痛みを識るもの   作:デスイーター

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忍田瑠花①

 

「迅さん、この人は……?」

 

 あまりに突然の事態に、修は冷や汗をかきながら困惑を見せる。

 

 正直、事態の推移が急激過ぎて付いていけない、というのが正直な感想である。

 

 七海の経歴に始まり、黒トリガーの事や、遊真の身の上話。

 

 加えて旧ボーダーにまつわる話など、次から次へと新情報ばかりが叩きつけられ、正直一杯一杯であった。

 

 そんな時に現れたのが、迅に瑠花と呼ばれたこの少女である。

 

 明らかに何か重要な事を知っている素振りのあるこの少女は、自分に注目が集まった事を感じ取りどや顔になっていた。

 

 高貴なオーラというか、傲岸不遜が少女の形になっているような気配を感じる。

 

 七海はなんとなく「唯我と似て────────いや、こっちは本物っぽい感じがするし違うか」などと考えていたが、閑話休題(それはさておき)

 

 その場の人員の視線は、瑠花という少女に集中していた。

 

 突然の来訪者に困惑する修達を見て、唯一彼女の事を知る迅がやれやれ、と溜め息を吐いた。

 

「この子は忍田瑠花ちゃん。忍田さんの姪だよ」

「忍田さん、っていうと…………本部長、ですか……?」

「ああ、その忍田さんで合ってるよ」

 

 ボーダー本部長、忍田真史。

 

 修も研修やオリエンテーションの時等に説明を行っていた姿を見ただけで、詳しくは知らない。

 

 印象としては、本部の偉い人、といった感じだ。

 

 実態を知る迅などはまた違った感想が出て来るのだが、取り合えず彼の名前を出した事で瑠花が「ボーダーの偉い人の親族」という立場である事は理解出来た。

 

 それなら、この偉そうな態度も納得出来る。

 

 修はそう納得し────────。

 

「話してあげなさいと言ったでしょう、迅。それはあくまでも、()()()に来てから作った立場です。私は今あなた達が話していた既に滅びた近界国家、アリステラの王女です。元、が付きますけれど」

 

 ────────次の瑠花の一言で、その納得は完膚なきまでに粉砕された。

 

 アリステラの、近界の滅びた国の王女。

 

 あまりにもあまりな新情報に、修を含めた面々は唖然としていた。

 

「ちょ、瑠花ちゃん……っ!?」

黙りなさい(シャラップ)王女(わたし)の判断に、異議を唱えないように」

 

 慌てて迅が制止に入るが、瑠花はそれを一笑に伏した。

 

 そしてお前の意見など聞いていないとばかりに、迅の懐に入ると躊躇なく右腕を取り、自身の腹に抱え込むように拘束する。

 

 引き剥がしたい迅であるが、彼の腕は瑠花の豊かな胸のすぐ下に押し付けられていた。

 

 瑠花の拘束はそう強いものではないが、強引に振り払えばどうやっても胸に手が当たってしまう。

 

 流石に瑠花相手にそんな事は出来ず、迅は固まるしかなかった。

 

(抵抗すれば、この場で私の胸を鷲掴みにさせます。後輩の前で、痴漢行為は働きたくないでしょう?)

(いや、勘弁してよ瑠花ちゃん……っ!? なんでいきなり、あんな事ぶっちゃけちゃったの……っ!? 機密、機密は……っ!?)

(私がルールです。私が決めたのだから、文句など誰にも言わせません。加えて言えば、忍田には許可は取っています)

 

 瑠花は迅の耳元に口を近付け、小声で説明(きょうはく)する。

 

 迅の反論にもなんのその、一切動じず瑠花はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 ちなみに、迅が抵抗した場合彼女はガチで実行する。

 

 やると言ったらやる少女なのだ、彼女は。

 

 それを分かっているからこそ、迅は動けない。

 

 後輩の前で、16歳の少女の胸を鷲掴みにするなどといった醜態は、今は亡き玲奈に誓って断じて晒すワケにはいかないからだ。

 

 ちなみに、ほぼ密着状態で密談している二人ではあるが、その場に居合わせた男子三名は揃いも揃って思春期にあるまじき精神性をしているので、事態の推移に困惑するだけで妙な邪推はしていない。

 

 修はそもそも性欲があるかどうかすら怪しいレベルだし、遊真もそういった面の情緒は乏しい。

 

 一番精神的にまともなのが無痛症の影響で性欲が減衰した七海なのだから、察して知るべしである。

 

(許可って、忍田さんが……?)

