痛みを識るもの   作:デスイーター

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THE LAST PIECE/空閑遊真
空閑遊真②


「おれは(ゲート)の向こうの世界から来た。おまえらが言うとこの近界民(ネイバー)ってやつだ」

「え……?」

 

 修は、言葉の意味を最初理解出来なかった。

 

 いや、脳が理解を拒否していた。

 

 近界民(ネイバー)

 

 その言葉は、この三門市において────────そして、ボーダーにおいて重要な意味を持つ。

 

 異世界からの、侵略者。

 

 四年前突如として三門市に現れ、多大な被害を齎した災害。

 

 今はボーダーがその侵略から都市を守る最前線となり、戦っている()

 

 それが、近界民。

 

 この少年は、遊真は、自らその「敵」の名を名乗った。

 

 その意味を、修は理解出来ずにいた。

 

「おまえが近界民ってのはどういう事だっ!? 近界民ってのはこの────」

「ちがうちがう。こいつはトリオン兵、近界民が作った兵隊人形」

「兵隊、人形……」

 

 遊真の予想外の言葉の連続に、修は閉口する。

 

 修や大多数の三門市の市民にとって、「近界民」とはトリオン兵の事である。

 

 街を荒らし、多くの死傷者や行方不明者を出した怪物。

 

 それが、民衆から見た近界民である。

 

 トリオン兵、という名称自体は知っていたが、それが近界民の別称のようなものであると修は認識していた────────というよりも、させられていた。

 

 修を始め、C級隊員に対するレクチャーではそのあたりは詳しく教えられない。

 

 敢えて誤認するような中途半端な情報を教え、意図的な誤認を誘発させる。

 

 何故なら、本当の近界民の実態を知れば、戦う事を拒否する者がいる可能性があるからだ。

 

 何故なら────────。

 

「門の向こうに住んでる近界民(ネイバー)は、おれと同じような()()だよ」

 

 ────────近界民の実態が、ただ住んでいる世界が違うだけの()()であるからだ。

 

 多くのボーダー入隊者は、近界民の事をトリオン兵の事だと誤認し、それを倒すのが任務であると考える。

 

 だが、実際にメインで行うのは対人訓練。

 

 この時点で、察しの良い者は気が付くだろう。

 

 自分たちの敵は、人間であるのだと。

 

 無論、その事を知らない修は混乱の極致にいた。

 

 故に、矢継ぎ早に遊真に質問しようとして────────。

 

「折角だから、詳しい話は此処を離れてからにしようぜ。メガネくん」

「迅さんっ…………!?」

 

 ────────背後から話しかけて来た迅の存在に驚き、目を見開いた。

 

 迅は修にやあ、と挨拶すると遊真と向き合い、その姿を目に収めて一瞬硬直する。

 

 しかし、すぐに笑みを浮かべ、手を差し出した。

 

「初めまして。俺は迅悠一。君の名前を、教えてくれるかな?」

 

 その手を見て、遊真は一瞬逡巡する。

 

 だが。

 

 ちらりと修に目を向け、彼が頷いたのを見るとその手を取った。

 

「おれは、遊真。空閑遊真だ」

「そうか。よろしく、遊真」

 

 早速だけど、と迅は告げる。

 

「今この場にいるのは、ちょっとマズイからね。移動しようか。安全なトコにさ」

「移動? 何処へ行くんだ?」

 

 そうだね、と迅は決まっていた答えを口にした。

 

「玉狛支部。俺が所属してる、ボーダーの支部だよ」

 

 

 

 

「現着した。バムスターの撃破を確認。かなり派手にやってる? 何処の部隊がやったんだ?」

『調べるわ。ちょっと待って』

 

 その場から修達が立ち去った、数分後。

 

 門出現の報告を受けた三輪と米屋は、破壊されたバムスターの残骸を前にしていた。

 

「しかし、バラバラだなー。こりゃ、A級の誰かかな?」

「…………そうだな。相当な実力者なのは確かだろう。バムスターを倒すだけならともかく、此処までの破壊を起こせる者はそうはいない」

 

 二宮さんでも出張ったのか? と三輪はかつてのチームメイトを想起した。

 

 残骸となったバムスターは、かなり派手に破壊されていた。

 

 急所を狙って一撃、というワケではない。

 

 強烈な一撃で、強引に装甲ごと粉砕した。

 

