痛みを識るもの   作:デスイーター

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城戸正宗②

 

「成る程、未知のトリガー反応か」

「はい。状況から考えて、迅は嘘をついているとしか思えません。恐らく、近界民(ネイバー)を匿っているものと思われます」

 

 ボーダー、司令室。

 

 そこで、三輪は城戸に今日起きたバムスターの一件の結果報告を行っていた。

 

 内容としては迅が対処したとされるバムスターから、ボーダーのものではない未知のトリガーの反応が検出された、といった内容である。

 

 この結果が出た時点で、三輪は迅が近界民を匿っている事を確信していた。

 

 状況証拠から三輪の中ではほぼ事実であったそれが、論拠を得た瞬間である。

 

 そして、証拠を得たからには当然次にするのは上司に指示を仰ぐ事だ。

 

 三輪は城戸の懐刀のような扱いを受けているが、それは好き勝手出来るというワケではない。

 

 ただ、城戸の指示を直接受けて動く立場にある、というだけだ。

 

 当然独断専行など以ての外だし、作戦行動を提案する事は出来ても決定権があるのはあくまでも城戸である。

 

 故に、三輪の望みを実行に移す為には城戸からの指示が必要不可欠であった。

 

 三輪は、この提案は通ると考えていた。

 

 日頃から、親近界民を謳う玉狛支部は近界民排斥を掲げる城戸派にとって目の上のたん瘤だった。

 

 ただ理想論を語るだけならばまだしも、玉狛支部は精鋭揃いである。

 

 S級隊員の迅は言わずもがな、ボーダー唯一の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)であるレイジや歴戦の戦士である小南を抱え、烏丸も一位部隊の元隊員として確かな実力を持つ。

 

 特に迅とレイジ、そして小南は一人で一部隊に換算される実力を持った猛者である。

 

 一人だけで部隊一つ分の戦力を賄うに足るという評価は、無視出来ない。

 

 下手に攻撃を仕掛けても、生半可な手では返り討ちに遭う危険性が高いのだ。

 

 それこそボーダーのA級チームを総動員でもすれば話は変わって来るだろうが、派閥同士の抗争の為に大々的に部隊を動かすワケにはいかない。

 

 あくまでも、ボーダーは()()()()なのだ。

 

 その力は街を守る為に運用されるべきものであり、派閥同士の争いに使用して良いものではない。

 

 動かせるとすれば、城戸派の筆頭である三輪や細かい事を気にしない太刀川。

 

 それに、命令には忠実な風間となんであろうと仕事はこなす冬島あたりである。

 

 しかしある程度の大義名分がなければならず、無暗に仕掛けられるワケではないのだ。

 

 三輪は、今回の一件はその大義名分に足る出来事であると考えている。

 

 言葉で親近界民派を標榜するのと、実際に近界民を匿うのとではワケが違う。

 

 近界民は、ボーダーの明確な敵だ。

 

 それを匿うという事は、敵兵を懐に招き入れるという事に等しい。

 

 そんな真似をしたと発覚すれば、幾ら迅とはいえ言い逃れは出来ない。

 

 三輪は、そう考えていた。

 

「迅を査問にかけ、近界民を引き渡させるべきと考えます。今回の件を追求すれば、必ずボロを出します」

「いや、恐らくそれは無理だろうな。現段階では、状況証拠しかない」

 

 だが、城戸はそれに否と答えた。

 

 当然、提案が通ると思っていた三輪は形相を変える。

 

「そんな……っ!? 未知のトリオン反応が検出されたのですから、言い逃れは出来ない筈では……っ!?」

「あくまでもトリオン反応が検出された()()で、近界民を匿っている明確な証拠はない。その反応にしろ、玉狛製の新しいトリガーを試用していたとでも言えばそれ以上は追及出来ん」

 

 城戸の返答に、三輪は歯を食い縛り激情に堪えるしかなかった。

 

 そう、三輪は明確な根拠として未知のトリオン反応の検出と迅の報告との差異を挙げたが、逆に言えばそれだけだ。

 

 ハッキリ言ってしまうと、迅が近界民を匿っている、というのは三輪の想像に過ぎない。

 

 そして、状況証拠しか無い以上は白を切るのは簡単だ。

 

 玉狛は、近界から持ち帰った技術で様々なトリガーを独自開発している。

 

 それを使っていたとでも言えば、未知のトリオン反応の件は言い訳が出来てしまう。

 

 これが本部所属の隊員であれば言い逃れは出来なかったであろうが、玉狛支部に所属し特殊な立ち位置を持つ迅はこの理由を盾に追及を突っぱねる事が出来る。

 

 規模としては一番大きな城戸派閥ではあるが、玉狛に対して強権を発動出来るかと言われればそれは否だ。

 

 玉狛は本部からしてみれば支部の一つに過ぎないが、同時にその戦力は無視出来ない。

 

 一人一部隊換算の隊員を三人も抱えるボーダー最強の支部、それが玉狛支部だ。

 

