痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真③

「…………」

「────」

 

 遊真と七海は、お互いを凝視して固まっている。

 

 それを見た迅は複雑な面持ちになり、事態の推移に付いていけてない修が一番初めに動き出した。

 

「えっと…………黒トリガー、って、なんですか……?」

 

 黒トリガー。

 

 耳慣れない言葉に、修は困惑していたからこそ、まずはそれを尋ねた。

 

 そして。

 

 それに答えたのは、七海だった。

 

「黒トリガーは、高いトリオンの持ち主が自分の命と引き換えに作り出したトリガーの事だ。普通のトリガーと違って誰にでも使えるワケじゃないけど、性能は文字通り桁が違う」

 

 そう言うと、七海は自分の右腕を掲げた。

 

「俺の、この右腕が黒トリガーだ。四年前の大規模侵攻で、俺は右腕を潰されてね。だから、姉さんが黒トリガーに()()()助けてくれた。もっとも、適合はするけど一度も起動出来た試しはないんだけどね」

「す、すみません」

「いや、元々話すつもりではいたからね。今回は良い機会だったってだけさ」

 

 それで、と七海は続ける。

 

「彼は、誰かな? 見た事のない子だけれど」

「こいつは、空閑遊真っていうんです。ぼくのクラスの転校生で、その────」

 

 どう説明するか、修は迷った。

 

 四年前の大規模侵攻。

 

 今七海が説明したそれは、この三門市の市民であれば誰もが知っている事件だ。

 

 突如上空の黒い穴から現れた無数の怪物により都市は蹂躙され、多くの死傷者と行方不明者を出した大災害。

 

 それが、四年前の近界民の大規模侵攻である。

 

 七海は、今の話からするとその被害者。

 

 そして、聞く限り目の前で姉を失っている。

 

 修の脳裏に、復讐者、という単語が浮かんだ。

 

 ボーダーへ入隊を志す者の中には、四年前の大規模侵攻で受けた被害が原因で、近界民への復讐を原動力とする者が多くいる。

 

 これが地震や津波等の災害であれば、喪失にのみ目が向いただろう。

 

 だが、大規模侵攻は明確な()()()がいる。

 

 近界民という、分かり易い加害者が。

 

 故にこそ喪失を怒りに変え、近界民への復讐を志して入隊する者は数多い。

 

 というよりも、ここ数年のボーダーの発展はそういった者達が多く入隊したから、という側面も大きい。

 

 目の前で身内を喪ったというのであれば、七海はその復讐を志していてもなんらおかしくはない。

 

 故にこそ、躊躇われた。

 

 今隣にいる彼が、遊真が。

 

「おれは、近界民(ネイバー)だよ」

「……っ!?」

 

 近界民(ネイバー)であると、告げるのは。

 

 しかし。

 

 とうの遊真本人が、それを口にしてしまった。

 

 修は、混乱の極致にいた。

 

 今の説明からして、七海が近界民に憎悪を向けそうな事は分かりそうなものなのだが。

 

(いや、違う。こいつは、そもそもぼくたちとは常識が違うのか……っ!)

 

 それは違うと、修は気付いた。

 

 考えてみれば、当然の話だ。

 

 遊真は、自身が近界民であると────────近界に生きる者であると、言っていた。

 

 国が違えば、風習や常識は大きく異なる。

 

 宗教によっては牛肉を食べる事がタブーであるように、人間の()()()()というものは住まう環境によって千差万別。

 

 ましてやそれが、国どころか世界さえ違うとなれば、最早同じである事がおかしい。

 

 そういう事なのかと、納得しようとした。

 

 こいつは近界民なのだから仕方ないと、自分を納得させようとした。

 

(────────違う)

 

 だが。

 

 遊真の眼を見た瞬間、修は気付いた。

 

 彼の眼は。

 

 遊真の、七海に向ける視線は。

 

 何処か、憐れむような。

 

 それでいて、真摯な眼差しに見えた。

 

 七海はそんな遊真に複雑な面持ちで「そうか」、と答えた後────────真っ直ぐ、迅を見据えた。

 

「…………詳しい事を、説明して貰っても良いですか?」

「ああ、それは構わない。けれど、俺も全部を把握してるワケじゃなくてね。悪いけれど、君の口から説明して貰ってもいいかな?」

 

 迅に話を向けられると、遊真は「そうだな」と答え頷いた。

 

「分かった。簡単にだけど、説明するよ。そうじゃないと、フェアじゃないしね」

 

 

 

 

「…………そうか」

 

 一通り遊真の話を聞いた七海は、そう呟き神妙な顔で頷いた。

 

 遊真の話によれば、彼は近界民ではあるが────────その父親は、この世界の人間であったらしい。

 

 彼が生まれ育ったのが近界であるだけで、厳密に近界民であるかどうかと言われれば微妙なラインではある。

 

