかナイーブになっちゃって」

「そうですよー。黙って見てろだなんて、イコさんらしくない事も言っちゃって」

「じゃあかしい。イコさんと迅さんの関係考えろや。今回ばかりはシリアスでええやろ」

 

 隠岐と南沢の野次を、そう言って水上が両断する。

 

 生駒と特に親しい彼だけは、その心境を聞いていた。

 

 今回は、迅の晴れ舞台である。

 

 口では色々言うものの、生駒自身は義理人情を優先する人柄だ。

 

 友人である迅の一世一代の舞台に、思うところがあったのだろう。

 

 生駒隊と迅との試合は、市街地Aでの真っ向勝負で波状攻撃をかけて────────結果として、迅の片腕を奪うも全滅を喫した。

 

 その時の生駒が見せた悔し気な顔は、忘れ難い。

 

 故に、今回も真摯に試合を見届けよう。

 

 そういう面持ちだと、水上は考えたのだ。

 

「いや、別にそんなんちゃうで? 関係の深い師匠と友人が見てんのに、そこまで親しくない俺らがはしゃいじゃ駄目やろ思っただけや」

 

 俺も空気は読むんやでー、と生駒は嘯くが、水上はそれが彼なりの誤魔化しである事を見抜いていた。

 

 生駒は表面上は飄々としているが、その実熱い男である事を水上は知っている。

 

 今語った理由も嘘ではないのだろうが、それ以上に迅の戦いを見届けたかったという気持ちが大きい筈だ。

 

 しかし七海の勝利という祝福すべき結果を前にしんみりするのはどうかと思ったので、彼なりに取り繕ったのだろう。

 

「なんや、余計な気遣いして損したわ」

「そやそや、折角喜ばしい事なんやからもっとはしゃいだらええねん」

「そやな。そうするわ」

 

 それを察した水上は生駒に合わせ、話をそう締め括った。

 

 そのやり取りを見て実情を察した隠岐は「でもすごかったですよねホント」と話題転換を切り出した。

 

 何も考えていない南沢は「そっすね。二万回見たいっす!」と脊髄反射でそれに続く。

 

 そうして、生駒隊はいつもの雰囲気で盛り上がって行った。

 

 

 

 

「やったな、七海」

「当然だろ。あいつがやんなくて、誰がやんだよ」

 

 そんな喧騒も、今のこの二人の耳には入らない。

 

 村上は、影浦は、晴れやかな面持ちで結果を出した七海の事を想っていた。

 

部隊順位得点
那須隊 1位44Pt 
二宮隊 2位37Pt 
影浦隊 3位33Pt 
弓場隊 4位24Pt 
香取隊 5位23Pt 
生駒隊 6位20Pt 
王子隊 7位18Pt 

 

 二人の視線は、スクリーンに映し出された現時点のそれぞれの得点順位に向けられている。

 

 この最終試験で得点出来たのは、王子隊、二宮隊、那須隊の三部隊のみ。

 

 王子隊は1Pt、二宮隊は2Pt────────そして、那須隊が8Ptである。

 

 これで、那須隊は文句なしの一位を獲得した。

 

 恐らく、試験に合格するのは彼等だろう。

 

 影浦としては思うところもあるが、結果は結果だ。

 

 どんな結果になろうが、粛々と受け止める所存である。

 

 自分達が勝てなかった事は、正直悔しい。

 

 だが。

 

 七海が。

 

 自分の弟子が。

 

 迅の想いを、彼という強大な未来(あいて)を。

 

 遂に、打倒した。

 

 その事が、何より喜ばしい。

 

 今回、影浦隊がA級に復帰する事はないだろう。

 

 そもそも、受験資格を得られただけでも御の字であったと影浦は考えている。

 

 根付を殴った事は一切後悔してはいないが、それでも組織から見てそれが重大事件であった事は確かなのだ。

 

 後悔云々はさておいて、罰は罰として受け止める寛容さが影浦にはあった。

 

 それでも今回素直に試験を受けたのは、ユズルがやる気を見せていたからだ。

 

 正直、影浦としてはA級に戻る事にさしたる興味は無い。

 