 これは、そういう攻撃痕だ。

 

 たとえば、豊富なトリオンを持つ射手の二宮であれば有りっ丈の弾丸を叩き込めばこの程度の破壊は引き起こせるだろう。

 

 だが。

 

(あの二宮さんが、たかがバムスター相手にそんな無駄な労力を使うのか? 力押しが好きな人ではあるが、無駄を嫌う人でもあった筈)

 

 この破壊痕は、明らかに()()()()であった。

 

 そもそも、ただバムスターを倒すだけなら装甲を射抜いて急所を破壊すれば事足りる。

 

 バムスターは巨体だけが武器の鈍重なトリオン兵であり、遠距離攻撃の手段もない。

 

 ボーダーの正隊員にとっては、片手間に倒せる雑魚でしかない。

 

 そんな相手に、此処までの破壊を引き起こすだけの労力を使うか否か。

 

 二宮は派手好きで天然な部分があるが、確かな戦術眼を持ち効率を重視する。

 

 その彼が、こんな非効率極まりない倒し方をするだろうか?

 

 故に、三輪は明確な違和感を持っていた。

 

 これは果たして、本当に自分の知る隊員が起こした結果なのだろうか、と。

 

『おかしいわね。先着した部隊はいな────────いえ、今連絡が来たわ。どうやら、迅さんが先に来て倒していったみたい』

「迅が……?」

 

 S級隊員、迅悠一。

 

 良くも悪くも三輪にとって特別な意味を持つ相手の名が出た事で、三輪の顔が険しくなる。

 

 七海との間の問題は、この間の共闘で水に流した。

 

 以前よりも、周りを見れるようにはなっている。

 

 人の意見はちゃんと聞くし、無駄に事を荒立てたりもしない。

 

 だが。

 

 四年前の姉の死に関連した迅に対する悪印象は、そう簡単には消えはしない。

 

 理屈ではない。

 

 ただ、感情が迅という存在を許容する事を拒んでいた。

 

 理由は分からない。

 

 けれど、本能とも呼べる部分が叫んでいた。

 

 この男は、自分とは相容れない。

 

 そんな、抑えきれない嫌悪感を三輪は迅に対して抱いていた。

 

 それは、彼が憎む近界民との友好などという戯れ言を宣う玉狛への反感も含まれていたのかもしれない。

 

 彼は、四年前の大規模侵攻で姉を近界民に殺されている。

 

 そして、その場に居合わせながら彼を見捨てて去ったのが迅だ。

 

 三輪の迅に対する拒絶感情は、彼の近界民への憎悪と直結している。

 

 他の隊員に対しては大人になれるようになった三輪ではあったが、迅を目の前にすれば容易くその理性は茹で上がる。

 

 仇である近界民相手には、言わずもがなだ。

 

 そんな彼の執念ともいうべきものが、決定的な違和感を見つけ出した。

 

「────────おかしい。迅の風刃の能力は、遠隔()()の筈だ。これは、どう考えても斬撃痕じゃない」

「言われてみりゃそーだな。どーいうこった?」

 

 バムスターは、強力な攻撃を()()()()()()()破壊されていた。

 

 これがもし、迅が倒したのであれば()()()()の破壊になる筈だ。

 

 だが。

 

 実際に残っていたのは、巨大な衝撃痕。

 

 間違っても、斬撃痕ではない。

 

 迅の証言と、現場の痕跡の食い違い。

 

 三輪は即断で、迅が嘘をついていると確信した。

 

(その場合、奴は何を隠そうとした? ただトリオン兵を倒しただけなら、偽装の必要は無い。何か、後ろ暗い事を隠しているに違いない)

 

 決めつけに近いが、三輪はこの推論はそう間違ってはいないと考えていた。

 

 迅は、必要とあらば味方を騙す事すら躊躇しない。

 

 事実かどうかはともかく、三輪の中ではそうなっていた。

 

 とはいえ、多少の私事で偽装を施すような人間でもない。

 

 そうなると、答えは限られて来る。

 

 迅が自分に、いや────────ボーダーに対して、隠さなければならない()()

 

 それは何か。

 

「そういう、事か……っ!」

 

 三輪の中で、一つの結論に辿り着いた。

 

 迅が、親近界民派である彼が、隠さなければならないもの。

 

 露見すれば問題になり、彼の立場すら危うくしかねないもの。

 

