黒い門が開き、異世界からの侵略者、『近界民』────その尖兵、トリオン兵が現れる。
門から降り立ったのは巨大な芋虫のような姿をした捕獲用トリオン兵、『バムスター』。
見た目は巨大な怪物に見えるが、こいつはトリオンという特殊なエネルギーを用いて作製されたいわば『人形』である。
七海が姉と痛みを失った過去の大規模侵攻では、この『バムスター』が我が物顔で街を蹂躙し、人々を呑み込み連れ去って行った。
あの大規模侵攻の被災者にとっては、忌むべき怨敵。
このバムスターの大群が街を破壊しながら進む光景は、今も脳裏に焼き付いている。
あの時ボーダーが現れるまで、現代火器の一切が通じないこの化け物は、人々にとって悪夢の象徴だった。
「玲一、私は増援を牽制するから『バムスター』の排除をお願い」
「了解した」
七海は那須から指示を受けると、地を蹴り大きく跳躍。
一直線に、バムスターに接近する。
バムスターも近付いて来る七海に気付くが、その動きは鈍重極まりない。
過去に街を破壊し、人々を連れ去った『バムスター』は確かに悪夢の象徴と言える。
しかし、
「────1体目」
────単なる、
七海はそのまま光るブレード────スコーピオンを、一閃。
バムスターの口内にあるカメラアイ、即ちトリオン兵の弱点を一撃で両断し、破壊。
核を失ったバムスターは機能を停止し、そのまま轟音と共に崩れ落ちた。
バムスターは確かに堅牢な装甲を持ち、そのサイズから移動するだけで破壊を撒き散らせる大型トリオン兵だ。
しかしその動きは鈍重で、遠距離攻撃手段は皆無。
元々その大きな口で人間を呑み込み、体内に格納して捕獲、もしくはトリオン器官のみを引き抜いて廃棄する事を主目的として作製されているトリオン兵である。
トリオン体に換装してトリオン兵にダメージを与える事の出来る状態となった正隊員にとっては、ただの動きの鈍い
『七海先輩、『モールモッド』3体が前方から来ます。那須隊長が援護しますので、迎撃して下さい』
「了解」
そして当然、捕獲用の大型がその製造目的を果たせるように、
それが、モールモッド。
蜘蛛のような無数の脚を持ち、機敏な機動力と鋭いブレードを併せ持つ
七海が視線を先に向ければ、そこには地を這うように移動する三機のモールモッド。
三機のモールモッドは七海を発見するとゴキブリじみた速度で動き出し、三方向に分かれて七海を取り囲もうとする。
「────『バイパー』」
────だが、その三機のモールモッドの脚部目掛けて、正確無比な弾道で無数の光弾が直撃する。
那須が用いたトリガーは、『
弾道を設定する事で複雑な軌道を可能にする、
脚部を破壊された『モールモッド』は身動きできず、その場に崩れ落ちる。
そして、その隙を逃す七海ではない。
七海はすぐさま壁を蹴り、跳躍。
家屋の隙間を駆け抜けて、一気にモールモッドに肉薄。
「────二体目」
『撃ちます……っ!』
『────『アステロイド』』
七海が1体目のモールモッドの核を『スコーピオン』の刃で斬り裂き、破壊。
二体目のモールモッドは、茜が狙撃により核を破壊し撃滅。
三体目のモールモッドは、那須の威力重視の射手トリガー────『
都合、十数秒。
それだけで、門から現れた全てのトリオン兵は殲滅された。
四人の練度の高さが伺える、鮮やかな手並みだったと言える。
『敵戦力、追加ありません。戦闘終了です。お疲れ様でした』
オペレーター、小夜子の任務終了宣言により、七海達は肩の力を抜いた。
幾ら彼等にとって取るに足りない相手といえど、これは紛れもなく
万が一が起こる可能性は、いつだって存在する。
そもそも、実戦にはイレギュラーが付き物だ。
それを理解しているからこそ、門を通じて出現する『近界民』を迎撃する防衛任務には、真摯に当たる。
それはボーダー隊員として、当たり前の心得と言えた。
「万一の時の為に茜の傍に控えてたけど、問題なかったね」
唯一攻撃に加わらず、狙撃手故に近付かれてはどうしようもない茜のガードに付いていた熊谷が、にかっと軽やかに笑う。
攻撃よりも防御面に秀でている彼女は、チームでの戦いでは近接では無力な茜や実力ある攻撃手に接近されれば不利な那須の護衛に付く事が多い。
今回の防衛任務でも、万一茜の近くにトリオン兵が現れた場合に備えて張り付いていたのだ。
狙撃手は元々隠れて遠方から狙撃するのが仕事である為、単独で動く事が多い。
事実、七海が正式に加入するまでの那須隊では熊谷は基本的に那須のガードに専念していた。
しかし、七海が加入した事で熊谷の役割は変わった。
七海と那須が組んで機動戦を仕掛ける、という手札が
その事について何も思わなかったワケではないが、七海の正式加入は彼女としても歓迎すべき事だ。
それに、これまでは自分が那須のガードに入っていた事で、若干ながら彼女の機動力を制限していた節もあった。