 戦えばまず無傷では済まず、場合によっては返り討ちに遭う可能性さえ存在する。

 

 加えて、三輪は知らないが玉狛支部はボーダーの最重要人物である瑠花の弟の陽太郎がいる。

 

 迅だけと敵対するならばまだしも、支部そのものを敵に回してしまうのは城戸派としては避けたいところだ。

 

 ある意味ボーダーのアキレス腱を抑える彼女の心証が低下してしまえば、どんなリスクを負う事になるか分かったものではないのだから。

 

「だが、迅に怪しいところがあるのは事実だ。それに、明確な証拠さえあれば追及する手立てはある。事を荒立てない範囲であれば、探る事を許可しよう」

「……! 了解しました。近界民が発見出来た場合は────」

「始末しろ。近界民(ネイバー)は、我々の敵だ」

 

 城戸の命令に「了解」と返答すると、三輪は一礼して司令室を出た。

 

 その顔に映すのは、暗い喜び。

 

 姉を奪った近界民への憎悪と、姉を見殺しにした迅への嫌悪。

 

 それを晴らせる絶好の機会に、三輪の感情はこれまでになく高まっていた。

 

 だからだろう。

 

 その後姿を見ながら沈痛な面持ちを浮かべる、城戸の顔に気付けなかったのは。

 

 

 

 

『これでいいんだな? 迅』

「ああ、それで構わないよ。下手に城戸さんが俺に対して寛容さを見せると、三輪が暴走しちゃう危険があるからね」

 

 玉狛支部。

 

 そこで、迅は通信越しに城戸と連絡を取っていた。

 

 実のところ、迅は林道と共に遊真の一件を既に城戸に報告している。

 

 突然の連絡とその内容に驚愕しつつも、城戸は迅の要望を受け入れた。

 

 即ち、「三輪には可能な限り好きにやらせろ」という要望を。

 

 表向きでは対立している城戸派と玉狛支部であるが、その内実はというと互いに隔意などはなく、むしろ連絡を密に取る友好的な関係であると言って差し支えはないだろう。

 

 だが。

 

 その事実は、表に出すワケにはいかないのだ。

 

 何故ならば。

 

 城戸派の存在は、現在のボーダーの隊員達にとってなくてはならないものだからである。

 

 今のボーダーは、城戸の喧伝した「近界民を排除し、街を守る組織」という看板を前面に出して活動を広げている。

 

 かつては旧ボーダーの一員でもあった城戸がこんな方針転換をしたのは、偏に組織を大きくする為だ。

 

 四年前の大規模侵攻では、明確な人員不足により被害の拡大と長期化を招いた。

 

 そこで、城戸は決意するしかなかったのだ。

 

 あのような被害を防ぐ為には、手段を問わずに組織を大きくするしかないと。

 

 実際、その目論見は成功した。

 

 四年前の大規模侵攻を切っ掛けに、近界民を恨む市民は多い。

 

 家を壊された者、親類を殺された者、身内を攫われた者。

 

 その何れもが、近界民に深い憎悪を抱いている。

 

 可能ならば、自分の手で憎い近界民を殺してやりたい。

 

 そういった復讐願望を持つ者は、多い。

 

 城戸はその憎悪の捌け口を与える形で隊員を募集し、結果としてボーダーの規模は膨れ上がった。

 

 最も大きな派閥である城戸派であるが、その人員が多いのはそういう方法で隊員を集めた以上、当然といえば当然なのだ。

 

 憎悪を糧に研鑽を積む者はモチベーションという点で大きなアドバンテージがあり、実際にそうやって強くなり立場を確立したのが三輪である。

 

 想いだけで勝敗が決まりはしないが、逆に言えば想いがなければ研鑽を積む事すら出来ないのだから。

 

 そういう意味で、復讐者達は戦力としての質がある程度担保されていると言える。

 

 そして。

 

 三輪は、そういった近界民を憎む者達の代表としての側面もあるのだ。

 

 彼は、日頃から近界民への憎悪と殺意を公言し、親近界民を標榜する玉狛支部への嫌悪を隠そうともしていない。

 

 故に、復讐者達は思うのだ。

 

 自分達は、肯定されていると。

 

 近界民への復讐は、悪ではないのだと。

 

 そうして彼等は更にモチベーションを高め、研鑽に励む。

 

 その結果が、ボーダーの戦力向上に繋がっている面は否定出来ない。

 

 言うなれば、嵐山が表の広告塔であれば、三輪は裏の広告塔なのである。

 

 復讐を公言する事で同じ志を持つ者達に活力を与え、ボーダーへの入隊を促し積極的な研鑽へ繋げさせる。

 

 その為の看板が、三輪なのだ。

 

 故に、こと近界民の絡む事態で三輪をぞんざいに扱う事は出来ない。

 

 要望を却下した程度で彼が反旗を翻す事は無いだろうが、精神的に著しく不安定になるのが目に見えている。

 

