痛みを識るもの   作:デスイーター

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迅悠一⑤

 

「三雲くんは、なんとかなりそうだね。ありがとう、七海」

「いえ、俺はただアドバイスをしただけですよ。彼の筋が良かったですし」

 

 そこまで苦労はしませんでした、と七海は迅に告げた。

 

 此処は、那須隊の隊室。

 

 修がC級ランク戦で順調にポイントを稼ぐ中、迅がふらりと立ち寄って開口一番礼を告げたのだ。

 

 今、隊室にいるのは七海と迅のみ。

 

 熊谷はランク戦のブースに行っているし、那須は小夜子の家にお邪魔している。

 

 茜は何やらユズルと一緒に出掛ける約束をしていたらしく、街に繰り出しているらしい。

 

 那須隊の隊室は小夜子がいる場合がある為急な訪問はアポイントを取る事が暗黙の了解となっているが、迅の場合は小夜子がいない時を視てから来たのだろう。

 

 迅に限ればそういう事が出来る為、アポイントはなしで良いと言っている。

 

 これは七海から迅への信頼の証明であり、七海の判断であれば、と那須隊の面々も了承している。

 

 迅であれば七海の信用を損なう真似は配慮はしないだろう、という七海を通じた信頼関係故のものである。

 

 その程度には、那須隊の面々からは信用されているワケだ。

 

「でも、迅さんが三雲くんを推すのも分かる気がします。未来視の結果はともかく、あの子であれば何かやってくれそうな気配がありますからね」

 

 あの精神性には驚きました、と七海は苦笑する。

 

 彼が此処まで修の異様な精神性を理解しているのは、最初に会った時に彼の身の上を聞いたからだ。

 

 ボーダーに入隊する人間は、概ね二種類に分けられる。

 

 単純に、トリガーや戦闘に興味を持ち入隊する者。

 

 そして、四年前の大規模侵攻等で近界民(ネイバー)の被害を受け、その後悔もしくは怨恨から入隊を志す者。

 

 要は、興味本位か、明確な目的を持って入隊するかのどちらかだ。

 

 加えて、目的を持って入隊する場合、身内が近界民の被害を受けているケースが大半だ。

 

 しかし修自身は、四年前の大規模侵攻で何かしらの被害を受けたワケではない。

 

 知人を殺されたワケでも、家を壊されたというワケでもない。

 

 そんな彼がボーダー入隊を決意した理由は、一点。

 

 知り合いの女の子の兄を探すという、徹頭徹尾他者の為の理由である。

 

 その相手は彼自身の家庭教師でもあったようだが、家族でも恋人でもない相手を探す為に戦う決意をする、という時点で利他主義が過剰な面があった。

 

 彼の異常性を本当の意味で理解出来たのは、その後。

 

 何故戦う決意が出来たのか、という七海の問いの答えである。

 

 修は、こう言った。

 

 「ぼくが、そうするべきだと思ってるから」と。

 

 その言葉を聞いた時、七海は修の異常性を理解した。

 

 やるべきだと思っているから、やる。

 

 言葉にするのは、簡単だ。

 

 だが。

 

 修は、何の虚飾もない本音でそれを言っている。

 

 虚勢でも、ハッタリでもない。

 

 ただ、本気でそれが自分にとっての()()()()()だと確信しているからこそ、決意に一切のブレが出ない。

 

 そして、そのスタンスは他者の意見など知った事か、というある種の傲慢さも内包していた。

 

 事実、修は他者から厭われかねない戦術を平気で行使し、C級ランク戦を勝ち上がっている。

 

 彼に負けた者などはあからさまに修の事を嫌っており、負け惜しみで悪態をついている為、C級隊員内の修の評判はかなり悪いと言って良い。

 

 ブースで彼を見る度に悪意たっぷりの囁き声が聞こえて来るのだが、修はそれを一切気にする様子がない。

 

 その事に関しては自分のアドバイスが原因の一端である為、配慮した方が良いかと思った七海はその事について修に尋ねた。

 

