痛みを識るもの   作:デスイーター

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Tactics

『那須先輩、七海先輩が荒船隊長を、熊谷先輩が穂刈先輩を撃破しました。これからそっちに向かうそうです』

「そう。分かったわ。じゃあ私は、このまま『柿崎隊』を釘付けにする」

 

 小夜子からの報告を受け、那須が淡々とそう告げる。

 

 現在、那須はその機動力と弾幕を用いて攪乱に徹し、『柿崎隊』を思うが儘に翻弄している。

 

 前期までと違い、今の『那須隊』は那須が一人で点を取ろうとする必要はない。

 

 このまま時間を稼ぎ、茜の支援を受けられる状態で七海と合流すればそれで()()だ。

 

 『柿崎隊』は守りが硬い為一人で落とすとなれば手強い相手だが、柿崎が守備的な戦術を重視する為に攻撃面ではそこまで怖い相手ではない。

 

 機動力もそこそこあるものの、普段からトリオン体での三次元機動に慣れた那須相手に追い縋れる筈もない。

 

 少なくとも、柿崎が元来の守備重視の陣形を捨てない限りは攪乱に徹した那須を捕まえる事は出来ないだろう。

 

「小夜ちゃん、『柿崎隊』に動きはない?」

『ええ、先程から反応は一ヵ所に固まって動いてません。流石に、那須先輩の弾幕相手じゃ何も出来ないみたいですね』

「そう…………」

 

 那須は小夜子の言葉に妙な引っかかりを覚えたが、それを上手く言語化出来ずにいた。

 

 何か、見落としている気がする。

 

 そんな風に懊悩する那須の気配を察したのか、通信越しに小夜子が語り掛けた。

 

『どうしたんですか?』

「ちょっとね。なんだか、何か見落としてるような気がして……」

『見落とし、ですか……』

 

 ふむ、と小夜子は那須の言葉を真剣に検討し始めた。

 

 この様子からして、恐らく那須が覚えている違和感は『柿崎隊』の動きに関連する事だろう。

 

 現在、『柿崎隊』は一ヵ所に固まって微塵も動く様子を見せていない。

 

 那須の弾幕相手に今まで碌に身動きも取れていない有り様だったので、用心して隠れているという可能性はある。

 

 だが、確かによく考えて見ればおかしい。

 

 『柿崎隊』は確かに守備重視の戦術を用いる、ある意味融通の利かない部分があるが、それでも考えなしの部隊ではない。

 

 この状況であれば、全員でバッグワームを用いて那須の背後を狙う、くらいの事はしてもいい筈だ。

 

 なのに、3人の反応はレーダーに映ったまま。

 

 包囲射撃を警戒してバッグワームを使おうとしないのなら理屈は通るものの、時間が経過すれば不利になるのは分かっている筈である。

 

 なのに、動きがない。

 

 それは、つまり……。

 

『……っ! もしかして……っ!』

「小夜ちゃん……?」

 

 何かに気付いた様子の小夜子に那須は怪訝な顔をするが、続く小夜子の言葉に耳を傾けた。

 

『那須先輩。ちょっと、聞いて欲しい事があるんですが……』

 

 

 

 

「これは……」

 

 実況席の三上は、画面に映った表示を見て息を呑んだ。

 

 同様に、奈良坂もその画面を見てふむ、と頷いている。

 

 そして、出水は笑みを隠さず、呟く。

 

()()()()な、これは」

 

 

 

 

「いた……っ!」

 

 ビルの壁を足場に跳び回りながら進む那須の視界に、建物の影にいる柿崎の姿が映り込んだ。

 

 他の隊員は柿崎の奥にいるのか、姿は見えない。

 

 その事を確認した那須は周囲に浮遊させていたトリオンキューブを射出し、バイパーの雨が柿崎へと降り注ぐ。

 

「シールド……っ!」

 

 柿崎は固定シールドを用いて、バイパーを防御。

 

