「成る程、確かに射手向きな子ね」
「ああ、トリオンの低さは目立つが、精神力がそれを補って余りある。あれは他には無いタイプだな」
七海は那須のコメントに対し、そう言って同意した。
丁度今は修と交流を持つようになった経緯と、その経過を那須に報告したところである。
射手としての技量は高いが教師には向かない為に修の指導では呼ばれなかった彼女であるが、そもそも隊室でそれをやっている以上那須がその場にやって来るのは当然と言えば当然と言えた。
無論、コミュ障気味な所のある那須なので、外向けの笑顔で「こんにちは」と言っただけで後はノータッチだったのだが。
但し、その光景を見ていた熊谷は別の意味で驚いた。
那須は、言うまでもなく美少女である。
しかも、絶世の、という頭文字が付きかねない類のそれだ。
更に言えば、その時の那須は換装しており、身体のラインが出まくる隊服を着ていた状態だった。
ランク戦で戦う時であればともかく、平時の状態で隊服の那須の笑顔を初めて見た男性は大抵一瞬見惚れるか動揺する。
あからさまに態度には出なくとも、一瞬の硬直くらいはするのが普通だ。
しかし、修はそんな那須を見ても一切動揺を見せずにただ挨拶を返しただけであった。
こいつ中学生の癖に枯れてるんじゃあ、と余計な考えを抱いた熊谷の反応も無理からぬ事だろう。
ちなみに後から那須についてどう思うか聞いてみても、「凄い技術を持った射手の方ですよね。尊敬します」と実力一辺倒の評価しか返って来なかった。
あの那須を、完全に異性としてではなく優秀な射手としてしか見ていない。
那須と
そういった意味でも、普通ではない少年であった。
「
「そこは流石に、出水さんの許可を取らないとな。まあ、あの人ならすぐOKしてくれそうではあるけど」
七海は割と世話好きな師匠の一人を思い浮かべ、苦笑する。
出水はなんだかんだで、教えるのが好きなタイプだ。
那須と同じ天才肌ではあるが、教師としての適性は雲泥の差だ。
ぶっちゃけると、陰キャと陽キャの差とも言える。
あまり他人に積極的な興味を持てない那須に対し、出水は割と些細な事で興味を持ち、口では色々言っているが教える事自体も嫌いではない。
観察眼も優れており、相手の動きを見て何が必要かを察する見識もある。
更に自身が感覚派なので、天才肌の隊員の感性も理解出来る。
そういう意味で、七海の師匠の中では一番指導力の高いのはある意味では彼とも言える。
指導力の高さで言えば他にも荒船がいるが、彼がいわば学校の教師のように広範に基礎を教えるのに向いているのに対し、出水は塾の講師のように少数に付きっ切りで応用を教えるのに向いている。
マンツーマンで教える師匠としての適性は、出水の方が上であると言えるのだ。
「そういえば、置き弾で勝ったのよね? 確かにC級相手ならそれで充分かもしれないけど、C級のハウンド使い全員が逃げる彼を追うかしら?」
「ハウンドで雑に倒す事に慣れてしまったC級隊員なら、恐らく追うだろうな。少しC級のランク戦を見て来たが、ハウンド使いの多くがそのタイプだ」
「嘆かわしいわね」
そうだな、と七海もまたC級の層の薄さを肯定した。
C級隊員は基礎を学び、正隊員になる為の準備期間にいる者達だが、多くの者はB級に上がる事なく万年C級で終わる。
何故なら、素質や適性の高さで一気にB級に上がる者を除けば、努力というものをしないからだ。
C級同士のランク戦は、ハウンドを雑に撃っているだけで勝てる事が多い。
そうなると戦術を編み出す意義を見出せず、楽な方へ────────つまり、格下を倒して満足してしまう者が多いのだ。
そういう者は「何故勝てなかったか」を反省する事がなく、弱い者だけを狙って微々たるポイントを稼ぎ、相性の悪い相手と当たって一気にポイントを落とす、の繰り返しになる。
当然そんな事を続けていればB級へ上がるなど夢のまた夢であり、万年C級の出来上がり、というワケだ。
修に授けた作戦は、そういったC級の精神的未熟さを突いたものであると言える。
「それに、追い掛けて来ない相手に当たる頃にはきっと、三雲は戦術を自分で発展させられるようになってるだろう。あいつは、そういうのに向いてるからな」
七海はそれに、と告げる。
「我慢比べであいつに勝てる奴は、C級にはいないだろうからな」
「ちっ、うざってぇっ!」
C級隊員、佐々木は物陰から飛んで来たアステロイドを避けながら、怒りを露に舌打ちした。
現在、彼は修とC級ランク戦を行っている。
偶然にも前回の修の試合を目にしていた彼は、逃げる修を追わずに広い道路に陣取ったまま待ちの姿勢を取った。
だが。
佐々木が追って来ないと判断した修は、路地の向こうから射程重視の調整をしたアステロイドを撃ち、
直線軌道のアステロイドであり、しかもある程度距離がある為避ける事は難しくない。