 ともあれ、彼はカルワリアという近界の国で父親と共に傭兵のような仕事をしていたらしい。

 

 遊真は幼いながらも強く、戦力の一端を担っていた。

 

 しかしある日、父親の忠告を聞かずに出陣し────────結果、彼は致命傷を負う事になった。

 

 死ぬ寸前であった遊真を発見した彼の父は、黒トリガーを作り出して死にかけの彼の肉体を保存、代わりとなる肉体をトリオンで作り出した。

 

 そして当然の結末として、黒トリガーを使う為に全てを使い切った彼の父────────空閑有吾は、砂となって崩れて死んだ。

 

 そうして父を喪った遊真は傭兵としてその国で戦い続け、戦争をしていた国との和睦まで持ち込む事に成功した。

 

 そこでやる事がなくなった遊真は、黒いロボット────────レプリカの進言で、この世界に来る事を選んだ。

 

 それが、これまでの彼の顛末。

 

 遊真の、生きた道筋であった。

 

「ありがとう。話し難い事を、話してくれたね」

「そっちも話してくれたんだから、こうしないとフェアじゃないよ。嘘偽りなく自分の事を話してくれたんだし、こっちも誠意を見せなくちゃ」

 

 誠意。

 

 恐らく、それが遊真が自分の素性を明かした理由だろう。

 

 自分の身に起きた悲劇というものを自分で語るという事は、自ら古傷を抉るようなものだ。

 

 遊真自身、同じように悲劇を経験した者だからこそ分かる。

 

 その行為の、辛さが。

 

 だが、七海はそれを許容してまで初対面の自分に事情を話してくれた。

 

 ならば、その意思に報いるのは当然。

 

 仇には仇で返すが、恩には恩で返す。

 

 それが、遊真の行動原理。

 

 だからこそ、誠意には誠意で返さなければならない。

 

 遊真の行動は、そういう意味だったのだ。

 

 さっきの、遊真の七海を見る視線。

 

 あれは、七海の事情を斟酌したが故の()()だ。

 

 自分と同じような境遇の者が、目の前にいる。

 

 だからこそ、その行動の意味を理解出来る。

 

 だからこそ、その誠意を理解出来る。

 

 故に。

 

 誠意には、誠意で。

 

 遊真の行動は、そういう意図があったのだ。

 

(それが分からずに、ぼくは…………)

 

 修は、自身を恥じていた。

 

 ただ、近界民なのだから仕方ない、という思い込みで、遊真の行動を軽く見ていた。

 

 その意味を、考えようともしなかった。

 

 それが、許せない。

 

 修は他人には底抜けに甘いが、自分自身に対しては被虐趣味でもあるかのように厳しい。

 

 常人とは逸脱した我の強さを持つが故に、妥協するという事が出来ないのだ。

 

 少々先走り易い面もあるし、相手の裏を読む事も正直苦手だ。

 

 知識不足から、間違った行動を取ってしまう事もある。

 

 しかし、本質が善性そのものである修にとって、出来たばかりの友人に失礼な真似をしたという事実はひどく重い。

 

「空閑、すまなかったな。お前の事を、誤解していたみたいだ」

「いいよ。説明しなかったおれも悪いし、そこを責めるのは違うだろ」

 

 遊真はそんな修の謝罪を、笑顔で受け入れた。

 

 修の内心の葛藤など知る由も無い遊真は、彼がなんで謝ったかを正確に把握したワケではない。

 

 そもそも、会ったばかりの相手である為多くを知っているワケでもない。

 

 だが。

 

 ────────ぼくが、そうするべきだと思ってるからだ────────

 

 あの時。

 

 自分に何の益もないのに、修がバムスターに立ち向かっていったあの時。

 

 彼の叫んだ言葉は、遊真の心に深く刻まれていた。

 

 修は、何の嘘も虚勢もついていなかった。

 

 ただ、自分がやるべきだと思ったというだけで、リスクを度外視して行動に移った。

 

 それは、傭兵として損得勘定で物事を判断する癖のついていた遊真にとって新鮮で、そして悪くない感想を抱いた。

 

 傭兵としての価値観で見るなら、修の行動は落第点もいいところだ。

 

 自分を害した相手を助けるという事は、損得を考えれば損でしかない。

 

 それで恩を売って今後の取引の材料にする、というパターンはあるが、そういう意図もないようだった。

 

 そもそも、公式の場であればともかく形のない恩を売ったところで、相手が恩を返してくれるとは限らない。

 

 それどころか、恩を仇で返される可能性の方が高い。

 

 故に、助ける必要などない。

 

 それが、傭兵としての遊真の判断であった。

 

 だが。

 

 修は、違った。

 

 ただ純粋に、助けたいから助ける。

 

 その行為は。

 

