痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真①

 

「へえ、ここが親父の故郷か」

 

 三門市、郊外。

 

 そこに、一人の少年が佇んでいた。

 

 髪は白く、背は低い。

 

 小学生と言われても違和感のない体躯であり、何処か浮世離れした雰囲気を醸し出していた。

 

「それで、どうするんだっけ?」

『取り合えず、学校に通うべきだろう。ユーマのような年齢の者は特殊な事情がない限りそうしていると、データにはある。ユーゴ所縁の者と簡単に会えるかどうかは分からない以上、溶け込む努力はするべきだ』

 

 そんな少年の肩の上に、浮遊している物体がある。

 

 デフォルメした兎の東部のような、黒いロボット。

 

 そうとしか見えないものが、流暢に彼と会話していた。

 

『とはいえ、それを決めるのは私ではない。ユーマ自身だ』

「…………そうだな。俺はこの世界の事を何も知らないし、そうしてみるか」

『私も、それが賢明だと思う』

「あ、でも先に「基地」を見に行きたいな。親父の言ってた、「ボーダー」ってのが気になるし」

 

 いいかな? と白い少年が問うと、黒いロボットはすぐに返答した。

 

 ただ、一言。

 

 まるで、何かの誓いのように。

 

『それを決めるのは私ではない。ユーマ自身だ』

 

 

 

 

 三雲修は、正義感の強い少年である。

 

 彼本人の認識はさておき、周囲の人間────────とりわけ彼の行動を日頃から見て来たクラスメイトからは、そう思われていた。

 

 学校という閉鎖空間では、往々にして「いじめ」という問題が起こる。

 

 何を以ていじめとするかはさておいて、口でからかったり、物を取ってその反応を楽しんだり、酷い時には手が出る事すらある。

 

 残念ながらと言うべきか、修のクラスにはそういった行為を嬉々として行ういわゆる「不良」と呼ばれる面々がいた。

 

 普通であれば、そういった人間がいじめを行っていても遠巻きにして関わり合いにならないようにする人間が大半である。

 

 何故なら、介入すればいじめのターゲットがこちらに向く可能性があるからだ。

 

 いじめを行うような人間は、精神的に幼稚な場合が多い。

 

 弱者を嬲る事で幼稚な全能感を得ているので自分の行為が邪魔されればそれが何であろうか理不尽に感じて機嫌を悪くするし、自分の妨害を行った者を悪として標的にするのも当然の事だと思っている。

 

 そして大抵の場合そういった人間は口や腕っぷしが強く、逆らえば痛い目に遭うのが分かり切っているので見て見ぬ振りをして関わりを避けるのが普通の人間だ。

 

 だが。

 

 修の場合、そんなの関係ないとばかりに助けに向かう。

 

 目の前でいじめが起こっていれば相手が誰であろうが何人であろうが、関係なく注意する。

 

 しかも口だけではなく、物を取られていたらそれを取り返して返却する等、実際に行動にも移す。

 

 そんな真似を日常的にしているのでいじめの標的にされそうなものだが、彼は何をされようが一切気にする事なく過ごしている為に大抵相手が飽きて終わりだ。

 

 いじめを行う者は被害者が困っている様子や言いなりになっている様子を見て悦に浸るという動機もある為、何があろうと反応なしの修をターゲットにし続けるにはモチベーション的に無理があるのだ。

 

 修の持つ、鋼どころかダイヤモンド並の強度の精神の賜物と言える。

 

 そんな修に対する周囲の評価は、「変わった奴」である。

 

 彼自身コミュニケーションが得意な方ではない事も相俟って、その行動の異様さからクラスメイトからは遠巻きにされていた。

 

 そういった意味で彼はぼっちであると言えるが、普通のそれとは違うのは修はその事を微塵も気にしていない事である。

 

 通常、学校というコミュニティで孤立すれば精神的に不安定になり、そのまま不登校になるケースもそう珍しくはない。

 

 学生というものは、交流相手の殆どが学校を通じた繋がりで完結する事が多い。

 

 交友を結ぶ相手として、日常的に接する相手が一番多くなるのは当然の事だ。

 

 だからこそ、そこで孤立するというのは致命的だ。

 

 閉じたコミュニティであるが故に、集団の中で孤立するというのは想像以上に()()()のだ。

 

 しかし。

 

 修は、学校で孤立しようが一切気にする素振りを見せなかった。

 

 昼休みになっても話す友人は誰もおらず、帰宅部である為部活を通じた繋がりもない。

 

 一人で登校し、一人で授業を受け、一人で昼休みを過ごし、一人で下校する。

 

 更には、持ち前の正義感で誰かれ構わず助けようとする。

 