しかし。
修と異なり、射撃トリガーの細かな
今回、修は威力や弾速を捨てて射程のみに特化させてアステロイドを撃っている。
当然回避も容易く、当たってもさしたるダメージはないが────────弱者である筈の修から一方的に攻撃をされ続けるという状況は、ストレスが溜まる。
「おらっ、そんなひょろ弾が当たるかよっ! 来るなら来い、臆病者めっ!」
最初は余裕の表情で待ち構えていた佐々木も、度重なる修の
せめてもの仕返しに罵声を浴びせてみるが、当然修は無反応。
関係のない他者からどう思われようと一切興味がない修にとって、こんな程度の低い挑発は何の意味も為さない。
やる事は、変わらない。
延々と、アステロイドでいやがらせを続けるだけだ。
「この、野郎……っ!」
そして。
遂に、佐々木の忍耐は限界に達した。
いつまでもいやがらせばかりで出て来ようとしない修を仕留める為、彼は路地裏に足を踏み入れ────────。
「え……?」
────────弾速重視にチューニングされたアステロイドにより胸を貫かれ、致命傷を負った。
『トリオン供給機関破損。
機械音声が彼の敗北を告げ、敗者を戦場から退去させる。
「…………勝てたか」
それを見届け、修は安堵の息を吐く。
変わらない冷や汗を浮かべながら、修は小さく勝利宣言を口にした。
「…………へえ」
その試合を、木虎は偶然目にしていた。
明確な、意図があったワケではない。
研修で見かけた修の事がふと気になった木虎は、あれから彼がどうなったかふと気になり、ブースに足を運んだのだ。
勿論、見つけられなければそのまま帰るつもりであったが────────そんな木虎を待っていたかのように、修は個人ランク戦を行っていた。
無論、偶然の産物である。
しかし、丁度良いと思った木虎は彼の試合を最後まで観戦していた。
最初に修が裏路地に逃げた時、有利な地形に誘い込むつもりなのは見て分かった。
だが、対戦相手のC級は修の誘いには乗らず、広い路地で待ち構える姿勢を取った。
着眼点は良かったが、これは駄目か、と木虎は一瞬思ったが────────その後、修が路地の向こうから散発的にアステロイドを撃って来たのを見て、考えを変えた。
アステロイドの射程と彼と対戦相手の距離から考えて、明らかに射程重視のチューニングを施されている。
完全に、相手を挑発する目的で撃たれた弾丸。
修はそれを、場所を幾度も変えながら散発的に撃ち続けた。
対戦相手のC級はそれを難なく回避していたが、一方的に攻撃され続ける状態にストレスが溜まってしまったのだろう。
徐々に冷静さを失い、最後には激昂して路地に踏み込み────────待ち構えていた修に弾速重視の調整を施されたアステロイドで狙い撃たれ、敗北した。
その流れに、木虎は素直に感嘆した。
修のトリオンは異様に低く、戦闘員の中でも割とトリオン量が低い部類である自身のそれより更に下だ。
しかも、近接格闘の適性も見られず、武術を嗜んでいるようにも見えない。
まともに正面からぶつかれば、彼が勝てる相手はC級の中にすらいないだろう。
だからこそ。
修は正面からではなく、搦め手を用いて相手を打倒した。
真っ先に逃げを選び、相手を有利な地形に誘い込んで仕留める。
それが叶わなければ、挑発を繰り返して相手から冷静さを奪い、死地へ自ら踏み込ませる。
相手が根を上げるまで延々と
これがもし、非力を嘆いて我武者羅に努力するだけの輩であれば、木虎は評価しなかっただろう。
頑張りましたが結果は出ませんでした、ではお話にならないからだ。
だが、修は自身の非力をきちんと認識し、その上でそれを武器にすらして戦術で相手を打倒した。
卑怯者、と揶揄する輩はいるだろう。
事実、傍目から見て見栄えの良い試合でない事は確かだ。
だが。
木虎に言わせれば、そんなもの結果が全てだ。
どういう手段を使おうと、それがルールの範疇であるならば反則ではない。
正々堂々戦って負けるよりも、あらゆる手段を模索して勝ちを狙った方が、遥かに賢いと言える。
更に言えば、もしもこれが実践であれば、正々堂々なんて言葉は何の意味もない。
文字通り勝った方が正義なのだから、その手段をとやかく言われる筋合いはないのだ。
これが恣意的に仲間を蔑ろにするような輩であれば話は別だが、そういう話でもない。
見た限り、修は自分なりの善性に従いつつ、勝つ為にあらゆる手段を躊躇いなく用いているだけだ。
木虎からすればそれは評価しこそすれ、軽蔑の対象ではない。
少し前の彼女であれば別の意見を持ったかもしれないが、今の彼女は幼稚な事はしないと自負はしている。
もっとも、素直ではない性根が変わったワケではないのだが。
(でも、射撃トリガーのチューニングを誰に習ったのかしら? 見たところ、コミュニケーション能力が高いようには見えないけれど)