しかし那須単独では上位の
だが、今は違う。
その事を思えば、自分のちっぽけな蟠りなど取るに足らない事だ。
少なくとも熊谷は、そう割り切っていた。
「部隊としての連携は、問題なさそうね」
「はいっ、綺麗に動けていたと思います」
「ああ、特に問題は感じなかった」
那須の総評に、茜と七海が同意する。
熊谷も「そうだな」と言って頷き、小夜子も通信越しでそれに追従した。
今回の防衛任務は、実戦で自分達の連携が問題ないか確かめる、という目的もあった。
無論、手を抜いていたワケではない。
七海という新戦力が加わっても部隊としてきちんと動けるかどうか、それを確かめただけだ。
その為、念には念を入れて熊谷に茜のガードに専念して貰っていたワケだ。
無論連携の訓練はこれまで幾度も重ねているが、訓練と実戦は別物であるというのもまた事実である。
本当に実戦に堪え得るかどうかは、実際に実戦を経験するまでは分からない。
そういった意味では、今回の防衛任務は大成功と言えた。
「しかし、玲も玲一も凄い機動力よね。何度もこの目で見てるけど、上位の攻撃手にも見劣りしないと思うわ」
「そうですよね……っ! あんなに動けて、凄いと思いますっ!」
「…………これでも、鍛錬は欠かしていないつもりだからな。成果が出ているようで、何よりだ」
七海は熊谷と茜の称賛に淡々と応じ、那須はそれをニコニコしながら見守っていた。
その視線をむず痒く感じながらも、七海はあくまで平坦な声で続けた。
「それに、身体が付いて来なきゃ、サイドエフェクトも宝の持ち腐れだからな。折角の、持って生まれた力だ。活かさない手はないだろう」
────『感知痛覚体質』。
それが、七海が発症したサイドエフェクトの名称だ。
特殊能力とは言っても、あくまでその力は人間の能力の延長線上のものであり、念動力に目覚めたり手から炎を出したり出来るワケではない。
その内容は個々人によって千差万別で、単に視力や聴力が強化されるだけのものもあれば、『未来視』のような極まった例も存在する。
その分類は下から順に『強化五感』、『特殊体質』、『超技能』、『超感覚』が存在し、七海のそれは名称の通り『特殊体質』に当たる。
七海の
つまり、何時何処の範囲内にいれば
要するに、
そのダメージの
ビルの倒壊だろうが、爆弾の爆発だろうが、トリオンによる攻撃だろうが、
つまり、どう動けば攻撃に当たらないか、という事が本能的に理解出来るワケだ。
故に遠方からの狙撃も彼にとっては
似たようなサイドエフェクトの持ち主に
しかし
他にも回避技術を高める為に、とあるA級一位部隊の二人にも色々協力して貰っていたりする。
ともあれ、サイドエフェクトに驕る事なく、鍛錬を欠かさなかったからこそ今の七海の強さがある。
その事に関しては、七海は自信を持っていた。
むしろ、自分を卑下すれば自分を鍛えてくれた
自信を持つ事は、悪い事ではない。
適度な自信とたゆまぬ向上心こそが、実力向上の鍵だ。
七海は、師匠達からそう教わった。
三者三様で色々と言っていたが、七海は三人の意見を自分の中で噛み砕いて平均化した結果、そのような結論に至った。
三人共特に否定はしなかった為、これで良いと判断したのだ。
影浦はともかくA級一位部隊の二人との
「防衛任務も終わったし、帰りましょうか。折角だから、くまちゃんと茜ちゃんも
「あたしは構わないよ。茜は?」
「はいっ、お母さんに確認してみますっ」
那須の提案で、熊谷と茜がそれぞれ家族に連絡を取り、宿泊の許可を取り付ける。
どうやら今夜は、華やかなお泊り会になりそうだった。
カバー裏風紹介
【挿絵表示】
【七海玲一(ななみれいいち)】
本編主人公。
普通高校の二年生。戦闘スタイルはアサシンだが性根はナイトのそれ。
寡黙なクールガイだが、ストイックな性格で強くなる為に実力者に頭を下げて弟子入りする事に躊躇いはない勤勉な強襲系アサシン。
常に那須さんの為に行動し、那須さんの為に己は在ると豪語する勇者。周りはそんな彼を生暖かく見守っている。
部活は那須さんの所へ直行する為帰宅部。那須さんと同居している為、色んな意味で男子の視線が突き刺さる。
大抵の事はそつなくこなすが、無痛症故に味覚が死んでいる為料理だけは苦手。
那須さんの名前が自分の名前の中に入っている事に初めて気付いた時は、人知れずガッツポーズを取ったという。
【挿絵表示】
【那須玲(なすれい)】
本編ヒロイン。依存癖とヤンデレ属性を開花した弾バカガール。
七海への態度は傍から見れば恋する乙女のそれだが、内心は結構ぐちゃぐちゃに捻じれていて悲しいすれ違いを繰り返している。
原作よりも積極性が上がり、沸点が下がっている。七海を馬鹿にされるとキレる。七海が傷つくと正気を失う。
七海が他の女子と仲良くしていると、柱の影でバイパーを待機させながらレイプ目で見つめる那須さんの姿があるという噂がある。