 ────────バカ。何やられてんだ。ちょっと待ってろ。俺がすぐ助けてやる────────

 

 遊真の命を、自らの命を犠牲に救った父親に。

 

 修が、重なって見えた。

 

 勿論、修と有吾は全然似ていない。

 

 考え方もまるで違うし、そもそも有吾は修と違い確かな実力があった。

 

 けれど。

 

 根本の優しさは、何処か似ていた。

 

 きっと、それが。

 

 遊真が、修を慕う理由なのだろう。

 

 彼は非力だが、無力ではない。

 

 本当に無力な者とは、何も()()()()()()()者の事だ。

 

 少なくとも、修は違う。

 

 彼は。

 

 自分の意思で、動く事が出来るのだから。

 

「そういえば、七海先輩はなんでここに? 玉狛支部の人だったんですか?」

「違う違う。俺は此処の人達とは色々縁があってね。こうして、時々お邪魔させて貰ってるだけさ。派閥も、何処かに入ってるワケじゃないしね」

「派閥、ですか……?」

 

 ああ、と七海は頷いた。

 

「ボーダーには、三つの派閥があってね。近界民への憎悪を前面に押し出してる城戸さんの派閥に、街の防衛を第一にしてる忍田さん派閥。そして、親近界民を標榜してるこの玉狛支部の三つだ」

「元々、この玉狛支部が今のボーダーが出来る前────────いわゆる旧ボーダーの本部だったんだ。その頃の俺達は近界の国と同盟を結んだりもしてたから、近界民だからといって全面的に敵対するのは違うって分かってるワケだ」

「なるほど」

 

 遊真は二人の説明で、大体の事情を納得した。

 

 組織の中が一枚岩であるという方が珍しいのだから、派閥が作られるのは当然といえば当然の話だ。

 

 そういった方面で、遊真の理解は聡い。

 

 伊達に、何年も傭兵をやって来てはいないのだから。

 

「近界と、同盟……?」

 

 話に付いていけていないのは、修の方だ。

 

 修は、近界についての知識は殆どない。

 

 トリオン兵の事をイコールで近界民だと思っていたくらいなのだから、無理もない話ではあるのだが。

 

 だからこそ、「近界と同盟を結んでいた」という迅の言葉には違和感しかなかったのだ。

 

「そう難しく考える事はないさ。ようは近界の国家は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも考えればいい。相手の事が分からないし、技術にも差があるから侵略という手段が目立つだけで、相応のメリットを提示すれば交渉だって出来るんだ」

 

 他の国だってそうだろ? と迅は告げ、修は成る程、と思った。

 

 確かに、交流がない上に技術格差もあるとなれば、両国の関係は一方的な搾取になりがちだ。

 

 対等の交渉とは、相手に切れる手札があって初めて成立するものだ。

 

 そもそも交渉の場を用意出来ず、メリットも提示出来ないのであれば両者の関係は侵略かそれに類する手段による搾取になる。

 

 だが逆に言えば、交渉の場を用意し、明確なメリットを提示出来るのであれば、テーブルに乗る事は出来る。

 

 その難易度を度外視すれば、確かに不可能ではないのだ。

 

「ちなみに、同盟を結んでた国は三つあってね。この玉狛支部のエンブレムにある、三つの黒い丸はそれを現してるんだ」

 

 迅はそう告げると、自分の隊服の隊章を指さした。

 

 確かに玉狛支部の隊章には、上部に三つの丸がある。

 

 ボーダーと同盟を結ぶ、三つの近界国家。

 

 その関係を表しているのが、この隊章なのだろう。

 

「それぞれメソン、デクシア、そしてアリステラっていう国さ。遊真は知っているかい?」

「メソンとデクシアはよく知らない」

 

 けれど、と遊真は続けた。

 

「アリステラが滅んでる、って事は知ってるよ」

「…………そうか」

 

 迅はそれ以上言葉を続ける事を止め、修は気にはなったが口出しはしなかった。

 

 これ以上は、下手に突くべきではない。

 

 そんな空気を、感じ取ったのだ。

 

「────────話してあげなさい、迅。彼等が、貴方の言う希望なのでしょう?」

 

 しかし。

 

 その空気を、真正面からぶった切った者がいた。

 

 気付けば、部屋の入口に一人の少女が立っている。

 

 肩までかかる烏の濡れ羽のような黒く艶やかな髪に、人形のように整った容貌。

 

 気品さえ感じる佇まいをしながらも気の強さを隠そうともしない少女は、真っ直ぐ迅を見据えていた。

 

「瑠花ちゃん……」

 

 少女は、忍田瑠花は。

 

 迅に、その名を呼ばれ。

 

 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべて見せた。





 色々考えた結果瑠花ちゃん投入。色々伏線は撒いてあったのだ。
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