 しかし、返って来た返答は「C級に嫌われて、何か問題が生じる可能性があるという事でしょうか?」である。

 

 この時は、流石の七海も閉口した。

 

 修は、C級に嫌われ孤立する、という事に対してなんとも思っていない。

 

 今の彼にとっての最優先事項はB級に昇格する事であり、その過程でC級に嫌われようが明確な問題に繋がらなければ構わない、という事である。

 

 他者をどうでも良い、と考えているのではなく────────自分に向けられる評価に対して、一切の興味がないのだ。

 

 彼が優先するのは実利と、自分の所為で他者に迷惑をかけないかどうか、である。

 

 故にどれだけ自分が嫌われようが酷い評価をされようが我関せずを貫き、ただ目的の為に突き進む。

 

 他者の、それも明確な権力を持たないC級相手にどれだけ嫌われようが、彼にとっては意に介する必要のない出来事でしかないのだ。

 

「でも、迅さんの事情は確かに話せませんね。彼はきっと、無茶をし過ぎてしまうでしょう」

 

 彼には、ブレーキが存在しない。

 

 常識はあるし、良識的な人物である事は確かだ。

 

 だが、自分の目的をこうと決めてしまえば、その為にあらゆる手段を選ばない。

 

 どれだけ自分が酷評されようが、どれだけ自分が傷付こうが。

 

 ()()()()()()という選択肢が、彼にはないのだ。

 

 そして、彼自身が義理や恩義を重要視し、他者を思いやる事が出来る人間である事もその性質に拍車をかけていた。

 

 修は、自分を入隊させてくれた迅に多大な恩義を感じている。

 

 もし、彼が最善の未来の為に迅が自分の入隊の便宜を図ってくれた、と知ればどうなるか。

 

 当然、その恩義に報いる為文字通りに死力を尽くす。

 

 それこそ、自分の犠牲すら許容して。

 

 彼の場合、迅や七海ほど他者に頼る事を躊躇するワケではないが────────同時に、自分の尽力が足りていないと感じればまず納得はしない。

 

 下手に彼に迅の目論見を告げた場合、その性質が悪い方に噛み合って最悪彼が死んだりする可能性が高まってしまうのだ。

 

 これは迅の判断が正解であると、そう思わざるを得ないだろう。

 

「そうだね。俺の目論見を話さないのは不義理ではあるけれど、彼が死ぬ可能性(みらい)を回避する方が優先だろう」

 

 心苦しいけどね、と迅は呟く。

 

 七海との一件を踏まえて他者に対するスタンスを変えた迅であるからこそ、自分の目的の為に修を利用している現状を憂いていた。

 

 今までは気にしていなかった、他者の心情や立場に対する配慮。

 

 それが出来て来たからこそ、何も話さず修の後押しをしている現状が心苦しい。

 

 その葛藤は、迅が人間らしさを取り戻した証ではある。

 

 それを思うと七海としては複雑な面持ちだが、悩む迅を見過ごす事は出来ない。

 

 故に、彼なりの見解を口にした。

 

「そう思うのであれば、全てが終わった後に話してあげれば良いんじゃないでしょうか。例の大規模侵攻が終わった後であれば、差し迫る危険はないでしょうし」

「そうだな。それなら、構わないか。どんな罵倒が返って来ても、甘んじて受ける事にするよ」

「彼は、気にしないと思いますけどね」

 

 そうだろうけどね、と迅は苦笑した。

 

 事情を後から知ったとしても、修は恐らく迅を責めはしないだろう。

 

 むしろ、そこまで考えて下さってありがとうございました、の一言くらいは言いそうだ。

 

 彼は他者の評価を気にしないが、かといって人でなしというワケではない。

 

 ただ、自我があまりにも強固で他者の影響を意に介さない、というだけである。

 

 迷走はするかもしれないが、停滞だけは有り得ない。

 

 それが、修という人間の性質なのだから。

 

「でも、安心したよ。これで、事前準備は概ね終わった。まだ一波乱はあるけれど、無事七海達がA級になれて胸をなでおろしたよ」

「期待に応えられたようで、俺も安心しています。俺を選んでくれた事を、今でも感謝していますから」

「そう言われると、ちょっと照れくさいな」

 