 以前もただ戦い続けた結果として昇格しただけであり、地位にさほど拘っていたワケでもない。

 

 だが。

 

 ユズルが、大事な後輩(なかま)が、上を目指したいと言ったのだ。

 

 ならば、応えなければ嘘というものだろう。

 

 だから、この結果はユズルには申し訳ないと思う気持ちはある。

 

 七海が勝った事は素直に祝福するが、ユズルに関しては謝る必要があるだろうと、影浦は思っていた。

 

「カゲさん」

「なんだ?」

 

 そんな影浦の意図を、察したのかもしれない。

 

 いつの間にか自分の傍でこちらを見上げていたユズルが、真摯な声で切り出した。

 

「おれ、まだ諦めないから。試験は、今回だけじゃないんだしね」

「────────そうか。なら、強くならねえとな」

「うんっ!」

 

 ユズルは晴れやかな笑みを浮かべ、それに続けと北添と光が飛びついてくる。

 

 困惑しながらされるがままのユズルと、彼をハグする北添。

 

 そこにあたしも混ぜろと言いながら突っ込む光に、溜め息を吐く影浦。

 

「お疲れ様、七海」

 

 そんな彼等を見ながら、村上は一言、そう呟いた。

 

 最大の試練を乗り越えた友人へ送る、賛辞として。

 

 

 

 

「やりやがったな、七海」

 

 太刀川は隊室でそう告げ、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 称賛はある。

 

 だが、驚きはなかった。

 

 彼は、最初から信じていた。

 

 この、最終試験。

 

 もしも、迅を打倒する者が現れるのなら。

 

 彼しか。

 

 七海しか、いないだろうと。

 

 勉強はてんで駄目な太刀川だが、人の真贋を見抜く眼力は一級品だ。

 

 理屈が分かっているワケではない。

 

 ただ、相手を見ればその本質を探り当てるだけの眼が、彼にはある。

 

 だからこそ、信じていた。

 

 あの、未来という名の呪いを背負っていた悪友の陰りを祓えるとしたら────────七海しか、いないだろうと。

 

 今回の舞台が、迅の念願だった事は知っている。

 

 かつて見出した希望の欠片に、自分という試練(みらい)を超えさせる。

 

 手を抜いた末の勝利では、意味がない。

 

 全身全霊を用いた、全力の迅。

 

 それを打倒してこそ、彼の望みは叶うのだ。

 

 そして。

 

 七海は、それを見事やり遂げた。

 

 師として、誇らしくはある。

 

 実際、出水は素直に喜びを露にしていた。

 

 烏丸相手に七海の長所をマシンガントークで語りだしており、暫く止まる気配が無い。

 

 それに付き合う烏丸も、何処か嬉しそうだ。

 

 彼は迅とも、七海とも親しい。

 

 玉狛支部の一員として、相応の友誼を結んでいる。

 

 だからこそ、今回の結果は嬉しいのだろう。

 

 二人の事情に深くは踏み込めなかった身であるからこそ、迅の望みが叶った事は喜ばしい。

 

 国近も先ほどからニコニコしており、その心境は察せられる。

 

 本当ならすぐにでも通信で小夜子に祝辞を伝えたいのだろうが、今は水を差すべきではないと我慢しているのだろう。

 

 そんな面々を見ながら、太刀川はニヤリ、と笑みを浮かべた。

 

────その内、強くなった七海と『風刃』を持った俺とやり合える機会が来るよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる────

 

 かつて、迅が七海を弟子入りさせる時に太刀川に告げた言葉。

 

 これが何のハッタリや嘘でもなかった事を、太刀川は改めて認識する。

 

 七海は、その強さを証明してみせた。

 

 隊長としての本気ではない(自分に指揮権の無い)戦いであろうと、七海は一度自分を打倒している。

 

 風間という駒を味方にしていた事も大きかっただろうが、それだけの成長を既に七海は見せている。

 

 風刃を使った迅の本気も、この眼で見る事が出来た。

 

 故に、思う。

 

 あの予言が、実現される日は近いと。

 

 知らず、口元に笑みが浮かぶ。

 

 確かに、太刀川は迅の悪友であるし、七海の師匠だ。

 