 しかし途中で軌道を変え、一点集中したバイパーが柿崎が広げたシールドを貫き、無数の光弾が柿崎のトリオン体を削り取る。

 

「く……っ!」

 

 柿崎はすかさずアサルトライフルを構え、反撃しようとするがそれを許す那須ではない。

 

 那須はビルの壁を蹴り、すぐさま柿崎の射程外へと移動する。

 

 射程外への退避を完了させると、次なる攻撃の為に周囲にトリオンキューブを展開。

 

 柿崎を追い詰める為、再びバイパーを射出する。

 

「……っ!」

 

 ────その瞬間を、待っていた者がいた。

 

 那須の背後にある、ビルの屋上。

 

 そこから飛び降りた()()()()()()()()()()()()が、弧月をその手に振り被る。

 

 那須の、視界の先。

 

 こちらを見上げている柿崎の背後に、黒い球状のオブジェクト────浮遊している『ダミービーコン』を、視認した。

 

 『ダミービーコン』は、レーダーの反応を欺く()のトリガー。

 

 『柿崎隊』はこれまで、隊員を単独で動かさずにずっと合流して戦って来た。

 

 故に、反応が三つ重なっていれば『柿崎隊』が()()()()()()()と誤認させる事が出来る。

 

 先入観を利用して熊谷の奇襲を悟らせなかった、『那須隊』のように。

 

 今度は『柿崎隊』が、先入観を利用した奇襲を敢行した。

 

 ダミービーコンの動きはよく見れば人間のそれとは違う故に見破る事が出来るという弱点も、()()()()()()()()()()()()()()()()事で対応した。

 

 今の那須はバイパーの両攻撃(フルアタック)をしている状態で、ガードは間に合わない。

 

 タイミング的に、回避も間に合わない。

 

 『柿崎隊』の決死の一撃が、決まる。

 

 その光景を見ていた、誰もがそう思った。

 

「────()()()()、来たわね」

「……え……?」

 

 ────那須当人、以外は。

 

 虎太郎は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を浴び、弧月を握るう腕の手首を吹き飛ばされた。

 

 何が起こったのか分からないまま、虎太郎はその場で呆然となり。

 

「────虎太郎、後ろだ……っ!」

「……へっ……? が……っ!?」

 

 そして、柿崎の叫びも虚しく虎太郎は背後から無数のバイパーを被弾し、致命。

 

『戦闘体活動限界。『緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 機械音声が虎太郎の脱落を告げ、虎太郎は光の柱となって戦場から消え失せた。

 

 

 

 

「『ダミービーコン』を用いた奇襲を狙った『柿崎隊』の巴隊員でしたが、惜しくも迎え討たれ『緊急脱出』……っ! 『柿崎隊』はこれで、残り二人となりました……っ!」

 

 実況席の三上が虎太郎の脱落を告げ、会場は大盛り上がりを見せる。

 

 鮮やかな奇襲と、それに対応して見せた那須の手腕に、会場の熱は最高潮に高まっていた。

 

「いやー、惜しかったな。作戦自体は良かったけど、那須さんがあそこまで綺麗に対応するとはなー」

「恐らく、奇襲を読んでいたのだろうな」

 

 出水の言葉に、奈良坂がそう答える。

 

「巴は『ダミービーコン』を使った事を隠す為、敢えて柿崎さんを移動させずに一ヵ所に留めた。確かに間違った作戦ではないが、あの状況で『柿崎隊』が移動も隠れもしない()()()()を浮き彫りにさせる結果となってしまった」

 

 確かに、虎太郎の作戦は間違ってはいない。

 

 『柿崎隊』が三人纏まったままであると錯覚させる為に柿崎を動かさなかったのは、分かる。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()のが分かり切っているあの状況でそれをするのは、()()()()()()()()()()()と相手に察知されるリスクを背負う結果となったのだ。

 