 そうなると暴走の危険性が高まり、何をするか全く予測出来ない。

 

 城戸は、彼の精神的な支柱のようなものなのだ。

 

 復讐を謳う自分を認め、重用してくれる城戸を三輪は慕っている。

 

 だからこそ、その彼に拒絶されればどうなるか。

 

 そして、彼が暴走すれば連鎖的に彼を目指して鍛錬を積んでいた復讐者達もそれに続く危険がある。

 

 本人に自覚がないだけで、それだけ三輪という存在の持つ影響力は大きいのだ。

 

 それが分かっていたからこそ、迅は城戸に告げたのだ。

 

 「三輪の好きにさせろ」と。

 

 現時点で、三輪に修の事はバレてはいない。

 

 今の三輪の関心は迅本人に向いており、未だC級隊員である修の事まで目を向ける余裕は無い筈だ。

 

 三輪は迅への悪感情から、何か都合の悪い事があればそれは迅の所為であると思い込む傾向がある。

 

 そこに、あからさまに迅が怪しい状況を目にしたのだ。

 

 彼の事にのみ注視するようになるのは、むしろ当然と言える。

 

 だからこそ、迅は城戸に頼んで三輪の行動を肯定させたのだ。

 

 修から、三輪の眼を逸らす為に。

 

 三輪の心理状態を、読み切った上で。

 

『だが、いつまでも隠し通せるとは思えんぞ。お前が三雲をボーダーに入隊させた事は、調べれば分かる話だ。そこから、彼の存在に辿り着く可能性もある』

「当然、いつまでも隠せるとは思っていないよ。少しの間、時間稼ぎが出来れば充分だ。城戸さんとしても、そっちの方がありがたいでしょ?」

『…………そうだな。配慮を感謝しよう』

「いいって。俺と城戸さんの仲でしょ」

 

 城戸の言葉に、迅は苦笑した。

 

 迅からしてみれば城戸には世話になりっぱなしでむしろそれはこちらの台詞なのだが、此処は受け入れておくのが得策と判断した。

 

 なにせ、城戸からしてみれば四年間誰も頼ろうとしなかった迅が、このような形とはいえ自分を頼って来たのだ。

 

 つい応えたくなるのが、人情というものである。

 

「城戸さんは、近界民排斥派としての立場を崩さないよう気を付けてくれればそれでいいよ。この際だから、白黒着ける場を用意した方が良さそうだしね」

『そうだな。有吾の息子────────空閑遊真、といったか。彼の持つ黒トリガーの存在が明らかになれば、派閥同士のパワーバランスの為にそれを奪いに行くという名目が立つ。そうして、お互いの派閥の代理戦争という形式の戦いに持ち込めば良いワケだな』

 

 そして、この状況はお互いにとって好都合な点がある。

 

 それは、互いの派閥で明確に白黒を着け、今回の件に決着を着けられる機会が用意出来る、という事だ。

 

 遊真の存在は、ボーダーにとって劇薬だ。

 

 近界民というだけでも厄ネタだというのに、その父親はボーダー創設に関わった重要人物。

 

 その出自が明らかになれば、混乱が起きるのは必至だ。

 

 だが、城戸ら上層部からしても世話になった人物の息子を受け入れない、という選択は有り得ない。

 

 だからこそ、「挑んだ結果敗北し、受け入れざるを得なかった」という妥協点が必要になるのだ。

 

 城戸本人の独断ではなく、玉狛支部との戦いを挟んだ交渉の結果であるならば、三輪のような復讐者側から異論を挟む事は難しくなる。

 

 後始末でしくじれば新たな火種になり兼ねないが、逆に言えばそこさえ失敗しなければどうとでもなる。

 

 三輪を利用するようで迅や城戸にとっても心苦しいが、そのあたりは彼をボーダーに入るよう立ち回り、そして受け入れた当人として責任を取るしかない。

 

 せめて最終的な責が彼に向かわないようにしよう、というのは二人の共通見解であった。

 

「あ、言うまでもないけど事情を伝える人は厳選してね。あくまでも、派閥同士の争いっていうスタンスを維持するのが大事だし」

『言われるまでもない。それと、一つ言っておく事がある』

「うん……?」

 

 突然の城戸の言葉に迅は目を白黒させ、通話の向こうで城戸が苦笑した気配がした。

 

瑠花と小南(ふたり)への言い訳は、お前が考えろ』

「あ……」

「「迅」」

 

 振り向けば、そこには青筋を立てた少女が二人。

 

 分かり易く怒りを露にしている小南と、表面上は笑顔ながらも言い知れぬ威圧感を醸し出している瑠花。

 

 ある程度の会話を拾っていたと思われる二人は、詰問準備を万全にして迅に詰め寄っていた。

 

「あちゃあ。読み逃したな」

 

 迅は二人の怒れる少女に迫られながら、苦笑する。

 

 そんな迅の脇をがっちりと固め、小南と瑠花は今回の件に関する尋問を開始するのだった。

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