(ええ、好きにやりますねと言ったら思う通りにしなさいと言われました。なので、今の私を止めるものは何もありません)

(…………ああ、口実貰っちゃったのね…………)

 

 実際に忍田が何処まで把握してOKを出したかはともかく、一度許可を貰ったと認識した以上瑠花が止まる筈がない。

 

 元より、我の強い少女だ。

 

 ここ数年は迅の精神的な問題により距離を置いていたが、それが解決した以上躊躇う事はないと、ぐいぐい来る事が多くなって来たのは事実である。

 

 しかしまさか、こんな所でいきなり自分の正体を明かすとは普通思わない。

 

 迅の未来視でも読み逃した事から、此処にやって来たのは突発的な思いつきのようなものである事は分かる。

 

 もう少し頻繁に会っていれば読めていたかもしれないが、今更そこを悔いてもしょうがない。

 

 話してしまった以上は、そこからの対処を考えるしかないのだから。

 

(そもそも、十全に情報を与えずに充分な働きが出来る筈がないでしょう? それに、不誠実です)

(いや、七海はともかく三雲くんは下手に話しちゃうと無茶しそうで……)

(それこそ今更です。未来を変える、といった大それた事を無茶なしで出来ると思っているのですか?)

(それは……)

 

 確かに、それはそうなのだ。

 

 七海や修に無茶をして欲しくないという気持ちは、強い。

 

 だが。

 

 そもそも、未来を変える事自体、言うほど簡単な事ではない。

 

 今度起こる、第二次大規模侵攻。

 

 その被害を減らす事が大目的なのだから、何の無茶もせずに乗り切れるとは到底思えない。

 

 四年前の大規模侵攻ではトリオン兵しか出てこなかったが、今回の大規模侵攻は高確率で敵の近界民────────強力なトリガーを持つ、人型近界民(ネイバー)が出て来ると予想している。

 

 そもそもの話として、ただ数が多いだけのトリオン兵なら今のボーダー正隊員が早々に後れを取る筈はない。

 

 それだけ今のボーダー正隊員の層は厚く、そう簡単には崩れない安定感がある。

 

 そんな彼らが崩されるとしたら、それは未知の近界トリガーを持つ人型近界民以外に考えられない。

 

 近界トリガーは、ボーダーのそれとは設計思想が異なる。

 

 ボーダーのノーマルトリガーが汎用性を重視したものなら、近界トリガーのその真逆。

 

 少数精鋭に持たせる為の、機能特化型のトリガーである。

 

 近界から遠征艇でこちらの世界に来る場合、搭乗出来る人員には限界がある。

 

 これは国同士の戦いでも同様であり、相手国に攻撃する場合は少数の人員と卵にして持ち込める大量のトリオン兵で攻める、というのが常道だ。

 

 つまり、それだけ一人のトリガー使いにかかる負担が大きく、それをカバーする為に汎用性を度外視した特化型のトリガーが傾向としては多くなる。

 

 そして、往々にしてそういったトリガーの性能は強力極まりないものであり、近界のトリガー使いはA級でも一人では荷が重い精鋭揃いなのだ。

 

 流石に黒トリガーほどの出力があるものは稀だが、そもそも近界にも黒トリガーは存在する。

 

 加えて今回の大規模侵攻では黒トリガー使いの襲来する可能性まで高い以上、七海達ボーダー隊員にかかる負荷は尋常ではないものと想像出来る。

 