 恐らくだが、虎太郎は圧倒的不利な状況からの焦りもあり、()()()()()()()()()()()()()()()()と相手が判断してくれるだろうと、ある意味で()()してしまったのだ。

 

 事実、那須はそう思いかけたし、作戦が成功していた可能性は充分にあった。

 

 だが、那須の感じた違和感を正確に言葉にした小夜子の一声が、作戦を見破る一助となった。

 

 那須は勘が鋭いが、それを言語化する術にはそこまで長けてはいなかった。

 

 逆に小夜子は、勘はそこまで働かないものの、抽象的なものを言語化する事を得意としていた。

 

 小夜子は那須から違和感の()()を正確に聞き出し、那須の直感が察知した『柿崎隊』の策を見破り、その対処法を実行したのだ。

 

「作戦を見破った那須は奇襲に適した地形に敢えて移動し、懐にバイパーの置き弾を用意して虎太郎を迎え討った。奇襲の出鼻を置き弾で挫き、ビルを迂回させたバイパーで虎太郎を仕留めたんだ」

「那須さんは最初から、バイパーの標的を柿崎さんじゃなくて奇襲して来るであろう虎太郎に定めていたってワケだな。バイパーのリアルタイム弾道制御が出来るっつー強みを上手く活かした形だな」

 

 俺もそれ出来るんだけどねー、と出水は余計な事まで説明する。

 

 彼もまた那須と同じようにバイパーの弾道のリアルタイムでの制御が可能な技術を持っており、射手としての腕も随一だ。

 

 『バイパー』は『変化弾』の名の通り自在な軌道を描く事が出来る射撃トリガーだが、あまりにも自由度が高過ぎる為多くのバイパーの使い手は予め設定していた幾つかの弾道を使い分ける事で対処している。

 

 だが、那須と出水は本当の意味で、()()()()バイパーの軌道を自在に設定する事が可能なのだ。

 

 それはどんな地形であろうと障害物の隙間を縫う形での正確な射撃が出来るという事でもあり、那須の強さを支える根幹の一つである。

 

 那須はこれまでの射撃でも、複数のビルを迂回させる事で何処から弾が来るか分からないようにして『柿崎隊』を翻弄していた。

 

 だからこそ、最初柿崎は那須の放った『変化弾(バイパー)』がこれまで通り自分を狙ったものだと思い込んだ。

 

 しかし、それこそが罠。

 

 那須は最初から、バイパーの弾道を自分の背後に着弾するように設定していたのだ。

 

 全ては、奇襲に対応し返り討ちにする為に。

 

 優れた観察眼と技術の併用による、鮮やかな迎撃であった。

 

「渾身の一手が防がれた『柿崎隊』ですが、矢張りこうなると厳しいでしょうか?」

「厳しいな。虎太郎が落ちた時点で、『柿崎隊』の勝ち筋は無くなったと言っても過言じゃない」

 

 だが、と奈良坂は続けた。

 

「『柿崎隊』は、どうやらまだ点を取る事を諦めたワケじゃなさそうだ。単独で動き出したのは、虎太郎()()じゃないみたいだからな」

 

 

 

(急がないと……っ!)

 

 照屋文香は、闇夜に紛れてネオンに照らされた夜のビル群を駆けていた。

 

 全ては、この先にいる狙撃手────日浦茜を仕留める為に。

 

 照屋と虎太郎はもしも虎太郎の奇襲が失敗した時の為に、照屋を単独で狙撃手狩りに向かわせる事にしたのだ。

 

 結果として柿崎をあの場に一人で残す事になってしまったが、幸い那須は攻撃力それ自体はそこまで高くはない。

 

 守りに徹すれば、時間稼ぎ自体は出来る筈だ。

 

 照屋はそれよりも、この展開で最も脅威になる存在────即ち、狙撃手の日浦茜を仕留める事を選んだのだ。

 