疑問があるとすれば、どうやって射撃トリガーの応用である
木虎の知る限り、公的にそれをC級に教えている者はいない。
C級はあくまで基礎を学ぶ段階であり、応用はB級に入ってから覚えるもの。
それが、基本であるからだ。
しかし、修は明らかに射撃トリガーの応用を学んでいる。
更に言えば、見るからに我流ではない。
誰か、ちゃんとした師が付いている。
あれは、そういう動きだ。
(そういうのを教えられる射手となれば出水先輩が思い浮かぶけれど、あの人、わざわざC級にそんな事教えるかしら? あと優秀な射手となると那須先輩がいるけれど────────ないわよね、それは)
木虎の知る優秀な射手二人を思い浮かべてみるが、前者は理由がないと断じ、後者はあの性格上無いだろうとバッサリ切り捨てた。
第三試験の共闘を経てある程度印象は改善したものの、初対面の悪印象というものはそう簡単に消えはしない。
それに、木虎から見ても那須は縁もゆかりもない相手にわざわざ指導を行うような人間には見えないし────────何より、教えるのが巧いとは思えない。
きっと研修の時に物好きな射手にでも習ったのだろう、と結論し木虎は強引に自分を納得させた。
まさか、迅という予想外の場所から伝手が繋がり那須本人ではないにしろ、それに近い場所から指導者が出たなどという真実に辿り着ける筈もなく、木虎はそこで思考を打ち切った。
後日、真相を知った木虎はなんとも言えない心情に陥るのだが、それはまた別の話である。
(まあ、見どころはあるみたいだし。機会があれば、目をかけてあげても良いかしらね。見たところ同じ年くらいだろうから、私が話しかければ悪い印象は持たないでしょう)
微妙にナルシストなところがある木虎は容姿の良い自分が笑顔で話しかければそれでどうにかなるだろうと楽観し、自身の性格のキツさを棚に上げつつ修の事を記憶に留める事とした。
別に顔が好みだとかそういう話ではないが、ああいう
自分以上の実力を持つ同年代である、という思い込みでもあれば彼女の負けん気の強さから印象は180度異なる事になったであろうが、木虎は修の実力を正しく認識している。
まともにぶつかればまず勝てないレベルの戦闘能力しか持たず、トリオンも低い。
その上で、自分に出来る事をきちんと認識し、非力を戦術でカバーするだけの機転がある。
自分の実力不足を認識し、尚且つ思考を止めずに勝つ為の手段を模索する見どころのある少年。
それが、今の木虎の修への評価である。
自分より実力そのものは低い、という第一前提も相俟って、割と好意的に見ているワケだ。
あのトリオン量だと色々苦労する事もあるだろうから、可能な範囲で便宜を図ってあげても良いだろう。
そんなナチュラル上から目線の事を考えながら、木虎はブースを後にした。
その
番外編:弓場隊評価レポート
報告者:風間蒼也
| 評価項目 | 評価 |
| 戦闘 | A |
| 機密保持 | A |
| コミュニケーション | B |
| 遠征適正 | B |
| 隊員名 | 評価内容 | 遠征適正 |
| 弓場琢磨 | 攻撃手に対して有利を取れる得点力の高い実力者。エースとして充分な戦闘力を持ち、突破力も高い。精神性は問題ないが、コミュニケーション方法が独特である為相手によっては委縮する場合も考えられる。 | 連携能力も悪くはなく、確かな実力を持ち、遠征でも問題なく運用出来ると思われる。 |
| 神田忠臣 | チームのブレインとして理想的が動きが出来る。サポーターとしての能力も高く、視野が広く機転も利く。精神面も問題は見られない。 | 今期でボーダーを脱隊予定であるが、遠征適正自体は高い。 |
| 外岡一斗 | 優秀な狙撃手であり、隠密能力は群を抜いて高い。冷静で視野が広く、チームのブレインと成り得る素養を持つ。精神面も安定していて問題は見られない。 | 寡黙だが協調性は高く、遠征でも問題なく運用出来る。 |
| 帯島ユカリ | サポーターとしての能力が高く、視野をもう少し広く持てるようになれば成長出来る素養がある。まだまだ成長途上であり、今後が期待出来る。精神面も幼い部分はあるが大きな問題は見られない。 | 年齢的に遠征行きは難しい可能性が高い。 |
| 藤丸のの | 四人部隊を問題なく運用出来るオペレート能力があり、精神面も問題は見られない。 | 遠征でも問題なく運用可能である。 |
| 総評 | エースの弓場を的確に運用する事で格上殺しも充分狙える部隊であり、隊員個々人の地力も高い。但し神田は今期で脱隊する為、その後の部隊運用が未知数な部分がある。精神面で特に問題のある隊員はいない。 | 遠征でも問題なく運用出来る部隊である。神田脱隊による戦力低下が懸念事項ではある |