痛みを識るもの   作:デスイーター

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THE SECOND PIECE/三雲修
三雲修③


 

「ようやく、此処まで来たか」

 

 迅は一人、屋上に佇んでいた。

 

 その手には、一つの端末。

 

 端末の画面には、那須隊がA級となった証────────隊章が、映し出されていた。

 

 迅にとっては、七海達が己の期待を見事に叶えてくれた事の証明でもある。

 

 知らず、笑みが零れる。

 

 四年前から凍り付いた時計の針はようやく進み、未来に向けて確かな一歩を刻み続けている。

 

 これまでは強迫観念で求め続けていた、最善の未来。

 

 今は本心から望む事が出来ているそれに、着実に近付いている。

 

 那須隊がA級になれるかどうかは、その大きな分岐点の一つだった。

 

 だが、達成困難であったその条件はこの上ない形でクリアされた。

 

 望む未来は、確かな足音を以て近付いている。

 

「そろそろ、頃合いだ。二人を、引き合わせるとしようか」

 

 更に迅は端末を操作し、一人の隊員のパーソナルデータを映し出した。

 

 映し出された隊員の名前は、三雲修。

 

 迅の肝入りで入隊させた、最善の未来の為の二つ目の欠片。

 

 今後を左右する、キーパーソンとなる少年であった。

 

 迅はニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がる。

 

 そして、告げるように呟いた。

 

「君の番が来たぞ、メガネくん」

 

 

 

 

 三雲修は、あれから迅に告げられた通り那須隊の試合を追い続けた。

 

 ROUND3は不可解な動きを続けた末に惨敗した為困惑したが、ROUND4でそれまで以上のキレを持った動きを見せた為に「あの時は調子が悪かったのだろう」と結論付けた。

 

 迅の内面を直感で察した修ではあるが、流石に直接言葉を交わした事のない相手の事を理解しろというのは無理がある。

 

 那須隊のROUND3における失態の意味を理解出来なくとも、ある意味当然の話だ。

 

 精神の根幹がブレない特殊な精神構造を持った彼とて、那須隊の複雑怪奇な人間模様を想像出来る筈もない。

 

 本能で理解しようとするだけ時間の浪費であると判断し、次の試合の考察に切り替えたワケである。

 

 そんな修にとって、ROUND5はかなり見どころのある試合だったと言える。

 

 地下という閉所を可能な限り利用した鈴鳴の戦術に、不利を強いられながらも各々の方法で対応してみせた東隊と那須隊の立ち回り。

 

 そして、自分が落ちても戦果をもぎ取る小荒井や熊谷の動きも、大いに勉強になった。

 

 自分一人で勝てなくとも、役目を果たせば隊に貢献する事は出来る。

 

 その見地は、修にとって目から鱗と言うべきものであった。

 

 修は、自分の弱さを理解している。

 

 彼は、戦う為の努力をして来なかった人間だ。

 

 別に、修が怠惰だとかそういうワケではなく、必要がなかったからそちらに労力を割かなかっただけだ。

 

 元々運動神経はお粗末の一言で、特に必要とも思わなかったから身体を鍛える事とも無縁だった。

 

 そんな彼がボーダーに入ろうと思い立ったのは、割と最近の話である。

 

 切っ掛けは、彼の家庭教師でもあった雨取麟児の失踪だ。

 

 麟児は修に対し、妹である千佳の連れ去られた友達を探す為に近界を調査しに行くと告げていた。

 

 修は当然の如く動向を申し出たが、結局彼は置き去りにされ、麟児だけが姿を消した。

 

 その時の、千佳の様子は忘れ難い。

 

 彼女は、自分の所為で兄がいなくなったのだと泣いていた。

 

 そんな千佳を見て、修は決意した。

 

 自分が、ボーダーに入って麟児を見つけ出すのだと。

 

 麟児が向かったのは、近界である。

 

 そして、近界に向かうにはボーダーの技術がなくてはならない。

 

 麟児のように()()()を見繕うような術も伝手もないのだから、彼を探し出すにはそれしか手段がなかった。

 

 故に一度試験で落とされた時も諦めずに直談判し、それでも駄目だったから警戒区域への侵入という今思えば軽挙な手段に走ったのだが、そこで出会った迅によってボーダー入隊という念願は叶った。

 

 だが、入隊した修は人事担当者から告げられた「才能が無い」という言葉を実感する事になった。

 

 修のトリオン評価値は、2。

 

 これはとてもではないが戦闘員として堪え得る数値ではなく、実際にB級に上がる為の個人ランク戦で修が勝てた事は一度もなかった。

 

 弾トリガーも試してはみたが、そもそもC級隊員はトリガーを一つしか持てないという制約から、手っ取り早く相手を倒せる弾トリガーを選ぶ者は一定数いる。

 

 何せ、C級はトリガーを一つしか持てない以上シールドを張る事はまずない。

 

 故に、弾トリガーへの対処は回避するか、やられる前にやるかのどちらかである。

 