 七海の派手な立ち回りに隠れがちだが、茜の脅威度は前期のそれと比べて段違いに上がっている。

 

 事実、ROUND2でも日浦はチームメイトが作り出した隙を有効活用する形で、正確に得点に繋げていた。

 

 今の『那須隊』の攻撃の要は、実質茜であると言っても過言ではない。

 

 那須も七海も、その真骨頂は優れた機動力を活かした攪乱能力にある。

 

 その変則的な戦い方から対応が困難ではあるが、攻撃能力そのものはそこまで突出したものを持っているワケではない。

 

 事実、ROUND1で彼女達の得点の要となっていたのは茜の狙撃であった。

 

 那須や七海が徹底的に相手を翻弄し、そうして出来た隙を茜が突く事で敵を仕留める。

 

 これが、今の『那須隊』の必勝パターンと言える。

 

 つまり、茜が健在である限り今の『那須隊』に勝つ事は不可能に近い。

 

 七海と那須が合流し、茜が狙撃位置に付いてしまえば、最早抵抗する余地はない。

 

 良い様に攪乱された挙句、茜の狙撃で仕留められて終わりだ。

 

 本当であれば七海を直接倒せれば良かったのだが、()()()()という点で七海は群を抜いている。

 

 サイドエフェクトによって狙撃や不意打ちが効かず、機動力が高過ぎる上に『メテオラ』を用いての攪乱まで行って来るので、正面から当たってもまず仕留められない。

 

 七海を仕留めるには、彼が思いもつかないような真の意味での()()()()を仕掛けるか、太刀川のような圧倒的な技巧と攻撃力を以てゴリ押すしかない。

 

 極論()()()()()()()()()()()()が出来なければ、七海にまともなダメージを与える事は難しい。

 

 彼に手古摺っている間に、茜に狙撃されるのがオチだ。

 

 故に必然的に、狙うとすれば茜しかいないのだ。

 

 虎太郎と共に那須に奇襲を仕掛ける事も考えたが、二人がかりでの奇襲は察知される可能性が高まる。

 

 そう考えてこちらを選んだのだが、たった今虎太郎が『緊急脱出』したという報が真登華から告げられた。

 

 それを聞いて、即座に柿崎の所に戻ろうとしなかったかと問われ肯定すれば嘘になる。

 

 だが、他ならぬ柿崎から「そっちは任せた」とエールを送られたのだ。

 

 敬愛すべき隊長から、全幅の信頼を以てこの仕事を任されたのだ。

 

 此処で奮い立たなければ、女が廃る。

 

 照屋はこれ以上ない程気力を充実させ、夜の街を駆けて行く。

 

 狙うは一人、『那須隊』の狙撃手────日浦茜。

 

 茜の位置は、おおよそ掴んでいる。

 

 『ライトニング』を主武器(メインウェポン)とする彼女の射程は、そう長くはない。

 

 間違いなく、主戦場となったあのビルの近辺にいる筈だ。

 

 恐らく、茜自身も自分達を射程内に収める為に移動している最中の筈だ。

 

 周辺に網を張れば、必ず見つかる。

 

 懸念があるとすれば七海と遭遇する事だが、七海は『グラスホッパー』を装備している。

 

 故に最短最速で、柿崎の所へ向かっている筈だ。

 

 それはつまり柿崎を見殺しにする事と同義だが、既に彼女に迷いはない。

 

 …………この試合の勝ち筋は、虎太郎が落ちた時点で完全に失われた。

 

 少なくとも、生き残って生存点を取る事は不可能だろう。

 

 ならばせめて、確実に点を取って次に繋げる。

 

 それしか、残された手はない。

 

 だが、諦めはない。

 

 それが最善であるならば、自分はやるべき事を為すだけだ。

 

 必ず、仕留める。

 

 固く誓い、照屋は夜の街を駆けて行く。

 

 決着の時は、刻一刻と迫っていた。

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