 そんなもの、決まっている。

 

 近界民(ネイバー)

 

 それ以外に、有り得ない。

 

 三輪の中に、沸々と憎悪が沸き上がる。

 

 姉を見殺しにするだけではなく、敵である近界民を匿う。

 

 そんな事、許せる筈がない。

 

 許せるものか。

 

 三輪の頭から、これまで培って来た冷静さとか周囲を見る余裕だとか、そういったものが一切消え去る。

 

 残るのはただ、迅への嫌悪と近界民への憎悪のみ。

 

近界民(ネイバー)は、全て殺す……っ!」

 

 自然、口からその憎悪が漏れ聞こえる。

 

 既に、彼の頭の中は。

 

 近界民の憎悪で、埋まっていた。

 

 

 

 

(…………ま、しゃーないか)

 

 そんな三輪の様子を見て、米屋は。

 

 溜め息を吐いて、最後まで付き合う覚悟を決めた。

 

 暴走しているのは、見れば分かる。

 

 だが、米屋にはそれを一切止める気はない。

 

 詳細はまだ分からないが、三輪が迅に関連した何かに勘付き動こうとしているのは理解出来た。

 

 冷静になれ、と言うのは簡単だ。

 

 米屋は三輪のようにフィルター超しで迅を見てはいないし、迅であればボーダーに害を齎す事はないだろう、とも思っている。

 

 しかし、これは理屈ではないのだ。

 

 此処でもし、米屋が三輪を止めれば、彼の想いはどうなる?

 

 近界民に何かを奪われた、といった経験の無い米屋は、間違っても三輪の気持ちが分かる、などという戯れ言は口にしない。

 

 被害を受けた者の気持ちは、その当人にしか分からない。

 

 「お前の気持ちは分かるが」などという言葉は、自分勝手な上から目線の押し付けでしかないのだから。

 

 米屋は、何があっても自分だけは三輪の味方でいようと決めている。

 

 たとえ三輪がどんな選択を選ぼうが、自分だけはそれに従い、最後まで付き合うのだと。

 

 三輪が面倒な少年である事くらい、とっくの昔に知っている。

 

 復讐の事しか頭にないし、協調性も必要最低限しか学ぼうとしない。

 

 かと思えば旧東隊の面々には懐いているし、プライベートで遊びに誘っても碌に乗って来ない。

 

 けれど。

 

 そんな少年の友人になり、彼を隊長として仰いだのは紛れもなく自分なのだ。

 

 ならば、自分には彼を選んだ責任がある。

 

 此処で米屋が彼を止めれば、彼は「そうか」と言って自分一人でも動くだろう。

 

 それは、断じて認められない。

 

 動くのならば、自分も共に。

 

 可能であれば、三輪隊(みんな)一緒に。

 

 いざという時、三輪の手を引くには人数が多い方が良い。

 

 きっと、隊の面々も否とは言わない筈だ。

 

 古寺は苦笑しながら従うだろうし、奈良坂は溜め息を吐きつつ仕事をこなすだろう。

 

 月見は色々察した上で、黙ってやりたいようにさせてくれる筈だ。

 

 もう、腹は決めた。

 

 誰を敵に回す事になろうと、決して三輪(とも)を独りにはしない。

 

 そう決意して、米屋は空を仰いだ。

 

「ま、なるようになるさ。きっとな」

 

 一人、己の願いを呟いて。

 

 

 

 

「着いたよ。此処が、玉狛支部だ」

「ここが……」

 

 迅が連れて来たのは、川の中にある年季の入った建物────────ボーダー、玉狛支部であった。

 

 初めて見る建物を前に修は唖然としながら、ちらりと横に立つ遊真を見据えた。

 

 悪い奴ではない、という事は分かっている。

 

 色々と常識はないが、彼が修を助けてくれた事は確かだ。

 

 最初に修が暴行される時に見過ごした事も、悪意からではないだろうというのは理解出来ている。

 

 恐らく、遊真は遊真なりの常識があり、それに則った結果があれなのだ。

 

 この世界のルールを良く知らないだけで、こちらに合わせようとする意志はある。

 

 それに、よくよく考えてみれば彼が力を振るったのは明確に彼に害意を抱いた者のみであり、過剰防衛という点を除けば誰かれ構わず人を傷付けるようなタイプでもない。

 