 そして、撃ち合いになった時点でトリオンで劣る修の勝ち目はない。

 

 盾と剣を使い分けられるレイガストというトリガーに一縷の望みを懸けてはみたが、結局のところ修の格闘センスではじり貧になって落とされるのがオチであった。

 

 ROUND5でレイガストを使用していた村上はスラスターというオプショントリガーを用いて十全に使いこなしていたが、C級のうちはオプショントリガーは使えない為個人ランク戦を勝ち残る為の参考にはならなかった。

 

 しかし、全く成果がないと言えばそんな事はない。

 

 B級に上がりさえすればスラスターは修のお粗末な格闘能力を補う確かな武器になるし、トリガー1つという制約から解放されれば出来る事は数多い。

 

 まあ、そのB級に上がるというハードルが修にとってとてつもなく高いという事に目を瞑れば、であるが。

 

 ともあれ、ROUND5が修にとって有意義な試合であった事に間違いはない。

 

 捨て身の波状攻撃で東を仕留めた那須隊の戦術も、彼はしっかりとその眼に焼き付けていたのだから。

 

 そして、ROUND6では香取隊の戦術に注目した。

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 その有用性に、修は着目していた。

 

 それを使っていた三浦は、生駒といったエース級と比べれば単騎の実力は劣る駒であった事は否定出来ない。

 

 だが、そんな彼でもスパイダーを用いる事で隊へかなりの貢献を行う事が出来ていた。

 

 あれならば、もしかしたら自分でも出来るかもしれない。

 

 そう思ったのだが、残念ながら修にスパイダーを使える知り合いはいない────────というより、ボーダー内の知り合いというのが迅一人しかいない。

 

 興味は抱いたが、保留するしかない。

 

 そう考えて、修は観戦に集中した。

 

 ROUND7は、砂嵐という悪天候とそれを利用した王子隊の戦術が印象的であった。

 

 結果としてはそこまで奮わなかった王子隊であるが、その動きは一つの参考になった。

 

 今回の那須隊は技術面が高過ぎて修が参考に出来る事は限られていたし、弓場隊も参考にするには向かなかった。

 

 その点王子隊は動き方から戦術傾向が分かり易い為、参考にし易かったのだ。

 

 なんとなく、隊長の王子とは気が合うかもしれない、とふと考えた修であった。

 

 とは言っても話す伝手等はない為、あくまで考えただけではあるが。

 

 そして迎えた、最終ROUND。

 

 高い技術の応酬、という試合展開自体は修の参考に出来る部分は多くなかったが、メテオラで地形を変えて二宮落としの準備をした七海の動きや、囮となって生駒旋空への繋ぎとした南沢。

 

 更に捨て身で陽動を行い、影浦に那須を仕留めさせた辻の動き等は、参考になる部分が多かった。

 

 技術が高過ぎて参考に出来る部分の少ない隊員が多い、という点を除けば那須隊は確かに戦術面の参考とするに相応しい試合を多く行っていたと言える。

 

 全てを理解出来たワケではないが、修に戦術的な思考を芽生えさせる切っ掛けとしては充分過ぎる。

 

 もしかしたら、迅はこれを見越していたのかもしれない、と修は彼に感謝した。

 

 とはいえ。

 

 考え方一つで勝てるほど、個人ランク戦は甘くはないのだが。

 

 修自身のトリオン不足と戦闘センスのなさは早々に改善出来るものではないので、致し方ない部分は多い。

 

 加えて、ランク戦終了後はC級隊員全員が研修に強制参加と相成った為に個人ランク戦をやる時間はなかったのだが。

 

 この研修はB級の面々がA級部隊との訓練を行う為、その間にC級にも有事の際の対応力を上げて貰う為の研修を受けて貰う、という説明であった。

 

 内容としては、有事の際の避難誘導のマニュアルと、仮想空間を用いたその実践。

 

 B級下位の面々や荒船、東といった指導力の高い一部の隊員監修の下、C級は避難誘導のいろはや有事の際に気を付けるべき点等をレクチャーされていた。

 

「こういう研修って、これまでもあったんですか?」

 

 しかし、有事の際の為とは言っていたが、どうにも修はこの研修自体に作為的なものを感じていた。

 

 何かを、明確に察したワケではない。

 

 けれど、妙な違和感があったのも確かだったので、自分の指導担当になった茶野という隊員にそう問いかけた。

 

「いや、此処まで本格的なのは初めてだな。けど、なんでだ?」

「いえ、気になったものですから」

 

 そうか、と茶野は納得し、すぐに訓練に戻る事となった。

 

 修も納得したワケではないが、一介のB級隊員に聞いても仕方のない事だと考え直し、避難訓練のような内容の研修を続行した。

 

 周囲のC級はやる気のない者も多かったが、修としては此処まで大々的に行った研修が意味のないものとは思えなかった為、精一杯研修に励んでいた。

 