 そんな戦場で修のような弱者が無茶をすれば、どんな反動が来るか分かったものではない。

 

 修の役割は、今回で終わるワケではない。

 

 今後の未来の事を思えば、修の生存は絶対譲れない勝利条件の一つである。

 

 故に、下手に情報を与えて無茶の度合いが上がる可能性は避けたかった、というのが迅の本音であった。

 

 だが。

 

 そもそも、修がなんらかの貢献をするのであれば、相応の無茶が必要なのは当たり前といえば当たり前だ。

 

 彼の実力は、B級下位どころかC級の中でも最弱クラス。

 

 工夫と戦術思考を用いて勝ち進めているだけで、地力そのものは誰よりも低い。

 

 そんな彼が大規模侵攻という鉄火場で功績を得るのであれば、無茶の一つでもしないとまず無理だろう。

 

 それは、分かっている。

 

 しかし、迅にとって修はただのボーダー隊員ではない。

 

 四年越しにようやく見つけた、玲奈が望んだ未来へのなくてはならない希望なのだ。

 

 それを失ってしまう事を、迅は恐れていた。

 

 だからこそ、七海には「修に無茶をさせない為」と言って事情説明をしないよう言い含めた。

 

 その配慮を横から殴りつけて粉砕したのが、この瑠花なのであるが。

 

(無茶をせずに未来を変える事が出来ないなら、いっそ無茶はさせた上で死なせないように立ち回れば良いでしょう。貴方や、貴方達の育てたボーダー隊員達は、それが出来ないほどの弱兵なのですか?)

(……!)

 

 瑠花の言葉に、迅ははっとなって顔を上げた。

 

 そうだ。

 

 自分は、何を恐れていた?

 

 不可能と思える試練を、乗り越える。

 

 その姿を、自分はこの眼で見て来たではないか。

 

 関係修復が不可能に思われた七海と那須の諸問題は、茜や小夜子を初めとした者達の尽力で乗り越えられた。

 

 更に、二宮隊や影浦隊といった実質A級の部隊すら下し、B級一位まで上り詰めた。

 

 そして。

 

 迅を。

 

 黒トリガーを、七海は倒した。

 

 それだけではない。

 

 七海を含めた那須隊以外の隊員達も、着実に成長を見せて来ている。

 

 ボーダーの戦力は、今回のランク戦を通じて一回り上昇したと見て良いだろう。

 

 諏訪隊は、心理的な落とし穴を探る慎重さと周囲の状況を見極める観察眼を獲得した。

 

 鈴鳴第一は、新たな戦術の形を会得した。

 

 荒船隊は、戦術の練度をより向上させた。

 

 柿崎隊は、臨機応変な戦術の展開を学んだ。

 

 東隊は、小荒井と奥寺に着実な成長が見られる。

 

 王子隊は、相手の成長を視野に入れる柔軟性と、戦力の適切な運用法を覚え始めている。

 

 香取隊は、成長が著しい。

 

 特に隊長の香取は、大規模侵攻において重要な役割を果たすだろう。

 

 生駒隊は、安定して高い地力を更に上げている最中だ。

 

 弓場隊もまた、神田という戦力の抜けを許容しながらも尚も前を向いている。

 

 影浦隊は隊員の意識改革により、そのポテンシャルを十全に引き出す戦いが出来るようになった。

 

 二宮隊は、その強さに陰りはない。

 

 今後も、射手の王を頂に据えて相応の結果を叩き出していくだろう。

 

 彼等は皆、那須隊との戦いを通して成長した。

 

 強くなったのは、那須隊(かれら)だけではない。

 

 ボーダーの前線を支えるB級隊員達は、既に以前の彼等ではない。

 

 昨日より強く、明日はそれよりも強く。

 

 そう決意し、前に進み続けている。

 

 修もまだ実力自体は低いが、不可能と思われていた単独でのB級昇格まであと一歩のところまで来ている。

 

 自分が。

 

 彼等に期待し、その成長を望んだ自分が。

 