 こちら側のルールを教えれば、きっとどうにかなる。

 

 その点は、さほど心配してはいなかった。

 

 疑念は、一点。

 

 先ほど言った、自分は近界民である、という発言。

 

 恐らくはそれを聞いていた迅は、さして驚きはしなかった。

 

 実際にどうであったかはさておいて、彼は遊真の言葉を否定しようとはしなかった。

 

 それはつまり。

 

 彼が、空閑遊真が、正真正銘の近界民(ネイバー)であるという信憑性が高まった、という意味でもある。

 

 聞いた話では、玉狛支部とは親近界民派を標榜しているらしい。

 

 伝え聞いただけの修は、どういう事なのか理解出来なかった。

 

 近界民とはこの世界を侵略して来る敵であるし、そんな連中と親しくなろうという者の気が知れない────────とは、思わない。

 

 恐らく、自分が知らない何かがあるのだろう、とは考えている。

 

 今になって考えてみると、ボーダーは近界民に関する情報を意図的に制限している。

 

 そして迅は、玉狛は、その真意を知っている。

 

 敢えて聞こうとは思えないが、何か事情があるのだろう。

 

 必要であれば、教えてくれる筈だ。

 

 修はそう考えて、黙って迅に付いていく事を選んだ。

 

「でも、意外だな。警戒心が強いように見えたのに、すんなり付いて来るなんて」

 

 意外だったのは、遊真である。

 

 遊真は、修以外の人間は信用していないように見えた。

 

 色々と浮世離れした性格ではあるが、他の面々とは明らかに距離を置いていた。

 

 その彼が、会ったばかりの迅を信用して素直に付いてくるのは、不思議といえば不思議ではあった。

 

「だって、迅さんは嘘言っていなかったしな。此処が安全って事に関しては」

「へえ、副作用(サイドエフェクト)か?」

「そうだよ。俺は、相手の嘘が分かるんだ」

「成る程ね」

 

 サイドエフェクト。

 

 概要だけは、知っている。

 

 トリオン能力の高い隊員が稀に持つ、特殊な体質。

 

 その力を、遊真は持っている。

 

 相手の嘘が、分かる能力(ちから)

 

 修は、それでようやく遊真の態度に得心した。

 

 彼が修だけを信用していたのは、一切嘘を言わなかったからだ。

 

 修は、常に本音だけを口に出して生きている。

 

 彼の口から紡がれる言葉はその全てが本気であり、真実である。

 

 故に、遊真は彼を信用したのだろう。

 

 裏というものが、まるでないから。

 

 彼は精神性こそ特異だが、その本質は善性だ。

 

 己の正義に従って動き、それに一切躊躇しない。

 

 そんな修だからこそ、遊真は彼を信じる事にしたのだろう。

 

 彼の言う事であれば、信じる事が出来るのだから。

 

「まあ、立ち話もなんだし入ってよ。居心地の良さは、保証するからさ」

 

 迅に促され、修と遊真は玉狛支部に足を踏み入れた。

 

 そして。

 

「三雲くんか」

「七海、先輩……?」

 

 中にいた七海と、鉢合わせた。

 

 七海は修、迅と視線を移し────────最後に、見慣れない白い髪の少年、遊真を視界に捉えた。

 

 その、瞬間。

 

「……!」

 

 七海の眼が、遊真の手に────────その指に嵌め込まれた、黒い指輪に向いた。

 

 同時。

 

 遊真の眼が、七海の右腕に────────黒トリガーに、向いた。

 

 二人が感じたのは、既視感。

 

 自分と、()()のものを持っている。

 

 そんな直感が、二人同時に沸き上がった。

 

「おまえも────────」

「俺と、同じ────────」

 

 そして。

 

 二人は、声を揃えて、告げた。

 

「「(ブラック)トリガー、か……?」」

 

 遊真は驚き、七海は目を見開く。

 

 修はそんな二人を見てただ困惑し、迅は彼等を真摯な眼で見据えていた。

 

 困難を斬り裂く刃である、七海。

 

 人の輪を繋ぐ架け橋である、修。

 

 そして、運命を跳ね除ける最後のピースである、遊真。

 

 三人の希望は、遂に一堂に会した。

 

 迅の望む、最善の未来に辿り着く為。

 

 全ての欠片が今、揃ったのだ。




 新章開始です。色々違ってくるぞ。
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