 ああ、それから、と迅はにこりと笑った。

 

「その隊章、似合っているよ。君たちの個性が出た、良いシンボルだ」

「ありがとうございます。小夜子にも、そう伝えておきます」

 

 七海は隊章を称賛され、笑顔でそう返答した。

 

 小夜子や羽矢の趣味が存分に詰まったこの隊章であるが、反応は概ね好意的だ。

 

 同じく蛇をモチーフとした隊章を使う三輪隊の米屋には「割とうちの隊章とも似てるな。かっこいいじゃねぇか」との言葉を貰っている。

 

 他にも荒船は「かっこいいな」と称賛し、村上は「七海達らしいな」と感想を漏らし、影浦は「いいと思うぜ」と二人に同意した。

 

 風間は「個々人の特徴を端的に表している。分かり易いデザインだ」と評価し、太刀川と出水は「強そうだな」と井口同音で褒め称えた。

 

 ちなみに風の噂で二宮は「悪くないな」と呟いたとの事だが、真偽のほどは分からない。

 

 血の王冠という個性的なデザインの隊章を使う彼の感性が那須隊の隊章をどう受け止めたかは、不明である。

 

 どうあれ、自分たちの隊章が褒められて悪い気はしない七海であった。

 

「あ、そうだ。迅さん」

「……! いいよ、付き合おう」

 

 不意に七海が声をかけた事で、迅の顔色が変わる。

 

 用件は、告げる前に()()()のだろう。

 

 迅は立ち上がり、七海もそれに続いた。

 

「一緒に行きましょう。姉さんの、お墓に」

 

 

 

 

「久しぶりだね、玲奈」

 

 三門市、郊外の墓地。

 

 「七海家」と書かれた一つの墓石の前で、迅は七海と共に立っていた。

 

 墓には、一凛の花が手向けられている。

 

 花の名は、アイリス。

 

 玲奈が好きだった花であり、花言葉は「希望」「信じる心」────────そして、「良き便り」である。

 

 彼女が好きであった花だった、という理由もあるけれど。

 

 その花を選んだ迅の心境は、容易に知れた。

 

 この墓に、玲奈の遺体は埋まっていない。

 

 あの時、玲奈は自らを黒トリガーと化し、その身体は砂と化して崩れ去った。

 

 その砂でさえも迅が到着した時には雨に洗い流されており、ひとかけらすら残ってはいない。

 

 故に、彼女が眠る場所としてこの場が正しいのかは分からない。

 

 けれど。

 

 墓というのは、故人を偲ぶ象徴として必要なのだ。

 

 もう一つの彼女の墓と言える七海家のあった場所は警戒区域である以上、一般人は立ち入れないし────────何より、墓の存在は迅にとっても区切りという意味で必要だった。

 

 迅はあの七海との一件まで、玲奈の死を受け入れ切れてはいなかった。

 

 黒トリガーと化した者は死体を遺さず、代わりに黒く小さな棺を遺す。

 

 そういう意味では、七海の右腕こそが彼女の棺であり────────今も尚、彼女の遺志は彼の中に息づいていると言える。

 

 だからこそ、迅は七海を遇する事で玲奈の遺志に依りかかっていたのだ。

 

 けれど、それでは駄目なのだと迅は理解した。

 

 故に、あの後すぐに一人でこの場に来て区切りを付けたのだが────────今回は、それとは違う。

 

 ただ、吉報の報告の為に。

 

 二人は、この場を訪れたのだ。

 

「七海は、こんなに大きくなったよ。もう、あの時の玲奈の年齢も超えちゃった。そりゃ、大きくもなるワケだよ」

「姉さんはあの時、16でしたからね。俺が姉さんより年上になるなんて、なんだか不思議な気分です」

 

 そうだね、と迅は苦笑する。

 

 玲奈の享年は、16歳。

 

 七海の現在の年齢は17である為、既にその年齢は超えていると言える。

 