 成長した彼等の力を信じずして、誰が信じるというのだろうか。

 

 成る程、確かにリスクは高い。

 

 事情を伝えれば、きっと修は無茶をしてしまうだろう。

 

 鉄火場で、命すら危険に晒すかもしれない。

 

 けれど。

 

 それを乗り越えるだけの強さを、彼等は持っている。

 

 七海は、高い地力と突出した生存能力が。

 

 修は、非力ながらも一切ブレない強固な精神性が。

 

 遊真には、傭兵経験の積み重ねが生んだ歴戦の戦闘勘が。

 

 それぞれ、備わっている。

 

 迅が探し求めた、三つの欠片(きぼう)

 

 それに相応しいだけの力を、彼等は持ち併せている。

 

 ならば。

 

 真実を話す事に、否はない。

 

 彼等なら、きっと乗り越えられる。

 

 どんな酷い未来も、この三人がいれば打ち破れる。

 

 いや、彼等だけではない。

 

 嵐山等迅の友人達は勿論、他の隊員達も必ず力になってくれる。

 

 その為の下地は、既に出来ているのだから。

 

(ようやく目が覚めたようですね、迅。何か言う事は?)

(ありがとう、瑠花ちゃん。やっぱり君は、いつも必要な(欲しい)言葉をくれるね)

(よろしい。その感謝の念と皆を信じる心を、忘れないように)

 

 そこまで言って満足したのか、ようやく瑠花は迅から離れた。

 

 更に流れるような動作でソファーに腰かけ、足を組んで迅に視線を向けた。

 

「迅、説明を。彼等には、知る権利があります」

「ああ、そうだね。じゃあ、話そうか。彼女は────────」

 

 迅は、瑠花に促され。

 

 彼女の事情を。

 

 そして。

 

 迅が修達を特別視した、その理由を。

 

 彼等に、告げた。

 

 

 

 

「いいのかい? 全部ぶっちゃけちまったみたいだが」

「それが彼女の選択ならば、構わない。他でもない、迅が選んだ者達だ。それだけで充分、信用するに値する」

 

 迅達がいる部屋の、すぐ傍の廊下。

 

 そこには林道と、瑠花を此処まで送って来た忍田の姿があった。

 

 瑠花の「許可を取った」という言葉は、嘘ではない。

 

 そもそも、ボーダーにとっての最重要人物である彼女が護衛なしで本部を離れる事など有り得ない。

 

 忍田にはきちんと玉狛支部を訪問する旨を説明し、彼に連れられて此処に来たのだ。

 

 無論、瑠花の思惑もある程度は察していた。

 

 その上で、忍田は許可を出したのだ。

 

 「好きにしなさい」と。

 

 瑠花はまだ成人もしていない少女だが、元王女なだけあって相応に博識であり、聡い子でもある。

 

 一見無茶苦茶に見えるその行動も、彼女なりの思慮があって行っているのだ。

 

 判断力、という点であればそこらの大人よりずっと優れている。

 

 それに。

 

 彼女は、迅を好いている。

 

 その好きの意味はさておき、この四年間迅の現状を知りながらどうする事も出来なかった反動か、彼の為であればひと肌どころか幾らでも脱ぎ捨てる覚悟をして来たのが今の瑠花だ。

 

 自分の行動のリスクは承知の上で、彼女はああして立っている。

 

 他ならぬ、迅の力になる為に。

 

 ならば、邪魔をするのは野暮というもの。

 

 これまで何も出来なかった大人として、少年少女の動向を見守り、必要があれば助けるだけだ。

 

「さて、これから忙しくなりそうだな。ま、無茶してどうにかなるなら安いもんだな」

「そうだな。その程度で彼等の陰りが晴れるのなら、無茶程度は幾らでもしよう。それが、これまで何も出来なかった私たちの行える最善なのだから」

 

 そう呟き、二人の大人は笑みを浮かべた。

 

 今度こそ、一人で背負わせはしないと。

 

 そう、誓って。

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