 そんな修に対し、担任の水沼は心配して本人に「困っている事はないか」と声をかけた事もあるのだが────────修はきっぱりと、「ありません」と答えている。

 

 母親の香澄にも三者面談でさり気なく話してみたのだが、「息子がそれで良いと言っているのであれば問題ありません」との返答を受けた為、それ以上の干渉はしていない。

 

 本人や保護者にそう言われてしまっては、教師が出来る事は何も無いからだ。

 

 これで明確ないじめの標的となっていたのであれば話も違ったのであろうが、継続的にいじめの対象になった事は今のところない。

 

 そんなこんなで、修は一種の不可侵領域と化してクラスの中で浮いていた。

 

(そろそろ、B級に上がれるな。これも、七海先輩のお陰だ)

 

 とうの修といえば、クラスでの孤立など知らないとばかりにボーダーでの自身の成果に想いを馳せていた。

 

 別に、学校が楽しくないとか、煩わしいとか、そういうワケではない。

 

 しかし、修としては今は雨取麟児を探すという目的を達成する事が最優先事項であり、それに比べれば学校生活の充実は彼にとってそこまで真剣に取り組む課題ではなかった、というだけの話である。

 

 ある意味、七海と似たような境遇ではある。

 

 七海の場合は那須のいない学校生活に大した価値を感じておらず、学校の友達と喋るよりもボーダーの仲間と過ごした方が楽しい為、そちらが優先されている。

 

 というよりも、ボーダー隊員は大なり小なり似たような境遇になる。

 

 何せ、話が合わない。

 

 戦闘を日常的に行っている為か、ボーダー隊員とそうでない者には明確な価値観の差があるのだ。

 

 だからボーダー隊員は入隊を契機にそれまでの友人と疎遠になる場合も多く、社交的な出水や米屋でさえ、入隊前と比べれば学校の友人と話す機会は減っていた。

 

 七海は、単にそれが極端であるだけである。

 

 修の場合は、本人の気質もあってそれが極まっているのだが。

 

 ある意味、ボーダーという非日常に飛び込んだ弊害とも言える。

 

 本人達にはそれが問題であるという認識が無い場合が多いので、問題視された事は無いのだが。

 

 そして当然、それは修にも当て嵌まる。

 

 今の彼にとっての最優先事項はB級への昇格であり、それ以外は全て些事だ。

 

 現在、彼のポイントは3820。

 

 あと一歩で、B級昇格の条件である4000ポイントに到達する。

 

 ただ、最近は修の事がC級の中でも広まって来た為か、中々対戦希望(マッチメイク)が成立しなくなって来たのだ。

 

 対戦者を選ぶ時は相手のトリガーしか表示されないが、アステロイドを使う高ポイントの隊員は現在修だけだ。

 

 故に、使用トリガーが表示された段階で「こいつが例のアステロイド使いだ」と察知され、対戦を拒否されるケースが増えて来たのだ。

 

 自分が対戦を敬遠される、という経験は初めてであった為、有効な対策を練る事が出来なかったワケだ。

 

 そういった理由で、修はここ数日ポイントを上げたくとも対戦自体が成立せずに、B級にあと一歩届いていなかった。

 

 七海の指導を受けてからこれまで快進撃を続けて来ただけに、修としては忸怩たる想いであった。

 

(もう、手当たり次第に対戦を申し込むしかないかな。とは言っても、対戦を受け入れてくれる人はポイントが低い人ばかりだし、それだと誤差程度にしかポイントが上がらないんだよな)

 

 C級ランク戦は、自身よりポイントが高い相手を倒せばその差に応じて多くのポイントが獲得出来るが、逆に自分よりポイントが低い相手と戦っても得られるポイントは相応に低い。

 

 数百程度のポイント差ならともかく、倍以上のポイント差ともなれば勝っても得られるポイントは微々たるものだ。

 

 実力をきちんと査定するという目的上このシステムは正しいのだが、今の修はそれが足枷になっていた。

 

 何せ、修に対戦希望を行うのは今ではポイントの低い者のみ。

 

 自分より圧倒的にポイントの高い者と戦った場合、負けても失うポイントは僅かで、倒せた時に得られるポイントはかなり多い。

 

 故に、4000ポイント間近の修に挑もうとする者はポイントが1000を超えたかどうかという者達ばかり。

 

 修は七海の指示を遵守し、弧月使いは対戦拒否している為負ける事はなかったが────────逆に言えば、勝っても報酬はほんの僅かなポイントのみ。

 

 B級まであと一歩という事が分かっているだけに、どうすべきか修は葛藤していた。

 

(ポイントの低い隊員と戦い続ける、って手もあるけど、それだとB級昇格までどれだけかかるか分からない。そもそも、対戦希望自体が少ないんだ。このペースじゃ、一週間どころか一ヵ月かかっても終わらないぞ)