 同じく小南も17であり、今を生きる者と故人との差が浮き彫りになったとも言える。

 

 その事を感じ、迅は一瞬表情を曇らせる。

 

 けれど、此処に来た目的を思い返し、真っ直ぐ墓石を見詰めた。

 

「聞いてよ、玲奈。七海は、風刃を持った俺に勝ったんだ。勿論、手加減なんてしてない。本気でやって、本気で負けた。七海は、強くなったんだよ」

「紙一重の勝利でしたが、なんとか勝てました。これで少しは、安心して貰えると良いんですけど」

 

 そして二人は、それぞれの言葉で勝利を報告した。

 

 迅は、七海の期待以上の成長を称賛し────────。

 

 ────────七海は、そんな迅の期待に応えられた事を嬉しく思った。

 

 あの一戦に、本当の意味での敗者はいない。

 

 むしろ、試合では負けた迅こそが────────本当の意味での、勝利者と言える。

 

 彼は、七海を正しく導き────────そして、未来(じぶん)を超えるまでに至らせた。

 

 その事が、何よりも誇らしい。

 

 それが、偽らざる迅の本音であった。

 

「君の望みは、必ず叶える。もう、それを言い訳になんかしない。俺は、俺の意思で最善の未来に辿り着く────────七海達と、一緒にね」

 

 辿り着かせる、ではない。

 

 自分も()()、最善の未来へ辿()()()()

 

 それが、迅の誓い。

 

 自身を蔑ろにする事を止め、現実を直視する事が出来るようになった彼の祈り(ねがい)

 

 迅から玲奈に送る、鎮魂歌(レクイエム)であった。

 

「七海は、強くなった。二つ目の希望(ピース)は、見詰められた。最後の欠片(きぼう)も、もうすぐやって来るだろう」

 

 だから、と迅は告げる。

 

「見ていてくれ、玲奈。俺達は必ず、未来を勝ち取ってみせるから」

「俺も、最善を尽くすよ。だから、姉さん────────出来る事なら、力を貸して欲しい。姉さんが笑えるように、俺も頑張るからさ」

 

 迅は、腰の風刃を握り締めながら。

 

 七海は、己の黒トリガー(みぎうで)を掲げながら。

 

 己の誓いを、墓前に告げた。

 

 答えは、当然返っては来ない。

 

 けれど。

 

 ────────うん。頑張ってね、二人とも────────

 

 微かに。

 

 そんな言葉が、聞こえた気がした。





 番外編:香取隊評価レポート

 報告者:迅悠一

評価項目評価
戦闘 A 
機密保持 B 
コミュニケーション B 
遠征適正 B 


隊員名評価内容遠征適正
香取葉子 今尚成長段階にあり、爆発力が著しい。機転も利き、更に最後まで諦めない精神力がある。精神面でも確かな成長が見られ、今後も活躍が期待出来る。協調性も改善出来てきており、実力も問題ない事から遠征部隊員としても申し分ない。 
三浦雄太 自身の役割を間違えず、作戦を遂行する能力に長ける。精神面も成長が見られ、大きな問題は無い。協調性が高い為、遠征でも潤滑油としての役割が期待出来る。 
若村麓郎 技術的に拙い部分はあるが、部隊のサポーターとしての自覚も出て来ており、今後の成長が期待される。精神面は粗はあるが、改善の兆候が見られる。即席部隊での活躍は少し難しい。遠征に行くのであれば隊としての選出が望ましい。
染井華 オペレート能力が高く、香取の成長により負担も軽減されて来ている。精神面は問題はなくなってきている。遠征でも香取隊員が随行する場合は問題なく平時のパフォーマンスを発揮出来る。 
総評 香取隊員の爆発力を、他の隊員が巧くカバー出来るようになって来ている。特に隊長である香取の成長が著しく、今後の戦闘でも多大な貢献を行う。精神面も成長の兆しが見られている。部隊として遠征に向かうのであれば問題は無い。個々人での選出であれば、香取個人の選出が望ましい。 
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