 だが、それ以上に。

 

 強者との戦いを求める一人の修羅である事に、何の変わりもないのだから。

 

 

 

 

「…………終わったか」

 

 仮想空間から転送された迅は、現実に降り立ち宙を仰ぐ。

 

 黒トリガーに緊急脱出機能は付いていない為、通常であればトリオン体の破壊と同時にその場に生身の身体が投げ出される。

 

 だが、彼等が戦っていた場所は仮想空間。

 

 そこでの緊急脱出はデータを元に再現されたものでしかない以上、黒トリガー使用者の脱落に際する処理も現実のままとはいかない。

 

 今回の場合は、トリオン体の破壊と同時に現実に転送されるように設定が調整されていた、というだけの話だ。

 

 迅は軽く掌を握り締め、そこで初めて部屋に立っている人影に気が付いた。

 

「小南」

「迅」

 

 そこにいたのは、小南だった。

 

 最終試験の観戦に来ていた小南であったが、彼女は他の面々とは微妙に立場が違う。

 

 言うなれば迅側の人間ではあるが、かといって彼が勝つ事を望んでいた、というのもまた違う。

 

 七海の勝利を願っていたのは確かだが、同時に迅の事を最も案じていたのも彼女だ。

 

 だから、他の面々と一緒に応援は出来ないと、此処で独り────────否。

 

「私もいますよ、迅」

「瑠花ちゃん」

 

 普段通りの笑みを浮かべていた瑠花と共に、この場で観戦していたのだ。

 

 この場に来て初めて瑠花が来ていた事を知った時にはひと悶着あったが、それはそれ。

 

 二人は迅の戦いを、固唾を呑んで見守っていた。

 

 小南は、迅の祈り(ねがい)を知るが故に。

 

 瑠花は、迅の本心(こころ)を知るが故に。

 

 彼が、十全な戦いをやり遂げる事が出来るよう、願っていた。

 

 迅が負けた事に関しては、複雑な心境はある。

 

 これまで、迅が負けた事を見た事は彼女たちは一度も無い。

 

 誰かを喪った事が敗北として扱うのならば話は別だが、こと戦闘に限って彼が負けたところを見た事は一度もなかった。

 

 その彼が、負けたのだ。

 

 故に、不敗の象徴が倒れたという驚愕は少なからずある。

 

 だが。

 

 それ以上に。

 

 迅が、本願をやり遂げた事を。

 

 心の底から、喜ばしく思っていた。

 

「負けたわね。どう? 感想は」

「正直、悔しいかな。でも────────それ以上に、嬉しい」

 

 迅は何処か晴れやかな顔で、告げる。

 

 己の、本心からの想いを。

 

「改めて、思えたよ。あいつを選んで、間違いはなかったんだなって。玲奈の想いは、きちんと受け継ぐ事が出来たんだなって」

「そうね。多分、玲奈さんも似たような事を言うと思うわ」

「そうだね。そこは、同意見だ」

 

 迅の言葉に、小南はくすりと笑った。

 

 今の迅に、かつてのような強迫観念は見られない。

 

 ただ真っ直ぐ、希望を以て前を向いている。

 

 既に、未来という名の呪縛からは解き放たれている。

 

 それを成し遂げたのが誰かという事も、小南はしっかり覚えていた。

 

 そんな二人のやり取りを見て、瑠花は何処か羨ましそうにしていた。

 

 スケジュールが合わなかったとはいえ、迅が七海に救われたあの日。

 

 彼女は、当事者にはなれなかったのだから。

 

「どうせなら、その場に居合わせたかったものですね。ですが、一つだけ」

 

 けれど、それでも構わないと彼女は想う。

 

 瑠花は、当事者にはなれなかったけれど。

 

 それでも、彼の幸せを願っていたのは、小南と同じなのだから。

 

「迅」

 

 小南は、にこりと笑って。

 

「迅」

 

 瑠花は、穏やかに微笑んで。

 

「「おつかれさま」」

 

 ただ一言。

 

 迅をそう言って、労った。

 

 それを聞いた迅は。

 

 笑みを浮かべて、「ありがとう」と。

 

 満面の笑みで、そう告げた。

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