 

 このままポイントの低い隊員と戦い続けていれば、いつかはB級隊員になれる。

 

 しかし、そもそもの対戦成立自体が二日に一回あるかどうかなのだ。

 

 これでは、B級になるのがいつになるか分かったものではない。

 

 3000ポイント超えの隊員を倒せばすぐなのだが、そういう連中は揃って修の対戦を受けようとはしない。

 

 そういった経緯もあり、修は学校生活での孤立の事を考える余裕も意味もなかったのである。

 

「あ、ありがとう」

 

 とは言っても、普段の善行(ルーチンワーク)が変わるワケではない。

 

 不良がクラスメイトから取り上げた物を拾い、それを持ち主に返却する。

 

 そんな修に対して不良が何かを喚いているが、当然無視。

 

 自身に礼を言ういじめ被害者をちらりと見た後着席し、修は再び思考の海に沈んでいった。

 

「空閑遊真です! 背は低いですが15歳です!」

 

 だから。

 

 その白い髪の転校生がやって来た時も、特に反応を示す事はなかった。

 

 それが。

 

 運命の出会いになると、知る由もなく。

 

 

 

 

 修は、空いた口が塞がらなかった。

 

 転校生の遊真という少年は、一体何処で暮らしていたのか常識というものがまるでなかった。

 

 まず、転校生だというのに初日から遅刻して来るし、校則違反だというのに堂々と指輪を付けていた。

 

 それに関しては親の形見だというから、まだ良い。

 

 というよりも、不良の野次で教師に指輪を取り上げられそうになった時、助け舟を出したのは修だ。

 

 彼としては、頑なに指輪を外そうとしない遊真を見て何か事情があるのだろう、という考えから自分なりの意見を告げたに過ぎない。

 

 その件で教師からも「こいつに任せておけば大丈夫だろう」と判断され、遊真の世話を任されたのは誤算ではあった。

 

 それでも一度引き受けた以上は律儀にやり遂げようとするのが、修の修たる所以であったが。

 

 しかし、遊真の常識知らずぶりは修の想像を超えていた。

 

 例の不良達がかるくからかった時も普通にやり返し、あまつさえ挑発的な言葉さえ口にした。

 

 その後どうなるか普通なら分かりそうなものだが、遊真には一切の躊躇がなかった。

 

 やられたら、やり返す。

 

 それが当たり前の事であるかのような空気を、遊真は持っていた。

 

 そして当然、そんな真似をすれば不良に目を付けられる。

 

 放課後、仲間を引き連れて来た不良に遊真が連れて行かれそうになった。

 

 無論、そこで黙って見ている修ではない。

 

 ノータイムで割って入り、啖呵を切り────────当然の結果として、複数人によって袋叩きにされた。

 

 試合で勝てるようになってはいても、生身のフィジカルが強化されたワケではない。

 

 生身の修は運動音痴のままであり、当然不良に喧嘩で勝てる筈もない。

 

 遊真はそんな修を助けるでもなく、ただ傍観していた。

 

 「修が自分から突っ込んだから自分でなんとかするべき」という理由で、暴行を受ける彼を平然と眺めていたのだ。

 

 しかし、元々不良達のターゲットは遊真である。

 

 未だに平然としている遊真に怒りを覚えた不良は彼に襲い掛かり────────当たり前のように、返り討ちにされた。

 

 そこで不良の怒りは頂点に達し、全員で遊真に襲い掛かろうとした。

 

 そして。

 

 その瞬間、空中に(ゲート)が開いた。

 

 不良達は、人目に付かずに暴行に及べる場所として修達を警戒区域へと連れて来ていた。

 

 彼等からしてみれば、警戒区域は人目を気にせず悪事を行える場所、という認識であったからだ。

 

 だが。

 

 警戒区域は、危険があるからこそ関係者以外立ち入り禁止となっているのだ。

 

 三門市に開く近界の門は、ボーダーの誘導装置によって基地の近くのみに開くようになっている。

 

 その門の開く区画こそが警戒区域であり、立ち入れば当然近界民(ネイバー)に襲われる危険が伴う。

 

 黒い門から、巨大な影が現れる。

 

 捕獲用トリオン兵、バムスター。

 

 それが降り立ち、不良達はパニックに陥った。

 

 普段対岸の火事として見ている近界民が、目の前にいる。

 

 その事実が、彼等の小さな許容限界(キャパシティ)を容易に吹き飛ばした。

 

 我先にと、逃げる不良達。

 

 しかしバムスターとの体格差はどうしようもなく、リーダー格の少年が口へ据え込まれる。

 

 このまま放置すれば、彼は近界に攫われるか、トリオン機関を抜き取られて死ぬだろう。

 