 熱心にやれば、何れ結果は出るかもしれない、という一縷の望みに懸けていたのは言うまでもないが、何より彼自身「手を抜く」といった事が不得意だった事も大きい。

 

 常識人に見えて脳内のストッパーが外れている修にとって、手を抜いて成果を持ち帰らない、という選択肢はそもそも辞書に存在しない。

 

 頑張れば結果が出るとは限らないが、そもそも頑張らない者に結果が付いてくるワケがない。

 

 故に修は、周囲のC級隊員が呆れる程愚直に、研修をこなしていったのだった。

 

「…………」

 

 そんな修を、木虎が見かけたのは偶然だった。

 

 合同戦闘訓練に参加している木虎ではあるが、研修を監督しているのがB級下位の面々中心である以上、どうしても人手が足りない場面が出て来る。

 

 木虎は多忙な嵐山の頼みにより、その手伝いとしてちょくちょく研修に顔を出していたのだ。

 

 研修の中には、襲い来るトリオン兵を迎撃しながら避難誘導を行う訓練もあった。

 

 木虎が修を見かけたのは、その訓練の最中である。

 

 修はセットしたメテオラを目晦ましに用いて、その間に避難民役の人間を無事誘導する事に成功していた。

 

 修のトリオンは他の者と比べれば圧倒的に低く、トリオン兵の中でも雑魚であるバムスター相手でさえ碌に倒せない有り様だ。

 

 しかし、そんな修のトリオンでも炸裂弾(メテオラ)を使えば目晦まし程度にはなる。

 

 トリオン兵を倒すよりもこちらの方が自分にとっては効率的だと気付いた修は、倒すのではなく逃げ切る事を優先し、作戦を組み立て実行した。

 

 そんな修のやり方を、他のC級は笑って見ていた。

 

 バムスター1人碌に倒せない、弱者であると。

 

 しかし、それを見ていた木虎の評価は違った。

 

 確かに、修は弱者だろう。

 

 トリオンは低く、お世辞にも戦闘に適性があるとも思えない。

 

 だが。

 

 彼はそんな自分の弱さを自覚し、自分にとっての()()を導き出した。

 

 それはただトリオン兵を撃退し、結果として避難誘導が疎かになっていた他のC級よりずっと評価されるべき姿だと、木虎は考えていた。

 

「…………ま、あの様子じゃB級にはなれないだろうし、関係ないわね」

 

 とはいえ、修の実力の低さが如何ともし難いのも事実だ。

 

 見どころはあるが、それだけでは到底正隊員になる事は出来ない。

 

 そう考えて、木虎はその場を後にした。

 

 しかし。

 

 彼女の中に、一人のC級隊員の記憶が刻まれたの事も、また事実であった。

 

 

 

 

「僕に、会わせたい人がいる、ですか?」

「ああ、そうだ。きっと、良い出会いになると思ってね」

 

 12月7日。

 

 研修期間を終え、訓練でコツコツポイント貯めていた修の下に迅が現れ、彼を連れ出したのだ。

 

 修は知る由もないが、今までの迅であれば周囲の人間を誘導し、それとなく目的の人物に会うよう仕向けていた筈だ。

 

 しかし、今の迅の精神性は昔のそれではない。

 

 それでは不義理だろうと考えた迅は、自ら修を案内する事としたワケである。

 

「着いたよ。此処だ」

「ここは……」

 

 迅が案内したのは、とある隊室だった。

 

 部屋のプレートに刻まれている名は、那須隊。

 

 迅が、修に観戦を進めた部隊の名称であった。

 

「此処の部隊とは、それなりに縁があってね。勝手で申し訳ないけれど、根回しはさせて貰った。とは言っても、面会予約(アポイント)を取っただけだけどね」

「そう、ですか……」

 

 不思議と、修は此処で会う人間が誰か、分かった気がした。

 

 那須隊の隊室、という事で真っ先に想像出来るのは隊長の那須ではあるが────────修は、彼女ではない、と直感していた。

 

 何故か、と言われれば答えに窮するのは確かである。

 

 だが。

 

 それよりも、此処で会うべき人間は他に要る。

 

 修の勘は、そう訴えて譲らなかった。

 

「入るぞ、()()

「ええ、どうぞ」

 

 それを証明するかのように、渦中の人物の声が聞こえた。

 

 随所にSFちっくな雰囲気を醸し出す隊室に足を踏み入れた修を待っていたのは、一人の少年。

 

 細見の、不思議な空気を持った端正な顔立ちの少年。

 

 その少年は修に気付くと笑いかけ、口を開いた。

 

「こんにちは。話は聞いているよ」

 

 そう言って少年は握手を求め、修はそれに応じる。

 

「俺は七海玲一。よろしく」

 

 少年の名は、七海玲一。

 

 迅が最初に見出した、彼の最初の希望の欠片。

 

 修と同じ、最善の未来に辿り着く為の代替不能の主役(キーパーソン)の一人であった。

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