 されど、遊真は彼を助ける義理はないとばかりにその場からの逃走を選ぼうとした。

 

 トリオン兵に臆したのではなく、ただ必要を感じないからという理由だけで。

 

 だが、修は違った。

 

 彼は、不良を助けようと動き出した。

 

 「ぼくが、そうするべきだと思ってるからだ」と叫んで。

 

 唖然とする遊真の前で、修はトリガーを起動した。

 

 彼の攻撃により、不良の救出自体は成功した。

 

 だが。

 

 バムスターを倒すには、至らなかった。

 

 遊真の知る由もない事だが、今の彼はC級隊員。

 

 C級隊員の持つトリガーは、訓練用のそれだ。

 

 ランク戦では問題なく相手を倒せるようになってはいるが、現実で使用する場合、威力に著しい制限がかかる。

 

 バムスターは動きが遅くその巨躯のみが武器である雑魚トリオン兵であるが、装甲はそれなりに硬い。

 

 訓練用のトリガーでは、急所を狙わなければ仕留めるのはまず無理だ。

 

 加えて、彼は対人の戦闘経験は蓄積していたが、トリオン兵に対する戦闘訓練はトリガーをアステロイドに変えてからは殆ど行っていなかった。

 

 一刻も早くB級へと上がる為、そちらを後回しにしていたツケが出て来た、というワケである。

 

 とはいえ、彼の戦闘経験は戦術眼をきちんと養っていた。

 

 時間をかければ、バムスターを倒す事自体は可能だったかもしれない。

 

「────────『弾』印(パウンド)

 

 だが、そんな修の姿を見て、動いた者がいた。

 

 黒い戦闘服に身を包んだ、白の少年。

 

 彼が「弾」と刻印された何かを足場に、跳躍。

 

『強』印(ブースト)────────二重(ダブル)

 

 そして、凄まじい勢いでトリオン兵にその拳を叩き込んだ。

 

 その一撃を受けたトリオン兵は、一撃で破砕。

 

 遊真は元の制服姿に戻りながら、告げた。

 

「よう。平気か? メガネくん」

 

 ────────無事か? メガネくん────────

 

 修はその姿に。

 

 あの時、自分を助けてくれた。

 

 迅の影を、幻視した。

 

 

 

 

「────────見つけた」

 

 それを、遠くから見ていた者がいた。

 

 彼が、迅がその場を通りがかったのは、偶然だった。

 

 警戒区域の近くを通っていたら、遠目にバムスターと対峙する修の姿を見かけたのだ。

 

 C級隊員は、原則として基地外でのトリガー使用を禁じられている。

 

 それ故に、今修がボーダーの人間に見つかれば不味い事になる。

 

 迅としてはそれは避けたかったので、即座に介入を決めた。

 

 だが。

 

 彼が介入する前に、状況は終わっていた。

 

 修の近くにいた、白い髪の少年。

 

 彼が明らかにボーダーのものではないトリガーを用いて、バムスターを倒した事によって。

 

 そして。

 

 迅は、視た。

 

 白い少年と、修が。

 

 共に、最善の未来へ向かう道筋が。

 

 こうして。

 

 最後の希望(ピース)は、三門市に降り立った。

 

 その欠片の名は、空閑遊真。

 

 旧ボーダーの関係者を父に持つ、近界民(ネイバー)の少年である。





 というワケで原作、開始です!

 ようやく来ました、彼が。

 次回から新章、「THE LAST PIECE/空閑遊真」の開始となります。


 番外編:影浦隊評価レポート

 報告者:迅悠一

評価項目評価
戦闘 A 
機密保持 B 
コミュニケーション B 
遠征適正 A 


隊員名評価内容遠征適正
影浦雅人 戦闘力は現時点で申し分なく、七海隊員との関りを通じて協調性も芽生えている。精神面も落ち着いてきており、主だった問題は見られない。実力的に遠征は問題ないが、相性の悪い相手とも組む事は出来るが推奨は出来ない。 
北添尋 銃手として高い能力を持ち、細かい所に気付く観察眼と適性行動を取る判断力もある。精神面も安定しており、問題は見られない。実力的にも性格的にも遠征向きである。 
絵馬ユズル 高い技術を持った狙撃手であり、機転も利く。精神面はやや未熟な面があるが、現部隊で行動する限り問題は無い。実力的には充分遠征でも通用するが、即席部隊との相性はあまり良くない。
仁礼光 オペレート能力が高く、隊の引き締め役として有能。精神面も問題は見られない。遠征でも問題なく通用する。 
総評 個々人の地力が非常に高く、対応力も目を惹くものがある。欠点らしい欠点はなく、精神面も現在は問題は見られない。個々人での選出よりも部隊での選出の方が高いパフォーマンスを発揮出来る。
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